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2007年10月

能登半島地震 被災から221日目

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頭部が破れていた釣り鐘を覆うシートを取り替えました。
尖った頭部にプラスチックのバケツをかぶせました。

20日の門徒総会に欠席されたご門徒の方たちから、どうなったのですか?という質問を受けます。
圧倒的多数で建て替えることに決まりました、とお答えすると、皆一様に、その方がいいですよ、と安堵したような様子です。

昨日、設計士さん立ち会いのもとで、解体屋さんと解体工事の契約をしました。
今夜は正覚寺復興委員会です。
八日から報恩講を勤めるのですが、工事の準備と併行なので、てんやわんやです。

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能登半島地震 被災から219日目

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落下してこないのが不思議な位の軒になりました。
事故を心配しています。

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仮御堂の広間で今夜はお通夜です。
このまま明日はお葬式です。
亡くなられた方は障害者で、ちょっと複雑な家庭の事情もあります。
こんなことをするから金持ちになれないんですね。

今日の午後は川向こうの大学の先輩のお寺の報恩講にお参りさせて頂きました。
出仕僧9名に対して参詣者は4~5名でした。
初日で、お斎(昼食)がないからだと思いますが、真宗王国能登も過去のことになったのだと思い知らされます。

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能登半島地震 被災から218日目

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今日の午前中は、37歳でクモ膜下出血で亡くなった先輩の女房の13回忌と、56歳で肺ガンで亡くなった方の満中陰(尽七日)の法要をお参りさせていただきました。
このようなお参りの際には、亡くなった方だけがはかない命を生きていたわけではない、私たちも同じように今日とも知れない明日ともしれないはかない命を生かさせていただいているにもかかわらず、私たちは自分の命だけはまだまだ大丈夫だと勘違いして、毎日のんべんだらりとしているんじゃないか、という一言を述べさせて頂きます。
役僧さんは、住職の決まり文句だと聞いているだろうと思います。

2日前に丹波篠山の後輩から黒大豆の枝豆が送られてきました。
今夜は復興委員会の委員長さんをして頂いている御門徒夫婦とそれで一杯飲む約束をしています。

昨日、本山の災害対策本部へ、共済給付金の提示を求めた手紙を出しました。
これで2度目の催促になります。
うるさい奴だと思われるかもしれませんが、被災者の現実を理解して欲しいと思います。

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能登半島地震 被災から217日目

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明日、寺へお参りに来られる御法事があるのでその準備をしました。
今日は風邪が強く、ビュービューと音をたてて吹いています。
冬に向かって秋が深まっているのを感じます。
本堂は、ギッシギッシと音を立てます。
屋根裏の部材のクサビが外れてしまっているので、一段ときしみが大きいのでしょう。

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能登半島地震 被災から216日目

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今日も一日中道具の方づけをしました。
古くなったタンスを片付けていると、引き出しの後ろに記録が書いてありました。
川向こうの長徳寺さんというお寺からお嫁に来ていたという話を聞いていましたが、これはどうもそのお嫁入りの道具のようです。

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御絵伝の箱です。
天和という年号が書かれています。

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能登半島地震 被災から7ヶ月、215日目

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昨日から本堂を明けるために道具の移動をしています。
巻障子や唐様(らんま)や卓、瓔珞などの大きな仏具は仏具屋さんが預かってくれるそうです。
建物を建て替えるため、扇風機やストーブの不要なものが出たので、失礼ながら先輩のお寺で使っていただくことにしました。
2日作業して目処がたちました。
明日でとりあえずの作業は完了しそうです。

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能登半島地震 被災から214日目

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広間などの壁は赤(朱)です。
一般的には奇抜だと思われるかもしれませんが、私はいい色だと思っています。
玄関は物置に改装されることになりました。
式台(儀式用の玄関)が大玄関として改装されます。

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能登半島地震 被災から213日目

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裏手の分譲地から眺めると、改めて大きく屋根が波打っているのがわかります。
いつ落ちてきても不思議ではない瓦もあります。

今日の午前中、設計士さんと解体屋さんと打ち合わせをしました。
30日に契約をして、11月12日から解体をすることになりました。
11月8日から10日までは報恩講、11月11日は祠堂・永代経のお参りなので、多くの御門徒の方々がお参りされるのでちょうど良い日程になりました。
今年の報恩講は、本堂とのお別れを兼ねたものとなります。

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能登半島地震 被災から212日目

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庫裏(会館)の壁の塗り替えと天井の張り替えをしています。
修理をし出すと、あそこも、ここもと気になるところが出てきて、どこで妥協するかということになります。
とりあえず、ご門徒の方々がお参りされる1階部分を修復しています。

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能登半島地震 被災から211日目

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昨日の門徒総会の決議に依り、宗教法人法第23条の規定に従って本堂正面に改築を行う旨の公告をしました。
とりあえず、方向性が決まったので一歩前進かな?っとは思いますが、お金があって実施する事業ではないので、これからが大変です。
多くのご門徒から見捨てられるのではないかという不安もありますが、総会に集まって下さった50人あまりの方々、委任状を送り返して下さった方々を信じて進めるしかないと思っています。
それと、本山も信じて待つしかありませんね。

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能登半島地震 被災から210日目

今夜は午後7時から、本堂の復興に関する正覚寺門徒総会でした。
出席予定の返信37通に対し50人を越える出席、104通の委任状でした。
第1案現本堂を修復する、第2案新様式の本堂に改築するという2案で審議してもらいました。
色々な質問を出してもらって審議を進めてもらいました。
現本堂は規模が大きいので単純な建て起こしは不可能なこと、総ケヤキ造り(一部栗材)という立派な部材なため部材の再利用は不可能なことなどを説明させてもらいました。
第1案への賛成者は1名という圧倒的な大差で、新様式の本堂に建て替えるということになりました。
これから能登半島の北端に位置する輪島には厳しい季節風が吹きます。
早速、設計士さんと解体屋さんで打ち合わせしてもらって年内に解体してもらいます。
ただ、本山の共済の給付金が不明ですので、新築の予算立てができません。
具体的な新築案はこれからです。
正覚寺の役員さん、復興委員会の皆さんにはこれからますます会合を重ねて知恵を出して頂かなければなりません。

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能登半島地震 被災から207日目

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昨日・今日と長男が借りてきたイニシャルDというアニメを視ました。
コミックもずっと買っています。
日本のコミックはなかなかのレベルだと私は思っています。

 

今日、左官屋さんの休憩時間に番茶とほうじ茶が話題になりました。
番茶という物を近頃見なくなったということから、番茶とはなんぞや、ほうじ茶とはなんぞやという話題になったのですが、誰も答えられませんでした。
インターネットで調べるとそれぞれの説明があるのですが、よくわかりませんでした。
誰もが分かって、当たり前のように使っている言葉ですが、改めて尋ねられると答えられず何もわかっていないということに気づかされます。

そういえば、私は自分の結婚式の直前に、伯父さんから座ぶとんの縦横・前後を教えてもらいました。
それまでは、座ぶとんの表裏は房があるのでわかりましたが、縦横があることすら気づきませんでした。
教えられると気になるもので、それ以来、御門徒の家でも座ぶとんに座る前には前後を確認して座るようになってしまいました。
知らなければ気にならないことが、知ってしまったばかりに気になります。
座ぶとんの表裏前後などということなら、ものを知らない奴だと笑われて済ますことができますが、生命、人生、地球・・・そういう問題は知らなかったでは済みません。

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能登半島地震 被災から206日目-2

夕べ、正覚寺復興委員会がありました。
未だに提示されない宗派の共済給付金、皆しびれが切れてきました。
隣寺の住職さんも言っていました。
修復の見積りなど、待つ時間が長くて辛いと・・・。
本山の共済も、大まかに数千万出るとか、数百万だとか、数十万だとか、出ないとか、大まかな見通しぐらい連絡があってもいいのではないかと思います。
傾いて、雨漏りのする本堂と共に生活している被災者の痛みを理解して欲しいと思います。
例年ですと11月の下旬から季節風が吹き、小型の台風並みの荒れた天気になります。
それまでには本堂をどうするか結論を出して処置をしなければなりません。

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今朝から寒い。
寒いねぇ、寒いねぇ、と言うが、左官屋さんも女房もさほど寒そうではありません。
左官屋さんなど、動けば暑いといいます。
おかしいと思って、熱を計ったら37.5度、診療所へ行きました。
診療所で計ると37.9度、足が寒いのでベッドを借りてふとんにくるまって診察を待ちました。
診察の結果は、風邪だろうということで、38度ほどの熱が出る風邪が流行っているということでした。

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能登半島地震 被災から206日目-1

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昨日の午後、お参りから帰って玄関脇のテッセンに気づきました。
何じゃこりゃ!っと思って、念のためとインターネットで調べたら、
やっぱりテッセンは晩春から初夏に咲く花。

実は、夏の猛暑の時に水をやらなかったので葉っぱがなくなり枯れたものと思っていました。
それが涼しくなったら葉っぱが出てきて、
それがとうとう花まで付けてしまいました。
狂い咲きですね。

大地震が起こって、異常気象。
温暖化、原発事故、核ミサイル・・・
時々人類は破滅に向かって進んでいるように思います。

20年ほど前に聞いた京大の助手の講演では、
原発が事故を起こさなくとも、核戦争が起こらなくとも、
地球はエネルギーの使い過ぎで破滅するというものでした。

夕べの筑紫哲也ニュースでも、中国の急速な経済発展に依るCO2の排出、
公害が報じられていました。
日本もかつては公害をまきちらして経済発展をしたので偉そうなことは言えませんが、
このままだと破滅への道を突き進んでいるように感じました。

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能登半島地震 被災から205日目

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去年、雨漏りだと思って見てもらった式台(庫裏玄関)の天井。
実は雨漏りではなく、動物の排泄物。
左官屋さんが、これはタヌキだと教えてくれたので、タヌキのしわざだと思っていました。
わざと穴の空いた板にして犬猫よけの匂いのする物も置きました。
女房の父親に話したら、それはハクビシンではないかということでした。

 

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先日、式台(玄関)を入ったところの廊下の天井に雨漏りのような跡。
地震で屋根がいたんで雨漏りをするようになったのだと思いましたが、ひょっとしたら・・・と思ったら、やっぱり動物の糞でした。
どうもハクビシンという動物のしわざのようです。

園長のひとりごと/移動動物園ZOOKISS・島田直明: ハクビシンのすむ家に出張
ハクビシンの排泄被害

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たぶんここから侵入しているんだろうという箇所を塞いでいます。
これで止まってくれればいいのですが・・・。
それにしても、ハクビシン、サーズという新型インフルエンザの菌を持っているようで、建物被害だけではすまないので厄介です。

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能登半島地震 被災から204日目

十数年前にナホトカ号というロシアの古いタンカーの事故があり、タンカーから流れ出した重油で福井県から能登半島が汚染されたことがありました。
特に輪島から珠洲市にかけての汚染が大きく、大学の授業で、先生の紹介でわが家へ慶應大学の学生たちが数人やってきたことがありました。
それがキッカケとなり、付き合いを続けている人たちが震災のお見舞いに昨日・今日と訪ねて下さいました。
一人は、頑張って今年司法試験に合格しました。
一人は、アメリカ留学を経て、大手新聞の記者をしています。
一人は、会社勤めを経て、結婚し、市役所の職員になっていました。
それぞれしっかりと自分の道を歩んでいる姿にうれしく思いました。

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能登半島地震 被災から202日目

昨日、大学の同級生から書類が届きました。
「あなたの声を!
 直接、ビルマへ」
というタイトルの呼びかけ文と共にハガキが入っていました。

緊急提案!
仏教徒のみなさん、市民の皆さん、直接、ビルマへあなたの抗議の声を届けませんか。

こちらが呼びかけ元のホームページで、ハガキの原盤などがダウンロードできます。

テレビの報道を見て、まさに軍が国を乗っ取っているデタラメぶりに腹立たしさ、情けなさを感じ、何もできないことが残念でした。
微力ながら、周囲の人に呼びかけたいと思います。
それにしても、お西の方たちの迅速な行動力は阪神大震災以来時々目にし、驚きです。

 
昨日から、庫裏(会館)の壁の塗り直しに左官屋さんが来ています。
御本尊に続いて又一歩復興に向けて前進した気がします。

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能登半島地震 被災から201日目

今日は、朝一番に胃カメラの検診に行ってきました。
どうもお腹の調子が悪いので、悪い結果を覚悟していたのですが、胃の中は大したことはないようです。
ポリープは相変わらずありますが、去年と変わっていないので細胞検査はしないそうです。
胃の入口付近が荒れているそうですが、薬を飲まなくてはならないほどでもないそうで、胸やけなどがした時だけ飲むようにと一応薬を出してもらいました。
ついでですが、喉の声帯の上が荒れているとのことでした。

それよりも問題は、中性脂肪、3年前が500超、2年前が300台、去年が300ちょい。
で、今年は地震以後すごく痩せたし、腹もへっこんだので、中性脂肪は絶対に下がっていると自信があったのですが、逆に600超に上がっていました。
診療所の先生からは、胃のポリープや荒れよりもこの中性脂肪を注意されました。
飲酒量を減らすことと食事をしっかりとるように指導され、1~2ヶ月後に再度血液検査をすることになりました。
家に帰って女房にそのことを話すと、晩酌が余計なのよ、寝酒だけにしなさい、と言われました。
その通りだと思います。

留守の間に、家が全壊になって仮設住宅へ入居している方から電話があったそうです。
寺へ寄付をしたら生活が破綻すると・・・。
女房が言います、修復するとか、新築するとかって話しじゃないような気がしてきた、と。
女房にもようやく厳しさが伝わりつつあるようです。
本山の共済の給付を受けて、小さな本堂でさえ建てられるかどうかというのが正覚寺の現状です。
本堂を失うか、小さな本堂に建て直せるか、これが現実です。

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午後は、友達の家のLANの設定をしました。
部屋から部屋へも電波の届かない、尚且つ近くに電波を発している家があるようで、電波状態が不安定な家で、午後いっぱいかかるという悪戦苦闘でした。
お礼に、写真のワイヤレスのマウスを買ってもらいました。

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能登半島地震 被災から200日目

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この本を読み終えました。
これまでなんとなく持っていたイメージと違う昭和の出来事を知りました。
っと、言いたいところですが、50才を過ぎた頭は、次から次へと忘れ去っていきます。

 

本堂の復興ですが、本山の共済の給付金によってご門徒1戸当たりの寄付の依頼金額が決まるようなところまで計画案は具体的になってきました。
復興に本山の共済を当てにせずにはおられません。
共済の支給を受けられなければ、本堂の復興を断念するか、大胆に小さく簡単な建物にするか・・・。

今も一人暮らしのご門徒のお婆さんから電話がありました。
本堂の寄付はできないとのことでした。
本堂をどうするか、そのご相談の集まりの案内を出しただけなのですが・・・。
これが現実です。

明日は、胃カメラ検査。
気が重い話題ばかりです。

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能登半島地震 被災から199日目

連休明けの今日、ようやくハガキを買って、本堂をどうしていくかを相談していただくための会合の案内を御門徒の方々に発送しました。
寄付をお願いしても、多くの御門徒が正覚寺を見捨ててしまうんじゃないか、協力的な御門徒の人たちと工事を始めても、寄付が集まらずに数千万円という大きな借金が残ってしまうんじゃないか、そういう不安ばかりが大きくなります。
最悪なのは、本堂を復興したのはいいけれど、返済不可能な借金が残ることです。
ご門徒への案内には、本堂を修復するか、改築(新築)するか、という2つの案を提示してあります。
本堂を復興できるなら、過疎先進地という状況、改修・建築費、今後の維持費、借金が残った場合の返済・・・そういう諸々のことを考えると、正覚寺住職という立場では小さな本堂に改築するというのが理想だと思っています。
しかし、住職の私にとっては、本堂などを復興するか、単に取り壊すのみか、どちらにすべきなのかが本当の悩みです。

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能登半島地震 被災から198日目

今日は、八日講という輪島市街地の真宗大谷派の寺院7ヶ寺が毎月持ち回りで会所を勤めているお参りがあり、今月の当番である川向こうの長楽寺さんへお参りに行きました。
正覚寺の隣寺で、罹災証明が全壊のお寺の住職さんと同席したので、本堂修復の見積りはいかほどですか?とお尋ねしました。
お答えは、2800万円程度ということで、正覚寺の1/3~1/4なので正直驚きました。
でも、聞けば、屋根の葺き替えはない、基礎の改修は不必要ということですからなるほどと思いました。
先日の新聞記事にあった 「建て起こし」で寺を修復 地震被害復旧に伝統技術 と同じように基礎を固めずに曳き起こしが可能なのでしょう。

震災当時、「見た目の○○寺(隣寺)、金がさ(被害額)の山吹(正覚寺)」と言われたようですが、まさにその通りです。

正覚寺は、5チーム以上の建築家・曳やさんたちに見てもらいました。
日建設計という本山の修復工事の設計を担当している設計会社や新潟のボランティアチームの設計士さん、宮大工、曳屋さん・・・に見てもらいました。
それらの全てが同じ答えでした。
1.正覚寺の本堂を曳き起こすためには、一旦本堂を持ち上げて基礎を固めることが必要。
2.曳き起こすと壁は全て落ちてダメになるので最初から落す。
3.引き起こしの邪魔になる箇所の床・天井を外す。
4.基礎を固めてから柱を曳き起こす。
5.床・天井を張り、壁を付ける。
6.屋根は全面葺き替えが必要。
7.建具は、起こしてみないとどれだけ使えるか分からない。
8.座敷は全壊状態で取り壊すしかない。
その上に、須弥壇・宮殿といった仏具が倒壊しており、それら仏具の修復にも1000万以上の経費が必要。
本堂の修復だけで、1億円は必要となります。

しかし、一般の人たちにはそんなことはわかりません。
先の新聞記事を読んだり、隣寺の修復金額を聞くと私が適当なウソをついてるとしか思われないと思います。
大正初期の先人が建てて下さった立派な本堂ですが、立派であるばかりに修復も大変です。
正覚寺の復興には辛い条件が一つ増えたように思いました。

そんな弱気でどうする、という批判も聞こえそうですが、私は、本堂を失う、そういう事態も覚悟しています。

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能登半島地震 被災から197日目

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毎月7日のお爺さんの命日に待ってくれている90歳を過ぎたお婆さんです。
息子さん4人はそれぞれ都会に出て、6年前にお爺さんが亡くなってからはお婆さんの一人暮らしです。
息子さんは、いつでも同居しようと誘っているのですが、お婆さんは住みなれた輪島から離れたくないのです。
「いつまでこの家におられるかねぇ?」とおっしゃるので、
「それは誰にもわからんねぇ」と応えると、
「もしわかったら教えてね」とおっしゃいます。
認知症になって今したことも忘れてしまう、体が動かなくて隣でさえも行けないとおっしゃいますが、ヘルパーさんや振り売りの魚屋さん、近所の人たちに支えられて、まだまだ自分のことは自分で出来ます。
健康診断でもどこも悪くないと言われたそうで、まだまだ元気です。

今日、隣の郵便局へハガキを買いに行きました。
ところが、明後日まで欲しい枚数が揃わないとのことでした。
窓口の郵便局は空いているのですが、2階にある会社(日本郵政?)が休んでいるので、保管庫から出せないとのこと。
早速、分割民営化された不便を味わいました。

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能登半島地震 被災から196日目

今夜は、第3回真宗入門講座の日でした。
出かける前は、ご門徒への案内づくりなど時間のない仕事があるので「面倒だなぁ」と思って渋々出かけたのですが、出かけてよかったと思いました。
御門徒の方々から面白い言葉が聞けて、良い気分転換になりました。

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・ お婆さんは、仏壇が煤けたのは自分がそれだけ御本尊に手を合わせた証しだと言っている。

・ 私は、「南無阿弥陀仏」という念仏が上手になった。
  上手になったというのはどういうことかというと、念仏が口になじんで自然に称えられるようになったということ。

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特に印象に残った発言です。

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能登半島地震 被災から195日目

午前中、女房と健康診断に行ってきました。
酒を飲むので若い頃からガンマGTPという値が高いのと、数年前から中性脂肪の価が高いのですが、今回はどういう検査結果が来るのか楽しみです。
それよりも、去年、レントゲン検診で胃にポリープが見つかり胃カメラの検査を受けたのですが、覚悟に反して良性のポリープでした。
今年はレントゲン検診を受けずに、初めから胃カメラ検査を受診するようにと言われていたのですが、決心が出来ずにずるずると延ばしていました。
今日は、看護婦さんにもお医者さんにも、パソコンの中のカルテを見ながら胃カメラ検査を受けるように言われました。
医者は、「今時胃カメラなんて一生に1度か2度というような覚悟を決めて受けるような検査じゃないでしょう?一年に1度くらい受けましょう!」って言います。
医者の立場ならそうでしょうが、患者は出来るなら受けたくないですよ。
でも、そのように言われるだろうと覚悟はしていたので、帰りに受付で予約してきました。
11日は、胃カメラ検査です。

 

今夜は、総代・責任役員という正覚寺役員会と復興委員会の合同会議でした。
修復・改築という2つの案を提示して広く御門徒の方々のご意見を聞くことになりました。
いずれにしても最大の問題は資金です。

地震から半年以上が経ちましたが、本山の共済は何の連絡もありません。
すでに修復を完了してしまったような被害の小さな寺は待てるかもしれませんが、正覚寺のような被害の大きな寺は早く提示が欲しいと思います。
本山の対応は災害に対して現実的ではありません。

震災にあって辛いことの一つは待つことです。
様々なボランティア、支援の連絡はありますが、それらは全て待たなければなりません。
待つ時間が長くそれが辛い、それにしても本山の共済は長いと思います。

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能登半島地震 被災から194日目

Buraku

「でもしか先生」ってことばがありましたが、私は、でもしか坊さんやなぁ、と思います。
発心もしていないのに得度をさせてもらい、坊さんばかりか住職として生活させていただいています。
私は、坊さんという立場でしかこの世で生きられなかったと思っています。
体調がよくないからって、それを理由に本ばかり読んでいたら、一般的にはなまくら者(なまけもの)ですよね。
でも、坊さんにとっては、本を読み勉強をすることも立派な仕事として許されます。
勉強じゃなくとも、塗り物をしててもサボって遊んでいると咎められることはありませんし、私自身にも後ろめたさはありません。
誤解を怖れずに言えば、世間体に縛られない気ままな暮らし、それが坊さんらしい暮らしぶりではないかと思っています。

今夜は、この本を読み終えました。
読みはじめてわかったのですが、この著者は、1~2年前に読んだ「被差別部落の青春」の著者でした。
これで部落問題がわかった!とは言えませんが、私の理解は深まったと思います。
読んでよかったと思いました。

この本の中で色々学ばせてもらいましたが、つい先日日本中の注目を集めた方の差別事件が取り上げられていたので転載します。

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 永田町ほど差別意識の強い世界はない。彼が政界の出世階段を上がるたびに、それを妬む者たちは陰で野中の出自を問題にした。総裁選(二〇〇一年=角岡註)の最中にある有力代議士は私に言った。
 「野中というのは総理になれるような種類の人間じゃないんだ」
 自民党代議士の証言によると、総裁選に立候補した元経企庁長官の麻生太郎は党大会の前日に開かれた大勇会(河野グループ)の会合で野中の名前を挙げながら、
 「あんな部落出身者を日本の総理にはできないわなあ」
 と言い放った。
 麻生事務所は「地元・福岡の炭鉱にからむ被差別部落問題についての発言が誤解されて伝わったものだ」と弁明しているが、後に詳しく紹介する野中発言によると、大勇会の議員三人が麻生の差別発言を聞いたと証言しているという。(第十六章 差別の闇)

 二〇〇三年九月二十一曰、野中は最後の自民党総務会に臨んだ。議題は党三役人事の承認である。楕円形のテーブルに総裁の小泉や幹事長の山崎拓、政調会長の麻生太郎ら約三十人が座っていた。
 午前十一時からはしまった総務会は淡々と進み、執行部側から総裁選後の党人事に関する報告が行われた。十一時十五分、会長の堀内光雄が、
 「人事権は総裁にありますが、異議はありますか?」
 と発言すると、出席者たちは、
 「異議なし!」
 と応じた。堀内の目の前に座っていた野中が、
 「総務会長!」
 と甲高い声を上げたのはそのときだった。
 「総務会長、この発言は、私の最後の発言と肝に銘じて申し上げます」
 と断って、山崎拓の女性スキャンダルに触れた後で、政調会長の麻生のほうに顔を向けた。
 「総務大臣に予定されておる麻生政調会長。あなたは大勇会の会合で『野中のような部落出身者を日本の総理にはできないわなあ』とおっしゃった。そのことを、私は大勇会の三人のメンバーに確認しました。君のような人間がわが党の政策をやり、これから大臣ポストについていく。こんなことで人権啓発なんてできようはずがないんだ。私は絶対に許さん!」
 野中の激しい言葉に総務会の空気は凍りついた。麻生は何も答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった。                              (エピローグ)

 野中が小泉首相も出席した総務会で差別発言を指弾したにもかかわらず、不幸にも、麻生(福岡八区選出)はその直後、部落問題の担当官庁である総務省の大臣に就任した。泥棒が警察官になるようなもので、これほど不適切な大臣登用はない。
 麻生は後に、衆議院総務委員会でこの問題を追及されたとき、「そのような発言をしたことは全くありません」と事実を否定している。ではなぜ、野中に指弾された総務会の席上で「何も答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった」のか、不可解である。
 その後、この問題発言は、うやむやになってしまった。しかし、部落出身という理由による総理大臣就任阻止の動きがあったとすれば、未遂ではあるが、有権者の代表である国会議員による“就職差別”である。
 著者の魚住のルポがなければ、麻生の差別発言は公に知られることはなかっただろう。その意味でも部落差別は見えにくい。なくしてきた結果、部落差別は以前より厳しくなくなった。
とはいえ、まだ残ってもいる。それは目をそむける者には、けっして見えない。

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能登半島地震 被災から193日目

「円天」商法と呼ばれている出資法違反・詐欺容疑の「エル・アンド・ジー(L&G)」(波和二会長)の事件、騙す方はもちろん悪いと思いますが、騙される方もいかがなものかと思います。
出資法違反・詐欺容疑の事件は、前の事件を忘れた頃に繰り返されています。
おいしい話にまんまと騙される、それだけ欲深いのでしょうが、もう一つ、5万人もの出資者から1000億円の資金を集めたとされ、それだけ世の中に余っている金があるんだと思います。

時々、金をばらまく人がいたり、札束をゴミとして捨てる人がいたり、工事現場の地中から大金が出てきたり・・・。

そんなに金が余っているなら正覚寺の復興資金に寄付をして欲しい、能登半島地震の被害者への義援金に寄付して欲しいと思ってニュースを視てしまいます。

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能登半島地震 被災から192日目

Mizusima
先月末に本山から送られてきた本を読みました。
近代教学、近代教学思想史が専門の先生の講義録なので、真宗大谷派の明治以降の教学史でした。
正直な感想を言うと、清沢満之以降、その影響を受けた先生らが並べられ、誉め称えられてありがたがる内容にアックリしました。
天の邪鬼で偏屈者の私は、何の疑いも批判もされない完全無欠なものなんてこの世にはないと思っていますから、完璧な偉人伝は好きではありません。
しかし、本の趣旨は理解できます。

私が読んでいて印象に残った2点を転載します。
『宗門各位に告ぐ』(宮谷法含)が大きく取り上げられていますが、これは私のホームページに掲載してありますので、読まれたことのない方はぜひそちらでお読み下さい。
『宗門各位に告ぐ』(抜粋) 宮谷法含へ 「宗門各位に告ぐ」全文

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訓覇先生は、「末広愛邦はただお金と建物だけだ」と末広内局を責められました。
そのため末広内局の発表した御遠忌予算はなかなか全会一致にはならなかったのです。
訓覇先生の主張は末広内局には教学がないという一点です。
教学がないではないか、という一点で末広愛邦氏を責めたのです。

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これはこのまま今の本山に当てはまるのではないかと思うのは私だけではないと思います。

 

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訓覇先生は、教団と信仰運動の関係について、端的に次のように述べられます。

どこにも手本などない。
(中略)
僕らは信仰運動のためには教団が解体してもかまわんというくらいの気持ちだった。
                                (『傑僧訓覇信雄』四八頁)

「教団」というのは「真実信心」の器ですので、器は変わることがあるかもしれません。
ですから浩々洞も興法学園も盛衰を繰り返しています。
そういう意味から、この大谷派教団も実際いつまで続くのかはわからないのかもしれません。
ですから、「教団が解体」しても守らなければならないものが「宗教的精神」です。
「真実信心」です。
「真実信心」による娑婆を超えた「僧伽」の顕現。
ここに訓覇先生の志願があったのではないでしょうか。
誠に私たちはいま、教団の再興ではなく、真宗の再興を念ずるべきだと思います。

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「信仰運動のためには教団が解体してもかまわん」という過激な言葉に反発を感じる人も多いと思います。
しかし、親鸞の教えに生きようしない教団、お念仏の信仰心を求めない教団、それは浄土真宗の教団とは言えません。
単に親鸞の名を利用するだけの詐欺師集団でしかありません。

などと偉そうなことを言える私ではありません。
話題の出資法違反・詐欺容疑の「エル・アンド・ジー(L&G)」(波和二会長)ほどの大規模な悪事は働けませんが、小商人的な規模のチマチマとしたセコい詐欺師です。  (^_^;)

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能登半島地震 被災から191日目

今夜は「正覚寺復興委員会」でした。
修復案、改築案、2つのプランが出来ました。
5日に復興委員会と正覚寺役員会との合同会議が開催されます。
最大の問題は、やっぱり資金です。

長男がビデオショップや本屋から帰ってきました。
「21世紀少年の最終巻買ってきたよ」と、長男が3男に話しているのを聞いて、
私が、「そうや、新聞に広告が出ていたのに忘れとった!」と言うと、
長男が、「はい、先に読むまし、俺はジャンプとサンデーがあるから」。
「21世紀少年」というのは、漫画(コミック)です。
親子でコミックを回し読みしています。

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