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2008年6月

能登半島地震 被災から464日め

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今日から足場の組み立てが始まりました。
いよいよ建方が始まるという雰囲気になってきました。

 

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従業員が帰った後、社長さんが残って仕事をしています。
厄介なところをすませておけば、明日の仕事がスムーズに進むから・・・ということでした。

 

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このシートは、養生シートというものだそうです。
犬走りが足場で汚れるのを防止するために敷いているとのことでした。
仕事をした作品・製品を大切にする、こういう姿勢がとてもうれしく思いました。

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能登半島地震 被災から463日め

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夕べから工事が始まって初めての本格的な雨になりました。
基礎がプール状態になるかと思ったのですが、ちゃんと1ヶ所穴が空いていました。

久々の大雨警報で、地震で工事中のトンネルが通行止になったようです。

 

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空き時間に趣味の塗り物をしています。
奥の物置前の廊下が工房です。

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古い寺の家具・道具を塗っています。

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これは、ヒビ割れなどがあってお椀にできなかった荒挽きの木地です。
輪島の職人さんたちは、木地のまま灰皿として使うのですが、漆を塗ってみました。

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能登半島地震 被災から462日め

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隣の貸店舗の敷地に生えている木の枝が境内地にせり出して、落ち葉だらけになるので、隣地の大家さんの許可を得て木を切らせてもらうことにしました。
本堂新築工事の監督さんに、外構工事のついでに・・・とお願いしておいたら、この程度の木ならと、監督さん自ら切ってくれたそうです。

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これが切られた木です。

 

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夕方、何気なく眺めていたら、お墓が、基礎から傾いていることに気づきました。
この写真は、傾きを明らかにするために、新築工事の基礎の上にカメラを乗せて撮ったものです。
傾いたお墓は、数基の一塊です。
お墓でさえこんなになるんだから、本堂が大きく傾くのも当然のことだと改めて思いました。

 

午後、数年前に交通事故で息子さんを亡くされた家へお参りに伺いました。
毎月の命日にお参りさせていただき、お勤めの後、お茶を飲みながらしばらくお話しをさせていただきます。
亡くなった息子さんは私の2歳年上で、私の歳が近いせいだと思いますが、ご夫婦は毎月の命日を心待ちにして下さっているように思っています。
できるだけ長い時間お話し相手をしようと思っているのですが、ご主人がかなり耳が遠くなられたこともあり、会話が途切れてしまい、間が持てずに失礼させていただくことになってしまいます。
このご夫婦が救いなのは、娘さんが近所に嫁いでいらっしゃることです。

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能登半島地震 被災から461日め -2

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今日は犬走りのコンクリート打設が行われました。
梅雨だというのに天候に恵まれています。

 

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コンクリート・ミキサー車を待つ間にちょっと一服。

 

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力仕事ばかりではありません。
最後の仕上げは、繊細。

 

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監督さんは、合間に基礎の中をきれいに掃除。

 

ご門徒のお爺さんが訪ねて来られました。
何だろうと思ったら、1口寄付をして下さるとのこと。
昨年、このお爺さんは女房に、寄付はできないというような口ぶりだったとのことでしたので、とてもうれしくありがたく思いました。
寄付をする代わりに、親の年忌法要の勤めは、離れて暮らす家族も親戚も招待しないとのこと。
兄弟には、寺の寄付の領収書を見せて、お前たちにはまる分を寺へ寄付をしたと言うつもりだとのことでした。
「はまる」とは、輪島弁でおごるとか、振る舞うとかという意味です。

また、ご門徒のお婆さんから電話がありました。
去年、入院して寄付ができないから寺からの通信をしつこく送らないで欲しいとのこと。
通信は請求書ではなく情報提供のつもりなのですが・・・。
届いていないとおっしゃってくださる方もあれば、送るなと叱ってくる方もあります。
それぞれですね。

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能登半島地震 被災から461日め -1

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風呂・トイレが新しくなって、こまめに掃除をしています。
気持ちは分かります。

 

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3男の長男への沖縄土産。
長男曰く、プッチョとはよい趣味だ。
プッチョという菓子がそれほど絶賛されるものだとは知りませんでした。

 

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隣というか前というか境内に隣接した建物の蔦です。
緑がキレイです。

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今夜は2輪が開きました。
今年は合計5輪咲きました。
母親が生きていたら、大騒ぎだったろうと思います。

 

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今日のお向いのスタンド。
相変わらずの光景です。

 

昨日、一人暮らしだった伯父さんが亡くなっているのを発見されたという知らせをいただきました。
この伯父さんは、後を継ぐべき長男だったのですが、家を出て、遠く離れた地を転々とし、自由な生活をしていました。
数年前に奥さんに先立たれて一人暮らしをしていました。
来月末に故郷の地へ戻ることが決まっていた矢先の出来事でした。
羨ましいような自由気ままな人生だったと思いますが、伯父さんは自分の人生をどのように振り返っていたのだろうと思いました。

先日の秋葉原での通り魔無差別殺人の犯人は、青森県随一の進学校の卒業生だそうです。
しかし、そこから挫折が始まってしまったとのこと。
勉強はできるに越したことはありませんし、高学歴はすばらしいことだと思います。
しかし、それが人生の全てを決定するわけではありません。
私の友達に、中卒の元暴走族ですが、今は立派な社長というのがいます。
友達が幸せだと思っているのか、不幸せだと感じているのか知りませんが、人生は何がいいのか悪いのか分からないと思います。

伯父さんにとって、家を出て自由を手に入れたことが良かったのか悪かったのか分からないと私は思います。

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能登半島地震 被災から460日め

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設計図には書いてなかったそうですが、犬走りに鉄筋が敷設されています。
天候によってですが、明日はコンクリート打設の予定、そして数日養生をして、7~8日の建方に間に合うように足場を組むそうです。

 

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月下美人が咲きました。
玄関のホールに入れてやるととてもいい匂いがします。

 


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3男の友達への沖縄土産です。
星の砂、御菓子、それに海岸で自分で拾ってきたサンゴや砂。
かわいいものです。

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能登半島地震 被災から459日め

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昨日設置された暗渠排水のパイプの側溝の出口を見ました。
しっかり締めなかった水道栓のようにチョロチョロと水が流れ落ちていました。

工事をしている建設業者の方は、昨日までは重機を動かすと揺れて地面が軟弱なのがはっきり分かったけれども、今日は揺れが少なく地面が乾いて締まっているのではないかということでした。
一晩で地面に溜っていた水が抜けたのかもしれません。
今後も効果が期待できます。

監督さんもパイプの水を確認したようでした。

 

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ローラーで地均しが行われました。
次々と機械が持ち込まれての作業に退屈しません。

 

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監督さんもローラーに乗って作業に参加。

 

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来週(7月初)から土台が設置され、7月7日より建方を始め、8日に棟上げの予定だそうです。

 

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母親が育てていた月下美人の蕾が大きくなってきました。
実は昨年植え替えたのですが、葉っぱに元気がないので枯れてしまうだろうと諦めていたのです。
花が開くのが楽しみです。

今夜、沖縄への修学旅行から3男が帰ってきました。
楽しかったか?との問いに、もちろんとの答え。
女房が、何が一番楽しかった?と聞くと、ホテルとのこと。 coldsweats01
何はともあれ楽しくて良かったと思います。

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能登半島地震 被災から458日め

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境内地に湧く水の排水路を作りました。
暗渠排水というのでしょうか。
これでズブズブの地面から解放されそうな気がします。
これだけでも改築を選択した甲斐があるように思いました。

 

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パイプの上に敷かれた砂利が土で目づまりしないようにシートが敷かれました。
色々な工法があることを知ります。

 

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細いパイプも埋設されました。
こちらは街灯への配線のためのものだと思います。

工事が着々と進められています。
来月8日が棟上げの予定らしいです。

 

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東京在住の方の墓石の解体処分の依頼を受けていました。
石屋さんが解体し遺骨を掘り出してくださったので、合葬墓へ納骨しました。
今年になって3軒の方が輪島のお墓を処分されました。
こんなところにも過疎を実感します。

 

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振り売りの魚屋さん。
魚屋さんといっても漁師さんの奥さんたちです。
かつてはリヤカーばかりでしたが、軽自動車も増えてきました。

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能登半島地震 被災から457日め

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外構工事が行われています。
細かい砕石が敷かれています。
赤っぽい色でキレイです。
地面の中に埋もれてしまうのですが・・・。

 

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向いのスタンドの店員さん、暇を持て余して退屈そう。
輪島にもセルフのスタンドができたのでそちらに客が流れているのでしょうか?

暇といえば、正覚寺も今年になって一段と暇です。
震災の経済的影響が出てきたように感じています。
後期高齢者保険制度も始まったし、何かと高齢者には暮らしにくい社会にもなりましたから尚更ですね。

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能登半島地震 被災から456日め

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今日の女房は、庭の手入れ。
母親が植えていた草花を植え替えています。
こういうところもあるのです、実は。

 

お参りに伺った家で、
「父親の年忌の年に当たりますが、年忌法要はしません。 
 その代わり、親戚を招待して、お客に振る舞う分のお金をお寺に寄付させてもらいます。」
とおっしゃって寄付を下さいました。
ご両親のお勤めに3人のご兄弟がお参りされました。
そのご兄弟のご理解もあってできることだと思います。
震災で隣家が全壊で取り壊されて駐車場になっており、そのお宅も改築した方が安上がりではないかという修理をしているとのことでした。
今日もありがたいお心に触れさせていただきました。

午後のお参り先でも寄付をいただきました。
震災と過疎高齢化でご門徒の半数近くが年金暮らしの上、寺離れが進む社会的な風潮もあり、自分自身に自信がないことがもっとも大きな不安要因ですが、当初はどれだけのご門徒が復興に協力下さるか不安でした。
多くのご門徒からそっぽを向かれて見捨てられると思っていました。
しかし、不安とは逆に多くの方が復興に協力して下さいます。
大きな借金が残ることはなさそうです。
本当にありがたいことです。
復興後、どのようにこのお心に応えていくべきか、それを考えます。

今朝、6月2日朝日新聞朝刊の『寺離れ、地方も都会も 檀家獲得へ各派懸命 法要、送迎つき・境内に介護施設』という記事を見つけました。
『お寺が危ない。過疎・高齢化が進む地方では「葬式のたびに檀家(だんか)が一つ減る」と言われ、若者が集まる都市部もお寺離れが止まらない。
収入の柱のお布施は減って運営は苦しい。
「葬式仏教」という皮肉交じりの言葉すら成り立たなくなる危機感のなか、伝統仏教の生き残りをかけた手探りが各地で始まっている。』
という内容の記事でした。
正覚寺、そして私は、この現実の中で何ができるのだろうか、と考えます。

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能登半島地震 被災から455日め

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昨日は午後から金沢の親戚のお寺の虫干し、永代経にお参りさせていただきました。
住職さんが宝物の説明をされています。

 

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今日は設備屋さんが作業をしました。
水道栓柱の位置が違っていたのも修正されました。
私は、間違った場所でもいいか、と思ったのですが、これも設計士さんが妥協しませんでした。
説明されれば、確かに修正された場所の方がふさわしいと思い、水道栓一つも考えられて場所が決められていることを知りました。

 

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今日は出番のなかった重機、きちんと並べられて整理整頓がされているという感じです。

 

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今夜の真宗入門講座の会場となったお寺です。
正覚寺から西へ15~6Km、車で20分ほどの山間の集落のお寺です。
正覚寺が失ったお寺らしさがあります。

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能登半島地震 被災から454日め

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今朝の作業風景です。

 

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先日の調査と施工計画では設計士さんが納得しないからと、電気工事施工業者による再調査が行われています。
私たちだったら、業者の説明にハイハイと返事をするだけなのですが・・・。
設計士さんが入ることの意義を感じます。

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能登半島地震 被災から453日め

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午前中は、天端均し(てんばならし)の作業でした。

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天気予報通り午後は雨、蒸し暑くてカッパを着ての作業は気の毒でした。
 
それにしても、やっぱり目の前の工事現場が非現実のような不思議な出来事に思えます。
震災の被害者となり、本堂が建て替えられているのですが、そんな大事件が自分の身の上に起ったということがウソのような気がします。

 
 

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古材のケヤキで皿を作るため、木地の荒挽き職人さんが古材の搬出作業をしました。

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これは先に作られた皿の荒挽き木地です。

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能登半島地震 被災から452日め

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天端均し(てんばならし)と外構工事が併行して行われています。

 

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建築現場というより土木工事現場となっています。
砕石・砂利の搬入、廃土の搬出。

 

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半日、草むしりをしてもらいました。
工事現場での草むしりです。

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能登半島地震 被災から451日め -2

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基礎の天端均し(てんばならし)という作業が行われています。
細かい作業で面倒くさそうです。

 

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 玄関への階段・スロープのコンクリート打設が行われました。

 

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ここはスロープです。

 

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1つの作業が一区切りついても、休まずさっと次の作業に移ります。
私なら一休みしたくなるところですが・・・。
それにしても、重機を使って地面を掘り起こすような仕事からコテを使った細かい仕事まで色々こなす人たちです。

 

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電気工事会社と設計士さんが打ち合わせをしています。
火災報知器の設置場所や配線方法などについてのようでした。

 

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現場監督の岩崎さんです。
33歳、3児の父です。
とても純朴な青年です。
基礎のアンカーボルト設置時の目印に付けていたテープを外しています。

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能登半島地震 被災から451日め -1

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「婦人聞法の会」という集いの研修会(聞法会)の会場設営のお手伝いをしました。
とは言っても、私はただ顔を出したというだけでほとんど何もしていません。

 

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立華担当の江本さん、婦人聞法の会という集いにふさわしい華やかなお華になりました。

 

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昨日に引き続きシルバー人材センターのおばあちゃんたちが草むしりをしてくれています。
ちなみに、シルバー人材センターの事務所は、道をはさんだ隣にあります。

 

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柚の木です。
実がついています。

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能登半島地震 被災から450日め -2

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電気工事が始まりました。
既存の住宅・会館にも火災報知器を設置します。

 

 

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玄関の階段・スロープの鉄筋が組まれました。

 

 

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鉄筋が組まれたら、型枠が組まれています。
階段の工事は面倒くさそうです。
下の段から順にコンクリート打設するのかと思ったら、一度に打設するそうです。

 

 

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U字溝の敷設工事も行われています。
こちらも勾配を付けなければならないので面倒くさそうです。

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能登半島地震 被災から450日め -1

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今日はシルバー人材センターにお願いして草刈りをしてもらいました。

 

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ばあちゃんたちは、木陰で一服。

 

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朝一番に叱られました。
数日前に新しいトイレの手洗いに石鹸を出しました。
それがいけないと言われました。
あそこで誰が石鹸で手を洗うのsign02 あんなところで石鹸を使われたら汚れて後始末が大変でしょうsign03
すみません crying
世の中、難しいものです。
善かれと思ってなしたことが、決して良いこととは限りません。
正に仏法ですね。

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能登半島地震 被災から449日め

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工事現場の花、日曜日で工事が休みということで移植されました。

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新本堂に取り付けるステンドグラスを製作して下さる叔母さんが、同窓会のついでに原図などを持って設計士さんと打ち合わせに寄って下さいました。
写真は、見本として持ってきていただいたものです。
出来上がりが楽しみです。

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ブラシの木です。
実際の花は深紅に見えます。

昨日、岩手・宮城内陸地震がありました。
大規模な地震で、大きな被害が出ている割に報道が少ないように感じています。
一つには、都市部ではない地方であるからだと思います。
また、建物被害が少なく、避難所生活をしている人が少ないということもあるのではないかと思います。
報道の影響は大きいと思います。
報道がなくなると、被害者は、自分たちが世の中から忘れ去られた存在になるのではないかと不安になります。
また、報道によって義援金の集まりにも影響すると思います。
避難所生活をする人が少ないということは、今回の地震に被害は、土木的には大きなものがありましたが、人的には局所限定で、被害者は孤立して気の毒なように想像します。

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能登半島地震 被災から448日め

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今日も外構工事が行われました。
徐々に整備され建物の形になっていきます。

来月初旬から土台が敷かれ、10日すぎに棟上げらしいです。

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能登半島地震 被災から447日め -2

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残土の運び出しも行われました。

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本堂が小さくなるので、新たにできた空きスペースです。
改めて大きなスペースができることが確認できます。

 

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旧本堂の床下に当たるところに咲く花です。
つまり、旧本堂が解体され、工事が始まってから新たに根づいた花です。
どこからやってきたのでしょうか?
母親が生きていたら、可愛らしいのに工事現場では居場所がなくなるからと鉢植えにするなど移植するのではないかと思います。

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能登半島地震 被災から447日め -1

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今日も引き続き建物の周囲にU字溝が設置されています。

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ブラシの木の花が咲き始めました。

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能登半島地震 被災から446日め

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側溝の工事が行われています。

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こちらは、玄関への階段の工事です。

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機械に不具合でもあったのでしょうか?

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基礎が出来上がって、建物の大きさが分かるようになりました。
やっぱり小さい、狭いなぁ!と思います。
人間なんて勝手なものです。
この間まで、小さくてもいいから、簡素でもいいから・・・と願っていたのに・・・。
そして、この建物の資金の準備もできていないのに・・・。

 

今朝、正覚寺から20Kmほど能登半島の奥に行ったところのお宅までお参りに伺いました。
お参りが終ると、相談があるとおっしゃいます。
寄付のことかなぁ?と思ったら、寄付は今年中に下さるとのことでした。
何だろうと思うと、今年中に子供たちのいる金沢へ引っ越すとのことで、金沢の新居にお参りに来てくれるかとのご質問でした。
私は、金沢やその近郊へ月に1回のペースでお参りに出掛けていますから、お伺いしますとお返事すると、お参りのことがとても心配だったということで、とても安心して下さいました。
正覚寺と縁を切って金沢へ引っ越された方が多い中で、こんな私にわざわざお参りに来いとおっしゃって下さることがとてもありがたく、うれしく思いました。
まして、この方は、一度事業に失敗して破産された方なので、金沢へ引っ越して関係なくなるから寄付もできないとおっしゃっても仕方がないと思います。
それなのに、寄付まで下さるとおっしゃいます。
本当にありがたいと思いました。

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能登半島地震 被災から445日め

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今日も埋め戻しの作業が行われました。

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東側に地中に流れてくる(湧き出る)水の排水路として蛇腹の管が埋められているようです。
雨が降らないのに水が流れてきています。
この水路を延ばしていって敷地外へ水を流すようです。

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U字溝が運び込まれ、その工事が始まりました。
一つ一つ丁寧に仕事をしてもらっているようで、安心です。

昨日の夕方、名古屋のお寺の住職さんがお見舞いを届けて下さいました。
この方とは昨日が初対面でした。
インターネットがご縁でのお知り合いです。
お見舞いを届けていただくようなお付き合いとは思えないのですが・・・。
本当にありがとうございました。
いろいろ大勢の方に支えられていることを感じ元気が出ました。

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能登半島地震 被災から444日め -4

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昨日・今日の作業で、基礎の周囲が埋め戻されました。

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地中を流れてくる水の排水のためだと思いますが、砂利が入れられています。

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埋め戻された土は、地盤改良で硬化剤が混ぜられた土のようです。

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能登半島地震 被災から444日め -3

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柏崎刈羽原子力発電所の敷地に隣接した道路も走りました。
20年ほど前にも柏崎原発には来ているのですが、柏崎の市街地や住宅地から近いことに驚きました。
写真は、刈羽側から撮ったものです。

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原発から柏崎側3Kmほどのところにこんな工場がありました。
原発と菓子工場、似合わない組み合わせだと思うのはおかしな感覚でしょうか?

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能登半島地震 被災から444日め -2

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崖崩れで有名になった青海川駅も通りました。

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崖の工事は継続中のようです。

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横の橋脚も補修(補強?)工事が行われていました。

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青海川駅近くでお年寄りがゲートボールをしていました。
なんとなくホッとしました。

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能登半島地震 被災から444日め -1

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新潟県三条への途中、柏崎を通ります。
柏崎の市街地を走ってみました。
街中はあちこちで工事中です。
特に北側の地域に工事が多いように思いました。

走っていたら、車が揺れます。
道路が波打っているのだろうと思って走ったのですが、ひょっとしたらパンクということもあるかと車を止めて確認しましたが、タイヤに異常はありませんでした。
やっぱり道路が波打ったままなのでした。

20080610_011 20080610_019
解体工事も行われています。

柏崎の景色は人ごとではありませんでした。
同じような景色の中で暮らしているので、胸が痛みました。

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一方で新築工事も行われています。

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輪島は空き地だらけになりましたが・・・。

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市役所も改修中のようでした。

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能登半島地震 被災から443日め

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三条教区・三条別院(新潟県)へ「震災シンポジウム」の意見発表者の一人として参加させていただきました。
車を運転することと、シンポジウムの時間帯にもうろうとしていてはいけないと昨日まで飲んでいた風邪薬を中止したのですが、会場に到着した頃から妙に汗ばんでもうろうとします。
風邪薬のせいではなく、体調がよくなかったからもうろうとしたのです。
わざわざ呼んでいただいたのに申し訳ありませんでした。

参加させていただいて感じたことは、こういうシンポジウムを開催することに意義があるということです。
能登ではこういう会議を開催するという気運がありません。
それぞれ不満があっても、お上に物申すという気概がない、だからお上になめられ切り捨てられてしまうのではないかと思いました。
保守王国、それは体勢を支え続けてきた者たちであるのですが、従順であるがゆえに逆に軽んぜられる者たちなのではないかと思いました。
さらに、能登は過疎先進地、利用価値はないとの判断もあるかもしれません。

そうひがむな、そんな声が聞こえてきますが・・・。

ちなみに、

               大谷派共済申請数  給付数   給付総額
2004年中越地震         55件       25件  2億8千万円
2007年能登半島地震      64件       10件   6800万円
2007年中越沖地震        38件       17件  2億3千万円

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能登半島地震 被災から442日め

20080608_070
今日の昼過ぎまで設備屋さんが工事をしていました。
日曜日なのですが、どうしても今日でなければならない都合があったのでしょう。

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夕べは、隣の夫婦と一緒に花火見物に出掛けました。

20080608_014
昨年の花火も見事でしたが、今年は一段と豪華だったように思いました。


20080608_058
花火の後はビールでした。
本当はこっちがメインかも。 happy01

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能登半島地震 被災から441日め

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今日は、設備屋さんが作業を行いました。
設備工事と言っても、本堂のみですから、トイレと洗面所があるだけで、台所も風呂もありません。
空調はありますが・・・。
設備屋さんは遅くまで残業をしていたようです。

 

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住宅のトイレ、浴室などがほぼ完工したので、機嫌よく掃除をしています。

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私のお気に入りの絵です。
ご門徒の方の作品をいただいたものです。
新しくなった住宅玄関ホールに飾りました。

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新しい廊下もできました。

今日、お参りに伺った家、一棟が解体されていました。
聞けば、地震では被害がなかったのだけれど、古くなったから解体したとのこと。
そういうことであっても、地震に便乗して、震災復興の補助・支援制度を利用して古い建物を解体した人が多いのですが、純朴な田舎人にはそういうことができません。
議員に頼みたくなかったということですが、議員に頼らなくとも市役所で聞けばいいと思うのですが、これも保守王国といわれる田舎人の感覚ですね。

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能登半島地震 被災から440日め

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今日は、雨水の溜った中、型枠が外されました。
組み立てるのは時間がかかって大変でしたが、ほぼ1日の作業で外されてしまったのに驚きました。

 

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新しくなった洗面所・廊下のスペースで、叔母さんの作品であるステンドグラスのスタンドが綺麗です。

建具屋の友達が納められた戸のチェックに来て、新しい風呂の感想を聞くので、すぐ横に風呂があるというのは快適だと返事をすると、普通の家はこうなんですよ、とのこと。
トイレもキレイになってよかったと言うと、トイレはヒドイ状態だったからねと言われてしまいました。

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能登半島地震 被災から439日め

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今日は、型枠の細かい板が外されました。

2年ぶりに輪島にやってきた、私はもっと長く会っていなかった、東京在住の方が寄付を届けて下さいました。
もう関係ない、寄付はできないと言われても仕方がないと思っていた方でした。
とてもうれしい、ありがたいご寄付でした。

 

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今夜の風呂の準備は私がしました。
ただ、風呂を沸かすと言ったら、女房が運転しておいて上げるね、と親切にスイッチを押してしまいました。
ちょっと残念でした。
チャイムがなって、お風呂の準備ができましたとアナウンスがありました。
世の中では当たり前になっていることが、ようやくわが家にもやってきたことを実感しました。
新しい風呂は、ちょっとぜいたくな気分がしました。

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能登半島地震 被災から438日め

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女房に急かされて建具屋さんがとりあえず脱衣場の戸の取り付けに・・・。
今夜から新しい風呂になりました。

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家具屋さんも急かされてやってきました。
取り付け完了のようです。

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設備屋さんの仕事もほぼ完了したようです。

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親方も働いています。

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能登半島地震 被災から437日め

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今日は、いよいよ基礎の立ち上がりのコンクリート打設が行われました。
午前中は小雨が降っていましたが、カッパを着るほどの雨ではないようでした。
作業を行う人たちには申し訳ありませんが、コンクリート工事にとっては今日もよい条件だったのかもしれません。

 

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設備屋さんによる風呂、トイレの工事も進んでいます。
風呂は使用可能になりましたが、脱衣場の戸がありません。 coldsweats01

 

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横浜の正覚寺へ次男の夏の衣が送られました。
お経の練習をするとのことですが、お盆に向けての準備でしょう。
送られる荷物に子供の成長を感じました。

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能登半島地震 被災から436日め

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型枠工事が進められています。
素人目には、明日にもコンクリート打設のように見えます。

福井の従兄弟のお寺から帰るのを待っていたかのように、車をカーポートに入れるとご門徒の方がおいでました。
荷物も降ろさずに、御寄付の受付をさせていただきました。
昼食後に電話があり、午前中訪ねたけれども留守だったとのこと、早速、御寄付をいただきに伺いました。
ありがとうございました。

輪島へ帰ると寒い(涼しい)のに驚きました。
私も女房もあわてて着替えました。
金沢からまっすぐ北に向かって突き出た半島の先端だということを感じました。
気温の差が激しいせいでしょう、先月下旬から風邪ぎみなのが治りません。
今日も喉の痛みがぶり返しました。

 

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この廊下は、左側が1~2cm地盤・基礎から下がっています。
大きく傾いた本堂がある間は大して気にならなかったのですが、本堂がなくなると気になります。
柱も内側に曲がって見えます。
この建物は、壁や建具の建て付けを修理するのみで、基礎の上下は諦めます。
この建物の被害判定は一部損壊で、こういう損壊程度の建物はどこまで修理して使うか、ということです。

 

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設備屋さんが浴室・トイレの工事に来ています。
こちらはまもなく完工のようです。

今夜は、独居のおばあさんのお通夜にお参りしました。
息子さんたちは、都市部で生活しているので、これで1軒ご門徒がなくなるかもしれません。
おばあさんは、分割でご寄付してくださる予定だったのですが、これでご寄付もなくなるかもしれません。
などとあさましいことを考えてしまいます。

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能登半島地震 被災から435日め

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従兄弟が住職のお寺が、築200年の本堂を基礎から屋根まで大改修し、その落慶法要にお参りさせていただきました。
お参りしている人たちの気持ちが一つになった引き締まった緊張感のある儀式であったと思いました。

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5年間の歳月を掛けて建てられた本堂ということで、天井に絵が描かれており彫刻なども凝ったものが上げられています。
200年間守られてきたものが、若返ったように見えました。

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落慶法要、親鸞聖人の御遠忌ということで稚児の参堂列も行われました。
子供たちの可愛い姿に心がなごみました。
それにしても、稚児の数は270名とのこと、過疎高齢化で極端に少子化の能登とは桁違いです。

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