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2008年3月

能登半島地震 被災から373日め

午前中、設計士さんと見積りをしてくれた業者へ挨拶に回りました。
寺は本堂が出来上がってしまえばそれでおしまいってわけではありません。
これまでも毎年のように建物・境内地の修繕・改修を行ってきました。
これからもそうであろうと思います。

午後、お参りに伺った家での話題は、新本堂について。
お婆さんを前にして、新本堂を使ってどのようにお婆さんのお葬式を行うか。
お婆さんまでがその話題に参加していました。
お寺でお葬式をして欲しい、それがお婆さんの願いです。
とりあえず、今日の結論は、本堂が完成するまでお婆さんが元気でいること。
そして、お婆さんが新本堂をお参りしてみて、それから考えようということになりました。

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能登半島地震 被災から372日め

今日は、お葬式、ご法事、還骨・初七日というスケジュールで、昼食をいただいたのは午後3時でした。
御門徒の多いお寺に比べたら大したスケジュールではないのですが、疲れました。
本堂の復興ということがストレスになっているのだと思います。
考えていないようで、あれこれ本堂の再建について考えているのだろうと思います。
ですから、お参りがなくて休みがあれば休息になるかというと、そうではないと思います。
適度にお参りがあれば、お参りで気がまぎれるということもあると思います。

寺は、門信徒の方々によって成り立っています。
ですから、門信徒の方々の数だけ姑さんがいるようなものです。
門信徒の数だけ様々なご意見があります。
できるだけ皆さんが納得していただけるようにするというのは当然のことで、そのためには門信徒の方々のご意見に耳を傾けねばなりません。
しかし、すべての方が納得できるということは現実には不可能です。
そこに不平・不満、批判が生れます。
それに対する責任は、住職である私にあります。

お参りから帰ると、朝日新聞の記者が取材に来ていました。
能登半島地震で被災した寺で、解体したのは正覚寺だけだそうです。
よく思い切ったことをしたと言われました。
修復と解体とどちらが精神的に楽であったか、判断は難しいと思います。

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能登半島地震 被災から371日め

今日の午前中、設計士さんと建設会社の担当者が建設費削減の相談をしてくれたそうです。
それを元に削減の計画案を提案して下さるそうです。
それを聞いて、少し安心しました。

夕方、ケーブルテレビの内線工事をしてもらいました。
ところが、テレビまで信号が届きません。
3男のパソコン部屋のテレビには信号が届いています。
不思議です。
今夜はBSしか映りません。
明日の朝から作業をして下さるそうです。
日曜日だというのに申し訳ありません。

今夜は、クモ膜下出血のため54歳で亡くなられた方のお通夜でした。
わが家の3男(高1)の同級生のお父さんなので、高校生が大勢お参りしていました。
喪主は21歳の大学生の長男です。
辛いお通夜でした。

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能登半島地震 被災から370日め

今日は本堂再建の業者を選定するための指名競争入札がありました。
入札といっても金額を書いた紙を箱に入れるというものではなく、今日の午後4時という締切までに封印した見積書を提出するという形式でした。
とりあえず、最も見積り価格の低い業者に交渉権があるということを決めました。
見積価格が予算を上回っているため、業者・設計士・正覚寺の三者で予算に近づけるための協議・交渉が必要です。
住職である私とすれば、あとから追加工事の困難な本堂本体をできるだけ立派なものとし、境内地の整備を資金に応じて徐々に進めていくという考え方が現実的だと思うのですが、役員さん、復興委員会の方々それぞれに考えがあるので調整しなければなりません。
個人の家や個人事業と違った苦労・悩みがあります。

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能登半島地震 被災から369日め

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正覚寺裏、旧たばこ産業(専売公社)跡地の風景です。
町内の1班が出来ました。
この分譲は、震災前から行われていたので、地震とは無関係だと思います。

明日はいよいよ入札(見積り提出日)です。
とりあえず、業者が決まるはずです。
ただ、予算を大きく上回る見積りの場合には、設計の見直しが必要となります。
私や女房としては、一気に完成させるんではなく、条件によっては塀や庭などは数年計画で整備してもよいのではないかと思います。
とりあえず、本堂の新築を目指したいと思います。

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能登半島地震 被災から368日め

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今日の夕方、女房の実家へ設計士さんと唐戸を見に行って来ました。
明治に焼けた本堂に使われていた戸なのですが、その後再建された現在の本堂には寸法が合わなかったので使用されずに保存されていたのです。
ケヤキ材の立派なものなので、新築する正覚寺で役立つなら・・・というお申し出をいただいたのです。

夜は、設計士さんを含めた4名で話し合いをしました。
28日に出される見積りが、正覚寺が予定している価格を大幅に上回るという心配があることから、急遽相談をしました。
立派な本堂になることはとてもありがたいことなのですが、それも支払える資金・予算の範囲内で・・・ということです。

その相談の途中で電話がありました。
蜘蛛膜下出血で54歳の方が急死されたという知らせでした。
その方のお葬式は、葬斎場の都合で30日の日曜日になりました。
30日はご法事のお約束もあり、ご法事の時間を変更してもらわねばなりません。
都合良く行かない現実、諦めることが人生を生きる上で大切だと思います。

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能登半島地震 1周年

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能登半島地震から丸1年が経ちました。
“ゴー!”という音を聞いて窓から見た景色です。
1年前も同じような天気で、同じような景色だったと思います。

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地震発生時、私はこの廊下を歩いていました。
右の窓から見た景色が上記の写真です。
ここから奥にある風呂場に腰などをぶつけながら逃げ込みました。

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逃げ込んだ風呂場です。
地震が治まるまでここにしゃがみこんでいました。

本堂も鐘楼もなく更地になり、寄付金をいただく日々なのですが、夢のようで現実感のないおかしな気分です。

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能登半島地震 被災から366日め

1~2日、ご寄付が途切れると不安になります。
今日は、銀行振込を含めて5件の寄付をいただきました。
一人のお婆さんは、8万円分の一万円札と2万円分の500円玉を封筒に入れて持ってきて下さいました。
御寄付をいただくと、何とかなるのではないかと元気が出ます。
明日で地震から丸1年です。

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能登半島地震 被災から365日め

今朝、お参りに伺った家は、ご主人が亡くなって退職された女性が一人暮らしの家でした。
そのお宅を含めて同じ通りのすぐ近所に3軒の正覚寺のご門徒があり、今朝伺った家はその中で一番新しくご門徒になられた家でした。
新参者なので先輩の肩は越せないという理由で、2軒のご門徒が寄付をされた後に1口のご寄付をして下さるとのことでした。
はみ出したくない横並び意識ですね。

 

その後、7回忌のご法事がありました。
亡くなられた方は、とても健康に気を配られた方で、食事に気をつけ、極力、車を使わずに、仕事の行き帰りなど日常生活にウォーキングを取り入れられていました。
ある日、ご法事の席で、私がそのウォーキングのことを話題にしました。
すると、その方がおっしゃいます。
よく口の悪い人たちはそんなに健康に気をつけて何歳まで生きるつもりだと言われます。
しかし、私は長生きをしたくて健康を心がけているのではありません。
死んでいかなければならない時に、ああしとけば良かった、こうしとけば良かったとできるだけ後悔しないようにと思い毎日を過しているだけです、と。
その方の7回忌にお参りさせていただき、そのことを思い出しました。
死んでいく時に後悔しない人生、それはいつ何が起っても素直にそれを受け入れることのできる生き方、何が起っても諦めきることのできる生き方ではないかと思います。

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能登半島地震 被災から364日め

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昨日お参りに伺った家から見える高洲山です。
今日は正覚寺としては珍しく忙しい1日でした。
長男にも半日2軒手伝ってもらいました。

今日の夕方お参りに伺った家の70歳を過ぎたご主人は、昨年の地震直後に胃の腫瘍が見つかり化学療法を受けているということでした。
それでも分割でできるだけ寄付をして下さるということで、お布施と共に寄付をいただきました。
ストレスになる出来事がある中で、とても嬉しい出来事でした。

私は人付き合いが下手だなとつくづく思います。
人付き合いをせずに生きていけたらいいと思いますが、生きている限りそんなわけにはいきません。
もっと要領よく生きられたらと思うのですが・・・。

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能登半島地震 被災から363日め

Yuisiki
この本を読みました。
理解したという意味ではありません。
最後まで目を通したという意味です。
でも、難解だと言われる唯識の入門書には良い本だと思いました。

 

私はきちんと自分の気持ちを伝えられないからトラブルが起るのだと思います。
説明不足で誤解されたり、誤解したり・・・。
反省はしますが、そういう性格は直りません。

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能登半島地震 被災から362日め

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昨日、4時半頃川向こうであった火事の写真です。
インターネット上で流されていたので転載させていただきました。
97歳のお爺さんの一人暮らしの家だそうで、隣家も全焼になったそうです。

昨日のことですが、正覚寺の新築工事の見積りが隣の市の宮大工さんのところまで依頼されているということを聞いて驚きました。
宮大工さんに依頼しなければならない仕事ではないと思うのですが、地元の建設会社から依頼が行ったのでしょう、その会社の見積りは高いものになるのではないかと思うのですが・・・。
予算額をはるかにオーバーする見積りばかりが出されたら、かなり悩まなければなりません。

近くの女性に言われました。
本堂ができたら見せてもらいます。
山吹さんの発想がどのようなものか楽しみです、と。
変わり者だから大胆でユニークな建物を計画していると思われているようです。
その通りですが・・・。

今日は彼岸の中日でした。
といっても、特別な行事があるわけでもなく、お墓参りの習慣もなく、1日休みでした。
20~30年前は、彼岸の頃はご法事で忙しかったのですが・・・。
過疎化、景気、社会の変化・・・。

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能登半島地震 被災から361日め

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今日は、選挙人名簿が20人余りという小規模な選挙がありました。
立候補者がいなくても実施されるという不思議な選挙、それでも今回は2人の方に投票が集中・2分されていました。
20人あまりの組織にも派閥がある、それが社会ですね。
20人程度の投票者ですから、ほとんど誰が誰に投票したのか分かってしまいます。
ですから、投票前から結果は明らかなように思うのですが・・・。
人間関係の複雑さを感じました。
私には不得意分野です。

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能登半島地震 被災から360日め

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昨日、見積り(入札)説明会に参加してくれていた工務店主が酒を持って尋ねて来ました。
仕事が込んで忙しいので、入札の参加を辞退するとのことでした。
私にとっては、近所で友達なのでとても物が言いやすく、施工するようになればありがたい一人だったのですが残念です。

 

午後、留守番をしていたら電話がありました。
施設に入居しているお婆ちゃんが一時帰宅で帰って来たのだけれども、ぜひ寄付をしたいと言っていて、お婆ちゃんの目の前で寄付金を渡したいので家まで来てくれないかとのことでした。
すぐにお宅へ伺いました。
そのお宅も半壊の判定で、玄関や外壁などがすっかり新しくなっていました。
お婆ちゃんの部屋へ伺うと、息子さんのお名前で2口、お婆さんのお名前で1口、2つの封筒が準備されていました。
寄付して下さる気持ちを大切にしたいと思います。

一方で、イヤミを言いながらお婆さんの名前の寄付を持ってくる方もいらっしゃいます。
そんなにイヤミを言いたいなら無視されればいいのにと思いますが、もちろんそんなことは言いません。
スミマセンと頭を下げるだけです。

また、できるだけご門徒の業者が工事に関ることができるようにと、見積り希望業者として名前をあげておいたのですが、その業者から見積りを断られたなどの苦情と思われる電話がありました。
当たり前ですが、善かれと思うこちらの気持ちが伝わりません。
寄付をいただいて喜び、安堵の一方で、こういう話しはとてもストレスになります。
私の心の中を見抜いたように女房が言います。
これからまだまだこんなことばかりよ。
まだ始まったばかり。
そうなんですよね。

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能登半島地震 被災から359日め

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御本尊が修復されて戻ってこられました。
お顔の傷、衣の傷、どこが傷んでいたのか分からなくなりました。
輪島塗の職人さんの技術のレベルの高さを改めて感じました。
文化財修復学会の先生の指導をいただき、地元の職人さんに頼んでよかったと思いました。

今日は、建築業者への見積り(入札)説明会でした。
6社に参加依頼をしたのですが、1社から断わりの電話が入り5社の出席でした。
今月末に見積りが出されるのを待つのみですが、こちらの予算と大きな差のない見積りが出てくればよいのですが、大きく上回るようなら悩まなければなりません。
でも、とりあえずまた1歩前進したという感じです。


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もうすぐ震災1周年です。
何の根拠もないのですが、何となくもう一度地震がおこるのではないかと不安に思います。
そういう不安を感じているのは私だけではないようです。
今朝も小さいながらも地震がありました。

女房が月9と呼ばれるドラマを毎週熱心に視ています。
私にはチャンネル権がないので、私は隣でパソコンをしています。
月9ドラマのどこが面白いのか私には理解ができません。
私は若い頃からアイドルが嫌いで、ジャニーズも嫌いです。
香取しんごのたどたどしい台詞回しにイライラします。

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能登半島地震 被災から358日め

中国がチベットを「侵略」ともいえる軍事制圧し、その後中国政府はチベット国民に対する弾圧や虐殺を繰り返し行なうことでチベットを支配し続けていると言われています。
そのチベットで大規模な暴動がおこりました。
武力弾圧に対して、マハトマ・ガンディーのように非暴力・不服従が理想でしょうが、暴徒とならなければならないほどの不満・うっぷんが溜っているその痛みも理解できます。
自分が虐められていたら、弾圧されていたら・・・と思います。

 

今日のお参りのお斎(昼食)の席で、御門徒の親戚の方から「本堂がもったいなかった」とかなりしつこく言われました。
丁寧に説明させていただきましたが、少々疲れました。
お布施と共に寄付をいただきました。

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能登半島地震 被災から357日め

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昨日の雨のせいでしょうか?黄砂が消えてすっきりとした景色です。
映像がぼやけているのは、携帯のカメラのせいです。 coldsweats01

今朝、60歳ほどの一人暮らしの男性が寄付を届けて下さいました。
寄付はしていただけないかなぁ?と思っていた方だったのでとても嬉しい寄付でした。

郵貯に振替えもありました。
新宅家でまだお仏壇もないご家庭からでした。
これも嬉しい寄付でした。

夕方、慌てたように寄付を届けて下さった方がおいでました。
この方は、昨秋寄付はできないとおっしゃっておられた方です。
同じく寄付はできないとおっしゃっていた同じ町内の方が寄付をされたので、慌てられたのでしょう。
一人一人それぞれの事情とお気持ちだと思うのですが、そうはいかないようです。
あの人が寄付をしないなら私も・・・、あの人が寄付をしたなら私もせずにいられない、そんな意識なのでしょう。
喜捨、布施とは言えない寄付、これも仕方のないことなのかもしれません。
寄付してよかった、そう思っていただける寺にしていきたいと思いました。
当たり前のことですが・・・。

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能登半島地震 被災から356日め

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今日の午後は金沢近郊までお参りに行って来ました。
行き帰りは雨でした。
お婆さんのお名前で1口寄付していただいたのですが、娘さんが自分の名前でも寄付して下さるとおっしゃいます。
ご自分でも貧乏だとおっしゃる通り、きれいなお宅ですが質素な暮らしぶりです。
つい結構ですよと口から出そうになったのですが、その言葉を飲み込みました。
娘さんの心の中に寄付をしなければならないと思わせる何かがあるように感じました。
話しを聞く機会があればいいなと思いました。
寄付をして下さる気持ちにどのように応えられるだろうかと考えながら帰って来ました。

夜は、97歳のお婆さんのお通夜でした。
本堂の説教卓の正面、入口付近がお婆さんの定位置でした。
お参りされる姿が目に浮かびました。

昨日の夕方、電話がありました。
久しく行き来のないご門徒からでした。
4月20日が誕生日だそうで、その日に1口寄付をするから受け取りに来て欲しいとのことでした。
必ずお伺い致しますと電話をしながら頭が下がりました。

役僧さんを通じて来年の春までに寄付をするからと伝えてこられた方もいらっしゃいます。
この方は、料理屋さんに勤める高齢者でつましい暮らしぶりです。

もちろん辛い電話もあります。
すべてのご家庭が寄付をして下さるとは思っていません。
半数の方が寄付をして下されば、そんな覚悟でいます。
まだまだ目標額にはなりませんが、返済不可能な借金が残る事態からは逃れたように思います。

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能登半島地震 被災から355日め

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黄砂だと思うのですが、この数日、午前中はほとんど見えない高洲山ですが、午後はかすんではいますが見えるようになります。
風向きのせいかもしれません。

 

 

夕べ夜中に枕勤めの電話がありました。
明治44年生れのお婆さんが亡くなりました。
近所に大の仲良しのお婆さんがいて、その方と二人でよくお寺参りをされる姿が有名なお婆さんでした。
2~3年前に大の仲良しのお婆さんが亡くなり、それからは外へ出かけることがなくなり、お参りもされなくなっていました。
お宅へお参りに伺うとお元気そうだったのですが・・・。
本堂再建の御寄付もお婆さんのお名前で2口分余りをいただきました。
再建されたら御家族と一緒にお参りしていただこうと思っていたので、とても残念です。
せめてお婆さんを正覚寺の本堂から送ってあげたかったと思います。

 

 

今日、お参りに伺った家は、70代のご夫婦と娘さんと19歳を筆頭に3人のお孫さんの6人家族です。
今は勤めに出ている方が一人もおいでません。
お孫さん達は障害者なので成人となっても普通に働くことは困難だろうと思われます。
1番上のお孫さんは授産施設へ通っています。
1番下のお孫さんは中学1年生です。
まん中の男の子は中学校を卒業して家にいました。
男の子がお茶を運んでくれました。
帰り際、私は男の子に声をかけました。
「お母さんの手伝いをしろよ。田んぼや畑の仕事を手伝って教えてもらえよ。」
お布施と一緒に寄付をいただきました。
こういう寄付の気持ちに支えられています。

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能登半島地震 被災から354日め

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昨日、封筒と復興便り第4号を印刷し、今日、復興便りを折って封筒詰めし、夕方発送しました。
1面は毎号同じ寄付のお願いです。
今回は、先日決定した設計図などの情報を掲載し、A3二つ折り、A4で4ページになりました。

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能登半島地震 被災から353日め

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小さな中庭の設計図ができ上がってきました。
私の希望で金魚とメダカの池が1つずつ。
資金の目処が立たなければ、真っ先にカットされるのがこの庭の施工です。

 

今日も一人の方が寄付を届けて下さいました。
奥さんと二人で国民年金暮らしの方で、地震の被害の大きかった地域に住んでいらっしゃいます。
ご自分の分と一緒に、老人福祉施設に入居されている80歳半ばになるお姉さんの分を届けて下さいました。
お姉さんは、ご主人を亡くし、子供さんもいらっしゃらない方です。
過疎高齢化の進んだ地域ですから、御門徒の多くがこういう家庭です。
寄付が届けられると、皆さんの協力で何とかなるのではないかと希望を持ちます。
しかし、これ以上の寄付が届かないのではないかと不安にもなります。

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能登半島地震 被災から352日め

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正覚寺からまっすぐ北へ200mの海岸が埋め立てられています。
かつて、輪島は土地がなく地価の高い町でした。
しかし、過疎や米の減反などにより土地不足はなくなりつつありました。
そこへ今回の震災で、空き地と駐車場が目立つ町になりました。
地震は予想外の出来事でしたが、この埋立事業は無駄な公共事業であったと思います。
ぺんぺん草が生えるだけの原っぱができるだけだと想像しています。
海浜公園というのも悪くはありませんが、わざわざ埋め立ててまで原っぱを造るのはぜいたくだと思います。

 

今日も一人のお婆さんが寄付を届けて下さいました。
新宅家で、ご主人が亡くなり、子供さんがいらっしゃいません。
ご主人とお婆さんだけの一代限りのお付き合いです。
ありがたいご寄付です。

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能登半島地震 被災から351日め

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今日は天気が良かったのと、気温が10度を越えて暖かかったので、久々に裏の小高い公園を散歩しました。
手前に映っている大きな屋根は隣寺です。
本来なら正面のまん中に正覚寺の屋根がありました。

今日も一人の方が寄付を持って来て下さいました。
ご自分の分以外に50代半ばの弟さんの分をいただきました。
弟さんは新宅されているので、寺からのご案内は届けられていません。
実家のお兄さん宅で「正覚寺復興だより」を見られて寄付を下さったそうです。
ありがとうございます。

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能登半島地震 被災から350日め

今朝、寄付を持ってきて下さった方がいらっしゃいました。
震災で家が全壊になり仮設住宅へ入居されている方です。
昨秋の門徒総会時には、寄付をしたら生活が成り立たなくなるから寄付はできないとおっしゃっていた40代と思われる方です。

もう一人、大きな本堂が誇りだったから本堂を修理して欲しいと言われていた方が寄付を持ってきて下さいました。
修理をせずに改築することになったので、寄付はして頂けないかなぁ?と思っていました。
設計図を見て、完成するのが楽しみだとおっしゃいます。
そして、家族に自分の葬式は正覚寺でして欲しいと言って来たとおっしゃいます。
正覚寺の阿弥陀さまの元でお葬式をして欲しいのだと言われます。
まだ、高齢とは言えない年齢なのですが・・・、そうおっしゃって下さる気持ちが私にはありがたい。

寺は葬儀場ではない、それは正しい批判です。
しかし、自分が最後に送られる場を建てようとされている、そのご門徒の方たちの気持ちを私は大切にしたいと思います。
私は、立派な僧侶ではありません。
ですから、できるだけ真っ当な葬式坊主でありたいと思います。
開き直りだと思いますが・・・。

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能登半島地震 被災から349日め

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正覚寺の近所にある足湯の施設です。
お参りに向かう途中で湯気が上がっているのを見て写真を撮りました。
あくせくせずに、の~んびり生活ができたら・・・。

先日、寄付を下さったお母さんが言います。
イスに座ってお参りできる本堂がいいですよ、そうすればお寺でお葬式ができます。
農協のホールような大きな本堂にはなりませんよ、と私が答えると、
大きなホールでガラガラに空いてるのもねぇ、とおっしゃいます。
念仏の道場というより、お葬式の会場をという趣旨で寄付をして下さる方が多いのだと思います。
自分や家族のお葬式は正覚寺の本堂で・・・。
葬式仏教でかまいません。
お葬式や法事を縁として何かを伝えることができれば・・・そう思います。

同じお母さんが、お寺の奥さんは優しいでしょう?とおっしゃいます。
私は、お母さん達には優しいのか、お母さんたちが騙されているのかどちらかだと思います、と答えました。
すると、話していると優しいのがよくわかるとおっしゃいます。
我が女房は、一流の役者のようです。 coldsweats01

 

違う使用目的の郵貯の口座へ寄付の入金があったので、本堂再建のための口座へ移すために、ATMで出金しようとしたら、1日50万円しか引き出せないとのこと。
以前はこんなことがなかったのに、悪事を働く者がいるから世の中が不便になります。

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能登半島地震 被災から348日め

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オウム真理教、エホバの証人(ものみの塔聖書冊子協会)、統一教会、幸福会ヤマギシ会が取り上げられています。
「理想世界の実現」「理想の家庭を築く」「究極の幸福を求めて」カルトにのめり込む親。
しかし、実態は家庭放棄、育児・養育放棄・・・目指しているものと全く逆方向に突き進んでいるのですが、その現実すら信仰心が不足しているから、修行(努力)が足りないから・・・とますますカルトに励む親。
宗教論や教義の矛盾といった難しい理屈ではなく、子供の実態を通してカルトの矛盾が明らかに分かります。
また、現代は、幼い子供の間から有名校へ進学するための塾通い、またスポーツや芸術・芸能の英才教育・・・、親は子供の幸せを願って行っている子育てなのですが、果たしてそれが子供のためなのだろうかと考えさせられました。

 
 

先日父親の1周忌を勤められた30代と思われる方が尋ねてこられました。
毎月1万円ずつ2年間寄付をして下さるそうで、今日は3万円を持ってきて下さいました。
頭が下がりました。

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能登半島地震 被災から347日め

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今日は目まぐるしい天気でした。
午後、金沢近郊までお参りに出掛けた時は雪でした。

借金の保証人になっていた方、借金主が自己破産し借金を肩代わりしなければならなくなりました。
それでも信用保証協会への支払いをすませたら寄付をして下さるそうです。

街中で出会った方が、1口は無理だけど10万円だけ寄付して下さるとおっしゃいます。
また、毎月一万円ずつ寄付して下さるとおっしゃられた方が、初回分を振り込んで下さいました。
ありがたいことです。

今夜は、復興委員会でした。
徐々に計画が具体的になり、心配は、業者の見積額と寄付の金額です。

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能登半島地震 被災から346日め

今日も二人の方が寄付を届けて下さいました。
届くたびにありがたいと思います。
当たり前だと思われるでしょうが、本当にありがたいです。

7年ほど前にお参りに来られた東海地方の方から電話がありました。
3~4ヶ月ごとに6万円ずつ4回に分けて寄付をして下さるということでした。
私は1~2度しかお会いしたことがない方で、電話を持ちながら頭が下がりました。

 

今日の午後、仏具屋さん、設計士さんと打ち合わせをしました。
とはいっても、私は二人の会話をほとんど聞いていただけなのですが・・・。
既存の仏具が活用され、私が思っていた以上に立派な荘厳になりそうです。

 

今日一日我慢してたら治まるだろうと思っていた痛風のプチ発作、夜になったら甲全体が腫れて痛みが増しています。
毎晩かかさず飲んでいた酒さえ控えれば治っていくと思っていただけに少々ショックです。
東京の専門医に相談のメールをしました。
返事があるとよいのですが・・・。

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能登半島地震 被災から345日め

鹿児島大学第三内科教授 納 光弘先生
専門医が痛風になって ──患者の立場からみた痛風──


昨日から再び痛風のプチ発作、左足の裏に腫れた感じと甲に痛みがあります。
先月26日に作業をして頂いたお礼にご馳走をした時、その方たちと一緒に飲んだ以外はアルコールを飲んでいないので、酒だけが原因ではなさそうです。
復興委員会などでかなりストレスを感じていたので、その影響も大きいように思います。
上記のホームページを読むと、ストレスでも尿酸値が上がることがわかります。

上記ホームページで痛風のことを勉強させてもらいましたが、面白かったのはストレスのことです。
ストレスというと悩み事とか仕事の疲れを思いますが、そうではないみたいです。
わくわくすることもストレスになるようです。
大好きなゴルフにわくわくしてそれがストレスになる、先生はそのように書いていました。
人間の気持ち、心というのは複雑で難しいと改めて感じました。

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能登半島地震 被災から344日め

ふと気づけば、このブログを書き出して1年が過ぎました。
去年の今頃は、叔父さんが末期がんで入院中で休みの度にお見舞いに通っていました。
病院のベッドでの叔父さんの姿、そして看病をする叔母さんや従姉妹の姿に何が幸せなんだろうと考えていました。
病院の風景が目に浮かびます。

今日、お参りに伺ったご門徒の方が、本堂の再建の寄付を今年いっぱいまで待って下さいと言われます。
私は、来年になってもかまいませんからご協力よろしくお願いしますとお願いしました。
そういう御門徒の声が本当にありがたく、励ましになります。

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能登半島地震 被災から343日め

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設計図の正面図です。

今日も一口の御寄付を頂きました。
10年ほど前に50代のご主人を亡くし、姑さんや娘さんと暮らしていらっしゃる女性です。
家庭環境から判断すると経済的に裕福ではないと思える方々が率先して寄付してくださっているように感じています。
ありがたい御寄付です。

Photo_6
本堂内正面図です。

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