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2008年4月

能登半島地震 被災から403日め

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地盤改良の準備だと思いますが、地面の掘削作業が行われています。

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古材の搬出作業も行われました。
手前の二人は、設備工事の方で、電気工事会社です。
電気工事の会社が、電気工事と設備工事を行うそうです。
驚きました。

1週間ほど寄付がなくて不安だという声が聞こえたかのように、今日は、3件の寄付をいただきました。
1件は、十数年前に、お孫さんである双子の一人が死産だったため、そのお孫さんの遺骨を正覚寺でお預かりしお参りさせていただいた方でした。
門徒ではないと無視されればそれまでだと思うのですが、ありがたいことに1口寄付をして下さいました。
夕方、寄付を持ってきて下さった方は、震災の直前に新たにご門徒になって下さった方で、2口寄付をいただきました。
今日1日で、4口以上の御寄付をいただき、ご門徒の方々に支えられているのだと改めて感じました。

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トイレ・浴室の改装工事風景です。

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能登半島地震 被災から402日め

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古材の製材して再活用できる部分を、チェーンソーで切り取る作業をしています。

この1週間、ご門徒の寄付がピタリと止まっています。
そんな時に、見ず知らずの方から続いてご寄付を送っていただきました。
一人の方は、ご門徒の方の高校・大学の先輩で、ご門徒の方がご紹介下さったです。
輪島とも、正覚寺とも、私とも無縁であった方です。
もう一人の方は、50年前に自転車での能登旅行の際に正覚寺で1泊された方で、先日の朝日新聞の記事で正覚寺が被災したことを知られたとのことでした。
同封されていたアルバムのコピーには、その方の膝の上に抱かれている3歳の私が写っていました。
お二人のご寄付ともとてもありがたく、元気が出ました。

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住宅のトイレ、浴室のリフォーム工事も進んでいます。
屋内の配管です。
一昔前の配管と全く違うことに驚きました。

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女房は、シルバー人材センターのおばあちゃんたちが残した部分の草むしり。

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能登半島地震 被災から401日め

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突然、大型クレーンがやってきたので驚きました。
古材の搬出が行われました。

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住宅のトイレ・浴室のリフォーム工事の大工さんです。
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こちらは、住宅のトイレ・浴室のリフォーム工事の設備屋さんです。

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数日前からツバメが見られるようになりました。

昨年7月、お茶の水女子大学地理学コースの学生さんの訪問取材を受けました。
地理学コースの学生さんたちが行った輪島の地域調査の報告書「輪島巡検」が郵送されてきました。
うれしい郵便物でした。

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能登半島地震 被災から400日め

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ヒメリンゴの花が咲いています。
今日の唯一のお参りだった月忌(月命日のお参り)がキャンセルになりました。
先月も、当日になってから都合が悪いからとキャンセルされました。
おばあさんが、まだ寄付ができていないことを気にしてお参りをキャンセルされているのではないかと心配になりました。

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仕事が次々と入ってくるので、日曜日返上で大工さん、左官屋さん、電気屋さんが仕事に来ています。
私たちとしても、トイレが奥に1つだけの状態なので、1日も早く工事をしていただけると助かるのですが・・・。
それに、風呂のボイラーが昨日・今日とエラーで止まってしまうので、風呂も待たれます。

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シルバー人材センターのおばあちゃんたちも、スケジュールが混んでいるとのことで、日曜日返上(?)で草むしりの作業に来てくれました。

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能登半島地震 被災から399日め-2

Photo
今日の朝日新聞の記事を引用します。

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 能登半島地震から1年がたった。信仰に篤いこの地域には大小2千の寺があり、400力寺以上が被災した。高齢化・過疎化で減る一方の檀家は、被災者でもあり、寺の再建費用を負担してもらうどころではない。今なお遠い再建ヘの道を探りつつ、僧たちは信仰のあり方を問い直している。

 地震から1年たった3月25日、石川県輪島市(これは七尾市の間違い)に真宗大谷派の寺の住職らが集まった。
 「門徒も地震で困っております。せめて共済で本堂の復興ができるよう、信頼できる本山の対応をお願いします」 震源に最も近い長教寺(同県志賀町)の大乗大城住職(72)が、直訴状を読み上げた。本堂は礎石の上を7~14㌢すべり、柱が割れて折れた。地域で「幸福の鐘」として親しまれてきた鐘楼は全壊したまま。本堂の損傷程度は「半壊」で、応急的な修復に752万円かかった。だが宗門の共済は「ゼロ査定」。見舞金60万円が支払われただけだった。宗教法人である寺院の本堂は、復興支援の対象外。僧が住む庫裏も多くが本堂と一体で、住宅再建支援制度の利用には厳しい審査が必要だ。
 檀家は70軒。居宅は軒並み半壊で、再建費用を募るのもはばかられる。「住職さん、はよ直すまし」と声をかけられるが、「どうしようもならん。自分自身が本当に宗教を必要としているのか、問われている」と話す。

 山崩れが起き、全33世帯が避難した深見地区(輪島市門前町)春、周辺に自生するユキワリソウの花を見にきた観光客を、4カ月前にようやく仮設住宅から戻った住民が案内していた。その中に養福寺の高滝章住職(61)の姿もあった。
 寺の土台は30力所にひびが入り、柱がずれ、壁が落ちた。門を直すだけで130万円かかったが、28軒の檀家は全壊2軒へ半壊7軒で「よう言い出されん」。再建はあきらめた、という。「あと5年もすれば年寄りばかりの檀家は半分に減る。このまま、廃寺になるんだろう」

 同町黒島地区の福善寺のように損壊し、いまだに住職が仮設住宅で暮らす寺もある。

 本山と末寺の“格差”もある。曹洞宗の本山だった總持寺祖院(輪島市門前町)は、明治期の大火で移転した先の大本山總持寺(横浜市鶴見区)などからの支援で、2億円かけて僧堂の再建を始めた。6月には棟上げの予定だ。
 一方、すぐそばの末寺・興禅寺は庫裏と本堂が全壊し、今も更地のまま。山門と「再生」と墨書された賽銭箱、塔婆だけが寺の名残。市堀玉宗住職(52)は昨年6月から、再建費用を集めようと能登半島を托鉢している。今は2巡目。歩きながら考える。「寺って何だ?誰のものだ?」。托鉢に応じてくれるのは、せいぜい10軒に1軒。それでも 「ありがたい」と思う。「心あるものの修行の場として、寺を再興する意味はある」

 半分の規模で再建を目指すのは正覚寺(輪島市)だ。本堂は600平方㍍から300平方㍍に縮減し、バリアフリーの公民館型にする。山吹啓住職(52)は「屋根に十字架を上げれば、すぐ宗旨替えできます」と冗談めかす。近年、檀家の高齢化で、大きな法要でも本堂はがら空きだった。檀家のおばあちゃんたちが、「すっぱり建て直しゃあええが。もう、大きな本堂はいらんがね」と提案した、という。

 明敬寺(輪島市門前町)の次代住職、諸岡敏さん(52)は最近、「無理に寺の形を残さなくてもいいかな」と考え始めている。住職の父(84)は「5千万円の借金をしても寺を修復したい」という。気持ちはわかるが、宗教はそんなにやわなもんじゃない、とも思う。仮設住宅を訪ねて、ただ話し相手になったり、年寄りには難解な書類作成を手伝ったり。そんな経験を重ねるうち、「テントでも青空法話でもいいな」と考えるようになった。「地震が宗教の足元を見直すきっかけになった」

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他の住職さんたちの気持ちもよくわかります。

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能登半島地震 被災から399日め-1

友達のメールで、約1ヶ月前に受けた取材が記事になったことを知りました。
すぐにコンビニから朝日新聞を買ってきました。
「能登地震 寺再建進まず」という記事でした。
被災した数件の寺が紹介されていました。
その中に正覚寺も紹介されていました。

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 半分の規模で再建を目指すのは正覚寺(輪島市)だ。本堂は600平方㍍から300平方㍍に縮減し、バリアフリーの公民館型にする。山吹啓住職(52)は「屋根に十字架を上げれば、すぐ宗旨替えできます」と冗談めかす。近年、檀家の高齢化で、大きな法要でも本堂はがら空きだった。檀家のおばあちゃんたちが、「すっぱり建て直しゃあええが。もう、大きな本堂はいらんがね」と提案した、という。

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私が話した言葉がそのまま記事になっていて、吹き出してしまいました。

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輪島の町外れのお寺です。
お寺といえば、こういうイメージですが、正覚寺はこういう寺らしさは捨てました。

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今夜、「真宗入門講座」の会場であったお寺の唐様(らんま)です。
住職の手製です。
私にもこういう技能があればいいのにと思ったこともありました。

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能登半島地震 被災から398日め

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今朝、9時からささやかに起工式を行いました。
私は、青空の下で簡略に・・・と思っていたのですが、テントが張られ、イスが並べられ、立派な起工式となりました。

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起工式式次第

先 整 列
次 総 礼
次 伽 陀  先請弥陀  伽陀中導師焼香
次 表 白
次 御 経  仏説阿弥陀経  一般焼香
次 短念仏  十遍
次 回 向  願以此功徳
次 鍬入れの儀
次 挨 拶
次 総 礼
次 退 場

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工事中の危険防止のフェンスが張られました。
いよいよ工事が始まるという雰囲気になりました。


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寺の備品を貸してあげたお礼に鯛をいただきました。
2Kgの大きさの鯛が一番美味しいらしく、その大きさにこだわって下さったそうです。
今夜は、トイレのリフォーム工事をしてくれている左官屋さん、復興事業の会計をしてくれている友達といただきます。
今朝は本堂再建の起工式でしたが、今夜は住宅のトイレ・浴室の起工式です。 coldsweats01

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能登半島地震 被災から397日め

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住宅棟のトイレの改修工事です。
コンクリートの壁をくり貫いています。
白く細かい粉塵が出ます。
粉塵を送風機で外へ出していますが、それでも職人さんはかなり吸い込んでしまうのではないかと思います。
体に悪そうです。

数日前から体調がイマイチなのですが、今日は喉が痛くなりました。
どうも風邪ぎみのようです。
粉塵のせいではなく、日中は暖かく朝晩が寒くなる気候のせいだと思います。

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能登半島地震 被災から396日め

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研修旅行の2日め、浅草寺に寄ってから靖国神社へ行きました。
行事の一覧掲示を見ると、4月22日が春季例大祭となっていました。
つい、誰の命日なのだろう?と思いました。
拝殿前(賽銭箱前)で拝殿内を見ながら話していたら、
「参拝しないなら、邪魔になるから下がれ」と警備員から叱られました。
周囲には誰もいなかったので、参拝する姿勢を見せない私たちが気に入らなかったのでしょう。
少し下がって、参拝する人の姿を写真に撮ろうとしたら、今度は、写真を撮るなと叱られました。
どこにも撮影禁止という表示はなかったのですが・・・。 bearing

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靖国神社に続いて、浄土真宗本願寺派 本願寺築地別院、通称築地本願寺へ参拝しました。
古代インド様式(天竺様式)の伽藍が特徴で、パイプオルガンがあることでも有名です。

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午後2時発の飛行機に乗り、3時半には家に着きました。
帰ると会計さんが寄付の記帳に来ていました。
留守の間に寄付が増えていました。
家では、工事が行われていて、すぐに日常生活に戻りました。
建設会社と明後日の起工式の打ち合わせもしました。

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能登半島地震 被災から395日め

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真宗大谷派能登教区第7組の住職研修旅行があり、1泊2日で東京へ出掛けました。
練馬にある東本願寺真宗会館で、首都圏「仏事代行」について説明を受けました。

Daiko

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能登半島地震 被災から394日め

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住宅のトイレの修復(リフォーム)工事、浴室の改築工事が始まりました。
風呂のボイラーが壊れかかって、時々水になってしまうので、寒い冬は辛い思いをしました。

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建設会社の担当者、製材所の親父、大工さんが古材を見に来て相談していたようです。
古材が活用され、先人の願いが活かされることを願うのみです。

寄付が途絶えると不安になります。
今日は、4件の寄付をいただきました。
1件は、私が若い時にご法事のお参りに伺ってから、ほとんどお付き合いのなかった家でした。
また、新たに毎月1万円ずつ寄付してくださるという方も増えました。
年金1年分だと言って寄付して下さった方もいらっしゃいました。
1件1件、それぞれにありがたく、心からお礼を述べました。
お布施=ご喜捨なのですから、お礼を述べるなんて坊さん失格ですけどね。

20080421_005_3 先日移植した水芭蕉です。
20080421_006 ボケの花、秋には実がなります。

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能登半島地震 被災から393日め

休みがもらえたからと、木曜日に次男が帰って来、今日、横浜へ戻って行きました。
次男の仕事は、SE(システムエンジニア)と呼ばれる仕事だそうです。
よくわからないのですが、コンピューター技術者の1種で、顧客の要求に応じたコンピュータシステムを構築し、納入するという仕事のようです。
IT産業は、現代の最先端の仕事ですが、実態は「新3K」と言われて、厳しい仕事の代表のようです。
新3Kは、「きつい」「帰れない」「給料が安い」と、劣悪な労働環境を指す代名詞だそうです。
新3Kにさらに「休暇が取れない」「規則が厳しい」「化粧がのらない」「結婚できない」を加えて、7Kというそうです。
次男の仕事も例外ではなく、かなりきついようです。
きつい仕事で大丈夫だろうか、ストレスで体を壊したりしないだろうか、心配しています。
きつかったら辞めてもいいと思うのですが、そういう親は、甘い親でしょうか?

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能登半島地震 被災から392日め

今日は、50歳で亡くなった方の3回忌と97歳で亡くなったお婆さんの満中陰(四十九日)法要にお参りしました。
お婆さんと孫のお嫁さんの法要でした。
老少不定、人の寿命は年令に関係ないことを改めて感じました。

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能登半島地震 被災から390日め

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旧本堂の解体跡の一部、旧中庭跡に水芭蕉が咲いていました。
解体工事でかぶさっていた石などを、女房が取り除たので咲くことができたようです。
それでも、例年より葉っぱは小さく色が薄いように見えますし、花も小さく感じます。
水芭蕉が咲いているのは、建物の下になってしまう場所なので、移植してやりました。

京都の大手の仏具屋のセールスが営業に来て行きました。
「(本堂は)正面からは大丈夫に見えたのですがねぇ・・・」と言います。
その後にどういう言葉が続くのか、それによっては私を腹立たせるか、傷つけるか・・・、こいつは私に何が言いたいんだと思いました。
たぶん、営業のために同情の言葉をかけたつもりだったのでしょうが・・・。
面倒くさいので、「正面に傾いたので、外からは損傷が分かりにくかったのですよ」と答えました。

ご法事に伺った家で、1口分の御寄付をいただきました。
1軒分ずつ、1口分ずつ、寄付をいただくたびに嬉しく、ホッとします。

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能登半島地震 被災から389日め

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今日は、実際に建物(本堂等)が建つ位置に杭が打たれ、ロープが張られました。
設計士さんが確認しています。

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実際にロープが張られたのを見ると、図面で想像していたのと大違いです。
こんなに狭いの?っというくらい、すごく建物が小さく見え、周囲が大きく空いています。
これまでの本堂の半分の大きさなのですから当然なのですが・・・。


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おまけに、女房と友達。

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能登半島地震 被災から388日め

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昨日から業者(左官屋)の車が駐車しています。
隣の家の駐車場の舗装工事に来ているようです。
無断駐車です。
女房がゴミ出しに行って顔を合わせても、車の持ち主たちは知らんぷりらしいです。
わざわざ挨拶に来なくとも、前で会ったら、「お願いします」と、一言声をかけるのが最低のマナーではないでしょうか?
先に生きる大人がそういう態度なのですから、後に続く若者がだらしなくなるのは当然だと思います。

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能登半島地震 被災から387日め

今日の午前中も1周忌でした。
親戚の方が、思い切ったことをされましたねぇ、修復することはできなかったのですか?とおっしゃいます。
修復する方が経費が安上がりで、大きく立派な本堂が残ったのに・・・と思われているのかなぁ?と思いました。
私は、ご門徒が決めて下さった方向として本堂を建て直すべく、すでに本堂が解体され、新築に向けて動き出してしまっていることを、今さら議論をしたくありません。
もちろん修復は可能でしたが、修復したほうがよかったのか、建て直すほうがよかったのか、難しいですねぇ、とあいまいな返事をしました。
もちろん本心は、建て直しが正しい選択だと思っています。

今日は5軒のご寄付がありました。
1軒の方が、女房に、いくら寄付をしたらいいでしょうかとたずねながら、とりあえずと2口分下さったそうです。
女房は、十分です、とお礼を述べたそうです。
たずねられてもいくら欲しいと請求はできないよね、と言います。
その通りです。
もっと欲しいと私にも言えません。
なにはともあれ、寄付が集まらないのではないかとの不安がある中で、ご寄付をいただくと元気が出ます。
当たり前ですが・・・。

1週間ほど前に、携帯電話の液晶表示が薄くなりました。
故障かな?と思ったのですが、電源を入れ直したら直ったので、大丈夫なんだとそのまま使っていました。
午前中までは何の問題もなかったのですが、午後のお参りに出掛けて気づきました。
携帯の画面が真っ黒で何も表示されません。
機種交換して1年ほどしか経っていないので、とりあえず修理に出してみることにしました。
修理費がかかるようなら交換します。
おサイフケータイ「Edy(エディ)」に5,000円がチャージされていたので、修理に出したらそのチャージしたエディはどうなるのかとたずねると、無くなってしまうとのこと。
もったいないので使い切ることにしました。
女房とコンビニに走り、3男の飲物、パン、そして何より女房のビール、コンビニで初めて5,000円を越える買い物をしました。

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能登半島地震 被災から386日め

今日は、1周忌のお参りが2軒ありました。
1軒は、震災後にご門徒になっていただいた家でした。
傾いた本堂の寺の門徒になるなんて、なかなか決断できることではないと思いました。
当然のように早々と本堂再建の寄付もいただきました。

ちなみに、もう1軒の家も、震災前からお付き合いはありましたが新宅家で、昨年初めてお葬式をされたのでした。
この方からも御寄付をいただきました。
2軒とも奥さんが先に亡くなられ、ご主人が残されました。

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能登半島地震 被災から385日め

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今夜は、「真宗入門講座」でした。
今夜の講習内容は、お内仏(お仏壇)の荘厳・お給仕について。
会場は、受講者の御門徒の家をお借りしました。
15畳と18畳の広間があるお宅で、お内仏は200代という大きく立派なものでした。

今日の昼は、町内の花見で、女房が参加しました。
私は真宗入門講座があったこともあり留守番をしました。
気になることは、やはり本堂の新築工事のこと、建設費の調達です。
とても順調に寄付が集まっていたのですが、当初の予定より建設費がかかる設計になったことから、寄付金も当初の予定より多く集まらなければならなくなりました。
寄付が集まるだろうと期待してみたり、不安に思ってみたり・・・そんな精神状態です。
そんな午後にご門徒の老夫婦が尋ねてこられました。
最低の気持ちだけの寄付だと言われ、1口24万円を渡されました。
ご門徒の皆さんが1口ずつご寄付下されば、事業が成立する計算になっているので、とてもありがたく頭が下がりました。

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能登半島地震 被災から384日め

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建設会社が決まり契約をしたので、「正覚寺復興便り 第5号」を発送しました。

今日は1軒だけお参りがありました。
100歳になったお婆さんがいらっしゃり、息子さんはパーキンソン病という家庭です。
必ず寄付を下さると期待していたのですが、お勤めが終って出されたのはお布施のみでした。
どうしたんだろう?と不安に思ったら、ご寄付をお届けしなければと思っているのですが・・・ということでした。
改めて自分のあさましさを思い知りました。

新学期が始まり、高校2年生になった3男の進路希望の調査がありました。
学校へ提出する書類には、高望みの大学、理想の大学を書き込んで提出しました。
女房が言います、どこへも入学できなかったら可哀想だから、入れてくれる大学ならどこでもいいと。
私は、いくらなんでも入れる大学ぐらいあるよ、と言いましたが、そういう心配をするのも無理からぬ成績であるのも事実です。
性格はいい子だと親は思うのですが、これからどのように育っていくのでしょうか?

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能登半島地震 被災から383日め

今日の午前中、建設会社と契約をしました。
いよいよ再建が始まっていくんだという気がしました。
材木の発注、製材の手配などはすでにすませてあるそうです。

会計さんが、建設会社への前払金と設計士さんの報酬を銀行振込で支払いました。
会計さんが言います。
集める時はコツコツと1軒ずつ貯めた資金なのに、出て行く時は一瞬やなぁ!
工事完了までに寄付が集まることを願うのみです。

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能登半島地震 被災から382日め

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満開の桜です。
その向こうの鐘楼の台上の古材の山、もうしばらくすると無くなる予定です。
明日、建設会社と工事の契約をします。

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この本は、真宗大谷派の本山から出版されている本です。
僧侶を含めた専門向けではなく、一般向けの本です。
とてもよい本だと思いましたが、私は難しいと思いました。
住職となっていく人を相手の講義録ですから当然かもしれません。
他力の教えで易行といわれる浄土真宗ですが、教えは難解です。

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能登半島地震 被災から381日め

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庭の桜が咲きました。
昨年は震災直後で新聞で紹介されました。

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昨年7月16日の中越沖地震で崩落した壁により破損した須弥盛というお飾りの一部です。
この仏具は母親が買ってくれたものです。
能登半島地震やその後の余震でも無事だったので少々ショックでした。
購入した会社へ送って破損したパーツを補充してもらおうかとも思ったのですが、本堂の新築工事で大きな資金が必要なこともあり、自分で直してみることにしました。
ジグソーパズルのように割れた部分を組み合わせ、瞬間接着剤で接着し、念の為にテープを貼りました。
本堂が再建されたら、報恩講や落慶法要でお飾りします。

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能登半島地震 被災から380日め

今朝、設計士さんと建設会社、製材所の方がケヤキの古材を見に来てくれました。
快く製材を引き受けて下さったようで、古材がゴミにならずにすみそうで、住職としては安心しました。

今夜は、復興委員会でした。
深さ2mの地盤改良分と10坪の拡大分などの予算の増額を認めていただき、住職としてはホッとしました。
その分、寄付をいただかなくてはなりませんが、何とかなるのではないかと思っています。

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能登半島地震 被災から379日め

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祭り見物のおばあちゃんたち、山車を待っています。

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輪島の春祭りは曳山祭り、街中を山車が巡行します。
写真の左隅に写っているのは、祭り大好き祐里子さま。

午後、脳梗塞で入院したという連絡のあった叔父さんのお見舞いに金沢まで行ってきました。
会話ができない状態だというので心配していたのですが、ER救急センターから一般病室に移り、意識もはっきりしていて症状が軽いようで安心しました。

本堂再建に関する現時点での一番の悩みは、旧本堂のケヤキ古材を再活用してもらえるかどうかです。
なんとか少しでも多く再活用してもらえるよう設計士さんと頑張ってみようと思います。

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能登半島地震 被災から378日め

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お向かいで花を売っています。
境内の桜のつぼみがふくらんできました。

今朝、木地屋さんたちに保存してある古材について助言してもらいました。
古材の製材を快く引き受けてくれる製材所と渋る製材所があるとのことで、ケヤキの古材の製材は可能だということでした。
ケヤキ材の再活用に可能性が出てきて、目の前が明るくなりました。
今日も3軒の方から御寄付をいただきました。
ご寄付して下さる御門徒の方々のお気持ちに応えるためにもできるだけ新様式の中にも旧本堂の部材を活用したよい本堂にしたいと思います。

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斜め向いの神社で春祭りが行われ賑わっています。
私たちが世の中から隔離された別な空間で生活しているような不思議な感覚です。

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能登半島地震 被災から377日め

今回新築工事をしてくださる大工さんがケヤキの古材を再活用して下さらないというので、今日、友達の椀木地屋さん(ろくろでお椀などの木地を挽く仕事)に来て相談に乗ってもらいました。
椀や盆などの木地に利用してもらえないかと相談したところ、寺社の柱などに使われていた古材は縁起を担いで嫌がられるということでした。
私が気にしないことを世の中の人たちが気にするということを教えられました。
世の中、なかなか思ったようにはなりません。

昨日のことですが、お骨箱の前でお葬式のお参りをしました。
音信不通であった方が、東京のアパートで亡くなったという連絡が警察からあり、兄弟の方がお骨を持って帰って来られたのです。
わずか4人の参列でお参りをし、生家のお墓へ早速納骨をしました。
近頃はこういうお参りが時々あります。

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能登半島地震 被災から376日め

4月1日から始まった「後期高齢者医療制度」、高齢者の年金から保険金が天引きされるとのこと。
年金暮らしの高齢者の多い過疎地ですので、正覚寺にとっても痛手になる制度です。

今日、建設会社の建築費削減のプランの提示がありました。
4日が役員会、7日が復興委員会、無事この計画が認められるように願うのみです。

解体で残してもらった旧本堂のケヤキ材、再利用可能だという大工さんと、再利用を拒否する大工さん、素人の私には何がなんだか分かりません。
再利用を断念すれば、もったいないことをしたとの非難が浴びせられるのだろうと覚悟します。

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能登半島地震 被災から374日め

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今日の祐里子さまのお花です。
先週に続いて今週も桜です。
旬の花ですからね。

今日は、休みでした。
午前中は、「真宗入門講座」という門徒さんの研修会の案内の印刷をし発送しました。
午後は、本堂解体の請求書が届いたので、正覚寺の会計をしている友達に来てもらったり、女房がお花に出掛けたので、昼寝をしたり本を読んだりしながら留守番をしました。
とりあえず平安な1日でした。
無事、予算内に建築計画がまとまって、建設会社と工事の契約ができることを願うだけです。

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