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セールス・営業、そして本山

「中国が大量に金を買い付けるので、
 金の相場が上がるという話をご存じですか?
 確実に儲けを取っていただけますので、金に投資するお世話をさせて下さい」

「投資、節税、保険として京都のホテルを買って下さい。」

さまざまなセールスの電話がかかってきます。

「私は、過疎・高齢化のへき地に住んでいるのでそんな余裕はない」
「貧しい寺で質素な日々の生活を送るので精一杯だ」
などと断るのだが信じてもらえず、何度もしつこく電話がかかってきます。

大谷大学の卒業生名簿などさまざまな名簿の情報で電話をかけてくるようだが、寺・僧侶といえば皆、金持ちだと決めつけてかかっているようです。
時々見かける葬儀関係の新聞記事などを読んでも、葬儀屋の支払いと並んで僧侶のお布施の高さが問題とされています。
確かに、お葬式・ご法事を過密なスケジュールでこなして、高額なお布施をいただき、高級外車を乗り回すなどの優雅な暮らしをしている僧侶もいます。
お寺・僧侶といえばそういうイメージが染みついて浸透してしまっているのでしょう。

しかし、私の寺はそんな寺ではありません。
っというか、私はそんな偉い僧侶・住職ではないのでそんなに高額なお布施をいただいた経験すらありません。
ウソだと思うなら私の暮らしぶりを見に来て欲しいと思うほどです。
日々の質素な生活費の支払いに追われ、国民年金・国民健康保険料、光熱費などの公共料金の支払いで銀行口座がマイナスになってしまうような生活ぶりです。
ところが、お寺・僧侶は大きなお布施を貰うのでお金持ち、それが当たり前の常識的なイメージとして定着してしまっているのでしょう。

しかし、どうもそのように思い込んでいるのは一般の方ばかりではないようだと思うようになりました。
本山も寺を金持ちだと決めつけているようです。
30年前から本山の要求どおりに上納金を納めることはできないから上納金の請求の指数を減らして欲しいとお願いしているのですが、全く聞く耳を持ってもらえません。
私の寺は多くのご門徒があって、かなりの高額な収入があるはずなのだが、それを本山に支払うのが嫌で隠しているのだと決めつけている様子です。
脅して叩けば上納金を搾り取れると思っているようです。
私の日常の暮らしぶりを見てもらえば、とても高額な上納金を納められる寺ではないということが分かってもらえるのですが・・・。

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