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能登半島地震 被災から560日め

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棟梁が幕板を設置しています。
古材のケヤキが活かされ、塗り物の町らしく漆が塗られたことをうれしく思います。

 

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通路兼倉庫の部分です。

 

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庭に並べられた石、1個1個高さを揃えて並べられました。

 

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この写真を撮った後、「ブログに載ります?」っと聞かれ、「載るよ」と答えました。
約束通りアップします。 happy01

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穴の中に座り込んで作業をしています。
何をしているんだろうとのぞき込むと、道路の側溝に排水用の穴を開けているのでした。

 

今日の午後は、川向こうのお寺を会場に「歓喜光院御崇敬」というお参りが行われ、私もお参りさせていただきました。
十数人の僧侶と数十人のご門徒方が声を合わせて正信偈などのお勤めをしました。
僧俗共に、大げさに言えば御同朋御同行という感じでとても心地よいお勤めでした。

「歓喜光院殿御崇敬の由来」

歓喜光院殿、即ち乗如上人は、真宗大谷派第十九代門首です。
上人四十五歳の天明八年(一七八八)、「天明の大火」で、本山は宝庫と枳殻邸を残すのみで、両堂も諸殿も灰燼に帰してしまいました。
上人は再建の工事を始められましたが、再建途上の四十九歳で亡くなられ、御遺志は達如上人が受け継がれ、乗如上人滅後六年、十二年にもわたる大工事が完了しました。

この御再建には、特に能登の門徒衆が大工や人夫として十年以上ものあいだ、御小屋住まいをしながら手伝いをしました。
その寝食を忘れての手伝いに対して、その苦労を謝して『乗如上人御影と御書立』を下付されました。
以来、毎年欠かさず御崇敬を申し上げています。

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