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能登半島地震 被災から266日め

20071214_006
昨日は、午前7時半に朝食を食べて、9時半過ぎにホテルを出て、10時にはセレモニーホールの控室に入り、遺族の人たちと共にお棺の横で過させて頂きました。

12時半頃に控室からホールにお棺を移し、1時からお葬式をし、出棺。
遺族の帰りを待って、同じホールにて初七日(中陰)を勤め、お斎(昼食)をいただきました。
4時過ぎにお骨を拾い、自宅へ帰って還骨勤行を行いました。

お骨拾いの後、自宅で還骨勤行を行うなら、初七日(中陰)を早める必要はないんじゃないかと思いましたが、初七日(中陰)とお斎(食事)を切り離せないという思いと、導師や諷経(ふぎん)僧が葬儀に引き続き初七日(中陰)・お斎(食事)とした方が合理的だという都合と、葬儀屋(セレモニーホール)にとってもそれが合理的で好都合であることなどが合致したシステムなのだろうと思いました。

輪島では、お葬式・出棺後、すぐにお斎(食事)をいただきお骨上げを待ちます。
今では、お斎(食事)はお弁当なので、ほとんどの僧侶がその場で食べずに持ち帰ります。
遺族は、火葬場までお棺を送り、そこから一旦帰って食事をします。
出棺後、約1時間半程度で火葬場からお骨上げの連絡があるので、自宅で還骨・初七日(中陰)を勤めて解散します。
その後、お手伝いに方々の慰労会が行われる習慣の村もありますが、私たち僧侶はほとんど座ることはありません。
それに、還骨・初七日(中陰)には、諷経僧ばかりか導師もお参りしないという習慣の土地柄ですから(正覚寺住職はお参りします)、初七日(中陰)やお斎(昼食)を繰り上げる必要はないのです。

輪島と違って滑川は、火葬に2時間半という時間がかかること、諷経僧も初七日(中陰)にお参りをして食事をいただくという習慣があるので、滑川独特のシステムが出来上がっているのだと思います。
また、お弁当にすると単価が下がってしまうから困るというセレモニーホールの都合もあるのだと思います。

それにしても、上の写真は平常で200席が準備されているホールです。
そこで20人にも満たないほどの近親者のみのお葬式。
こうしなければ故人を送ることができないのだろうかと思いました。
それならば、輪島からはるばる滑川まで3時間の距離をお前ごときがわざわざ出向く必要がどこにあったんだと言われれば、それもその通りだと感じました。
ただ、このホールの使用料金は、輪島の農協のホールの半額以下で、割安感を感じました。
その他の費用は分かりませんが・・・。

5時30分過ぎに御門徒の家を出て、8時には輪島の寺に着きました。
それにしても疲れました。

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