« 能登半島地震 91日目 | トップページ | 能登半島地震 被災93日目 -1 »

能登半島地震 被災92日目

午後3時50分能登空港発の便で、次男は横浜へ帰っていきました。
こちらから話しかけないと自分からは何も話してくれない口数の少ない息子で、わが家の息子たちは食事以外はほとんど自分たちの部屋にいるので、帰ってきて同じ家にいても顔を合わせている時間は短いのですが、それでも帰っていくと寂しい思いをします。
それにしても能登空港はありがたいです。
能登空港がなかったら、次男は、横浜から1泊2日で輪島へ帰ろうとはしなかったのではないかと思います。

次男を送ったついでに買い物をして帰ってきたら、隣寺の入口にお葬式の看板が出されていました。
長男を送って寂しい思いをしていたこともあって、いつまでこの傾いた本堂、壊滅的な座敷、倒壊した鐘楼・塀を見つめて生活しなければならないんだろうと、その看板を見て思いました。
責役・総代さん方は1億円以上の寄付を募って本堂を修復しようとされていますが、住職である私の正直な思いは、正覚寺の現状ではその1/3も集まるのだろうかと心配しています。
修復・寄付をお願いする立場のお前がそんな弱気でどうするという声もありますが、強気のイケイケで思いがかなうほど世の中は甘くないと私は思っています。

女房が時々言います。
「本堂が大きいので、世の中の人や本山と門徒の人までが、山吹の寺が大きな金持ちの寺だと勘違いしている・・・」と。
私もそう思います。
北前船で栄えた古き良き時代の輪島、北前船で栄えた御門徒に支えられていた正覚寺、北前船はすでに歴史として扱われるほど過去のことになりました。
北前船を失い、ご門徒の職業も生活も変わりました。
しかし、栄えた時代の本堂だけが残されました。
なんとかやりくりをして維持してきました。
この30年間で4000千万円ほどの資金を本堂につぎ込んで維持をしてきました。

しかし、数年前から寺としての収入が激減しています。
1つには過疎による減収、2つにはご門徒の世代交代による減収、そして葬祭会館が出来たことによる減収。
地震がなくとも大きな本堂を日常的にも維持する限界がきていたと思います。

極力ご門徒に寄付をお願いせずに寺を維持しようとしてきたことが、ご門徒に正覚寺の現状が見えないようしてきたようです。
宗教と言えば金をせびるものという嫌らしいイメージのない寺であろうとしてきたことが、皮肉にも今回の地震の復興の足かせとなっているように思います。
その気になれば1億くらい準備できる、ご門徒にそういう勘違いをさせる経営をしてきてしまったのだと思います。
ご門徒に優しい寺であろうとしたことが、かえってあだになっているように思います。

まさに仏法です。
私の寄付をお願いするという嫌な思いから逃げようとする思い、寄付をお願いしない住職といういい格好をしようという思い、そんな私の浅はかな思いは、地震によって何の役にも立たないばかりか復興の足を引っ張っているということを思い知らされました。
私の善かれという思いは、少しでもプラスになるのならまだしも、かえってマイナス要因になっているように感じています。

次へ 震災トップへ

« 能登半島地震 91日目 | トップページ | 能登半島地震 被災93日目 -1 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 能登半島地震 91日目 | トップページ | 能登半島地震 被災93日目 -1 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

気象協会

  • 気象協会

最近のトラックバック