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表白

それ人の命のはかなきことは、夢・幻のごとし。もしただいまも、無常(むじょう)の風きたりなば、いかなる病苦(びょうく)災難(さいなん)にあいてか、むなしくなりなんこの身なり。
まことに死に臨(のぞ)みては、いかなる後悔(こうかい)も時すでに遅く、六親(ろくしん)眷属(けんぞく)あつまりて歎(なげ)き悲しめども、さらにその甲斐(かい)あるべからず。

今ここに、○○○○殿 法名(ほうみょう) ○○院釋○○ には、家族の手厚い治療(ちりょう)と看護(かんご)にもかかわらず、三月十三日、八十九歳を一期として、念仏の声もろともに、命終せられたり。
○○○○殿には、平素(へいそ)深くみ仏(ほとけ)に帰依(きえ)せられ、口に念仏の声(こえ)絶(た)えることなく、正覚寺お世話方(せわかた)として、寺門(じもん)の経営とお念仏(ねんぶつ)繁盛(はんじょう)に献身(けんしん)せられたり。
清廉(せいれん)にして実直(じっちょく)、情(じょう)に厚(あつ)く、恩義(おんぎ)を重(おも)んじるその人柄(ひとがら)は、誰しも敬愛(けいあい)すべきところ、今ここに永(とわ)の別(わか)れをむかえるにいたりしことは、心底(しんてい)衷心(ちゅうしん)より惜別(せきべつ)の情(じょう)に堪(た)えざるものあり。

されど愛(いと)しき者にも別れあるは、この世の定(さだ)め、不帰(ふき)の身となられたるを見ては、我らここにあい集(あつ)まり、最後の別れをなすほかはなし。
今この期(ご)に及(およ)びては、如来(にょらい)の大悲(だいひ)によらずして、いかなる寄(よ)るべきあらんや。
すみやかに南無阿弥陀仏と称(とな)えて、生死(しょうじ)の迷(まよ)いに目覚(めざ)め、如来の与えたもう、真実の幸せに生きるべきなり。
乞(こ)い願わくは仏祖(ぶっそ)照覧(しょうらん)し、哀愍(あいみん)を垂(た)れたまえ。

正覚寺住職 釋啓了 謹(つつし)んで曰(もう)す。

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若い頃からご縁があってよく寺参りをし、得度をしたお坊さん並みに寺の行事でお勤めをした方が亡くなり、今夜がお通夜で明日がお葬式です。
上記は、明日のお葬式に読ませていただく「表白」という文書です。

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