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能登半島地震 被災から561日め

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今日は日曜日、大工さん達工事は休みでした。
でも、午前中塗装屋さんが来ていたようでした。
それに、棟梁が明日が雨だったら困るからと部材の搬入をしたようです。
休みたいと思いますが、日曜日でも作業をして下さる、ありがたいと思います。

 

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昨日に引き続き「歓喜光院御崇敬」でした。

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お勤め・法話、お勤め・法話と2席のお説教がありました。

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宿寺をして下さったお寺です。

 

今夜は昨日の朝亡くなられた方のお通夜でした。
10年ほど前にご主人が亡くなられ、お婆さん、奥さん、娘さんの3人家族の家のお婆さんが亡くなられたのです。
喪主は、遠方で暮らす30代半ばになろうとする息子さんが勤めます。
300席が準備される農協のセレモニーホールが会場なのですが、その10分の1も参列者のいないお通夜でした。
もうしばらくお婆さんが生きていて下さったら正覚寺の小さな本堂でお葬式ができたのにと思いました。
農協はビジネスですから、参列者が多くても少なくても決まっただけの使用料が請求されます。
その点、正覚寺ならご門徒の共有施設なので・・・。

 

今朝、京都の本山へ母親の遺骨の納骨に向かった方から電話がありました。
父親の遺骨を納骨した時と場所が違うとおっしゃいます。
私が準備して差し上げたのは真宗本廟(東本願寺)の須彌壇収骨でした。
ところが、父親の遺骨は大谷祖廟(東大谷)に納骨したのでそちらへ納骨したかったんだとおっしゃいます。
私の責任を追及しようとするようなおっしゃりかたにちょっとカチンときました。
私は勝手に真宗本廟(東本願寺)の須彌壇収骨の手続きをしたのではありません。
事前に須彌壇収骨の説明文書を差し上げて、依頼により手続きをさせていただいたのです。
それに、収骨券と共に参拝案内であるリーフレットもさし上げてあり、違いに気づくことは十分に可能であったはずだと思います。
私に落ち度があるとすれば、大谷祖廟(東大谷)の説明・案内文書を差し上げず、真宗本廟か大谷祖廟か訊ねなかったのは落ち度であったと反省しました。
それにしても、約30年お世話をしてきましたが、初めての体験でした。

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