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2008年8月

能登半島地震 被災から526日め

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向拝・唐破風の下の飾り彫刻です。

 

昨日で53歳になりました。
50年余りも生きてきたという実感がありません。
50代というと会社では部長、学校では教頭や校長という年齢です。
自分に50年以上人生を重ねたという重みが感じられません。
人間が薄っぺらで軽いと思います。

 

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建築中の新本堂の棟(足場)に上がってみました。
そこから見える隣寺です。

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能登半島地震 被災から525日め

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裏手(南側)の漆喰壁が塗られています。

 

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本堂側面と玄関ホール側面で壁の設置作業が行われています。

 

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事務所に掲げられた標語のたれ幕が変わりました。
「あなたが主役」こういう意識が大切だと思います。
政治も社会も家庭も・・・一人一人が大切な欠くことのできない存在です。

今日は私の誕生日でした。
53才になってしまいました。

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能登半島地震 被災から524日め

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午後1時すぎに強い雨、左官屋さんは塗った壁の補修。

 

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左の写真の本堂中央の小屋組内の壁は出来上がりました。
写真右は、脇の部屋やトイレ部分との境の小屋組内の壁設置作業です。

 

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数日前から玄関ホールにスリッパが置かれるようになりました。
いよいよ土足で汚してはいけない内装の造作工事になったんだと感じました。

 

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数日前に宅配便で届いていたのですが、今日、叔母さんがおいでになり梱包を解いて作品を確認しました。
設計士さん、現場監督さん、サッシ屋さんにも見てもらい作業を依頼しました。
窓に取り付けられるのがとても楽しみです。

 

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震災後、本堂から運び出したという道具の一つです。
これは華籠といい大きな法要時に使います。
正覚寺の伝統に敬意を払い、落慶法要に使っていただけたらと思い、磨いてみることにしました。
面白いのは付けられていた紐です。
現在は下の写真のように赤・白・黄と3色なのですが、付いていたのは海老茶1色でした。
紐の先の金具も現在の鈴ではありませんでした。
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能登半島地震 被災から523日め

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断熱材を担当の大工さん、間もなく作業完了に見えます。

 

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小屋組内の壁を担当している大工さん、こちらは間もなく側面に移動のようです。

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能登半島地震 被災から522日め

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小屋組に防火壁の設置作業継続。

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こちらは断熱材設置作業継続。

 

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水回りの設備屋さん、今夜は7時すぎまで残業だったようです。

 

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左官屋さんも外壁継続中。

 

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雨トイの降っている管です。
水切りの板金部分を迂回しているのが面白くて写真を撮りました。

 

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パンパスグラスというのでしょうか?
大きなススキに見えます。
欲しいという方がいて1/3ほどになったのですが、今年も無事穂(?)が出ました。

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能登半島地震 被災から521日め

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左官屋さん、引き続き外壁の漆喰塗です。
左官屋さんの壁の部分は少ないように思ったのですが、それなりの大きさの建物なので、それなりの面積の仕事があります。

 

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エアコンの設備屋さん、とりあえずの作業は終ったようです。
次の工程は、大工さんの天井などの工事待ちらしいです。

 

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天井裏の作業が続けられています。
防火のために小屋組の中にも壁が設置されるそうです。

 

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この大工さんは壁の断熱材を貼っています。

 

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今日の奥様のお華です。

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能登半島地震 被災から520日め

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仏具屋さんと仏具周りの電気配線の打ち合わせ。

 

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空調の設備屋さん。

 

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板金屋さんがトイの設置をしています。

 

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左官屋さんが外壁の漆喰壁の工事です。

 

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屋根裏にボードで壁が作られています。
防災上必要なものなのでしょうか?

 

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こちらでは床を貼る作業が行われています。
断熱材が敷かれています。

 

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入口の壁面です。
ケヤキ材の木目に見えます。
ちょっとしたことですが、気に入りました。

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能登半島地震 被災から518日め

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屋内に再び足場が組まれています。
来週は小屋組や天井の作業が行われるのだと思います。

 

今日は友達の息子さんの結婚式・披露宴、そして夜は近所のお宮さんの夏祭りでした。
息子たちはそれぞれ友達と一緒に町内の祭りに参加しています。
寺の息子が祭り・・・?と首をかしげる人もいるでしょうが、私は息子たちそれぞれが寺に生れたものとして、僧侶として生き方を自分で選んでいけばいいと思っています。
坊さんが祭り?息子たちがそういう批判・疑問をぶつけられる日が来るかもしれませんが、そこで自分で答えを見つけて歩んでいけばいいと思います。

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能登半島地震 被災から517日め

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既存の会館・庫裏の外壁のボードが板金屋さんによって貼られています。

 

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大工さんたちは床を貼っているようです。
床は間もなく張り終えるようです。

 

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床暖房の設置をしない箇所の床には断熱材が敷かれています。

 

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床暖の設備屋さんが作業をしたようです。

 

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床にブルーシートが敷かれ、小屋組や天井の作業が始まるようです。

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能登半島地震 被災から516日め

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東側の回廊です。
回廊ですが、参詣数によっては、予備の参詣席として利用するつもりなので床暖房が設置されています。

 

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こちらは本堂西側です。
奥が回廊兼休憩所、手前が回廊兼受付等のスペースです。
こちらも床暖が設備されています。

 

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手前が洋間のフロア、奥が和室です。
共に10畳のスペースです。

 

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正面玄関から庫裏・会館へ繋がる廊下です。
廊下の右がトイレ、左が上記の10畳2間です。
狭く見えますが、この廊下も1間の幅があります。

 

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床が貼られて部屋の大きさが見えるようになった気がします。
玄関から堂内を眺めた写真です。
内陣が12畳、外陣が48畳というスペースです。
狭いながらも工夫をして上手に使いたいと思います。

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能登半島地震 被災から515日め

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向拝の屋根の下に飾りの彫刻が取り付けられました。
一見してすぐに変化が分かりました。
なかなかカッコいいです。

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唐破風の屋根も出来上がったようです。

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正面はこのようになりました。

 

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写真ではわかりづらいですが、雨樋です。
四角いトイで、前からは金具が見えません。
色も屋根や軒下のステンレス板と合った茶色で、カッコいいです。

 

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床暖房のパネルが設置され、その上に床が貼られているようです。

 

今日は、隣の能登町(旧柳田村)のお葬式にお参りさせていただきました。
子供たちは皆都会へ出ていて、亡くなられたお婆さんの一人暮らしだったそうです。
喪主たち遺族が地元にいないせいでしょう、参列者の少ないお葬式でした。
こういうお葬式が増えているように感じています。
過疎地なので、当たり前ですが、そういう現実を目の当たりにすると少々ショックです。
そして改めて思いました、過疎地にはこの規模の本堂でちょうどいいと。

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能登半島地震 被災から514日め

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朝、8時前に激しい雨、この雨じゃ板金屋さんは休みかと思ったら、その後は晴れ/曇りで板金屋さんも作業をしました。

 

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左官屋さんが外壁を塗っています。

 

オリンピックで湧いていますが、女子サッカー、4-2という点差以上にアメリカとの実力差を感じました。
アメリカは、ドリブルや走りこんでのボールのキープをできるが、日本はそういう実力がない、そういう差を感じました。
女子レスリングの伊調姉妹、金・銀メダルを取ったものの引退も止むなしという試合ぶりだったと思います。
付けられた順位だけでは判断できないものがあると感じました。

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能登半島地震 被災から513日め

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今日から工事が再開されました。
板金屋さんが大活躍です。
唐破風は3人がかりです。

 

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雨トイの金具が取り付けられています。

 

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外壁のボードの取り付けも板金屋さんの仕事だとは知りませんでした。

 

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左官屋さんが黒い防水紙の上に網を貼っています。

 

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大工さんは床を貼っているようです。
電気屋さんらも作業をしていたようでした。

 

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今日もカラッとした天気でした。
これから少しずつ秋らしくなっていくんだと思います。

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能登半島地震 被災から512日め

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どこからか機械が動く音がします。
日曜日なのに何だろうと思ったら、裏の家でした。
何の工事かは分かりませんが、仕事が混んでいるので日曜日返上での作業なのでしょう。
写真を撮ったら気になったのでしょう、なにかありましたか?っと聞かれました。
何も問題はありません。

 

昨日と打って変わって今日はからっとした爽やかな1日でした。
暑いお盆から解放されて気だるい1日でした。
今日明日と休みです。
今日は塗り物をしました。
私が塗ったお椀でお斎を食べていただくことが目標です。
そんなことしかできない住職ですから・・・。 coldsweats01
明日から本堂の工事が再開されるはずです。

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能登半島地震 被災から511日め

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13日から雷・大雨・洪水注意報や警報が出されます。
夕べは、竜巻注意情報というものまで出されました。
輪島は、被害が出るほどの雨にはなりませんが、中能登の町では被害があるようです。

 

お盆休みで次男が帰省してきていました。
20歳を過ぎたむさくるしい大きな息子なんてかわいくないという人がいますが、私は息子たちをかわいく思います。
仕事はキツくないだろうか、ストレスをためてはいないだろうか、体を壊さなければいいがと心配します。
その次男が横浜へ帰っていき、寂しい思いをしました。
地方には、帰省してきた子供や孫たちが帰っていき、寂しい思いをしている老人が多いのだろうと思いました。

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能登半島地震 被災から510日め

子供たちが手伝ってくれるので、忙しく走り回るという事はないのですが、今日はバテて疲れました。

 

オリンピックの柔道、女子78kg超級の決勝、日本の塚田選手は残り8秒までリードしながら逆転の一本負けをしてしまいました。
最後の最後まで何が起るか分からないということを見せつけられました。
それにしてもこの試合での中国選手のマナーはいかがかと思いました。
試合開始まもなく帯がほどけ、その後も何度も帯がほどけて締め直します。
ルール違反ではないのかもしれませんが、そのたびに試合の間が空いてペースが崩れるように見えました。

先日の女子バドミントンの試合での韓国ペアのマナーもひどいものでした。
クレーマーとしか思えないようなクレームの多さ。
これもルール違反ではないのかもしれませんが、試合が中断されてペースが大きく狂いますし、相手選手にはストレスになると思います。

試合には駆け引きもありますし、作戦も大切です。
しかし、勝つためには手段を選ばず、そういう図太さは許されるべきものなのでしょうか。
サッカーにはシュミレーションという反則があります。
主審を欺いてペナルティキックを得ようと、ペナルティエリア内でわざと大げさに倒れる行為は反スポーツ行為として厳しく罰せられます。
そういうルールとしての罰則がなくともスポーツマンシップにのっとり正々堂々と戦うというのがスポーツのはずです。
しかし、結果ばかりが重視されて、試合の内容が軽視されているような気がします。

ズルをしてお金もうけをしたホリエモンこと堀江貴文と村上ファンドの村上世彰が逮捕されました。
ズルが堂々とまかり通るそんな世の中であってはならないと思います。

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能登半島地震 被災から509日め

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本堂東側の廊下です。

 

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48畳の外陣、狭いという人もいれば、ちょうどいいという人もいます。
精一杯の大きさにしたつもりですが、完成後どのような評価をされるのでしょうか?

 

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唐破風はここまでできました。

 

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正面は重々しい雰囲気になってきました。

 

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玄関ホールの立花です。
花台に使われているのは、旧本堂の古材に漆を塗った古材です。

 

昨日のことですが、午前9時にお墓参りの約束がありました。
金沢の方だったので輪島に着いたら電話をするということでした。
9時前から着替えて電話を待ちましたが、電話がありません。
他にもお参りの約束があったので、お参りに出かけました。
電話があったのは11時頃だそうです。
9時頃という約束は何だったのでしょうか?
この方と2度と約束はしたくないと思いました。

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能登半島地震 被災から508日め

お盆がやってきました。
お盆は好きではありません。
私は慌ただしく時間に追われるのが嫌いです。
まだかまだかと待たせるのも嫌いですし、待たれていると思うと前の家のお参りが急きます。

数年前から子供たちが手伝ってくれるので、私のお参りはうんと楽になりました。
一人でお参りをしていた時は、朝から晩まで壊れたレコードのように同じお経を読み続けて、終いにはもうろうとしていました。
今から思い返せばよくあんなことができたものだと思います。

お店をされている方の家へ新盆のお参りに伺いました。
四十九日以降は全ての行事は赤い蝋燭を使うべきだとお寺さんに教えられたと言って朱の蝋燭を買いに来られた方がいたそうです。
そのお寺さんが教えられている通り、お盆のお参りに朱の蝋燭を準備するということは正しい行為ですが、そこまで形にこだわる方のお参りする気持ちはどういうものなのだろうと考えました。
一部の講師の先生や布教使さん以外は、坊さんの仕事といえば儀式の執行です。
儀式といえば形が命なので形にこだわるのは当然です。
しかし、お盆のお参りに白の蝋燭ではなく朱の蝋燭を立てなければならないとする、その形から何が得られるのだろうと思いました。
私は、西洋蝋燭など法要に相応しくない蝋燭しか準備されていないご家庭のために、いつも小さな朱の蝋燭を持ち歩いていますが、白と朱という蝋燭の違いに何を伝えることが出来るのだろうと思いました。

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能登半島地震 被災から507日め

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今日は4人の職人さんで屋根の作業が行われました。

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小さいながらも箱棟が出来ました。
隅は鬼瓦の焼き上がりを待たなければならないようです。

 

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板金屋さんは3人での作業のようでした。

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かなり作業が進んだようです。

 

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正面の廊下の床が貼られました。

 

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お盆前ということでお墓の掃除など大勢の訪問者がありました。

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能登半島地震 被災から506日め

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板金屋さんはお盆までにほぼ見通しを付けたかったようですが、あと2日ではとても終りそうにありません。
暑い中、細工が困難なステンレス板での細かい仕事で疲れるだろうと思います。

 

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瓦屋さんも棟瓦を組んでいますが、あと2日では終らないのではないかと思います。
焼けた瓦の上での仕事は大変だと思います。

 

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大工さんの2人は既存の会館・庫裏の外壁の板を打っています。
これで、大工さんの外壁工事は終わりのようです。

屋内では床が張られています。
いよいよ屋内工事という雰囲気です。

 

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責任役員、総代、門徒会員という正覚寺役員さん方が、新本堂の壁に飾る輪島塗蒔絵のパネルを寄付して下さり、その額が完成しました。
実物の出来栄えのすばらしさに驚きました。
 

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今日の正面です。

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能登半島地震 被災から505日め

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玄関ホールから東西の廊下です。

 

熱いうちに鐘楼も一気に建ててしまえばどうかという助言・意見が多く聞かれます。
確かにそれが理想だと思いますが、本堂だけでも大きな借金が残るのではないかと不安だっただけに鐘楼までの余裕はありませんでした。
それに、鐘楼というのは建坪も小さいですし、床も壁もない建物ですが意外と建設費がかかります。
聞くところによれば、簡単なもので1000万円、立派なものだと4000万円かかるということです。
輪島の山間部にあるお寺が建てられた山門は1億円ということですから・・・。
とりあえず、本堂を建てて、それから資金ができたら鐘楼をという予定です。
鐘楼を再建するためにどれくらいの資金が必要なのか目標とする金額が分かりませんので、とりあえず設計の依頼をしました。

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能登半島地震 被災から504日め

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板金屋さんの厄介な仕事は終ったのかと思ったら、この部分も大変そうです。
3人がかりで作業が行われています。

 

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こういう姿になりました。

 

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今日も大工さんと瓦屋さんが共同で棟瓦の設置作業が行われました。

 

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棟瓦も少しずつ形になっていきます。

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能登半島地震 被災から503日め

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今日も暑い中4人の板金屋さんが作業を行いました。
こげ茶色のステンレス板で建物の大きな部分が覆われました。

 

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大工さんと屋根屋さんの共同作業で箱棟が作られていきます。
屋根の上の屋根屋さんも板金屋さんも暑いだろうと思います。
屋根屋さんに暑いでしょうねと話しかけたら、45度はあるんじゃないかと返事が返ってきました。

 

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既存の庫裏・会館の廊下です。
渡り廊下とトイレが取り壊されたので、そこに新たに窓が取り付けられました。
これまで見えなかった裏庭が見えるようになりました。

 

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新本堂内は床が貼られているようです。
いよいよ内装工事が始まるようです。

 

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本堂正面です。
白木の部分が減り、こげ茶色のステンレス部分が増えました。

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能登半島地震 被災から502日め

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建物の周囲のあちこちで板金屋さんが作業をしています。
日陰は涼しい風の吹く天気でしたが、屋根の上は暑いだろうと思います。
その厚さの中での厄介な仕事、ご苦労様です。

 

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脇の軒下のカーブをつけた部分にステンレス板が貼られました。
カーブにてこずるのではないかと思っていましたが、工場で加工されていたせいだろうと思いますがスムーズに進められたようです。

 

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てこずっているのは、軒下から破風へ向かう角です。
現場で合わせながらの加工なのとステンレス板が硬いので大変そうです。

 

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しばらくぶりに屋根屋さんも入りました。
下からは何をしているのか分かりませんでしたが、棟瓦を組む準備のようです。

 

6月下旬に銀行へ寄付を振り込んだのだけれども・・・という問い合わせの電話がありました。
会計さんが1ヶ月以上口座のチェックを怠っていたのでした。
先日、会計さんに銀行への振込を確認しようかと思ったのですが、それを口にすると会計さんの仕事を信用していないことになると止めたのでした。
確認すればよかったと後悔しました。
会計さんは銀行への振込が少ないので、ないものと決めつけていたのだと思います。
0~0.1%の確率でしか起らないはずの地震が起ったのです。
人間の根拠のない勝手な思い込みなんて何の当てにもなりません。
早速、謝って領収書を届けさせていただきました。
会計さんが銀行口座を確認すると、あと2件の振込がありました。
その2軒の方達にも領収書を発送しましたが、夕方、その1軒の方から問い合わせの電話がありました。
本当に申し訳ありませんでした。

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能登半島地震 被災から501日め

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爽やかな風があるとはいえ、日の当たる屋根の上は暑いだろうと思います。
この板金屋さんは一日中このポジションでの作業でした。

 

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破風下から軒下にかけてのコーナーの板金が出来上がりました。

 

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虹梁などが上げられたので、屋内の足場が撤去されました。

 

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既存の庫裏・会館の外壁工事です。
この部分に板が打たれれば、大工さんの外回りの作業は終了のようです。

 

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先日の剪定に引き続いて昨日・今日とシルバー人材センターのおばあちゃんたちに草むしりをしてもらいました。
シルバー人材センターも多忙なようで、今日は6時前まで作業をしてくれました。

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能登半島地震 被災から500日め

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今日は、大工さん、ペンキ屋さん、板金屋さん、設備屋さんが作業をしました。
ペンキ屋さんが塗った唐破風の部材、落ち着きと重厚さが出てとてもよくなったと思います。

 

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正面の破風下東半分にステンレス板が貼られました。
大きな板なので折れや歪みができないように板金屋さんが丁寧に貼っているようです。

 

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正面に虹梁や柱が上げられました。
もちろんこれも古材の再利用です。
漆が塗られています。

 

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左は新築中の本堂、右は既存の会館・庫裏です。
本堂の外壁に合わせて既存部分にも板が貼られています。

 

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既存部分の式台という玄関の柱です。
雨漏りがしていたのでしょう、シロアリの被害だと思うのですが柱がボロボロです。

 

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今日の作業による正面の姿です。

 

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能登半島地震 被災から499日め

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今日は、大工さんの他に板金屋さん、ペンキ屋さんが入りました。

 

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東側の軒下にトタンが貼られました。

 

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御拝の虹梁や柱などが塗られました。
ぐっと重みが出たように見えました。

 

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外壁、外回りを先に済ませてしまうそうです。
既存の会館の外壁が撤去され張替えられるようです。

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能登半島地震 被災から498日め

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瓦がくぎで止められています。
初めて見ました。

 

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棟の瓦がどのようになるのか、それが多くの方の関心事です。

 

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軒下です。
この部分もどのようになるのか楽しみです。
今週はこの部分の工事が行われるらしいとのことでした。

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能登半島地震 被災から497日め

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威容はありませんが、唐破風のおかげで本堂らしく見えるようになったのではないかと思います。

 

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外壁が徐々に出来上がっていきます。
棟が上がってからもうすぐ1ヶ月になります。
小さい建物だと思っていたのですが、6~7人の大工さんがかかりっきりで、1ヶ月でようやくここまでという感じです。
丁寧に仕事をしてもらっているということもありますが、それなりに大変そうです。
震災後は、本堂がなくなることまで覚悟をしたのですが、私の思い以上に立派な本堂が建てられていくことに不思議な感じがします。
親戚・知人や門信徒の方々のおかげだと毎日建築現場を見るたびに思います。

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能登半島地震 被災から496日め

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今朝の様子です。

 

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板金屋さんが唐破風一面に防水シートを貼ったようです。

 

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写真では分かりにくいですが、サッシ窓の周りに額縁のように枠が付けられています。
いろいろ設計士さんの工夫・こだわりを感じると共に、大工さんにとっては面倒な仕事のように思いました。

 

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唐破風の一部です。
何度も取り付け直したのでしょう、大工さんの苦労の跡が見られます。

 

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シルバー人材センターに庭木の剪定をしてもらっています。
建物が完成したら、物置や座敷跡など庭も少し手を入れなければなりません。

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