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2007年7月

能登半島地震 被災129日め

夕べは、正覚寺の役員さん方と復興委員会の方々との合同会議が開催されました。
本堂を修復するか、解体・新築するかは門徒総会で決めることが再確認されました。
修復の見積りは出ているので、対案である新築案の作成を進めなければなりませんが、1番の問題はやっぱり予算です。
1戸平均いくらの寄付のお願いが出来て、総額いくらの資金が用立てできるかが問題です。
立派な設計図などの計画を立てても資金が集まらなければどうにもなりません。
いったいいくらの予算で計画すべきなのか、難しい問題です。
来週の月曜日6日に第4回の委員会が開催されます。

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能登半島地震 被災128日め

正覚寺の裏で2軒の新築工事、隣で外壁工事、前の家はトイレの改修工事。
ドンドンと工事の音が聞こえますが、どこの音だか分かりません。

正覚寺の前の道路は、河井浜の臨時の廃材置き場へのダンプの通り道。
大きなダンプが通ると家が揺れます。
特に信号待ちから発進すると大きく揺れます。

正覚寺の前の道路は、国道249号線です。
国道に面した寺ということで、訪ねてこられる方が分かりやすいということはあります。
しかし、輪島のメインストリートとして車の交通量も多く、寺の前の交差点には信号があり、出入りなどで不便を感じることも多くあります。
その上、大型車が通ると揺れます。

現在、国道249のバイパス工事が行われています。
また、河井浜の埋立とともに朝市駐車場から抜ける道路も新たに設けられるものと思われます。
それらの道路ができれば、正覚寺前の道路の交通量、特に大型トラックやバスの交通量が減るのではないかと期待しています。

今夜は、正覚寺責任役員・総代といった役員と正覚寺復興委員会との第1回合同会議です。
大まかな方向性、門徒総会について決められるのではないかと思います。

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能登半島地震 被災127日め

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先日、私に貸してあるはずだと言われたDVDを昨晩届けていただきました。
別の方に貸したのを、私に貸してあると思い込んでおられたようですが、思い出していただいて無事解決してよかったです。
それにしても借りた物はいいかげん返すというのがマナーでしょう。

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能登半島地震 被災125日め

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1ヶ月ほど前から調子が悪かった私のメインパソコン、長男のパソコンも同じように不調になったので、一緒に本体だけを新しくしました。
わが家のデスクトップパソコンは全て長男が組み立てたもので、私と長男が使っていたパソコンの使える部品を組み合わせて3男のパソコンも新しくなりました。
もちろん、私と長男のパソコンは、WindowsVistaです。

今日の午前中、金沢の瓦屋さんが見に来ていかれました。
私たちが見積りをお願いしたわけではないのですが、金沢の宮大工さんが解体するのはもったいないと修復の見積りをしてくれているらしいのです。
立派な本堂だから保存したいというお気持ちは有り難いのですが、次々と建築の専門家が尋ねてこられて、本堂の傾きは大したことないこととその修復方法という同じ話しを繰り返し聞かされ、過疎高齢化で修復資金を用立てすることが困難であるという奥能登の寺の現実を説明することに、私も女房も疲れました。

夕方のニュースで、金沢とアメリカの建築学を専門とする学生たちが輪島を訪れ、被災した蔵を修復して喫茶店やギャラリーとして活用するアイデアを出していると報じられていました。
実現できれば、すばらしいだろうと思います。
しかし、その修復資金と維持管理費を誰が負担するかが問題です。
蔵も本堂も置かれている現実は同じです。

私は、音楽が大好きです。
先日、震災後初めて通販でCDを買いました。
私は、先日亡くなった坂井泉水がボーカルだったZARDなどのニューミュージックと呼ばれるジャンルやフォークソングも好きですが、メインはジャズ・フュージョンです。
フュージョンというのは聞き慣れない言葉だと思いますが、二つのジャンルの音楽(特にジャズとロック、ジャズとソウルなど)を融合させた音楽です。
30年ほど前は、クロスオーバーと呼ばれていました。
日本ジャズの大御所である渡辺貞夫は、フュージョンでも名作があり、資生堂のコマーシャルとして流れていました。
フジテレビのF1中継のテーマソングもスクウェアーというグループのフュージョンです。
それ以外にもテレビのバックグランドミュージックとしてフュージョンが多く使われています。
今回は、神保彰というドラマーのフュージョンのCDを1枚と熱帯ジャズ楽団というビックバンドのCDを2枚買いました。
塗り物をする時も音楽、本を読む時も音楽、ジャズ・フュージョンを聞いている時間が至福の時です。

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能登半島地震 被災124日め

冬は鍋、夏はバーベキュー、正覚寺は季節ごとに飲み会の場になるのですが、地震以降そういうことができる状態ではありません。
今日、出会った友達が、「進展はありますか?」っと聞くので、「全く先は分からないよ」と答えると、「山吹さんのところでは飲めないから、俺の家にでも集まってこそっと飲もうよ」
元気をつけてやろうと相談してくれているようです。

それにしても、柏崎・刈羽原発は危なかったようですね。
まだまだ調査すらできない状態のようです。
能登半島地震時には、たまたま志賀原発の2機とも停止状態だったので、北陸電力はホッとしているのではないかと思います。
東海地震が心配される浜岡原発など、いつどこで大地震が起こっても不思議ではない日本列島、全ての電力会社は不安な思いをしているのではないでしょうか?

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能登半島地震 被災123日め

今日、出入りのガス屋さんが通りがかりに寄っていかれました。
「本堂は使えないのですか?」っと、問われるので、「大きく傾いてこのままじゃ使えません。」
「鐘楼堂だけでも、3~4百万円ですよね?」っと、言われるので、「0が一つ足りません。」
一昨年、鐘楼堂の屋根の葺き替えをしたのですが、250万円でした。
小さな壁もない建物なので一般の人はどこに金がかかっているのか分からないですよね。
そんな意味じゃ、寺というのは贅沢なものです。

郊外のお寺が、予てからの予定通り来年5月に先住の50回忌と御遠忌という大法要を勤められるそうです。
正覚寺も来年、ささやかな法事を勤めるつもりだったのですが、法事どころではなくなってしまいました。

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能登半島地震 被災122日め

夕べは、第2回正覚寺復興委員会でした。
話が元に戻ってしまった感じでしたが、前回の委員会の議事録や今回のレジメを準備しなかったので仕方ないかもしれません。
それでも3歩進んで2歩下がるくらいでちょうどいいかもしれません。
委員会では、解体建て直し決定といった感じです。
資金的にはそうするしかどうしようもないと思います。
あとは、1戸平均いくらの御寄付をお願いできるかです。
それによって大まかな予算立てをし、新本堂の設計をしてもらわなければなりません。

昨晩、ご門徒のお爺さんが亡くなられました。
震災で本堂が傾かなければ、正覚寺でお葬式をなさりたかったのだろうと思われるご家庭です。
農協のセレモニーホールへ行くことになりました。
なんだかとても申し訳ない思いがしました。 
それに、農協の儲けで正覚寺への寄付が消えていく気がします。

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能登半島地震 被災121日め

コメントを下さった皆さん、ありがとうございます。
コメントとしてはお返事をしていませんが、ちゃんと読ませていただいています。

夕べは、正覚寺役員さんをご招待いただいて、正覚寺責任役員さんの家のバラの花の咲く素敵な庭で、ガーデンパーティをしていただきました。
トムヤンクンや生春巻、2種類のカレーなど、こだわりの素材による責任役員さんご夫妻のプロ顔負けの手作り料理を堪能させていただきました。
とてもおいしいワインも沢山いただきました。

カメラを持とうかと思ったのですが、失礼になるかな?っと止めました。
でも、やっぱりカメラを持っていけばよかったと後悔しました。

復興がかなったら、凝った料理は出来ませんが、正覚寺の境内でもご門徒の方とビアガーデンが出来ればいいねと総代さんらと話しました。
単に建物を復興するのではなく正覚寺の運営も新しいものにしていきたいと思います。

今夜は、第2回正覚寺復興委員会です。

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能登半島地震 被災120日め

夕べからとても嫌な思いをしています。
震災前に私にDVDを貸したと言われる方がいらっしゃるのですが、私には貸してやるというお約束の言葉はいただきましたが、全く貸していただいた覚えがないのです。
その方は、3月の中頃に、3男に渡したとおっしゃいます。
確かに、私と女房が外出から帰るとコタツの上に干菓子の箱があったことがあり、それはその方から3男が受け取ったものでした。
しかし、どれだけ思い出しても、お菓子箱だけでDVDの記憶がありません。
その後4ヶ月の間に何度もお会いしていますが、DVDの話しは1度もありませんでした。
相手の方は、私に貸して返ってこないと思い込んでいらっしゃるようですし、私のほうも、貸したと決めつけて言われると、震災のどさくさがあっただけにひょっとしたらと自信がなくなってしまいます。
仕方がないので、もう一度心当たりを当たっていただくようにお願いし、その上でどうしても私以外に思い当たらないということなら弁償させていただくとお伝えしました。

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能登半島地震 被災118日め

中越沖地震によって、能登半島地震ほどではありませんが、揺れてるのかな?っと感じたり、物音に敏感になり、地震に対して身構える気持ちが戻ってしまいました。
その一方で、2~3日前から本を読む余裕ができ、短い時間ながら、音楽を聞きながら本を読んでいます。

正覚寺とは直接関係のない方から、正覚寺の本堂が応急処置でしのげないのかという質問を受けます。
どこまでが応急処置なのか素人の私には分かりませんが、少なくとも屋根の全面葺き替えが必要でそれだけでも2千万円以上かかります。
それに、屋根裏のクサビや応急の筋交い、応急のつっかえ棒などの耐震補強が必要でしょうし、何より御本尊の台座の須弥壇・宮殿を修理しなければ寺としての機能を取り戻せません。
崩落した壁や建具などその他諸々、とりあえず使えるようにするだけでもすべて合計すると数千万円になると思われます。
とりあえずの応急処置に数千万円使う余裕は正覚寺にはありません。
それに何より、平衡感覚が狂うほど傾いてしまった本堂で、安心してお参りして下さる方がどれだけいるでしょうか?

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能登半島地震 被災117日め

元々私のブログのアクセス者は大した数ではありませんが、先日の中越沖地震発生によってアクセス数は激減すると思っていたのですが、意外なことにアクセスは減っていないようです。

被災者支援と言えば、義援金、ボランティアということを誰もが思い浮かべると思います。
ボランティアという被災者を助ける活動は、とても尊い必要な活動です。
しかし、ボランティアというのはとても難しい活動だと思います。
私の友人の一人は、能登半島地震で住居部分が全壊になりました。
友人らが駆けつけてくれ、住居と仕事場の片付けと引っ越しを手伝ってくれました。
しかし今、その友人はとても困っています。
捨てて欲しくないものが捨てられてしまい、片付けられた物がどこに何があるのか全く分からない状態だからです。
正覚寺へも多くの手助け・ボランティアの申し出をしていただきましたが、私は申し訳なく思いましたがその全てをお断りしました。
私は、他人を信用しない性格、祖父から受け継いだ道具、母が買ってくれた道具、私の代に買い揃えた道具、それらを自分の手で大切にまとめたかったのです。

ボランティア、そこに必要なのは被災者の気持ちを思いやる気持ちだと思います。
助けてやるという押し付けの気持ちでの活動は、ありがた迷惑になりがちではないでしょうか?
嫌らしいことですが、被災者が最も有り難いのは復興資金となる義援金です。
そして、精神的な支援です。
被災したあなたたちのことを忘れてはいない、見守っているという意思表示です。
能登半島地震で被災した輪島でも、ほとんど被害のなかった人、被害があったけれども復興した人が多く、その中に復興の目処が立っていない人が点在しています。
被災者は、孤立しているんじゃないか、忘れ去られているんじゃないかという不安を感じていると思います。
中越沖地震が起きてしまった今、その不安はとても大きいと思います。
そんな不安の中で、ブログにアクセスしてもらっているということがとても支えになります。

柏崎に全国から救援物資が集まっているが、多くが余剰物資となって倉庫に保管するしかない状態であるようですし、多くのボランティアが駆けつけているようですが、一般ボランティアの仕事は少ないようです。
能登半島地震時も同じ状況でした。
被災地に駆けつけて、救援物資を運んだり、家の後片づけを手伝う、それだけがボランティアではありません。
見守っているという精神的な支え、それこそが大きなボランティア活動だと思います。

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能登半島地震 被災116日め

今夜9時半頃、柏崎のお寺のがれきの下から10人目の犠牲者が見つかりました。
私は、能登半島地震で倒壊した正覚寺の鐘楼堂の下敷きになった方がいなくてよかったと改めて思いました。
犠牲者がいたら、まだまだ復興の相談どころではなかっただろうと思います。

能登半島地震でもそういう指摘がされていましたが、耐震補強のされていない老朽化した木造住宅が倒壊していると中越沖地震でも言われています。
しかし、一方で、想定される地震を大きく上まわる耐震設計がされていると、絶対的に安全だと言われていた原発が、能登の志賀原発、柏崎刈羽原発とも設計で想定した以上の地震にあいました。
志賀原発は、能登半島地震時にはたまたま、1号機は定期点検中であったのと、2号機は臨界事故隠しが発覚したために、2機とも停止していました。
柏崎刈羽原発は、7機中4機が稼働していて、火災や放射能漏れなどが起こっています。
完全な地質調査を行い、強固な岩盤の上に建設されているはずの原発ですが、柏崎刈羽原発は直下に断層があり、志賀原発は間近に走る断層を見逃していたようです。
現代科学の持つ技術の粋を結集した原発であったはずですが、絶対安全だという宣伝文句とは違い、我われ凡夫と同じ、たぶんそんなに大きな地震は起きないだろう、たぶん大丈夫だろうという、何の根拠もない希望的観測で建設・稼働されていたことが明らかになったと思います。
何の対策もなされていなかったために倒壊した古い家屋も、最新の技術の粋であるはずの原発のトラブルも、その根本にあるのは、人間の同じ錯覚であるように感じています。
万全の対策が取られているはずの原発でさえ多くのトラブルを起こしているのです。
一般の住宅などが倒壊するのは当然だと思います。

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能登半島地震 被災115日め

中越沖地震の報道を見聞きしていると、3月の被災時と重なります。

今朝、輪島市役所の職員11人による輪島市救援隊第1陣が救援物資を積んだトラックなどで柏崎へ出発しました。
家屋の被害判定を支援するために、今夜第2陣が出発しました。
その第2陣のメンバーとしてわが家の長男も派遣されました。
税務課の職員としてつい先日まで罹災証明発行の業務をしていたのですから即戦力ですよね。
それでも不慣れな土地での任務、何かと大変だろうと思います。

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能登半島地震 被災114日め

午前10時から祥月命日のお参りがありました。
お経を上げようとしたら、微動。
余震ですね、という会話を交わしている間に徐々に揺れが大きくなりました。
震度4~5ですね、と言うと、その家の奥さんが、これは5でしょう、と返事。
テレビをつけたら、中越で地震とのこと。
3年前に地震があったばかりなのにまた地震。
輪島の人の中には、これで百年は地震がないから大丈夫!という人もいます。
しかし、今日の地震はそういう油断は禁物だという事を教えてくれました。
同じ断層が動くことはないにしても、富山湾側など違う断層が動いても不思議ではないということです。
今日の地震は、輪島は震度5弱でした。
私は、本堂の屋根瓦が落ちていたり、本堂や座敷の傾きが大きくなっていたり、覚悟をして帰りましたが、目に見える被害の拡大はないようでした。
能登半島地震は南北の揺れであったのに対し、今日の中越沖地震は東西の揺れだったので、それが幸いしたのかもしれません。

その家のご主人が、本堂の復興の話しはどうなっていますか?と問われたので、億の費用がかかる修復とは別に、委員会で小さな新様式の本堂の企画も立てていることを伝えました。
その話しにとても安心されたようでした。
ただし、材木は処分せずに活用して欲しいという注文でした。

昼前に隣のお婆さんが回覧板を持って来られました。
ギシギシという本堂がきしむ音を聞きながら、動くこともできずに地震の揺れがおさまるのを待ったとおっしゃいました。
正覚寺に住む私たちよりも、本堂のすぐ横に住む隣の人たちの方が恐い思いをされているのだと思います。

午後のお参りの準備をしていたら、3月25日に関西からお参りに来られて地震に合い、お参りを延期して帰っていかれた方が寄ってお見舞いを置いていかれました。
今日は地震でいたんだお墓の修理が出来たということで、そのお墓を見に来られたのですが、墓の前で地震にあったそうです。
輪島に来られるたびに地震にあわれて気の毒です。

午後も1軒お参りがありました。
奥さんが、本堂の修復の話しは進んでいますか?っと問われるので、新様式の本堂も考えている旨を伝えると、ぜひその計画を進めて欲しいと言われました。

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これはメダカを飼っているケースです。
正覚寺での今日の地震の1番の被害者はメダカかもしれません。
水が3分の1ほどあふれ出てしまっています。
今年生れた小さな稚魚の多くが水と共に流れたのではないかと思います。

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能登半島地震 被災113日め

今日の午後、姫路から13回忌のご法事を勤めにお参り下さった家族がありました。
お参りして涙、傾いた本堂を見て涙でした。
輪島で生まれ育ったお母さんが、来てよかった、とおっしゃって下さいました。
娘さんが、テレビで地震で倒れた正覚寺の本堂を見て、お母さんが大騒ぎだったと話して下さいました。

今夜は、女房の実家のある町のお祭りです。
去年までは8月21・22日の祭りだったのですが、過疎化で人手が集まらないため、今年から7月の連休の1日だけになりました。
能登には過疎で祭りの日を変更したところが多くあります。
お寺の者が祭りとはけしからん事ですが、今夜は親子4人で出かけてきます。

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能登半島地震 被災112日め

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裏の分譲地です。
2軒目が建てられるようです。

台風は太平洋側のコースを進むようなので、直撃がなくなりちょっと安心しました。
しかし、輪島に被害がないわけではありません。
この連休は、宿泊施設が満員状態だったようなのですが、多くのキャンセルが出ているものと想像できます。
輪島の経済にとっては痛手です。
正覚寺へも東京から慶應大学OBの方たちが訪ねて来られるはずだったのですが、延期になりました。

これまでは一人であれこれ心配していたのですが、正覚寺復興委員会ができ、設計士さんを依頼し、それらの人と相談ができるようになってそれだけ精神的な負担が軽くなりました。

単に建物を復旧するというのではなく、輪島と正覚寺の将来を見据えて、復興委員会の方々と共に今後の正覚寺の経営・運営を企画し、復興していきたいと思っています。
鐘楼堂の解体撤去同様、本堂を修復しても改築しても、様々な批判、評論の声にさらされると覚悟しています。
私は、外からの意見に振り回されることなく、御門徒の皆さんと共に正覚寺の進むべき道を選択していきたいと思っています。
見栄えや体裁を気にしたくてもそんな余裕はどこにもないというのが現実なのですから。

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能登半島地震 被災111日め

昨日来られた建築士さんたちが、都会の金持ちの寺がこの本堂を移築してくれるといいんだが・・・と言われました。
それも実現できるなら理想的な話しですが、いくら金があっても都会では大きな本堂を建てる土地のある寺はごく一部でしょう。
夢のような話しです。

今日の夕方、設計士さんにお願いして解体屋さんにも見積りを出してもらうこととしました。
早速、地元の解体屋さんが見に来てくれて、来週中に見積りを出してくれることになりました。
設計士さんが、解体に金がかかると再建資金がなくなるので金はかけられない、しかし、大きな部材は残して欲しい、という矛盾した無理な要求を説明してくれました。
昨日は、解体だけで途方もない金のかかる話しで、振り出しに戻ってしまったような気分だったので、少し安心しました。

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能登半島地震 被災110日め-2

午前中、解体の見積りを依頼した業者の方たちが見にきました。
そんなことは依頼したつもりはないのに、全て手で解体するという話しになってしまっていました。
宮大工さんたちを連れてきたようなので、そういう話しになってしまうのでしょう。
解体修理するような資金があるなら、曳き屋の引き起こしの修理で話しがそのまま進んでいます。
本堂となると一般の住宅ではないので、すぐに話しが大げさになって、どうも話しの通じが悪いです。

① 過疎・高齢化と震災で、億の資金が準備できないこと。
② 今後ますます過疎になっていくので、大きな本堂の維持ができなくなること。
③ 大きな本堂が必要ではなくなっている現状。
などを説明し、改築を検討していることを理解してもらいました。
悪事を企てている者が尋問されて、言い分けをさせられているような気分になります。
設計士さんなど正覚寺の立場で交渉してくれる専門家がいれば助かるのですが、ど素人の私一人が専門家たちの相手をしなければならないので、疲れます。

外へ出たら、どうして鐘楼堂を撤去したんだと問われました。
簡単に直せたのに・・・という口ぶり。
国道に倒れて県警のレスキューによる撤去依頼があったことなどを説明しましたが、これも悪事を働いたことを責められている気分がします。
そんなことを言うなら、震災直後に駆けつけて指示してくれればいいじゃないか!と思います。

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能登半島地震 被災110日目-1

昨日の午後、復興委員会の方と設計士さんに設計の依頼をしました。
現本堂の部材をできるだけ活用したい、資金がない・・・など難しい注文ですが、快く引き受けて下さいました。
設計士さんは、他に仕事が入っているのと、寺の本堂という特殊な仕事なので、8月末まで設計にかかりそうです。

今日はこれから、解体の見積りをするための専門家による検分が行われます。
一般の住宅のようにパワーシャベルで潰すことはできないので、かなりの金額になるのではと思っています。

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能登半島地震 被災109日目

昨日の午後、御茶ノ水女子大学の地理学コースの学生さんが尋ねて来られて2時間ほど話をしました。
大学の授業での調査旅行ということでしたが、私のとりとめのない話しがどれだけ役に立ったのか・・・???

夜は、友達で作る頼母子講。
何事もなく解散だと思った頃に正覚寺の話題。
第3者の評論は聞きたくないと拒絶をしてしまって友達とちょっと言い争い。
友達は、親身になって心配しているのに・・・と言い、それはよくわかっているのですが・・・。
平静なつもりですが、かなりストレスが溜まっているんだと自覚しました。

台風が日本に向かっているらしい。
来て欲しくない。
当たり前ですが・・・。

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能登半島地震 被災107日目-2

今夜は第1回正覚寺復興委員会が開催されました。
夢を追うのではなく、今、正覚寺が置かれている現実の中で、出来る限りの復興をしていこうということになりました。
また、過疎高齢化の先進地であることを考慮し、尚且つ本堂の復興に発生するであろう借入金の返済も考えた今後の正覚寺の運営・経営も考えていこうということになりました。
正覚寺はご門徒の共有財産ですから、ご門徒の圧倒的多数の同意が得られなければ解体はしませんが、新築の案も作成していくこととしました。
役員の方々のご了解を得て設計士さんを依頼することとしました。
それと並行して、4割を越える家庭が高齢者家庭という現状での募財という難問を考えていかなければなりません。

委員会が終了し、皆さんが帰られた後、式台(玄関)の戸を閉めようとしたらなかなか閉まりません。
なぜなんだろうと思いながらなんとか閉めましたが、どうも今日の余震で一段と狂いが生じてしまったようです。

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能登半島地震 被災107日目-1

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今朝、お隣さんからメール。
正覚寺裏の分譲地で地鎮祭の準備中とのこと。
2軒目が建てられるようです。

午後4時、ドン!という衝撃と共に地震。
震度3か4と言ったら、一緒にいた友達が4と言います。
発表は3でしたが、かなり恐い思いをしました。
体感的には4でした。

今夜は、第1回(仮称)正覚寺復興プラン作成委員会です。
復興に向けて1歩歩み出せればいいのですが・・・。

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能登半島地震 被災106日目

夕べの真宗入門講座でも、スタッフとして参加しながらも、合間に被災したお寺の住職さんらと情報交換。
本堂正面につっかい棒をしたお寺の住職さん、去年屋根の葺き替えをしたばかりなので、新たに本堂につっかい棒をして修理されているようです。
「体裁も何もかまっていられません」、その言葉がよくわかりました。
正覚寺も同じです。
体裁を整えるには莫大な資金が必要です。
そんな余裕は輪島のどこのお寺にもないのは一緒です。

今日の午後は、八日講という輪島の街中の真宗大谷派7ヶ寺が合同で勤めているお参りがありました。
今日の宿寺(当番のお寺)は、ほとんど被害のなかったお隣のお寺でした。
今日は日曜日だったのですが、先週に続いてその八日講以外にお参りはありませんでした。

親身になって心配をしてくれている友達が、「生き残らなきゃだめだぞ」と言います。
限界を迎えた寺から朽ち果てていくしかない、それが過疎地能登の現状です。
そういう厳しい過疎地の震災、復興は厳しいものがあります。

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能登半島地震 被災105日目

今日は午前中に2軒のご法事がありました。
2軒とも東京から施主がやってくる家です。
1軒は、90歳を過ぎたお婆さんが病院や施設に入ったり、亡くなられるとご縁がなくなると思われます。
もう1軒は、家が全壊しました。
話題はもちろん地震と本堂など。

夕方から「真宗入門講座」というご門徒を対象とした聞法会(学習会)にスタッフとしてお手伝いをしてきました。
座談会にアドバイザーとして加わって欲しいと依頼されたのですが、精神的にゆとりがないから・・・と辞退しました。

学習会の会場の裏山が地震で大きく崩れ落ちていました。
道路や川、家があるところではないようなので、たぶんそのまま放置されるのでしょう。

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能登半島地震 被災104日目

昨日の夕方、メダカの世話をしていたら、被災した本堂を見せて欲しいと訪ねて来られた方がありました。
中越地震の被災地である長岡から仮設住宅に用事があって輪島へ来られたようでした。
このブログを見られて、正覚寺を訪ねていただいたとのことでした。

能登・輪島は、観光地であり、能登の主産業は観光であろうかと思います。
観光地であるために、震災直後から、能登は元気、能登は大丈夫という風評被害によるダメージを払拭するキャンペーンが行われました。
輪島市街地の被害状況が観光客など市外の方には見えにくいということもありますが、風評被害を食い止めるキャンペーンが被害がなかったかのような錯覚を多くの方に与え、能登半島地震が忘れ去られてしまっているように思われます。
その影響だろうと思いますが、義援金の集まりが中越などの震災と比較して極端に少なく、仮設住宅の入居者は、鍋や寝具、肌着といった生活必需品すら不足しているというのが現状です。

能登は元気キャンペーンにもかかわらず、正覚寺のご門徒の旅館も、未だにキャンセルなどが相次ぎ、キャンペーンが観光客をとり戻すことに余り役立っていないように思われます。
私は、風評被害を払拭する目的のキャンペーンは逆ではないかと思っています。
震災の被害を隠すのではなく、逆に震災の見所ツアーを企画すべきだったのではないかと思います。
今、日本中でもっとも生々しい震災の被災地は能登・輪島なのですから、現在の輪島では余所では見ることのできない景色を見ることができます。
走るバスの中からでもはっきり分かる隆起した海岸、二つに割れた山、崩落した崖、消えた町並み・・・。
火事場や事故現場のやじうまのように他人の不幸を積極的に見ようとする人たちもいます。
しかし、人が悲しんでいる現場を気の毒で自分からは見に行けないという方も多いと思います。
被災者の気持ちとしては、被災の現状を知って欲しい、忘れないで欲しい、そして、励まして欲しい、助けて欲しいというのが正直なところです。

昨日、このブログを見て訪ねて下さった人がおられたことで、こんなつまらないブログですが、能登半島地震の現場を伝えることが出来ていたんだとうれしく思いました。

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能登半島地震 被災103日目

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クレーンが正覚寺正面に移動し、新たな家の解体が始まりました。
まだまだこういう光景が続きそうです。

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お向いの家の改築はまもなく完了です。

今日、正覚寺を復興するプランを作成する委員会のご案内を発送しました。
ご案内した方々がご協力下さることを今は願うのみです。

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能登半島地震 被災100日目

とうとう震災から100日が経ちました。
今日の午後、仮称・正覚寺復興委員会の呼びかけ人になっていただく方たちとメンバー構成などの相談をしました。
メンバー構成の相談だけだと思っていたのですが、寺の運営・経営に関するアイデアが次々と出てきて驚きました。
寺の住職である私は、経営・経済については本当に無知無能だと思い知らされました。
委員会が組織されると、今後の正覚寺の財政的なことはご門徒の方々によって運営されていくんだと思いました。
正覚寺は、本堂の形態も、組織・運営も、ご門徒の自主運営の道場になっていくと思います。

先日の役員会で、総代さんが、
「山吹の寺は、大きな本堂を壊してマッチ箱のような建物にしてしまったと批判を浴びるよ」
と、心配されました。
私は、ご門徒が望み、満足していただけるなら、世間の方々の批判は住職として私が受けとめさせていただくから、世間の目を気にせずに正覚寺(ご門徒)のことを考えて欲しいとお願いしました。
今日も、正覚寺復興委員会の呼びかけ人のお二人にもその願いをお伝えしました。

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能登半島地震 被災99日目-2

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6000万円だったと教えてもらったお寺を見てきました。
山の村のお寺で、伝統的な本堂をそのまま小さくしたお堂でした。
新築することになったら、正覚寺は現代的な建物を建てることになっていくのではないかと思いますが、6000万円でこれだけの本堂が建てることができるのなら・・・と、希望が持てました。
正覚寺で、6000万円も準備できるのかどうか分かりませんが・・・。

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鐘楼もありました。
お金ができたら、こんなのでいいなぁ!と、失礼なことを考えてしまいました。

 

一昨日の役員会で、委員会を組織して企画を立てることになったので、その委員の中心になっていただきたい方にお願いに行ってきました。
快く引き受けて下さったのでホッとしました。
明日の午後、その方たちと委員会メンバーをピックアップしてお願いしたいと思います。

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能登半島地震 被災99日目-1

今日は日曜日、しかし休みです。
坊さんが土日に遊んでいるなんて、どうやって生活しているの?って感じです。
土日は、ご法事、これが坊さんの世界の常識です。
ところが数年前から土日に遊んでいることが多くなりました。
過疎化をはじめ、社会の変化を感じています。
真宗王国と言われた能登ですが、廃寺の危機にさらされるお寺が増えてきました。
今回の地震で、更にそういうお寺が増えたのではないかと心配しています。

 

御門徒の方々との会話の中には、当然のことですが必ず本堂の復興が話題になります。
女性の多くから大胆な建て直しを求める意見が多く聞かれます。
農協の葬祭会館を小さくしたような会館形式にして欲しい。
中には靴を履いたままお参りできるようにという意見まであります。
足・膝が痛い人が多いので、靴の脱ぎ履き、高い階段すら辛いのでしょう。
今の本堂だってイスを多く準備してあるがいね?っと言うと、現在の本堂の形式ではイスには座りにくいと言われました。
もし、改修することになったら、土足のままということはできないと思いますが、色々工夫したいと女房と話しています。

 

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