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頑張らなくていい、そのままでいいんだ

叔父さんが、末期がんで緩和ケア病棟(ホスピス)に入院して1ヶ月になり、休みの度にお見舞いに通っています。

叔父さんは、地方の国立大学を卒業後地方局のアナウンサーをしていたのだが、寺の跡を継がなければならない立場になったため、放送局を退職し、京都の大谷大学の職員として働きながら大学院に学びそれを修了しました。
父親(私からすると祖父)が住職を勤めていたので、総務庁行政監察局に就職をし行政監察官として勤務しましたが、40歳を過ぎた頃に高齢となった父親の跡を継いで自坊の住職となりました。
頭の中は知識でいっぱいという感じのとても勉強熱心な人で、何をやらせてもそつ無くこなすとても優秀な叔父さんを、私は小さな頃からヒーローのように羨望のまなざしで見つめていました。

そんな叔父さんですから、末期がんで入院してもたくさんの本を持ち込み、子供や孫を助手に手がけていたお経に関する論文をまとめ上げようとしています。
また、同じくガンで亡くなったらしい叔父さんが教えを受けた松原祐善先生の末期のありように、叔父さんは大変感銘を受けたらしく、自身も最期まで僧らしく、住職らしくあろうとされているようです。
しかし、そのように末期のがんの肉体的・精神的な痛み・苦しみの中で頑張ろうとする叔父さんの姿が私には痛々しく感じられます。
叔父さんに、もう頑張るのは止めようよ、辛いのを我慢するのは止めようよと声をかけたいが、立派な叔父さんにとても私のような愚か者がそのようなことは言えません。
看病をしている娘さん(私の従姉妹)は、「松原先生のように立派じゃなくていいよ。お父さんはお父さんなんだから、お父さんらしくしてくれたらいいよ」と切願していました。
「頑張らなくていい、そのままでいいんだよ」それが阿弥陀仏の私たちへの呼びかけであり、それが安楽な境地への道ではないかと思います。
末期がんの宣告を受けた闘病生活の中でも勉強を続け、死に直面しながらも毅然とした態度を取り続けようとする叔父さんの姿はとても立派で叔父さんらしく見えるけれども、果たしてそれが幸せなことなんだろうかと考えてしまいます。

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