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2007年6月

能登半島地震 被災98日目

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正覚寺の裏では新築工事がすすめられています。
この家は、地震とは無関係に、地震の前から計画があったものです。
取り壊される家、新築される家、改築される家、工事の音と共に生活しています。

夕べ、責任役員・総代さんによる役員会を開催しました。
現本堂の修復案に加え、改築案も立案することにしました。
また、ご門徒の若手経営者による正覚寺再建のための企画立案委員会を組織し、その委員会から役員会へプランの提案をしてもらうことにしました。

わずか1時間たらずの役員会でしたが、私と女房は、私たちと役員さん方との距離がぐっと近づいたように感じました。
地震で大きな被害を受け、数千万円から億という建物の心配をしなければならなくなりました。
それはとんでもない苦労を背負い込むことになったのですが、これをきっかけにご門徒と共に新しい正覚寺を作っていけるキッカケになるように感じました。
かつては、町内の集会以外にも、箏曲などの演奏会や句会、花見、展覧会などの会場として使われてきた正覚寺。
私の怠慢で、いつの間にかご門徒との間に距離が生れ、ただお参りをこなすだけの寺になっていたと反省しています。
建物の復興と共に、ご門徒と知恵を出し合って、ミニコンサートや展覧会などお葬式以外でも利用してもらい、足を運んでいただける寺にしていきたいと思いました。
夕べの役員会は、元気の出る役員会でした。

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能登半島地震 被災97日目

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昨日は、こんごう会を行いました。
本堂が傾いたので誰もお参りにきてはくれないのではないかと心配しましたが、30人ほどのお参りがありました。
お参りの前後に、傾いた本堂の見学会をしました。
法話は、丹波篠山から長田さんにきていただきました。
後鳥羽上皇の最後の言葉と白骨の御文について話して下さいました。
法話の後、お弁当をいただきました。
行ってよかったと思いました。

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3日ほど前から正覚寺の前にクレーンが立っています。
正覚寺の後ろでもクレーンを使って建前をしていたので、どこのお宅が建前をしているんだろうと見にいくと、ダンプカーや重機が入ることのできない家を解体しているのでした。

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能登半島地震 被災95日目-3

前々から女房と気にしながら地震の被害の後始末に追われてズルズルと先延ばしにしていた本山への上納金を、昨日、係の方に納めさせてもらいました。
相続講・経常費という平年の上納金と、お堂の改修費という特別な上納金を合わせて、ご門徒から預かった190万円ほどを上納させてもらいました。
190万円では本山からの請求額には及ばないので、請求額を完納したとは言えません。

今日の午後、私の留守中に本山の集金係の方がお出でて、「完納にはならなかったけれども、私からの気持ち・・・」と言われて鰻の蒲焼きを下さったそうです。
女房は、190万円上納した正覚寺を未完納というなら、あなたの寺はいくら上納して完納だといわれているんだと言ってやりたいと、とても不快だと腹を立てていました。
たまたまその係の方から私の携帯にメールが届いたので、「先程はごちそうさまでした」という返信をしました。
係の方から、「完納にはなりませんでしたが、お礼です」という返事が届きました。

私は、この集金係の方を責めるつもりはありません。
しかし、これが真宗大谷派の感覚であり、この感覚を調停・裁判で問いたかったのです。
震災で鐘楼堂が倒壊し、座敷も取り壊すしかなく、本堂が傾いてしまった寺が、請求額に及ばないにしても、190万円という大金を上納しても、未完納の役たたずというレッテルしか貼られません。

経常費ご門徒1戸8,500円という御依頼をお伝えすると、年金暮らしのお婆ちゃんやお爺ちゃんが3,000円、5,000円という本山への上納金を納めて下さいます。
私たち、末寺の住職は、頭を下げてそれをありがたくいただきます。
しかし、本山の感覚では、それは間違いです。
8,500円以上納めていただいて初めてお礼を言うのであって、それに満たないものは真宗大谷派の門徒として、念仏者として一人前ではなく冷たくあしらわなくてはいけないのです。
真宗大谷派は仏教教団のはずですが、「貧者の一灯」、そういうお布施の仏典の教えは、真宗大谷派の親鸞聖人は否定しているようです。

しかも、ご門徒1戸あたりの請求額、寺単位の請求額もとても不平等です。

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能登半島地震 被災95日目-2

明日のお弁当の料理の下ごしらえに来てくれていた近所の奥さんの実家は東京の下町なのですが、その実家のお手継ぎのお寺も現在新築中で、実家にも寄付の依頼がきているそうです。
1口20万円で、5口以上という依頼が届いたそうです。
実家のお兄さんがお寺へ、わが家はそんなに寄付はできないと連絡すると、分割の申し込み用紙が送られてきたそうです。
有無を言わさずという強気な姿勢、とてもマネのできない私はただただ驚くばかりです。

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能登半島地震 被災95日目-1

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朝起きたら、玄関に玉ねぎと蝋燭代の袋が置いてありました。
寺で明日はお参りがあるんだから日常なら珍しいことではありませんが、この袋を置いていかれた方は、地震で家が全壊になりました。
真面目なご夫婦なので、朝早く畑で収穫して、明日のお参りに役立てて欲しいと持って来られたんだと思います。
家が全壊した痛みの中でのお布施に頭が下がりました。

 


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能登半島は、海釣りのメッカですが、地元の人たちの間ではアユ釣りも盛んです。
富山の庄川、石川の手取川、福井の足羽川のような大きな川はありませんが、市内の小さな川でもアユが釣れます。
今朝は、役僧さんが今年の初物だと差し入れてくれました。
今夜が楽しみです。

「ごえんさま(住職)、弔ってやってくれ」と、アユやタコ、サザエ・アワビなどが届くことがあります。
お通夜や葬式をするわけではなく、ただ単に私たちのおなかの中へ入っていくだけなのですが・・・。
能登は自然を満喫するには本当にいいところです。

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能登半島地震 被災94日目

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能登には「こんごう会」という能登独特のお参りがあります。
輪島では6月28日を中心に行われます。
元々は、よそのお寺のご門徒へお嫁に行った方が、実家のお寺にお参りするという行事であったらしいのですが、正覚寺ではそういう習慣はなくなってしまっています。

お斎(昼食)をはさんで、午前、午後とお参りをしていたのですが、本堂が使えないので、今年は午前のみお参りをし、お弁当を準備することにしました。

今日は、そのこんごう会の準備をしました。
広間の16畳の部屋を仮御堂にします。
10畳のスペースにイスを並べたら30席できました。
手前に12畳の部屋があるので、そこでお弁当を食べてもらいます。
16畳の部屋の横に10畳と8畳の部屋もあるのですが、8畳の部屋はテーブルなどの物置になってしまっています。

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先日までは、参詣の方はイスに座っていただいて、私や役僧さんは畳の上に正座をしていたのですが、なんとなく違和感があるので、明日の上げ法事から試しに私もイスに座ってみようと思います。

先日、友達に言われて気になっている言葉があります。
それは、「建物が寺じゃない、門徒がいてこそ寺だぞ。建物が立派になっても門徒がいなくなったら寺じゃない。門徒がいなくなってしまうようなことはするな。」という忠告です。
たぶん街中で、「大きな寄付を依頼されたら正覚寺の門徒を辞める」、そういう会話が交わされているから、友達は忠告してくれたんだろうと思います。

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能登半島地震 被災93日目 -2

今日の夕方、友達が、パソコンが異常な状態になったので見て欲しいというので出かけました。
パソコンはすぐに正常に復旧したのですが、友達と店を共同経営している女性が、私に見せたいものがあると言います。
それは、正覚寺の御門徒の家の地震で倒壊した蔵にあったものだということでした。
全てに正覚寺の寺紋などの蒔絵が施された台に乗った輪島塗の三段重ねの杯でした。
台の裏には、「大正5年○月○日 天牌奉安式記念 正覚寺門徒一同」と書かれていました。
明治43年の大火で全焼し、大正3年に現在の本堂を上棟しているので、大正5年には天牌というかつては御本尊の脇に安置してあった牌を安置できるまで復興していたのだと推測できます。
それにしてもその記念品。
現在の価格なら数十万円、それだけの記念品をもらうということは、その方は現在の金額で500万円以上の寄付をしたんだろうと、友達らと想像しました。
その家はお世話方をしていただいた家ですが、決して総代などの役員をしていただくような特別な家ではありません。
田舎の方なので、山の木を売って寄付をされたのだろうと想像しました。
こういう力が正覚寺を支えていたんだと思いました。

その家は、現在は年金暮らしのお婆さんの一人暮らしです。
山の木もお金になりません。
これが正覚寺の現状です。

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能登半島地震 被災93日目 -1

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趣味の塗り物は楽しいです。
初めはどうなるものやらと塗り始めるのですが、塗り重ねるごとにきれいになっていきます。
この頃が迷い始める頃です。
まだ塗り重ねようか、止めようか。
木地の色が透けて見えたり、木目が見えたり、それが模様になります。
塗り重ねると黒くなってしまいます。

実は、私は不器用です。
私の両親はとても器用な人たちでした。
兄もとても器用です。
叔父さん、叔母さんたちも、父方・母方とも皆とても器用な人たちです。
唯一思い当たる不器用な人は、正覚寺の先代住職である祖父です。
たぶん私は隔世遺伝で祖父の不器用さを受け継いでしまったのだろうと思います。
不器用な祖父でしたが、絵はとても上手でした。

不器用な私が塗る山吹塗。
売れなければ生活できないという仕事じゃないから楽しいです。
でも1個だけ8千円で売れたことがあるんです。
友達の店に並べてもらったらシュガーポットが売れちゃったんです。

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能登半島地震 被災92日目

午後3時50分能登空港発の便で、次男は横浜へ帰っていきました。
こちらから話しかけないと自分からは何も話してくれない口数の少ない息子で、わが家の息子たちは食事以外はほとんど自分たちの部屋にいるので、帰ってきて同じ家にいても顔を合わせている時間は短いのですが、それでも帰っていくと寂しい思いをします。
それにしても能登空港はありがたいです。
能登空港がなかったら、次男は、横浜から1泊2日で輪島へ帰ろうとはしなかったのではないかと思います。

次男を送ったついでに買い物をして帰ってきたら、隣寺の入口にお葬式の看板が出されていました。
長男を送って寂しい思いをしていたこともあって、いつまでこの傾いた本堂、壊滅的な座敷、倒壊した鐘楼・塀を見つめて生活しなければならないんだろうと、その看板を見て思いました。
責役・総代さん方は1億円以上の寄付を募って本堂を修復しようとされていますが、住職である私の正直な思いは、正覚寺の現状ではその1/3も集まるのだろうかと心配しています。
修復・寄付をお願いする立場のお前がそんな弱気でどうするという声もありますが、強気のイケイケで思いがかなうほど世の中は甘くないと私は思っています。

女房が時々言います。
「本堂が大きいので、世の中の人や本山と門徒の人までが、山吹の寺が大きな金持ちの寺だと勘違いしている・・・」と。
私もそう思います。
北前船で栄えた古き良き時代の輪島、北前船で栄えた御門徒に支えられていた正覚寺、北前船はすでに歴史として扱われるほど過去のことになりました。
北前船を失い、ご門徒の職業も生活も変わりました。
しかし、栄えた時代の本堂だけが残されました。
なんとかやりくりをして維持してきました。
この30年間で4000千万円ほどの資金を本堂につぎ込んで維持をしてきました。

しかし、数年前から寺としての収入が激減しています。
1つには過疎による減収、2つにはご門徒の世代交代による減収、そして葬祭会館が出来たことによる減収。
地震がなくとも大きな本堂を日常的にも維持する限界がきていたと思います。

極力ご門徒に寄付をお願いせずに寺を維持しようとしてきたことが、ご門徒に正覚寺の現状が見えないようしてきたようです。
宗教と言えば金をせびるものという嫌らしいイメージのない寺であろうとしてきたことが、皮肉にも今回の地震の復興の足かせとなっているように思います。
その気になれば1億くらい準備できる、ご門徒にそういう勘違いをさせる経営をしてきてしまったのだと思います。
ご門徒に優しい寺であろうとしたことが、かえってあだになっているように思います。

まさに仏法です。
私の寄付をお願いするという嫌な思いから逃げようとする思い、寄付をお願いしない住職といういい格好をしようという思い、そんな私の浅はかな思いは、地震によって何の役にも立たないばかりか復興の足を引っ張っているということを思い知らされました。
私の善かれという思いは、少しでもプラスになるのならまだしも、かえってマイナス要因になっているように感じています。

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能登半島地震 91日目

今春大学を卒業し、横浜の会社へ就職した次男が、地震後初めて帰ってきました。
帰ってきたというより、女房に、地震で被災した生まれ育った寺を見ておきなさい、と呼び戻されたのです。
地震がなければ、5月の連休明けにこちらから様子を見に横浜へ出かけるはずだったので、新入社員としてどうしているのか心配していたのです。
まだ大した仕事はさせてもらっていないので、厳しくなるのはこれからのようです。
顔を見て安心しました。

次男が手土産に東京バナナのクッキーを買ってきました。
私と女房は、その手土産に次男の成長を感じました。

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能登半島地震被災90日目

今朝未明、4時前にユッサユッサという揺れで目が覚めました。
輪島は震度3、震源地は羽咋という能登半島のつけ根に近いところで、羽咋は震度4。

昨日、親戚のご住職さんご夫妻が様子を見に寄っていかれました。
「少しは話しが進んでいますか?」っと問われたので、修理の見積りをお見せしました。
復興に向けて動き出していることに安心されたようでしたが、
「新しく建て直すという話はないのですか?」っと問われました。
「そういう意見をおっしゃる方もあります。」っと答えると、
「そうですよね。1億円かけて修理しても、地震前の本堂に戻るだけですからね。」

午後やってきた友達も、
「今の時代に合わせて年寄りがお参りしやすい本堂、利用してもらえる本堂に建て直したらいいんじゃないか?」という意見。
確かに今では、祠堂・永代経や報恩講で使うのは、大きな本堂の1/3か1/4程度のスペース。
1億円かけて修理する必要性があるか?っと問われれば返答に困ります。
1億円かけて修理しても、その本堂は宝の持ち腐れになるのは明らかです。
それなら、1億円の修理代は無駄づかい、と言われればその通りです。
友達は、「もうすぐ俺達も退職して、ますます年寄りばかりになり、本堂を無理して修理してもすぐに維持ができなくなるぞ。大きいなりに金がかかるんだから・・・。」

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能登半島地震89日目

正覚寺に関して色々ウワサが流れているようです。
先日出会った方に、
「正覚寺の修理費は2億円だそうですね?」っと言われ、驚きました。
「いえ、その半分程度で本堂は修復出来そうです。」と答えました。

今日訪ねてきた友達は、
「○○さんが、一般門徒は20万円、総代さんら役員さん方は何百万以上に決まったと話していたよ。」
誰が決めてくれたんでしょうねぇ。

先日から時々大雨警報が発令されます。
今夜も、今朝に続いて本日2度目の警報発令です。
本堂の修理は数年越しにゆっくりと・・・と励ましの助言をして下さる方が多くいらっしゃいます。
おっしゃる通りですし、お気持ちはありがたいのですが、本堂を修理するのか改築するのかはいいかげんに決めなければなりません。
雨が降るたびに雨漏りがするのでのんびりしていられません。
屋根だけでもシートをあてるなどの応急処置を・・・と思われるでしょうが、応急処置をしていただいて現在の状態です。
海岸縁で風が強い地域なのでシートもあまり役に立ちません。

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能登半島地震87日目

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昨日(6月18日)、叔母さんのお寺である金沢・西光寺さんの永代経法要で法話をさせていただきました。
宝物の虫干し法要を兼ねているので、堂内には多くの宝物が飾られています。
私にはお説教・法話をする実力はありませんので、今回の能登半島地震の体験を話させていただきました。
30分の予定でしたが、40分程度になりました。
初めて話を最後まで飽きずに聴いていただいたように感じました。

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私の下手くそな話の後、西光寺さんのご門徒である田中錦煌さんの琵琶の奉納がありました。
お母さんの7回忌の法要に帰省されたので、お母さんの供養にとの願いで催されました。
演目は、「血染めの聖教」と「舟弁慶」の2題でした。
「血染めの聖教」は、福井・美山の浄土真宗本願寺派の本光寺さんに伝わる蓮如上人の吉崎時代の伝説に基づくものでした。
私は、伝統芸能には疎いのですが、琵琶の迫力ある演奏に合わせた歌に聞き入りました。

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西光寺さんの正面からの全景です。
金沢の中心部でコンパクトに隅々までよく整備されています。

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能登半島地震85日目

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山吹塗りです。
古くなり色あせて傷もついて使われなくなった道具を塗りました。
朱の器の上に普通の漆を塗りました。
プロと違ってまだらにしか塗ることが出来ません。
下の朱がまだらに透けて見えます。
素人ならではの模様だと自分では言っています。
50客塗れば、寺のお講で使えます。


近所の道路で門徒に方に声をかけられました。
「山吹さん、大丈夫かいね?」
疲れ切って見えたのか、悩み込んでいるように見えたのか・・・。
自分では普通に振る舞っているつもりなのですが・・・。

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隣の小山さんのが釣ってきたアユ、今年の初物です。
富山の庄川のアユです。
ごちそうさまでした。

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能登半島地震84日目

正覚寺は、真宗大谷派・能登教区・第7組という組織に属しています。
その7組の組長さんが先日訪ねて来られて、
「(5組・6組の)門前のお寺さん方は、どうしてよいのか分からない、と途方に暮れ、呆然とするばかりだとおっしゃっておられる」と言われました。

そうだろうと思います。
本堂・庫裏(住居)共に全壊、もしくは大規模半壊状態で、一家で仮設住宅に入居されているお寺が数ヶ寺あると聞いています。
能登は寺院数の多い地域で、元々、一ヶ寺あたりの門徒(檀家)数が少なく、その上に過疎・高齢化の先進地という厳しい状況におかれています。
そこへ今回の地震によって、寺もご門徒も被害を受け、ご門徒にすれば寺の再建どころではないというのが本音だと思います。
自力では資金がないという経済的な理由で寺の再建の目処が立たない、それが能登半島地震で全壊・半壊した寺の現状です。

文化財の指定を受けている寺であれば、国や県からそれぞれ補助もあるのでしょうが、そのような寺はごく一部です。
住居として使用している棟は地震保険に加入できますが、本堂や会館、客殿などの棟は、農協の共済や本山の共済にしか加入できません。
被災したほとんどの寺が頼りにするのは、本山の共済しかないというのが実情だろうと思います。
共済の保証だけで再建が出来るという甘い考えを持ってはいませんが、共済が規定通りに支給されれば復興への大きな元金になるはずです。

組長さんが、
「(本山の共済があるので)ゼロからの復興ではありませんから・・・」
と励まして下さいました。
被災した住職は皆、本山の共済が救いになることを願っていると思います。
社会保険庁の失態による国民年金が社会問題になっていますが、共済の積立金は本山の所持金ではなく末寺の共有財産です。
本山が共済の積立金を本山の所持金として出し渋るのではなく、被災した末寺を救うという共済の趣旨通りの運営をしてくれることを願うばかりです。

また、前にも書いていますが、過疎地の寺が悩むのは先行きの見通しが立たないということです。
たとえ無理に資金的な工面をして今回は再建できたとしても、年々ご門徒が減り、維持・管理するのが難しくなることを予測すると、近い将来、維持・管理に苦しむという規模の再建は出来ないということです。
それは、遠い未来ではありません。
20年~25年後には人口が半減していると予測されている地域です。
今回の地震によってそのスピードは更に加速されたものと思います。
現在の無理が、5年、10年後には苦しみの原因になります。
将来の身丈を見越した再建をしなければなりません。
ですから、大きな借り入れをしての再建などはもってのほかです。

能登という田舎の寺は、地域の集会場としての役割も担っています。
正覚寺の地域には集会場がありません。
ですから、町内の総会、花見・納涼バーベキューなどの宴会、子供会の催し会場、子供たちの太鼓の練習会場・・・など、地域の公民館・集会場としての役割も正覚寺の建物は担ってきました。
そういう地域の集会場としての役割からも正覚寺を復興したいと願い、色々思い悩む毎日です。

このブログのとおり、毎日、毎日、同じことを頭の中で繰り返しています。
体が揺れるような錯覚、物音に過敏に反応する脅え、そういうトラウマと思えるものはなくなりましたが、傾いた本堂再興の悩みはまだまだ解決されそうにありません。

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能登半島地震83日目

今朝は、お婆さんの一人暮らしの家へご主人の3回忌のお参りに行きました。
お婆さんの妹だと思われる人もお参りされました。

お婆さんが、「お寺さんも地震で大変でしたね。」
っと言われるので、ちゃんと分かってくださっているんだと思いましたが、
次の言葉が、
「お御堂は大丈夫だったんですか?」にがっかりしました。
先日も書きましたが、写真入りの文書をお送りしてあるのですが、伝わっていないようです。
「本堂も傾いたりしてメチャクチャです。・・・」
寄付をお願いする以前に、まだまだ被害の大きさをお知らせしなければなりません。

農協の共済の給付金が決まりました。
本堂の評価額が3億円で、損害額が7,500万円で、7,500万円÷3億円=0.25で、25%の損害があったという評価。
5千万円の共済に加入していますが、地震の保証は50%なので、全壊で2500万円の保証。
で、2500万円の25%で、2500万円×0.25=625万円の保証額になりました。
鑑定時には300万円もらえるかどうかということだったので、農協さんはよく頑張ってくれたと思います。
鑑定・申請には、ご門徒であり友達でもある保険代理店の方に助言などをしていただき、このお蔭も大きかったと思います。

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能登半島地震82日め

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雨が降るとぞっとします。
雨漏りです。
これは本堂の内陣です。

今日は、午前・午後・夜と、ご法事が3軒ありました。
明日の午前中も1軒ご法事があります。
こんな平日に?っと思われるでしょうが、これも高齢化の現象です。
年金暮らしの高齢者の家庭なので、病院や介護などのない日ならいつでもいいんです。
縁者が集まるということもほとんどありませんし・・・。

午前中のお宅は、能登では「ごえんかり」や「ごいんかり」というのですが、旦那寺が遠方(この方は京都)のため、お葬式などの大きな儀式以外は近くのお寺が代理でお参りするのです。
障害者手帳を持つ高齢者夫婦の世帯なので、正覚寺のご門徒ではないのですが、大きなご寄付は期待できないなぁ~と考えてしまいました。
地震があってから、ご門徒の方の顔を見ると、同じようなことを考えてしまいます。
ご門徒を値踏みしているようで嫌らしいですね。

寺の前などで、ご門徒の方に出会うと、ご門徒も不安そうな顔をされます。
たぶん、寺からどのくらいの寄付を頼んでくるのかと心配しておられるのだと思います。
ご門徒の方の心配顔を見ると、申し訳なくなります。
私が寺を壊してしまったわけではないのですが、悪いことをしているような気分になります。

午後は、40歳代でご主人を亡くし、女手一つで家庭を切り盛りしている方の家でした。
介護老人保健施設に勤められているので、勤務が不規則なのです。
お参りが終って、「地震のお手伝いが出来ないから・・・」と、お布施とは別に白い封筒をいただきました。
寄付を依頼されても出来ないという意味だったのでしょう。
お布施の金額を明かすのは不謹慎だと思いますが、その白い封筒には1万円が入っていたようです。
気持ちはよく分かります。
これが正覚寺の現実です。

夜は、食品店を経営するご家庭のお参りでした。
お店と住居はたいした損害はなかったようですが、倉庫は大きな修理が必要なようでした。

明日は、独居老人のお宅のお参りです。
ここもご寄付を期待するのは酷な家庭だと思います。

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能登半島地震81日目

午前中、修復学会の先生たちが御本尊を見に来て下さいました。
京都の大学の先生ら総勢7名の方々で、簡単に考えていた私と女房は驚きました。
正覚寺のような何でもない一般寺院に来ていただいて恐縮でした。

御本尊も台座も本体はしっかりしているので、とりあえずしっかりと起ててもらえばいいのではないかというアドバイスでした。
右足が2個になっていたものも、組み合わせを教えていただきました。
後日、文書で指示していただけるそうでそれに従って修理を依頼してくださいということでした。
ありがとうございました。

皆さん、興味があったようで、本堂の損傷も見学されました。
柱の傾きを熱心に見ておられました。

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能登半島地震80日目

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例年より1ヶ月以上遅れて、今シーズンも、山吹塗を始めました。
本堂の目処がたつまで塗り物は出来ないと思っていたのですが、ただ毎日一人で頭を悩ませていても仕方がないので、塗り物をすることにしました。

午前中、近くのお寺の住職さんが寄られました。
お話しは進んでおられますか?と、問われたので、見積書をお見せしました。
すると、私なら、7千万円で小さなお堂にするかもしれませんねぇ、とおっしゃいました。
隣町には6千万円で小さなお堂を建てられたお寺があるとのこと。

先人からの願い・意志を継ぐ、遺産を受け継ぐという意味で、本堂修繕が本筋です。
しかし、過疎地という現実を考慮して、今後の維持管理、子孫の負担軽減を優先すれば、本堂改築かもしれませんね。
住職・寺族は、寺を維持する苦労を知っているので、今後ということを考えますが、ご門徒の方を含めた一般の方々は、今しか考えません。
もちろん、私も本堂が立派に修繕されれば住職としてカッコイイですけどね。
今は、その2者択一を迷うことすらできませんが・・・。

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震災79日目

今朝、未明に震度4の余震。
タンスに突っ張り棒をしておいてよかったと思いました。

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正覚寺の裏で新築中の家の基礎。
建築主には失礼ながら、これで千万単位でしょうから大きな本堂が億というのも当然か、と妙な納得の仕方をしました。

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裂けた塀、傾いて隙間が出来たわけではありません。
引きちぎられた感じです。
しかし、地割れはありません。

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この箇所も単に傾いただけではなく基礎がズレています。
地震のエネルギーの凄さを感じます。

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震災78日目

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放置のつもりでしたが、雨漏りした座敷があまりにも無残でひどいことになりそうな気がしたのと、座敷の屋根までなら私にも上れそうに見えたので、自分でシートを縛り直すことにしました。
上ってみると、下から見るのと違って恐かったし、下でみる以上に屋根の傷みがひどいのが分かりました。
シートを縛る作業のほとんどは駆けつけてくれた隣のお父さんがしてくれました。
南向きの屋根の上で、シートを縛ったロープが熱で劣化し簡単に切れてしまうのです。
そのこともよくわかりました。

午前中、百箇日のお参りがありました。
話題のほとんどは地震。

お母さん 「○○寺さんの本堂が傾いてひどいんやねぇ。」
私 「○○寺さんとウチの寺の被害が大きいげわ。」
お母さん 「ウチのお寺は大丈夫そうやがいね。」

寺に感心がないお母さんだとは思っていましたが、寺からの案内にも全く目を通していないことにがっかりしました。

私 「正面に傾いているので、正面からみると大丈夫そうに見えるげわ。裏や中で見るとヒドイげわ。」
お母さん 「本堂は使えんが?お葬式には使えんが?」

寺というと、葬儀の会場としての価値が優先される、それが一般的な意識かもしれません。

私 「本堂は使えません。庫裏の広間でお参りしています。」
お母さん 「鉄筋かなんかにすりゃいいがいね。」

人ごとのように簡単に言わないで下さい。

私「どうするかはみんなで相談して決めていきたいと思います。」

こういう会話が多いんです。
寺に近い立場でなんとかしなきゃならんと思って下さる総代・責役さん方と、こういう一般のご門徒の方との温度差を縮める努力を続けなければなりません。

その家の息子さんは、七尾市で飲食店をしているのですが、震災以後本当に暇だそうです。

息子さん 「建築関係の人は地震のおかげで潤ったみたいやけど、飲食店なんてなくてもいい仕事やしね。」

そういえば、正覚寺の向いのスナックも先日閉店したようです。
住まいに被害がなくとも、仕事、経済的な被害もあります。

3月初旬に亡くなった福井の叔父さんの病室からご門徒へ宛てた手紙をホームページに転載しました。
今日のこのブログにご縁のあった方はぜひお読み下さい。
http://www.nsknet.or.jp/~yamabuki/gomonto.html

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震災77日目

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強い風が続いたため、屋根のシートのロープが切れて、シートがめくれあがってしまいました。
昨日からの雨で座敷はひどい雨漏り。
座敷は解体確定なので、放置します。
本堂側に影響がないか確認したら、本堂側には影響はありませんでした。
ただし、本堂の瓦もズレているので雨漏りはあります。

今日は、ご法事がありました。
話題はもちろん地震。
息子さんたちは街中に住んでいて、お婆さんが一人暮らしをしていた田舎の家が全壊になったそうです。
息子さんの家には、お婆さんの部屋も準備してあったので、息子さんは同居を勧めているのですが、お婆さんは仮設住宅に入っているそうです。
家が全壊したので、保険金や見舞金など5千万円ほどのお金がお婆さんに入ったそうで、親戚はお婆さんに家を新築することを強く勧めているそうです。
親戚の介入に息子さんは悩まされ、その事情を知らない人たちからは、たった一人の親の面倒も見られないのか、と非難の目だとか。
家を新築する必要のない高齢者が、使う必要のない大きなお金を持って仮設住宅に入っている、そういう例が少なくない、という話を聞きました。
こういう人たちに目をつけて、悪徳業者や詐欺師の事件が起こるのではないかと心配していました。

厄介なのは半壊の人たちです。
修復するには数百万~1千万円の資金が必要ですが、全壊のようには保険金などが支払われません。
高齢者世帯には大きな家も必要ないことから、修復を断念して解体し、小さな建物にすると、もったいないことをすると非難される、本当に気の毒です。

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震災76日目

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昨日NHKから届いた封筒。
2ヶ月分視聴料免除とのこと。
ありがたいです。

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市役所から届いた書類の1部。
半壊以上の被害を受けた者に対する被災者支援制度のガイドブック。
中小企業ではないので低金利融資は受けることができませんが、国民健康保険料などを含めた税金の減免などの支援を受けることができて、焼け石に水といってしまえばそれまでですが、それでも住宅部分の壁や建具の修理費にはなりそうなのでありがたいです。

震災以降大きな雨が降らなかったのですが、今日は時々強い雨。
亀裂が入った土地もあるようなので、崖崩れなどの2次災害がなければよいがと心配しています。

近頃、ちょっとショックだったことがあります。
正覚寺の門信徒の方を区分してみたら、4割以上が退職された方のみの家庭でした。
かなり過疎・高齢化が進んでいるとは思っていましたが、これほどまでとは思いませんでした。
門前地区は65才以上の高齢化率約50%らしいのですが、正覚寺もなかなかのものです。

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震災75日目

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これは昨日届いた封筒です。
「重要」の文字に何だろうと思いながら開封してみると、中の書類は本山への上納金の請求書でした。
本山(教務所)にとって重要なものは上納金であり、末寺や門徒の震災の被害ではありませんよね。
能登教区全体からすれば、正覚寺のような震災により半壊もしくは全壊といった寺はごく一部でしょうから、未完納の寺に対して一律発送したので仕方がないとは思いますが・・・。

震災にあった後、女房が言いました。
本山は共済で助けてくれることができないなら、被災した寺の上納金を少なくすることで助けてくれないだろうかと・・・。
私は、上納金が軽減される時は被災に関係なく全寺院一緒だよ、それが真宗大谷派の考える平等だと答えました。
そんなのズルい、と女房。
しかし、それが現実です。
「バラバラでいっしょ」本山が掲げたスローガンですが、バラバラは認められません、みんな一緒の一律しか認められないのが真宗大谷派の現実です。

それにしても、本山はいいですよね。
必要な経費を割り振って請求すればお堂の修復資金が集まります。
お気楽なものです。
私も、ご門徒に請求書を発行して寄付が集まるならそうしたいです。

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震災74日目

今日は、隣の能登町まで叔父さんのお寺のご門徒のお葬式にお参りさせていただいてきました。
僧侶の控室では、当然のように地震の話題。
私のことをご存じない御方が、「どちらの町のお話しですか?」っと聞かれると、他の方が、「テレビで倒れた鐘楼堂が映っていたお寺ですよ」
今の私の一番分かりやすい紹介の言葉がこれになっています。

「本堂などはいかがですか?」の問いに、「本堂は、基礎が東側にズレて、北に大きく傾きました。」などなど。
「修復には約1億円の資金が必要・・・」には皆さん顔をしかめて絶句。
同じ奥能登の僧侶として、憶という資金の大きさが分かりあえるのです。

夕方、女房の兄貴が寄りました。
修復費は1億円、に、やっぱり難しい金額やね、という感想。
外見は大したことない被害だから、様々な意見が出てまとまりにくいだろうという想像。
1億円で現本堂を立派に修復できるかもしれないが、1億円思い切れば立派な建物も建てることができる、という推理。

まさにその通りだと思います。
一見して修復は困難というほど損壊していれば、本堂解体で話がまとまりやすいし、損傷が壁や建具だけですんでいれば、修復でまとまりやすいと思います。
しかし、外観からは被害の大きさが見えにくい状態ながら、修復するとなると億の金額。

私に寄せられる意見は様々。
同規模の本堂を建てるより修復した方が安上がりだから修復すべき。
門徒がお葬式などに使いやすい会館を兼ねた小さな現代的な本堂に改築すべき。
高齢化の進んだ過疎地で皆が被災して寺に寄付をする状況にないのだから放置すべき。

それぞれの意見に込められた思いがよく理解できます。
先人からの遺産を是が非でも修復すべき。
現代の世相にマッチした門徒が求める建物を新築すべき。
被災地の寺で金が無いんだから門徒に負担を求めない。

住職という立場で、どれがいいとは言えませんが、ご門徒が1億円以上準備できるなら現本堂を修復するのが理想でしょうし、1億円準備できないなら、中途半端に修復することをしないで、出来る範囲の本堂に改築したほうがよいと思っています。
ご門徒が資金を出せないということであれば、とりあえず本堂がない状態も覚悟しています。
住職としてはっきりして欲しいことは、どうすべきということよりいくら資金を準備できるかということです。
当たり前のことですが、資金によって大まかに出来ることが決まっていきます。

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震災73日目

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女房がこの看板を見て、「いいなぁ~!どうして重蔵神社は、まちづくり交付金が貰えるの?」
それを聞いていた友達が、「重蔵神社の境内は皆が通るからでしょう」

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埋立地の廃材の山、大きくなりました。

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震災72日目

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お向かいの家、着々と工事が進められています。

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これもお向いの家、解体作業中です。
この男の人は解体されている家の世帯主です。
どういう思いで自分の家の解体を見ているのでしょうか。
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朝からずっと家がなくなっていくのを見ていられるようです。

昨日の午後、隣の珠洲市の親戚のお寺のご法事があり、福井の叔母さんもお参りにおいでました。
叔母さんは震災にあった正覚寺を見ていなかったので、夕べは輪島で宿をとりました。
従姉妹が運転手として一緒に来ていて、今日の午後まで一緒に楽しい一時を過ごしました。
女同士ということもあり、女房がことに楽しかったようで、細かいことを気にしない人が大好きと叔母さんとの楽しい会話にとても癒されたようでした。

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震災71日目

元々は正覚寺のご門徒で、西宮にいらっしゃる方が、お墓参りのついでにご夫婦で訪ねて下さいました。
門徒として付き合いをしている西宮のお寺が、2億8千万円の予算で本堂を新築中で、今秋に落慶法要だそうです。
1口10万円以上という寄付の依頼らしいのですが、2階建で、2階が本堂、1階が納骨堂で、納骨檀の販売価格が1基100万円だそうです。
また、院号法名料が1人50万円だそうで、その方はどうせいつかは死んで支払うお金だからと、ご夫婦の院号法名料として100万円を寄付したそうです。
他にも、相続講として門徒1戸あたり毎月5千円を集金しているそうで、その相続講金だけで数千万円の貯金が出来たということでした。

別世界というか、次元の違う世界の話で、ただ笑って聞くだけで、何の参考にもなりませんでした。

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震災70日目

ご法事に出かける準備をしていたら、訪問者。
名刺を出されて、本堂の写真を撮らせて欲しいとのこと。
名刺には「東京大学大学院」。
若い女性だったのでてっきり学生だと思ったのですが、あとから名刺を見直すと「准教授・博士(工学)」という肩書き。
失礼しました。
でも、人を見かけや肩書きで区別・判断するなんて坊さん失格ですね。

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昨日からお向かいの家の解体が始まりました。
90才を過ぎたお婆さんとその息子さん夫婦の3人暮らしでした。
息子さんといってもすでに退職したお年です。
今後どうされるのでしょうか?

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今日、明日と輪島市民まつりが行われています。
今夜は、花火大会でした。
町内の人たちと一緒に見物しました。
輪島であんなに凄い花火が見ることができるとは思いませんでした。

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震災69日め

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正覚寺の後ろの家です。
新しい家で、外観の様子からは無傷のように見えたのですが、先日からかなり大がかりな修復工事が行われています。
建具屋さんに聞くと、かなり傾いていたそうです。

夕べの正覚寺役員会では、1億円の予算で本堂を修理することを提案して門徒総会を開催することに決まりました。
住職としては、ご門徒の心が一つになって円満に本堂が修復されることを願うばかりです。

しかし、財力のある役員さん達の心意気に、どれだけのご門徒がついていけるのかという不安があり、実現は生易しいことではありません。
すでに巷では、私に聞かせることのできないほどの冷たい言葉も聞かれるそうです。
先人の遺産としての大きな本堂に価値や必要性を感じないご門徒が大量に離檀し、残されたご門徒で修復するとなれば1戸あたりの負担が大きくなり、ますます状況が厳しくなるという悪循環に陥ってしまいます。

度重なる災害にもかかわらず再建された大きな本堂、その先人が残してくれた遺産を再興するのも大きな勇気と意義のある決断です。
しかし、正覚寺の現状と将来について熟慮の上、ご門徒の総意として現在の正覚寺の本堂の維持は困難と判断されれば、それも虚勢を捨てた立派な勇気ある決断だと思います。
資金が集まれば修復し、資金が集まらなければ潔く断念する、それが仏教徒らしいあり方だと思います。

自発的に快く差し出していただいたお布施(寄付)だけで再興できるというのが理想です。
世の中、理想通りに動いていくような甘いものではないと思います。
しかし、寺・本堂というのは、人々に安らぎを与えるお念仏の場です。
その本堂の再建が、人々に逃げ出したいほどの過剰な苦痛・負担を与えてはいけないと思います。
寄付を強要し取り立てるようなことはすべきではないと思います。

寺とは何か、本堂とは何か、住職の資質・・・そういうことが問われ、議論されていくのだと思います。
本堂を修復するにしても解体するにしても、正覚寺の総意として、決断をご門徒が共有する必要があり、そのためには全てのご門徒が正覚寺の厳しい現実を知り、一人一人が着飾らない正直な気持ちを語り合う、そういう作業が必要なのだと思っています。

私と女房は、最悪の状態も覚悟して、ご門徒の方々が決められることに従う決意を確認しました。

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