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2007年9月

能登半島地震 被災から190日目

夕べは、「真宗入門講座」というご門徒の方を対象にした勉強会のスタッフとしてご門徒の方と共に勉強させていただきました。
第2回の今回は、「発心(発菩提心)」というタイトルで親鸞聖人の得度(出家)がテーマでした。
「家出」と発心(覚り・目覚めを求めようという志を立てた)による「出家」は違うという講義に、先日読んだ山折哲雄の「ブッダは、なぜ子を捨てたか」という本の言葉を思い出しながら聞きました。
四門出遊という美しい物語として伝えられ、世の無常をはかなみ、家族を捨てて、遍歴の旅に出、たった一人で悟りへの道を歩きはじめたと言われているブッダの行動を「出家」と言います。
しかし山折哲雄は、ブッダが家を出た時点では、悟りをひらいたブッダではないシッダールタという一青年なのだから、子を捨て、妻を捨て、親を捨てた身勝手ともいえる「家出」だと言います。
私は、山折哲雄のような視点はとても大切だと思います。
ブッダや親鸞聖人を偉大な方として尊敬する余り、その行動の全てを美化し過ぎると、見なければならないもの、学ばなければならないものが見えなくなってしまうように思います。

 

今朝の新聞に、沖縄の集団自決をめぐる教科書の記述に反対して11万人の抗議集会が開催されたというニュースがありました。

日本人は自虐的になってしまったという発言が多くなり、南京大虐殺は左翼思想家のでっち上げだとさえ言う人がいます。
偶然、NHKで陸軍・関東軍の暴走により南京へ進行し、戦争が拡大していく様子をまとめた番組を視ました。
南京陥落後、日本軍が南京に入っていくとそこには中国軍がいません。
中国軍は、軍服を脱ぎ捨て市民の中にまぎれ込んでしまっていたのです。
誰が民間人で誰が兵士なのか区別がつかない混乱・恐怖の中で、日本軍は全員を殺してしまっていくという様子が伝えられました。
その番組では南京大虐殺という言葉は使われませんでしたが、私は南京大虐殺は事実としてあったのだと思いました。

水木しげるなどの戦争体験記を読んでも、硫黄島からの手紙などの映画を観ても、玉砕(自決)は軍の命令として強制されています。
国民年金の問題、政治と金の問題などで、政治家たちは毎日のように、反省すべき点は反省し、改革すべき点は改革しという言葉を繰り返していますが、そんな言葉はウソだとしか思えません。
それは、戦争・歴史に関しては自虐的だといい、反省したくないようで、なかったことにしてすませようとしているように思えてならないからです。

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能登半島地震 被災から188日目

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暑からず寒からず、漆を塗るには良いシーズンなのですが、夏バテだと思うのですが体がダルいっていうか、眠気がとれないっていうか、そんな感じなので塗り物をする気になりません。
それで、空き時間は何をしているかっていうと、2階の部屋でグ~タラしています。
2階へ上がる時にはこのノートパソコンを持って上がります。
パソコン大好きっていうこともありますが、このパソコンをステレオと繋いで音楽を聞いているのです。
パソコンのハードディスクの中の音楽を鳴らしたり、インターネットで流れている音楽を鳴らしています。
今日も、ジャズをバックグラウンドミュージックに本を読みました。
私は、勉強が好きだとか本が好きだとかってわけじゃありません。
リクライニングチェアでウダウダしながら出来ることったら、音楽を聞くか本を読むしかないんです。
で、今日はこの本を読みました。
何も覚えてはいませんが、面白い本でした。

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能登半島地震 被災から187日目

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今日は、この本を読み終えました。
日本における仏教・僧侶と葬儀との関りは意外と古いことが分かりました。
平安時代の源信が書いた往生要集がキッカケとなり徐々に臨終の作法が広まったようです。
ただし、寺院で僧侶の読経などの儀式で葬儀を行ったのは、天皇や公家、武将たちであり、庶民は自分たちで自主的に葬儀を行っていたようです。
庶民が仏式で葬儀を行うようになったのは、江戸幕府の檀家制度以後のようで、葬式仏教の起源はそこにあるようです。

私は葬式仏教だから堕落しているとは言えないのではないかと思います。
お葬式や法要がなかったら、ほとんどの人が寺を訪ねることがないでしょうし、僧侶に触れることもないでしょう。
儀式として正信偈を音読するうちに、誰が書いたものか、何が書かれているのだろうかと疑問や興味を持ち、法話を聞いたり本を読んだりする人が生まれてくるのではないでしょうか?
大切なのは、僧侶が先祖供養の葬式や法事を勤めるかどうかではなく、問われるべきは僧侶一人一人の生きざまであり、ご門徒一人一人の寺・僧侶との付き合い方なのではないかと思います。
批判されるべきは悪徳坊主であり、高級車を乗り回す高額な布施を請求する僧侶に値打ちを認める人たちではないでしょうか。

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能登半島地震 被災から186日目

近所に住む友達がよく言います。
「俺の家は(罹災証明が)一部損壊だけど、塀は壊れてしまってるし、家も大規模な修理が必要。
 ○○(近所に住む家が全壊になった同級生)は、地震のおかげで儲かったと言っている。」

仕方のないことですが、震災がアンラッキーな人がいるのは当然ですが、ラッキーな人もいます。
輪島・奥能登は過疎地なので、永年空き家になっていてボロボロになっていた家が多くあります。
震災があって公的な助成が受けられるのでこの際にと取り壊した家が多くあります。
これは震災に便乗したラッキーな例です。

昨日、組長さんから電話をいただきました。
正覚寺さんは大規模半壊という罹災証明から変わらないんですか?とのこと。
正覚寺より被害が小さなお寺が罹災証明が全壊で、半壊扱いの正覚寺より格段に大きな義援金が支給されるとのこと。

罹災証明発行の調査は外観だけですし、正覚寺の被害は外観では分かりにくい損傷です。
その上、災害は突然起こるものですから仕方がないことですが、罹災証明発行の鑑定人は寄せ集めの急造の人たちで、人によって判断にバラツキがあるのは当然です。
原則として罹災証明の見直しはないはずなのですが、色々と粘って罹災証明の被災度を上げてもらった人もいるようです。

罹災証明ばかりではありません。
地震保険、共済も同じです。
同じ地震で被災しても、泣く者もいます。
笑う者もいます。

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能登半島地震 被災から半年185日目

能登半島地震から今日で半年になりました。
仮設住宅に入居している多くの方が、高齢者であったり経済的な理由で自宅の自立再建が出来ないこと。
市は、仮設住宅の期限である2年以内に公共住宅を建てたいけれども、こちらも財政的に厳しいこと。
そういうニュースを見た直後に電話。
京都の平安神宮の近所のマンションへの投資の誘い。
ここは、震災で本堂などが大きな被害を受けた寺、とてもそういう話を聞く余裕はありませんと電話を切りました。

それにしても、宗教には一切かかわってはいけないとばかりに政治は寺には冷たいです。
政教分離の原則から宗教法人への支援がなされていないのだと思います。
しかしながら、政教分離に反する政教一致とは、国家や自治体が靖国神社などの特定の宗教を援助・助長するなどの密接な関係にある場合、または特定の宗教を弾圧する場合を言います。
宗教団体を平等に扱うならば、そこに政教分離の原則に反するものは存在しないと私は思うのですが間違っているのでしょうか?

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能登半島地震 被災184日め

Main
今夜は渡辺貞夫のコンサートに行ってきました。
あまり楽しめないかなぁ?とも思いましたが、すごく楽しめて良い気分転換になりました。
2時間たらずのコンサートでしたがとても短く感じられ、もう少し聞いていたいと思いました。
ピアノの スティーヴン・スコットがスケジュールを間違えて1日遅れて着いたために、練習が実質4時間しか出来なかったということで、カルテットとしてのアンコールはありませんでした。
アンコールに応えての2曲とその前の1曲はソロでした。
私は、サックスのソロを初めて聞きました。
特にソロの1曲めは、マイクを通さない生のまさにアコースティックな演奏でした。
何ともいえない哀愁のようなものが伝わってくるサックスの演奏は、ピアノが遅れてきた怪我の功名のようなものですがよかったです。

今朝は、地震の前日に納骨法要においでた方達が、1周忌法要にお出でました。
お勤めの前に、本堂を見られました。
1人の方が、「なぁ~んだ、大したことないじゃない!」と言われたそうですが、女房はそれを黙って聞いたそうです。
天井の高さが一般住宅の倍ほどある本堂の傾きは素人には分かりにくいと思います。

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能登半島地震 被災183日め

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図書館から借りてきた本を読みました。
先日読んだ「放送禁止歌」で、差別される人たちがどうして出来たのかを知りたくなりこの本を借りてきました。
本当に読んだのか?っと問われれば、ちゃんと読んだとは言えない読み方ですが、大まかに理解したつもりです。
農耕ではない特別な技能・職業の人たちに対する畏怖の念、貧しい人、病気の人に対する蔑む心、そこから差別される人たちが生れてくることが理解できました。
また、女性の社会的な地位も平安・鎌倉時代の方が高くて、近世になるに従い押し込められて不自由になっていくことが理解できました。

私は思います。
お坊さんたちは、世間の人たちから聖職者として尊敬されていると勘違いしているのではないだろうかと。
お坊さんたちは、悟ったようなフリをしているけれども、実は高額な布施を要求する金に汚い詐欺師のようなもんだと世間の人たちに見抜かれてしまっているのではないかと思います。
坊主、それは世間の人たちから蔑まされた蔑称ではないかと思います。
お坊さんたちにはそういう自覚が必要なのではないでしょうか。

政治家も同じだと思います。
国民・市民の多くは、政治家が純粋に国や地方のために頑張っているなんて思っていないでしょう。
権力や利権に群がる欲深い者たちというイメージしか政治家にはないのではないでしょうか。
政治家といえば、厚顔無恥な汚い奴というそんなイメージしか持てないのは私だけでしょうか。

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能登半島地震 被災182日め

夕べのテレビ番組で、「2007年重大ニューストップ15」というコーナーがありました。
中越沖地震や台風9号は入っていますが、能登半島地震は入っていませんでした。
日本全体からすれば、能登半島というへき地の地震被害なんて大した問題ではないのだと改めて思い知らされました。
安倍総理大臣は、地震から20日ほど経ってから能登半島の視察に来ましたが、参議院選挙中ということもあったのでしょうが、中越へは地震当日でした。
もっと顕著な扱いの違いは、天皇は、中越へは見舞いに行きましたが、能登へは来ませんでした。
この扱いの差は、被害を受けた町の大きさの差、被害の規模の差なのでしょうね。

もう一つ、先日から気にしているニュースがあります。
神戸の高3生自殺事件です。
7月半ばに高校生が自殺し、約2ヶ月後の今月になってイジメ、恐喝をしていた同級生が逮捕され、イジメグループの存在と悲惨なイジメの実態が明らかにされつつあります。
同年代の子供がいる事もあると思いますが、私にはイジメが許せません。
イジメた子供も許せないのですが、それ以上に許せないのが周囲の大人、学校・教育委員会の対応です。
今回も、自殺の直後から学校は教育委員会にイジメはなかったと報告していました。
しかし、実際には自殺当初からイジメを把握していたことが明らかになりました。
私は、自分たちの評定に傷がつくことを怖れたり、自分の保身のためにイジメがなかったことにてすませようとする、そういう大人の醜い汚さが子供たちのイジメの温床になっているのではないかと思います。
大人たちは上手に取り繕っているつもりでも、多感な子供たちはそんな大人の醜い心を見抜いてしまっているでしょう。
大人たちのゆがんだ気持ちによる見せかけの教育、その中で子供たちのゆがんだ気持ちが育まれるのは当然だと思うのです。

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能登半島地震 被災181日め

Hosokinsi
今日、読み終えた本です。
フォーククルセダーズ、岡林信康、赤い鳥、泉谷しげる、高田渡・・・、私はそういうフォークソング世代です。
フォークソングの中には放送禁止という烙印を押されてしまった歌がいくつもありますが、私はこの本は単に放送禁止という烙印を貼られた歌を懐かしむレベルの内容だと思って買いました。
ところが、著者には失礼ながら、読んでみると、日本のマスメディアの事勿れ主義、差別の問題にまで踏み込むという奥深いものでした。

今日、お参りさせていただいたお葬式は、肺ガンで56歳で亡くなられた方でした。
わが家は、祖父・祖父の弟・父の弟・母が肺ガンでした。
今春亡くなった母の弟は胃ガンでした。
私は、胃ガンだろうか?、肺ガンだろうか?と思いました。
今日とも知れず、明日ともしれず・・・人ごとではありません。

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能登半島地震 被災180日め

Rennyo
昨日読み終えた本です。
蓮如上人の御遠忌が終って10年になろうとしているのに、なぜ今ごろ蓮如なんだと思われるでしょうが、先日、3男と一緒に行ったブックマーケットという古本屋で見つけた1冊なんです。
五木寛之という人の文章は理屈っぽくて読みにくいという印象があり、ましてや岩波新書なので最後まで読む自信がなかったのですが、スラスラと読めました。
あらためて蓮如上人という方の凄さを感じましたが、宗教者・聞法者としての凄さ、経営者としての凄さ、どういう面で蓮如上人を見るかによって評価が違うのだろうと思いました。
応任の乱から戦国時代、一向一揆という動乱期に、焼かれては逃げ、逃げては建てを繰り返し、逃げながら逆に勢力を拡大していった蓮如上人という方は私にはスゴイとしか表現のしようがありません。

平成という平和な時代、私には正覚寺という末寺の本堂一つでさえ復興する自信がありません。

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能登半島地震 被災179日め-2

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先日から気になっていた座敷の屋根の上の瓦、どこから落ちてきたのだろうと不思議に思っていたのですが、わかりました。
列の一番上の瓦がズルズルとすべって降りてきたのです。

 

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今日のお参り、昨日から倍増して10名以上になりました。
私が前住職である祖父から受け継いだ25年前は50人・100人と参詣があったものですが、年月と共にこういう状態になってしまいました。
本堂の再興と共に布教に更なる努力・工夫をしなければならないと感じました。

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能登半島地震 被災179日め-1

昨日の祠堂経(永代経)の参詣者は5名でした。
布教使さんに申し訳なく、中止すべきだったかと少し後悔しました。

① 本堂ではない、広間なので入りにくい、お参りする気にならない。
② 地震で損壊した寺で、今後寄付を依頼されると思うと足が向かない。
③ 残暑が厳しいので出かける気にならない。

理由は色々あるのでしょうが、住職にとっては辛いお参りになりました。
この状態では、本堂の修復も改築も不可能かなぁ?っと考えてしまいます。

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能登半島地震 被災178日め

昨日の地方紙の記事です。
先日、従姉妹が送ってくれた記事のその後です。

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「建て起こし」で寺を修復 地震被害復旧に伝統技術

2007年09月16日 17:34

 新潟県中越沖地震で被災した柏崎市の中心部で、江戸時代に建てられ、柱が約20度傾いた「延命寺」の本堂を30本のワイヤで引っ張って元に戻す「建て起こし」という修復作業が進められている。
 柱を綱で引く建て起こしは、古くから木造建物の修理に使われ、2004年の中越地震で被災家屋を取り壊さず、比較的安い費用で修復する技術として再認識された。延命寺の場合、新築には1億円以上が必要だが、建て起こしなら1700万円程度で済むという。
 延命寺は1839年に建立。地震で本堂はヒノキの柱が大きく傾き、天井や壁がはがれ落ちた。宇佐美澄彦住職(57)は「地震直後は今にも倒れそうで壊すしかないと思った」。そんな中、ボランティアから建て起こしを教わったという。
 工事を担当している高辰組(新潟県南魚沼市)の高橋辰次会長は「傾きを戻す作業は1時間でできた」と話す。
Enmeiji
「延命寺」で進められている傾いた柱をワイヤで引き、元に戻す「建て起こし」作業=8月23日、新潟県柏崎市

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今日から3日間、祠堂経(永代経)というお参りを勤めさせてもらいます。
どれだけの方がお参りしていただけるか不安なのですが・・・。

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能登半島地震 被災177日め

昨日、中越沖地震「自宅再建めど」半数止まり というニュースが流れていました。
ニュースのニュアンスは、半数しかめどが立っていないというものですが、私の感想は、半数もの人が再建できるんだという驚きに近いものでした。
先日のブログ「能登半島地震 被災171日め」にも書きましたが、輪島では半数どころか1/4すら再建できないと言われています。

少し秋らしさを感じはじめてホッとしていたら、30度を越える猛暑、昨日の午後は女房と二人で、汗まみれになって10台ほどのテーブルを奥の離れへ移動しました。
バテバテになったところへ隣家から電話。
バーベキューしよう。
グッドタイミングでした。

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能登半島地震 被災175日め

一昨日の夜というか、昨日の未明という時間に大きな家が2軒全焼するという大きな火事がありました。
今朝の新聞によれば、火事の原因は、お湯を沸かすためにストーブに火をつけ、更にストーブの上に洗濯物を吊って乾かしていたということでした。
冬ならそういう火事は時々ありますが、今はまだ気温が30度を越えようかという気候、おかしな火事です。
それでも、放火ではないので火災保険に加入していれば満額支給されるのだと思います。
不思議な失火であっても火災保険が支給される、一方、何の過失もないはずの自然災害の震災には厳しい保険、っと愚痴が出ます。

午前中のお参りから帰って、安倍さんみたいに辞任できるなら辞任したい、と言ったら、女房からは、何を分からんことを言ってるの、だけでした。

そうそう、夕べ、新聞の司法試験合格者名簿を探したら知り合いの学生さんの名前がありました。
何年も頑張って勉強を続けていることを知っていたので、その名前を見つけた時には家族の名前を見つけたようにうれしく思いました。
社会派と言われる弁護士など弱者に優しい法律家になっていってくれると信じています。

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能登半島地震 被災174日め

中止にしようかと少し迷いましたが、お参りが少なくとも18日から3日間祠堂経(永代経)というお参りを勤めることにしました。
12日は、1日がかりでその案内を作成し、封筒詰めをして、13日発送しました。
今日は、金沢の近郊までお参りに行ってきました。
お参りが終って玄関へ出たら、正覚寺からの案内が届いていました。
持参すればよかったんですね。

震災の時、風呂場へ逃げ込む途中で顔をぶつけたらしく割れてしまっていた遠近両用の老眼鏡、被災記念にと接着をして使い続けていたのですが、接着を繰り返しても割れるようになってしまったので諦めて作り替えました。
今日、出来上がったという連絡を受けたので帰りに貰ってきました。
こうして1つ1つ震災が消えていきます。

寺へ帰ったら友達に頼まれていたノートパソコンが届いていました。
夕食後、パソコン屋さんをしてきました。

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能登半島地震 被災171日め

正覚寺の近所の方で震災で家が全壊になり仮設住宅に入居されていた方に、お参りの途中の道で出会いました。
何しているの?っと聞くと、今はそこのアパートにいると言います。
家を建てる予定がないんだって?っと聞くと、今から借金をして家を建てる元気はないとのこと。
この歳の者に家を建てられるほどの大きな金を貸してくれるところもないしね、の言葉に、そうかもしれないとも思いました。
その方は私の2歳年上なので54歳、晩婚だったので子供さんはいません。
公営住宅の入居に期待しているということで、仮設住宅のほとんどの人たちは家を建てるつもりはないとのことでした。

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能登半島地震 被災170日め

今日の午前中は年忌法要のお勤めがありました。
いつもはご夫婦だけでお参りされる家だったのと、午前10時という時間だったのでお経だけ勤めさせていただくだけだと思って出かけました。
4名ほどの兄弟の方々が集まってお出ででした。
ひょっとしたらと思ったら、オードブルとお寿司が準備されていました。

私はお酒は大好きですが、本当の酒飲みではないのか日中のお酒は苦手です。
大勢の宴会なら、車があるから、午後もお参りがあるから・・・とお酒をお断りしやすいのですが、人数が少ないとお断りしにくく、仕方がないので諦めて少しだけビールをいただきました。
車は、女房に迎えに来てもらって帰りました。
少しだけといっても、午後は体がダルく、頭はボーッとして予定していた仕事は出来ません。
1日潰れてしまいました。
こういう日は、ちょっと人生を損してしまった気がします。

Buddha
先日、読み終えた本です。
妻を捨て、子を捨て、親を捨てたブッダの行為は家出だと、覚りをひらく以前のブッダを聖者として捉えるのではなく、人間シッダールタの身勝手な行為であるとの視点に共感しました。
ただ、タイトルの問いの答えを私には読み取ることができなかったのが残念でした。

Senso
今日、読み終えた本です。
軍の、軍に依る、軍のための戦争、そういう歴史がよくわかりました。

「軍事指導者たちは“戦争を戦っている”のではなく、“自己満足”しているだけなのだ。
 おかしな美学に酔い、一人悦に入ってしまっているだけなのだ。
 兵士たちはそれぞれの戦闘地域で飢えや病で死んでいるのに・・・」

「日本は太平洋戦争において、本当はアメリカと戦っていたのではない。
 陸軍と海軍が戦っていた、その合い間にアメリカと戦っていた・・・」

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能登半島地震 被災169日め

今日は満中陰(49日)法要にお参りさせていただきました。
自宅でのお経の後、遺族の方たちと役僧さんがお墓へ納骨に行きました。
自宅に残った私は、その姿を眺めてカメラを持ってくればよかったと思いました。
遺族の方たちが、お墓に向かって畑の中の細い道を、お骨を抱えた喪主を先頭に1列に歩いていく姿がとても絵になる風景に見えました。

法要後のお斎(昼食)の折、ブログ見ましたよ、って言われました。
ブログへのアクセス件数を見ると、明らかに新しい方が読んでくれたんだな、って分かります。
それは、過去の書き込みにアクセスがあったり、被害状況の写真のページにアクセスがあるからです。
全ての方が私のブログに好意的だとは思いませんが、読んでいただけるというだけでありがたいと思っています。
自分のために書き続けているブログですが、そんなブログでも読んでくださる方がいるということは励みになります。
私の行為が空しい行為ではないと思うことができます。

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能登半島地震 被災168日め

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真宗入門講座という御門徒の方々を対象とした学習会のスタッフとして参加してきました。
私は夏バテでダルくて眠い、サボれるものならサボりたいところでしたが、衣を着る住職という立場なので仕方なく出かけました。

御門徒の人たちは稲刈りシーズン。
土日は特に稲刈りが集中します。
ご門徒の方たちの中には日中の稲刈りで疲れた方もいらっしゃるのでしょうが、ほぼ全員が受講されました。
素直に、偉いなぁ!と思いました。

7月の第1回講座では、そういう気分になれなくて、最初から最後まで受付などの裏方に撤しました。
第2回の今日は、眠いながらも講義を聞き、座談会も発言はしませんでしたがご門徒の方々の気持ちを聞かせていただきました。
座談会の中で、「つい半年前の地震でさえ忘れてしまっている私たち・・・」という発言がありました。
地震を忘れて生活している人たちの中で、私のような震災と共に生活を続ける者がいる、これが事実・現実です。

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能登半島地震 被災167日め

Photo
これは、経済・金融・企業情報といった内容が主のビジネス誌です。
いわゆる労働運動をするような人ではなく、経営者、投資家といった人が読む雑誌です。
原発に関しては、どちらかと言えばこれまで原発を推進してきた側の人たちが読む雑誌です。
そういう雑誌にも、中越沖地震による柏崎刈羽原発の被災により原発の危険性の特集記事が組まれるようになりました。

この雑誌ばかりではありません。
これまで立場上、推進側の立場で安全性をPRすることはあっても、立場上、決して危険性を口にすることのなかった東京大学をはじめとした国立大学教授という肩書きの方々も、テレビや新聞などで堂々と危険性を述べられるようになりました。
これまで、原発反対といえば、国策というお上の政策に楯突く危険思想の持ち主のように見られがちでしたが、その危険性が広く認知されることになったように感じています。

今日は、こんな記事を見つけ、早速署名させてもらいました。

柏崎刈羽原発:坂本龍一さんら、ネットで運転再開反対署名

「おやすみなさい、柏崎刈羽原発」
https://www.sitesakamoto.com/unplug_kariwa/


先日は、下記のようなニュースもありました。

(時事通信) 2007年9月4日(火)16:47

 福井県は4日、運転中の関西電力大飯原子力発電所1号機(福井県おおい町)の原子炉補助建屋内で、放射能を含む一次冷却水が約3.4トン漏れたと発表した。漏えいにより、微量の放射能が排気筒から外部に放出されたが、周辺への影響はないという。関電は原子炉を手動停止させ、詳しい原因を調べる。

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また、東海地震による浜岡原発の事故も心配されています。

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能登半島地震 被災166日め

夕方、相談に乗って欲しいとお願いをした仏具屋さんがやってきました。
私と女房と設計士さんの3人が本堂で相手をさせてもらったのですが、仏具屋さんの提案に、それぞれがお金がかかるんでしょ?いくらかかるんですか?1番の心配は経費です。
仏具屋さんが帰った後、お金、お金ばかり言う変なかぁちゃんやと思われたかなぁ?っと女房。
資金がないのに復興しようというのですから、経費が一番の問題です。
私は、資金の目処が立たなかったら、とりあえず本堂・座敷を解体するだけでもいいと思っています。

七尾市(旧田鶴浜町)のお寺(お寺は不明)が、御門徒1戸あたり120万円で寺の再建の寄付の依頼をしたというウワサが伝わってきました。
そういう思い切ったお願いが出来ればいいのですが・・・。

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能登半島地震 被災165日め

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正覚寺参堂脇のススキ。

昨日、ご門徒の方から電話があり、今年の夏の暑さで病気になり入院していたとのこと。
それで、今日のご主人のご命日のお参りもキャンセルになり、今日は休みになりました。
私は夏バテをする方で、毎年お盆明けから体調を崩すのですが、今年は特にひどいです。
体がだるくて眠気が取れません。
だから、今日のお休みはとても助かりました。

昼前のニュースで、輪島病院の検査技師が試験薬購入代約190万円を自分の口座へ振り込ませるという詐欺で逮捕されたと報道されていました。
パチンコの借金などの返済に使っていたとかで、余罪が1億円あるという報道でした。
一方で地震で家を失って途方に暮れている者がいるというのに、一方ではパチンコなどのバクチのために1億円使ってしまったばかりか職まで失ってしまった愚か者がいました。

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能登半島地震 被災164日め

台風9号が小笠原付近にあり、今後高気圧の後退と共に北上するようです。
雨風共に被害がないことを祈るのみです。

批判を怖れずに正直な気持ちを言えば、本堂を解体してしまえば、ホッとするだろうなぁと思います。
今は大きな雨が降るたびに雨漏りの箇所が拡大している状態の本堂ですが、今後、風や雪、地震などによりどういう状態になっていくんだろうと思います。

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能登半島地震 被災163日め

今日の午前中は組会でした。
組というのは、真宗大谷派という宗派があり、その地方の組織として全国に30教区があり、正覚寺は能登教区です。
その教区の下に組という組織があり、正覚寺は能登教区第7組に所属しています。
今日は、真宗大谷派能登教区第7組の住職で組織する組会という会議がありました。
簡単に言えば、お寺の町内会の総会のようなものです。
私は、年回忌のお勤めがあったので遅刻して出席しました。

午後は、設計士さんの事務所に呼ばれて新築した場合の設計図の説明を受けました。
夜は、正覚寺復興委員会でした。
新築の設計図を元に相談をしていただきました。
最大の問題は、やっぱり資金です。
とりあえず本山の共済に期待するしかありません。

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能登半島地震 被災162日め

地球温暖化に伴う海面上昇により、国土が水没の危機にひんしている太平洋の島国キリバスのアノテ・トン大統領(55)は本紙と会見し、「我が国は早晩、海に沈むだろう」と明言。

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上記のニュースに、海抜数メートルと思われる正覚寺はどうなるのだろう?と心配になりました。

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