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能登半島地震 被災から190日目

夕べは、「真宗入門講座」というご門徒の方を対象にした勉強会のスタッフとしてご門徒の方と共に勉強させていただきました。
第2回の今回は、「発心(発菩提心)」というタイトルで親鸞聖人の得度(出家)がテーマでした。
「家出」と発心(覚り・目覚めを求めようという志を立てた)による「出家」は違うという講義に、先日読んだ山折哲雄の「ブッダは、なぜ子を捨てたか」という本の言葉を思い出しながら聞きました。
四門出遊という美しい物語として伝えられ、世の無常をはかなみ、家族を捨てて、遍歴の旅に出、たった一人で悟りへの道を歩きはじめたと言われているブッダの行動を「出家」と言います。
しかし山折哲雄は、ブッダが家を出た時点では、悟りをひらいたブッダではないシッダールタという一青年なのだから、子を捨て、妻を捨て、親を捨てた身勝手ともいえる「家出」だと言います。
私は、山折哲雄のような視点はとても大切だと思います。
ブッダや親鸞聖人を偉大な方として尊敬する余り、その行動の全てを美化し過ぎると、見なければならないもの、学ばなければならないものが見えなくなってしまうように思います。

 

今朝の新聞に、沖縄の集団自決をめぐる教科書の記述に反対して11万人の抗議集会が開催されたというニュースがありました。

日本人は自虐的になってしまったという発言が多くなり、南京大虐殺は左翼思想家のでっち上げだとさえ言う人がいます。
偶然、NHKで陸軍・関東軍の暴走により南京へ進行し、戦争が拡大していく様子をまとめた番組を視ました。
南京陥落後、日本軍が南京に入っていくとそこには中国軍がいません。
中国軍は、軍服を脱ぎ捨て市民の中にまぎれ込んでしまっていたのです。
誰が民間人で誰が兵士なのか区別がつかない混乱・恐怖の中で、日本軍は全員を殺してしまっていくという様子が伝えられました。
その番組では南京大虐殺という言葉は使われませんでしたが、私は南京大虐殺は事実としてあったのだと思いました。

水木しげるなどの戦争体験記を読んでも、硫黄島からの手紙などの映画を観ても、玉砕(自決)は軍の命令として強制されています。
国民年金の問題、政治と金の問題などで、政治家たちは毎日のように、反省すべき点は反省し、改革すべき点は改革しという言葉を繰り返していますが、そんな言葉はウソだとしか思えません。
それは、戦争・歴史に関しては自虐的だといい、反省したくないようで、なかったことにしてすませようとしているように思えてならないからです。

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