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2007年8月

能登半島地震 被災160日め

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20日過ぎから秋雨前線の通過の度に激しい雨が降り、川が氾濫注意水位を越え洪水警報が出されます。
本堂の雨漏りの範囲がどんどん広がり、本堂のあちこちが水びたしです。
屋根にブルーシートが出来ないので、道具にブルーシートを掛けました。
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廊下の天井も雨漏りしていたんですね。
哀れな姿になってきました。

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座敷です。
ここも震災当初は全く雨漏りがしていなかったのですが、今は悲惨なことになっています。

余震もなくなり、震災の進行は止まったかのように油断していましたが、まだまだ正覚寺では震災は続いています。

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能登半島地震 被災159日め

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夕べは泊まりがけで珠洲原発のミニ同窓会というか、名目は山秋真さんの「ためされた地方自治・原発の代理戦争にゆれた能登半島」出版記念会に行ってきました。
泊まりがけと言っても輪島市から珠洲市へ数百メートル入っただけのところだったのですが・・・。
数年ぶりに懐かしい人たちと会ってきました。
皆から、痩せたねぇ!って言われました。
震災後、6~7Kg程度痩せました。

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行き帰りに遠方からおいでた方たちが正覚寺へ寄られました。
皆、改めて立派なお寺やねぇと、傾いた本堂にため息。

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能登半島地震 被災157日め

昨日の夕方、かなり涼しくなってきたからと、気になっていた庭の草を草刈り機を使って刈りました。
涼しいはずだったのですが、とても蒸し暑くて、1時間も作業ができませんでした。
夕方のニュースによると、輪島は33度と暑さがぶり返した上に雨に向かっていたので湿度が高かったのでしょう。
夕べからバテています。
止めておけばよかったと反省しています。

未明から断続的に激しい雨。
本堂を見に行ったら、案の定、ひどい雨漏り。
タライやバケツをあてるレベルをこえた面積なので、道具を濡れない場所に移動させて諦めました。

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能登半島地震 被災156日め

今日は、叔母さんや従姉妹が5人で尋ねて下さいました。
従姉妹が、本堂や座敷を見ながら、「何であんたの代にこういうことになるんかねぇ」と言います。
ご門徒らも、「大変な時に住職が当たってしまいましたねぇ」とおっしゃって下さいます。
でも、不思議なことに親の代なら良かったのに・・・とか、息子の代なら良かったのに・・・という感情はありません。
どうなっていくんだろうという不安があり、何とかなるさという気楽な気持ちにはとうていなることができませんが、正覚寺は地震がなくとも曲がり角に差しかかった時期だったのだと思います。
真宗王国と呼ばれる地域にありながら、宗教的な風習が急速に薄れていくという社会の変化、過疎化という現実、たまたまそういう時期に私が住職であり、たまたまそこへ地震が起こってしまったのだと思います。
これまでの30年の間に本堂の修理に4000万円程度の資金を使い、2000万円を越える資金が必要な屋根・瓦の葺き替えの心配をしていました。
地震がなければ苦労がなかったかといえばそうではありません。
大きくて立派だといわれる本堂を維持管理していく苦労は続いていました。
能登半島地震は、私を含めた正覚寺に対してこれまで通り大きな本堂を維持し続けるのか、将来を見据えて新たな本堂に建て直すのか、または単に本堂を取り壊してしまうしかないのか、選択のチャンスを与えてくれたように思っています。

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能登半島地震 被災155日め

昨日で能登半島地震丸5ヶ月、6ヶ月めになりました。
地震前も地震後も変わらず生活をしている人。
震災から復興した人、震災の復興工事で忙しい人、震災で生活(人生)が変わった人。
復興の目処が立たない人。
様々です。

夕べは、輪島崎町という漁師町の祭り見物に行きました。
30分ほどイベントを観て帰ってきました。
「素朴に行っている祭りやね」と女房。
「200軒ほどしかない町内の祭りやから、これでも凄くよくやっていると思うよ」と私。
チラシの文句に釣られて過剰な期待をしてしまったんでしょうが、それが我が女房らしいところです。

今日は、3男が補習授業もクラブも休みだったので、ささやかな夏休みをしました。
ハリーポッターの映画を観て、古本屋に寄って帰ってきました。

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能登半島地震 被災154日め

昨日は昼過ぎに電話があり、町内のキリコ祭りのかすもみに呼ばれました。
輪島では、物事の後の打ち上げ・慰労会をかすもみと言います。
残りかすを集めて飲んだり食べたりしたからでしょうかね。

今日の夕方は、女房と3男と私の3人で墓参りだそうです。
夜は、漁師町の祭り見物のようです。
昼に女房から発表がありました。

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能登半島地震 被災153日め

夕べは、女房の兄夫婦が祭り見物にやってきました。
女房にうながされて私も少しだけ見物しました。
すぐ前で祭りが行われているのですから、見ない方がおかしいのかもしれません。

輪島の夏祭りは、キリコ祭り。
キリコとは、ひとことでいえば巨大な灯籠で、背が高い直方体状で、前後に文字や絵が書かれており、中に灯り(昔はロウソクその他を使用したが現在は電灯)が入っています。
そのキリコが、神輿のお供として、道中を練り歩くのがキリコ祭りです。

輪島大祭

そのキリコ祭りですが、その起源を葬式の行列だと言う人がいます。
昔、疫病が流行して多数の死者が出た時の葬送の行列だというのです。
キリコというのは、金沢では盆の先祖供養に墓の前に吊るすもので、祭りに使うものではありません。
それに、キリコ祭りの松明は、聖火のように掲げられるのではなく、道中は御輿の前をズルズルと引きずられて行くから、それは火葬のための火種だというのです。
言われてみれば、そうなのかなぁ?と思います。

しかし、祭りの起源や意義は、時代と共に忘れ去られてしまったのでしょう。
誰も何のために行っているのかを考えずに、祭を行うことそのものが目的になっているようです。
祭=楽しいイベント(お祭り騒ぎ)にすぎないように感じます。

真宗大谷派・正覚寺の儀式も同じだと思います。
阿弥陀仏の教えを聞く儀式、お念仏を称える儀式、そういう雰囲気は急速に薄れていっているように反省します。

今夜は、川向こうの町の祭りです。
長男は、友達に誘われて今夜も出かけるようです。

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能登半島地震 被災152日め

昨日は、時々降る激しいゲリラ雨(?)、通り雨という1日で、湿度が高く辛い1日でした。
それが、夕方から爽やかな風にかわり、今朝も久々に爽やかな朝です。

昨日の高校野球の決勝戦、観てはいませんでしたが、負けた広陵にとっては悪いこと、勝った佐賀北にとっては良いことですが、世の中何が起こっても不思議ではないという試合結果でした。
「事実は小説より奇なり」という言葉がありますが、あだち充の漫画のストーリーでも、もう一ひねりしてあると思います。

今夜は、祭りです。
例年、子供たちの太鼓・笛の練習など、祭りに向けての準備が見えるのですが、今年は地震で正覚寺の境内や建物が使えないので全く祭りが感じられません。

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能登半島地震 被災150日め

●正覚寺(輪島市)の応急修理について
【修理仕様】
 袖衣の先端の割損部はエポキシ系接着剤で接合する。
足ホゾも同様、台座の足ホゾ穴は過大なため小材を埋めて足ホゾの密着をはかる。
なお、顔面の剥落については、たとえば輪島漆芸研修所で対応していただいたらどうでしょう。
もし、仏具屋さんに依頼すると、全面塗り替えになるかもしれず、よくありません。

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これは、お盆前に届いた文化財修復学会の先生による御本尊修理に関する所見です。
接着修理は、輪島塗の木地屋さんにお願いして指定通りエポキシ系接着剤で接着してもらいます。
顔面の剥落については、当初は仏壇屋さんにお願いしていたのですが、この所見と漆器屋さんや木地屋さんの助言により輪島塗の蒔絵師さんに相談したところ、今日の午後、見に来て下さいました。
剥げ落ちた部分を漆で盛り上げて、金箔を張り、その金箔が煤けて古くなったように修復すると言って下さいました。

震災以来、ご門徒はもちろんのこと、人脈のありがたさを感じています。
山吹の寺が震災で困っているから助けてやろう、多くの人のそういう思いに支えられています。
今日の蒔絵師さんからもそういう気持ちが伝わってきました。

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能登半島地震 被災149日め

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今日は、映画「夕凪の街 桜の国」を観るためだけに金沢まで往復しました。
本当に観てよかったと思いました。
そして多くの人に観て欲しい映画だと思いました。

http://www.yunagi-sakura.jp/
__映画『夕凪の街 桜の国』OFFICIAL SITE___

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もっと早く戦争が終わっていたら、広島、長崎に  
 原爆は落とされなかったのです。  
 どんな戦争にも正義はありません。  
 一人でも多くの方に、この映画を観て頂きたいと思います。  
 そして、二度とこのような悲劇が起きないように願っています。  
 
                             吉永小百合

http://www.yunagi-sakura.jp/comment.html

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どうしようもない事情から始めた戦争であったかもしれません。
しかし、特攻や玉砕までさせて自ら犠牲者を増やし、戦争を長引かせたことに何の意義があったのでしょうか?
もっと早く戦争を止めていたら、沖縄も全国の都市の空襲もなかったでしょう。

靖国神社に英霊としてまつられているのは銃を持って日本兵として戦って亡くなった人だけです。
同じ英霊として靖国神社にまつられている中にも、特攻・玉砕を命じた人もいるでしょうし、その命令により特攻・玉砕させられた人もいるでしょう。
一億総玉砕を唱えて戦争を長引かせて、日本全土の都市に空襲を受けるような状況を作った人は英霊ですが、空襲で亡くなった一般国民はどこにもまつられていません。
戦没者は靖国神社の英霊だけではありませんし、国という立場での鎮魂・慰霊というなら、自ら進んで戦って死んだ職業軍人より、強制的な徴兵により亡くなった人、沖縄の地上戦や原爆を含めた空襲などで亡くなった一般国民、そういう人達こそ国が頭を下げるべき人たちだと思います。
お国のために戦って亡くなった人もいますが、お国のせいで亡くなった方も大勢います。

そして、原爆だけではありません。
原子力発電所が事故を起こして大量の放射能が放出されれば、日本の多くがヒロシマ・ナガサキになってしまいます。

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能登半島地震 被災148日め

相変わらず暑い日が続きます。
バテてます。

今夜は正覚寺復興委員会でした。
ご門徒の方はあれこれ理想を述べられますし、私たちは資金が不安なので切り詰めようとします。
「捕らぬ狸の皮算用」のような話しですが、正覚寺の今後・将来を色々考えて下さっているようでありがたいことです。

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能登半島地震 被災147日め

今日の午後、次男が横浜へ帰っていきました。
人口の少ないド田舎の過疎地、奥能登に空港なんて税金の無駄づかい、そういう批判もあり、それは正しい意見だと思います。
しかし、へき地にとっては、たった1日羽田へ2便の空港ですがとてもありがたいです。
金沢まで2時間、その輪島から2時間で東京・横浜です。

2男が帰っていって寂しくなりました。
金沢や都会から子供や孫たちがお盆休みで帰省して賑やかだったのに、お盆の明けた今、田舎のお年寄りたちはどんなに寂しい思いをしているんだろうと考えてしまいました。
私たちも、次、暮れの次男の帰りを待ちます。

 

お盆前から房総半島東部で地震が続いています。
震度5、震度4というレベルにまでなりました。
次はもっと大きいものが来るのではないかと不安でたまらないと思います。

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能登半島地震 被災146日め

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「夕凪の街 桜の国」が届いたのでさっそく読みました。
作者のこうの史代は被爆者でも被曝2世でもありません。
しかし、被爆地ヒロシマが伝わってくる作品だと思いました。

被曝当時の悲惨さは私のような戦後生れの世代なら多くの日本人が知っていることだと思います。
でも、ヒロシマは、1945年8月6日から現在もなおその影響は続いているのです。
被爆者とその子孫に対する差別と偏見、原爆死没者名簿などに記載されている人たちだけが犠牲者ではないのです。

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能登半島地震 被災145日め-2

下記の記事の切り抜きが従姉妹から送られてきました。
中越沖地震の震災にあった寺の本堂の修復に関する記事で、正覚寺の復興もこのように行えるのではないかと情報を与えてくれました。
とてもありがたく読ませていただきました。
しかし、失礼ながら、写真で見ても、柱の太さ・長さが正覚寺の本堂ものとは大きく異なり、本堂の規模が全く違うのだと思います。
中越のボランティアグループの設計士さんを含めて複数の設計士さん・建築家・曳き屋さんたちに見てもらって、それらの人が皆同じ所見でしたので、残念ながら、正覚寺の現本堂の修理法は手元にある見積りより簡単に行えることはないと思います。

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倒壊しないようにワイヤで固定した本堂で、修復についてボランティアと話し合う宇佐美礼美子さん(右)=柏崎市比角1の延命寺

地震で被害の寺社が復活へ

 中越沖地震で本堂全体が倒壊寸前まで大きく傾き、解体を余儀なくされそうだった柏崎市の寺社が、ボランティアらの協力で曳(ひ)き起こされ、よみがえることになった。取り壊しを覚悟していた住職一家や檀家はお盆を前に復元のめどが付き、感激している。

 同市比角1の市街地にある延命寺(宇佐美澄彦住職)。中越沖地震で本堂がひねるように傾き、柱が20度ほど斜めになった。宇佐美住職らは本尊や仏像を運び出したが、本堂の修復はあきらめていた。

 しかし、全国から訪れたボランティアらが修復を提案し、中越地震などで神社や仏閣を直した工事業者を紹介。ワイヤや丸太で倒壊しないよう固定した上で、近く曳き起こして原形復旧することになった。修復費は1千数百万円の見込み。

 住職の妻礼美子さん(53)は「解体、新築には何億円もかかり、もう駄目だと思った。費用も予想よりずっと低額で、元通りになるのが夢のよう」と涙ぐみながら語る。

 延命寺ではお盆に備え、約80基の墓のうち地震で倒れた20基を7日までに全部起こした。

 「お墓参りの皆さんに本堂修復を報告したい」と礼美子さん。近所に住む檀家の加藤貞子さん(66)は「本堂もお墓も毎月お参りする心のよりどころ。直ることになって本当によかった」と胸をなで下ろした。

 修復を勧めた神戸市のボランティア吉村誠司さん(42)は「中越地震などで直せる家や寺を急いで解体して後悔した人がいたので、今回はすぐに復旧をあきらめないよう呼び掛けている」と話している。

新潟日報2007年8月7日より抜粋

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能登半島地震 被災145日め-1

お盆のお参りにお伺いすると本堂のことが話題になります。
話しは進んでいますか?との問いかけに、現本堂を修復すると約一億円の予算が必要なので、この際小さな本堂にという案も作成しています、とお答えしています。
都会的な土足のまま・・・という大胆な提案もありますが、さすがに輪島ではそこまで斬新なものは無理だと思います、とお答えします。
利用しやすい本堂にして、門徒は率先してお寺を利用するようにすべきというご意見、やっぱり寺というとお葬式という発想になってしまうんですね。
真宗王国能登にあっても、これが現状かもしれません。

千葉からお墓参りにお出で下さいました。
向こうでお坊さんをお願いしてお経を上げてもらったけれども、どうも正覚寺で勤めるようにはありがたくないからそれは止めたとおっしゃいます。
古くなったテープに合わせて毎日息子さんと正信偈のお勤めをしているけどそれでいいかと問われたので、それが1番だとお答えし、CDとお勤めの本を差し上げました。

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能登半島地震 被災144日め

今日は8月15日、終戦記念日。
わが女房の誕生日は、12月8日、太平洋戦争の開戦記念日。
私は、血液型とか干支とか星座とか…そんなものが性格に大きく影響しているとは思いません。
だから、わが女房も開戦記念日に生まれたから…とは思いません。

終戦記念日といえば、靖国神社への閣僚や国会議員の参拝がニュースになります。
私は靖国神社の国家護持を求める気持ちが理解できません。
戦争で戦って亡くなった人は、「お国のために」戦って死んだのだから、お国でお祭りするのは当然という考えなのでしょう。
しかし、「お国のために戦った」ということを言い替えれば、「お国によって戦わされた」と言えるのではないでしょうか?
お国が米英と戦争を始め、その戦争に国民を駆り立てて、多くの国民はお国によって戦うことを強要されたのではないでしょうか?
直接武器で殺し合って戦った相手はアメリカ兵でしょうが、殺し合いをさせたのはお国なのですから、国民はお国によって殺されたとも言えると思います。
家族を殺したお国が、殺した家族を神として祭る、私が遺族ならそんな施設には参拝したくありません。

青春音楽館・教訓Ⅰ      
青春音楽館・まぼろしの翼と共に

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能登半島地震 被災143日め

今日も暑い一日でした。
でも、日陰の風はさわやかでした。
立秋を過ぎていますからね。

正覚寺には、行事の後には必ず慰労会があります。
今夜、正覚寺の社長さんよりお盆の打ち上げの慰労会の発表がありました。
16日の晩に御門徒の居酒屋へ行くそうです。
熱い中、お参りに回るのは私たちなのですが、慰労会の主役は女房です。
生ビールを飲んで、女房にストレスの発散をしていただきます。

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能登半島地震 被災142日め-2

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お墓参りのお花の準備も出来ました。

 

夏といえば高校野球という人も少なくないと思います。
私も若い頃はそういう生活でした。
何もなければ朝から晩まで高校野球を見ていることすらありました。
試合を見なくても勝ち負けが気になって、どっちがかったのか細かくチェックをしていました。
しかし、いつの頃からか高校野球に関心がなくなりました。
石川県の高校の試合すら余り関心がありません。
輪島高校や奥能登の高校が出ればさすがに違うとは思いますが・・・。

高校野球ばかりではありません。
プロ野球にも関心がなくなりました。
わざわざ球場に足を運ぶほど野球観戦が好きだったのですが、今はほとんど見ません。
昨春行われたワールドベースボールクラシックは力が入りましたが・・・。

残念ながら4位に終った先日のサッカーアジア大会も力が入りました。
ナショナルチームの国際試合になると何かが違うんですかね。

 

今夜は隣の家でバーベキュー。
震災で正覚寺境内では出来ないので、お隣さんが気づかってくれたようです。

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能登半島地震 被災142日め-1

ゲゲゲの鬼太郎という妖怪をテーマにした漫画があります。
妖怪とか幽霊とか、風水などの占いとか・・・そういうものを私は信じません。
ですから、ゲゲゲの鬼太郎の作家で世界妖怪協会会長の水木しげるという漫画家は嫌いでした。
しかし、それは妖怪漫画家水木しげるという一面しか見ていなかったのでした。

1~2年前に、『昭和史』という漫画を読み、戦記マンガ『総員玉砕せよ!』など戦争体験記を読み、水木しげるという人に対する印象が変わりました。
私のホームページには多賀さんというご門徒の方のサイパンでの戦争体験記をアップしてありますが、水木しげるという方はラバウルの玉砕の生き残りであり、体験した者だからこそ書ける戦争の壮絶な悲惨さを伝えています。
私はそれらの戦争体験記や昭和史を読んで、水木しげるのライフワークはゲゲゲの鬼太郎ではなく、そういった自らの体験を伝える仕事なのではないかと思いました。

昨夜、NHKスペシャル、ドラマ・鬼太郎が見た玉砕“兵士たちは何のために死んだのか…戦場では皆生きたかったその無念を水木しげるが漫画に”が放映され、女房とそれを見ました。
残念ながら1時間半のドラマでは原作の悲痛な悲惨さは伝わっていないと思いましたが、それでも原作を読んでいない人がドラマを見て原作を読んでくれるキッカケになってくれればよいと思いました。

一昨日と一昨々日は、広島の原爆の実体験を元にした『はだしのゲン』がドラマ化されて放映されました。

昨年末、教育基本法が改正され、「愛国心教育」が条文として取り入れられました。
そして今年5月、通称・略称、国民投票法、憲法改正手続法と呼ばれる「日本国憲法の改正手続に関する法律」が交付されました。
安倍総理大臣の公約の中には憲法改正が含まれ、その大きな改正の部分は憲法九条であると言われています。
アフガニスタン支援としてのインド洋、イラクへ自衛隊が派遣され、自衛隊は徐々に日本軍として変化を進めているように感じています。
テロという卑怯な犯罪は許してはいけません。
しかし、犯罪者を取り締まる警察としての役割と、国と国の国益をかけて戦う戦争とその線引きはとても難しいと思います。
勇ましい日本、それが果たして私たち国民にとって幸せな国なのだろうかと考えさせられます。

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能登半島地震 被災141日め

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お盆がやってきました。
正覚寺前の花屋さんが震災から復興オープンしました。

お盆勤めに、朝から晩まで私一人で走り回っていたのですが、数年前から長男・次男が手伝ってくれるようになり、楽をさせてもらっています。

それにしても暑い日が続きます。
仮設住宅、柏崎の避難所の方たちも暑くて大変だろうと思います。

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能登半島地震 被災140日め

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いつの間にか書棚も再び倒れていました。
中越沖地震かなぁ?と思いますが、中越の地震の揺れは東西の揺れだったので、違うように思います。
背中合せの右側の書棚も倒れていたのですが、反動をつけて一人で起こすことができました。
今朝も震度3の地震がありました。

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能登半島地震 被災138日め

今日も被災して修理されたお墓にお参りさせていただきました。
とても暑くて、やっぱり胸やけがしました。

2日前にその家のお嫁さんがお参りの打ち合わせに来られたのですが、その時に、お墓の掃除をする時にお墓の台の上に乗ってもバチが当たらないかという質問を受けました。
全然問題ありませんよ、とお答えしたのですが、その時に、あなたのような可愛い人に乗ってもらえたら御先祖さんはバチを当てるどころか大喜びですよ、と言いそうになったのですが、その言葉を飲み込みました。

そのお墓参りから帰ると、女房にこのブログがバレていました。
お葬式を出されてお布施を下さった御門徒に読まれたら困るからああいうことは書くなと叱られました。
しかし、私はウソを書いているつもりはないから、読まれて何が悪いと答えました。
批判を怖れるくらいなら書きません。

今日は大谷派からの義援金の第1次給付の日でした。
半壊以上のご門徒1戸1万円、1寺院5万円の支給でした。
お盆の時期で忙しいので、お盆過ぎにご門徒にお渡しします。

夕方、本堂を解体する場合を想定して市役所へ援助のお願いに行きました。
本堂と庫裏・住居が1棟になっている寺の構造なら援助があるようですが、正覚寺のような本堂が独立している寺には援助はしてもらえないようです。
政教分離ということなのでしょうが、多大な資金が必要で復興が困難な大きな本堂の寺にとっては突き放される話でした。
蔵・納屋・車庫などの解体撤去の相談には応じるが、本堂だけは絶対にダメだといいます。
政教分離といいながら、この国の総理大臣は堂々と靖国神社へ公式参拝します。
一方で、震災で傾いた寺に対しては冷たい仕打ちです。
政教分離というなら全ての宗教に平等にして欲しいものです。
3年前の中越地震で倒壊した旧・山古志村の神社は国や県が建て直したそうです。

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能登半島地震 被災137日め-2

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正覚寺裏の分譲地の建前。

今朝、10時前に電話がありました。
千葉のご門徒の方のお墓の場所の問い合わせ。
場所を教えてあげたら、すぐにお参りに来れないかと言われました。
お断りしました。

年に何回かあるのですが、今すぐお参りしてくれないかと言われますが、私はお断りします。
あたふたと身繕いをして駆けつけてお経を読んで・・・、そういうやっつけ仕事はしたくありません。
わざわざ遠方からやってきたと言われますが、わざわざ遠方からお参りに来られるほど大切なお参りなら、どうして前日でもいいから連絡をしないんだと伝えます。

どうも寺に住む僧侶は暇そうにいつも待っていると思われているようです。
現代人は、コンビニに象徴されるように、いつでもなんでも手に入ると思っているようです。
お寺が店で、お経を並べて売っているのなら、いつでも持っていって下さい。
でも、そうではありません。

夕方、お付き合いしている仏具屋さんが寄っていかれました。
本堂が解体の可能性があると伝えると、惜しい、もったいない、何とかならないか・・・。
そうなんですけど、過疎地の現状では厳しいです。

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能登半島地震 被災137日め-1

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いつ崩落したのか、新たな被害が見つかりました。
徐々に落ちそうになっていた壁が何かのキッカケで崩落したのでしょう。

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今日は、八日講という輪島の旧市内7ヶ寺で組織し、宿寺を当番で持ち回るお参りがありました。
今月は正覚寺の当番で、本堂が使えないので仮御堂にしている広間で勤めました。
暑いせいもあったのでしょうが、震災で傾いた寺へは足が向かないのかわずか2名の参詣でした。

未だに震災で被害を受けた本堂のことしか考えられないので、震災をテーマにお話をさせていただきました。
2名の参詣者の1名は、能登半島地震で唯一奥さんを亡くされた方でした。
地震の話はしにくいなぁと思ったのですが、予定通り話しをすることにしました。
しかし、しどろもどろでした。

法話の後、傾いた本堂を見ていただきました。

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能登半島地震 被災136日め

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裏の分譲地の新築工事の現場で足場が組まれています。

正覚寺のある地域は元々お布施の金額の小さな地域ですが、その小さなお布施がさらに小さくなる傾向があります。
それは農協の葬祭会館が出来てからです。
町内会や親戚・友人などの世話にならずにお葬式をしたい、親の最後をかっこよく送りたい、そういう思いで農協の会館を利用されるのでしょうが、問題は支払いです。
農協の使用料はお布施ではありませんから、お金持ちもそうではない方も同じです。
参詣者が多くても少なくても使用料は同じです。
農協から請求されますから、その通り、最低でも百数十万円という料金を支払わなければなりません。

一方、お布施は、自発的な懇志ですから、浄土真宗では請求されることはありません。
お布施の金額は、発表されることはありませんから、見栄を張る必要もありません。
喪主と坊守や住職しか分かりませんから、節約されるのはお布施になります。
お葬式の世間的に見える部分は農協の会館を利用してかっこよく行い、世間からは見えないお布施はケチるという気持ちを見せつけられます。
女房が、夜中に起こしてさんざんこき使っておきながら、何の感謝の気持ちも伝わってこない、寺のものは使って当たり前、勝手にボランティアとしてただ働きさせられていると言いますが、その通りだと思います。

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能登半島地震 被災135日め

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裏の分譲地の新築工事。
建前は今日ではなかったようです。

正覚寺の両隣の家で外壁工事が行われていて、その工事の音が聞こえます。

昨日、見学させていただいた岐阜県のお寺さん、親切な見学と説明に訪問させていただいた3人は行ってよかったと喜んで帰ってきました。
インターネットの写真と説明と実際に見るのとは違うといい、とても参考になったと言います。
「百聞は一見にしかず」そうですよね。

3人の1人が帰ってきたら財布がないという騒ぎ。
帰り道のサービスエリアまでは確かにあったとのこと。
車の中、家、探しましたがありません。
輪島の警察に問い合わせても財布の落とし物の連絡はないとのこと。
最後に買い物をしたサービスエリアに問い合わせたら、ありました。
待ったが連絡がないので、高速警察隊が最寄りの警察へ届けている途中だとのこと。
財布の中の現金は2万5千円程度ですが、カードや保険証などが入っていて、無事でよかったです。
お礼はいらないと拾った人が届けてくれたそうですが、ありがたい心にふれた出来事でした。

これから金沢の近郊までお参りに行ってきます。
今夜は、正覚寺復興委員会です。

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能登半島地震 被災134日め-2

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隣の小山さんからの差し入れ。
今朝、海へ行ってきたようです。
風が強くて、シケていたと思いますが・・・。

女房は、岐阜のお寺の見学に、長男と3男は金沢へ遊びに、今日は私一人で留守番です。
私一人の時の昼食は、斜め向かいのそば屋さんですませることが多いのですが、行ってみたら今日は休みでした。
よそへ行こうかと迷ったのですが、なんとなく面倒くさかったので、コンビニ弁当にしました。
冷やし中華とおにぎりを買ってきたのですが、深く反省。
面倒くさがらずにどこかのお店へ行くべきでした。

アーク建設が挨拶に来ていきました。
明日、裏の分譲地で建前をするそうです。

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能登半島地震 被災134日め-1

3日の午前零時過ぎに亡くなった方のお葬式が、3日お通夜、4日お葬式という日程で勤められました。
もう一人の、3日の午前2時過ぎに亡くなられた方のお葬式は、5日お通夜、6日お葬式という日程で勤められます。
どうして1日の空白があるのかといえば、第1日曜日は火葬場が点検のため休みなのです。
多くの火葬場は、六曜の友引の日が休みだと思うのですが、輪島では昔から日曜日が休み。
輪島の人が友引を気にしないかといえば、そうではないのですが、絶対にお葬式をしないというほどの強いこだわりもありません。
家族・親戚に異論がなければ友引でもお葬式をします。
気持ちの悪い人は、友として人形を入れましたが、それすらも今は余り見なくなりました。

 

今日は、岐阜県まで数年前に新様式に新築された本堂の見学に出かけるはずだったのですが、昨日のお葬式の方がお礼参りにおい出るであろうことと今夜のお通夜のために私は出かけることができなくなりました。
女房と設計士さんとご門徒の方が出かけていきました。

 

先週の日曜日に行われた参議院選挙で自民党は歴史的な大敗でした。
全国会議員が自民党という保守王国・石川県でさえ世論調査をくつがえしての民主党候補の当選。
ところが安倍晋三さんは、あれ程の大敗をするとは全く想定してはいなかったそうです。
自分は人気があるので、選挙の応援に走り回れば、ドンドン票が増えると信じていたようですが、候補者にとっては安倍さんの応援はありがた迷惑だったそうです。
裸の王様状態だったんですね。

世の中での存在の大小はありますが、寺の住職も同じです。
ご門徒さんから御院さん、御院さんと呼ばれてのぼせ上がっていては、安倍自民党と同じ。
ご門徒は、選挙民のようにその時その時で付いたり離れたりということはありませんが、だからといって油断をしていると、じわじわとご門徒が寺から離れていってしまうのではないでしょうか。
宗教的な無党派層も増えているように思います。

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能登半島地震 被災133日め

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原発に反対してきたので、エコライフと言いたいところですが、第1にケチなのと、女房が冷房嫌いなので、できるだけ冷風扇で暑さをしのいでいます。
昨夕は、我慢できずにエアコンに切り替えました。
わが家の居間は西日が射し込むのと熱を使う台所が併設されているので、夕方が最も暑いのです。
ニュースを見ていたら、輪島の最高気温は36.6度、体温より高いので暑いはずでした。
さすがの女房もエアコンをつけたことに苦い顔をしませんでした。

心配された台風ですが、風も雨も大したことなくてホッとしました。
昨日訪ねてこられた門徒の土建業の方が、冬までにはっきりさせなければダメですよ、と再び忠告されました。

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能登半島地震 被災132日め

深夜、寝ていたら電話。
門徒の方が亡くなられて枕勤めだろうと思ったら、震災で家が全壊した家の方で、病院を出されると行き場がないから寺へ来ると言う。
女房と慌てて遺骸を安置する準備をしました。
寝たのは2時、眠いです。

今、喪主のご夫婦がお出でて、遺骨が帰る家がないから、葬式後遺骨も預かって欲しいとのこと。
そうですよね。

因みに、お葬式の会場は農協の葬祭会館。

 

今朝7時に電話があり。
跡取りがおらず一人暮らしであったお爺さんが亡くなったとのこと。
兄弟・親戚でお葬式をされ、喪主になる方が名古屋からおい出るので、日程などまだ何も決められません。
過疎の厳しい地域ですので、このようなお葬式が多くなりました。

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能登半島地震 被災131日め

Jimon
給付1億円超から数百万円と宗派で違う建物補償制度

最高で1億2千万円の給付金 真宗大谷派

 基礎加入と任意加入を合わせた実際の給付を見よう。
給付額は被災寺院の任意加入への加入状況で異なるが、平成十五年度(平成十五年七月から同十六年六月間、以下同じ)は六件(火災三件、台風一件、地震一件、落雷強風一件)の給付があった。
復興共済金の総給付額は一億二千八百四十万円。
うち最も高い給付を受けたのは、火災に遭った寺院の五千八百四十万円であった。

 新潟県中越地震が起きた平成十六年度は計三十六件の給付。
内訳は新潟県中越地震の被害に対する給付が二十五件、火災が五件、台風被害が四件、水害が二件であった。
復興共済全の給付総額は五億一千四百二十二万円だった。

 同年度の最高給付額は火災で本堂と庫裡双方が全焼した寺院の一億二千万円。
第二種共済制度の最高給付額だ。
新潟県中越地震の被害に絞れば、二十五件の給付総額は二億八千二百六十万円となる。
一カ寺の単純平均は約一千百三十万円の給付額だった。

 平成十七年度は火災三件、風水害一件、計四件の給付。
給付総額は計四千八百八十八万円。
この年度の最高給付は火災で堂宇を焼失したお寺の二千万円である。

 平成十八年度は火災一件、豪雨一件、風水害一件の計三件で、合計約二千七百十九万円を給付した。
同年度、最も大きい給付は火災に遭ったお寺の千四百万円であった。

 なお、今年三月の能登半島地震の被害は現在申請を受付中である。

                  (寺門興隆 2007年8月号より 1部抜粋)
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中越地震の被災寺院に対して半壊で30万円、という話を聞いて、真宗大谷派の共済の給付はないものと諦めていたのですが、この記事が正しいなら少しだけ期待をもちました。
「せめて本山から1000万円」これが私と女房の最近の口癖です。
1000万~2000万円の給付があれば、最低限の復興への目処が立ちます。

今さらながらですが、被災するなら火災で全焼です。
地震で被災するにしても、全壊扱いになるほどの損壊になったほうが、復旧・復興が楽だと思います。
柱の傾きが大きくても小さくても引き起こしの費用は同じです。
壁の落下面積が大きくても小さくても、壁は実質全損であることに変わりはありません。
違うのは、共済の査定と給付金額だけです。

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能登半島地震 被災130日め

正覚寺の復興に向けて、御門徒の多くが寄付をしてくれないんじゃないかという不安もあります。
しかし、その一方で、多くの人が寄付をしてくれるんじゃないかという期待もあります。
もちろん、過剰な負担を求めたり、過剰な期待をしてはいけないと思いますが、復興するには、門徒の人たちを信じて寄付のお願いをするしかありません。

 

地震で被災したためにお墓を修復したり建て替えた方が多く、震災以降お墓へのお参りも多くあります。
川向こうの墓地には長い階段があり、その一番高いところにも正覚寺の御門徒のお墓があり、この1週間に3度もその墓地へ上がりました。
ご門徒の方と話しながらゆっくり登るので、動悸がしたり息切れがするということはないのですが、お墓についてお花や蝋燭・線香の準備を待っていると胸やけがします。
1度目はたまたま体調が悪かったのかと思いましたが、今日も同じでした。
暑さと関係があるんじゃないかと思うのですが、去年まではこんなことはありませんでしたから、50歳という歳が影響しているのではないかと思います。

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