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2008年11月

能登半島地震 被災から617日め

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今日は午前中にご法事が2軒、2軒目のご法事はお斎(昼食)がありました。
役僧さんとワイン2本をいただきました。
帰ってしばらく休んで、町内の会の忘年会に参加しました。
ビールと焼酎をいただきました。
2次会は失礼しました。
理由は、痛風を患っているということが1つ、御寄付をいただいて寺を再建中であるということが1つ。

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能登半島地震 被災から616日め

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今朝の外観です。
バリケードがほとんど撤去されました。

 

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車止めが設置されています。
上の写真に写っている通用口のドアは、半自動で閉まります。
ここまで設計士さんの気配りが行き届いていることが分かりました。

 

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仏具屋さんの作業が続けられています。
震災時は、せめて小さい簡素な集会場でも・・・と思ったのですが、親戚・友人知人、門信徒、業者の方々の協力により、私の思いを超えた立派な本堂になりつつあります。
仏具屋さんによる内陣なども私の思いを超えた立派なものになりつつあります。
本当にありがたく頭が下がるのみです。

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能登半島地震 被災から615日め

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親子3代で仏具屋さんが作業をしています。
内陣側面の壁に内張りがされました。

 

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御本尊の前に飾られる前卓です。
元はもっと高さがあったのですが、低くしてもらいました。
奥行きは詰めることができないので、狭い本堂でどのような使い勝手になるか、少々心配です。

 

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駐車場スペースに車止めの設置が行われました。

今日はお仲間のお寺の報恩講満座にお参りさせていただきました。
儀式中に式間念佛というお勤めがあるのですが、私が年上なので皆がはっきりと合わせられるようにと声を張ったらその声が高すぎて不協和音。
途中で修正しようとしたのですが、急に下げることができませんでした。
帰って、DVDで確認しても私の声が高すぎました。
反省し、勉強しました。
お参りされていた皆さんに謝らずに帰ってきてしまいました。
そのことも申し訳なく思い、反省。 

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能登半島地震 被災から614日め

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境内の駐車スペースにラインを引く作業が行われました。
贅沢なようですが、ラインがないと皆が好き勝手に止めて、広い駐車スペースがあっても無駄になりかねません。
それに、にっちもさっちも行かなくなって騒ぎの元です。
27台分ほどのラインが引かれましたが、ラインが引かれていないスペースにも数台止めることができるので、30台は止められると思います。

 

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舗装屋さんが手直し・調整を行いました。
予報に反して雨が降り気の毒でした。

 

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仏具屋さんの搬入設置作業です。
内陣の壁面は、御本尊(阿弥陀如来)の後ろだけが金箔貼りという話しだったのですが、どうも全面金箔貼りになったようです。
それも分厚い床用の板が貼られています。
右上の写真は、祖師(親鸞聖人)のお厨子です。
今月中に完了するということだった作業が、今日になったら来月の2~3日までかかると延長になったらしいです。
現場監督さんが言うには、建築関係の職人さんは今日はここまでという予定を立てたら残業をしてもやり遂げようとするらしいです。
しかし、仏具屋さんは、今日はここまでしかできなかったと作業を止めるとのこと。
こういう職人さんとお付き合いするのは初めてです、ということでした。
そうだろうと思い、監督さんには申し訳ありませんが、心の中で笑っちゃいました。
建築の職人さんは、基本的には設計図に従って作業をします。
しかし、この仏具屋さんは、現場に合わせて仕事をします。
現場で出来上がった様子を見て次の工程を考えます。
ですから、正覚寺の内陣もどのように仕上がるのか、未だに明確ではありません。
私は、選択を求められれば答えますが、基本的には仏具屋さんを信頼しているのでお任せしています。
今日も、決して小言は言いませんから仏具屋さんがいいと思うようにしてくださいとお願いしました。

 

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玄関にスノコ(左)とカーペット(右)が敷かれていました。
スノコにはケヤキの古材の板が使われているようでした。
ホームセンターに売っているような白木のスノコだと思っていたので、思わぬ立派なスノコにうれしく思いました。
右のカーペットは、車いす用のスロープにスノコは設置できないので、薄いカーペットになりました。

 

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奥の離れ、カーポートでも作業が行われています。

 

夕方、本堂を見に行くと、ご門徒の方が見学に来ておられました。
何度も何度も、立派になってよかった、本当によかったとおっしゃいます。
そのたびに私は、おかげさまでありがとうございます、と頭を下げ、御門徒の皆さんに喜んでいただけるのが何よりです、とお答えしました。
すると、俺も最後はこの寺で送ってもらう、とおっしゃるので、皆さんそのようにおっしゃいます、とお答えしました。
鐘も釣るんやネ?と聞かれるので、建築の資金ができたら鐘楼も建てる予定です、とお答えすると、私たちが元気な間にお願いしますよとのこと、私は、鐘をつきに来ていただけるように努力します、とお答えしました。

夕方、法事のお参りがあったのですが、法事にお参りに来ておられた親戚の女性が、(正覚寺の本堂が)いいがになったねぇ、とおっしゃいます。
おかげさまでありがとうございます、とお答えすると、中は農協(葬祭会館)みたいになっとるがけ?と聞かれます。
どのように返事をしようか迷ったのですが、葬祭会館みたいとはどのようなことを言われるのか分からないので、お参りに来てご自分の目で見て判断して下さい、とお答えしました。

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能登半島地震 被災から613日め

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今日は舗装工事が行われました。
連日の荒れた天気の中で、今日だけしかないと思えるような穏やかな天気で、11月末とは思えない絶好の日和でした。

 

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屋内ではクリーニングが行われました。

 

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仏具屋さんが、内陣の壁に設置する金箔を貼った板が搬入されました。

 

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建具屋さんも作業をしています。

 

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うっかり設置してしまったカーポート・駐車場の工事現場です。

 

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昨日から川向こうのお寺の報恩講にお参りさせていただいています。
帰り際にお手伝いをされているご門徒の方に声をかけられました。
いつ完成ですか?と訊ねられるので、建物は今月中に出来上がります、とお答えすると、いいがになったねぇ(立派になったね)とおっしゃいます。
私は、いいがになったか悪かったか・・・と言うと、いやいや、いいがになったわいね、とおっしゃって下さいます。
そこで私は、私がしつこく改築が間違いだったかもしれないと言い続けるのは御門徒の方々に申し訳ないと思いました。
私が誉められているのではありません。
ですから、皆さんのおかげさまで、と頭を下げさせていただきました。

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能登半島地震 被災から612日め

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今日の午前中、能登空港に近い山中の村へお参りに行きました。
写真の家は、数年前までお婆さんが一人で暮らしていたのですが、そのお婆さんが亡くなり、今は空き家(廃屋)となっています。
今日伺った家は、息子さんの家族は金沢近郊の家で生活をし、老夫婦が輪島で暮らすという典型的な過疎地の家でした。
造作は進みましたか?と訊ねられるので、今週中にはあらかた完成らしいです、と答えると、結婚式場もするらしいですね?と訊ねられます。
葬儀場だという噂が流れていることは知っていましたが、結婚式場とは初耳で、色々噂されているのだと思いました。
2~3度結婚式もさせていただいたことがあるので、希望があれば結婚式もしますよとお答えさせていただきました。
すると、奥さんが、葬式は当たり前やしね?、とおっしゃるので、寺ですからそうですね、と答えると、ご主人が、(過疎・高齢化で)手伝いがいなくて家を片付けて葬式をすることができないから、俺が死んだら農協(葬祭会館)じゃなくて寺で葬式をしてもらうわ、とおっしゃいます。
満70歳の誕生日を迎えたばかりの方だったので、私は返事ができませんでした。

 

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カーポートの設置作業が行われていました。
このことで設計士さんに叱られました。
実は、撤去した車庫の再建は、本堂の工事が完了後と言われていたのです。
ところが、庭の改修工事をすることとなり、ダンプでの土砂の運び出しのために塀を一部撤去し、その流れの中で駐車場の整備もすることとなりました。
すると、これから冬を迎え気象条件が徐々に悪くなることから、少しでも作業のしやすい気候の良い間にと物置を解体撤去することとなり、物置がなくなったらそのままカーポートも・・・ということになりました。
荒れてきた気候に急かされて事が進んでしまい、さらに本堂が完工間際で他のことに気を取られ、設計士さんから車庫の設置は本堂完工後という注意を忘れてしまったのです。
何の言い訳にもなりませんし、設計士さんには「がっかりしました」と言われてしまい、大変申し訳なく思いますが、だからこそ素人なのです。

 

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物置を解体した箇所に板金屋さんが外壁を設置しています。

 

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前の境内地では舗装が始められました。
明日は大部分の舗装が行われるそうです。

 

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左上は、東側の廊下に設置されたロールスクリーンです。
派手さのない赤系統です。
右上は、和室です。
畳が入り、ロールスクリーンが設置されています。
こちらのロールスクリーンは、周囲の壁やふすまと調和した薄茶・グレー系です。
下は、受付と事務所の境の窓に設置されたカーテンです。

 

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内陣(と呼べるほどの大きさではありませんが・・・)と外陣の境の壁面に枠が取り付けられました。

 

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今夜は建具屋さんが遅くまで作業をしています。
まだ日数に余裕があると思うのですが、建具屋さんか建設会社に都合があるのでしょう。
ご苦労様です。

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能登半島地震 被災から611日め

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建具の設置が行われています。
これは、本堂東側の廊下と奥の物置との境の戸です。
これも板壁と調和がとれています。

 

床暖房の設置点検が行われていました。
カーペットがホンワリと暖かくエアコンと併用すれば心地好い暖かさになるのではないかと思いました。

 

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会館・庫裏へと繋がる戸です。

 

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駐車場と墓地との境の塀に立つ戸です。

 

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通用口ですが、通称、祐里子さん(女房)の出入り口と呼ばれています。

 

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これは、玄関ロビーと本堂東側廊下との境の戸です。
左側の戸を開け閉めすると、真ん中の戸が連動して動きます。
ガラスにみえる部分は、薄茶色のアクリル(?)で、良いデザインだと思います。

それにしても、現場監督さん、金曜日は夜10時頃まで職人さんが作業をしていたので監督をし、この3連休も職人さんが作業をするので監督をしています。
ありがたいことです。
設計士さんが管理をし、現場監督さんが現場を運営してよかったと思っています。

 

今夜「報道発 ドキュメンタリ宣言」という番組を見ました。
「許してくださいオモニ…」
 あの”ライフル魔事件”の主人公、金嬉老(キム・ヒロ)が40年目の独占告白!立てこもり事件の真相を語る
というタイトルが付けられた番組でした。
それは、金嬉老事件(きんきろうじけん)と呼ばれる事件を取り上げたものでした。
私が小学校6年生の時(たぶん?)に起った事件で、私はライフルを持った凶悪犯が篭城をした事件としか思っていませんでした。
しかし、事件の背景には民族差別があったのでした。
小さな頃から朝鮮人であるというだけでいじめられ、差別されて積もり積もったうっぷんが爆発して起った事件だったのです。
麦飯に梅干しのお母さんが作ってくれた日の丸弁当を、「朝鮮人はニンニク臭い!」と言って投げられ、その同級生に殴りかかったら、先生が「この朝鮮人が・・・」と言って殴る(?)蹴る(?)。
繁華街で朝鮮人の青年グループと日本人の青年グループがケンカになって、そこへやってきた警官が、日本人の青年グループは全く咎めずに、朝鮮人の青年達だけを「この朝鮮人が・・・」と言って連行。
どんなに辛かったろうと思いました。
そして、金嬉老が事件を起した目的は、幼い頃から受けてきた差別を訴え、差別をした警察に謝らせるというものでした。
凶悪犯だと思っていた金嬉老ですが、被害者のように思えました。
しかし、金嬉老は篭城する前に暴力団とはいえ2名を射殺しており、それは許されることではありません。

こんなことを書くと、自虐的だと批判する人たちがいます。
日本人のくせに朝鮮人側に立った考え方をするとの批判です。
また、左翼主義者や反日主義者だというレッテルを貼られます。
しかし、どちらの側に立つかということではなく、起った事実を事実としてありのままに見つめるということが大切だと思います。

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能登半島地震 被災から610日め

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日曜日ですが、巻障子が搬入・設置されました。
この巻障子も旧本堂のものです。

 

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旧本堂の余間の障子は、側面に立てられます。

 

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和室と受付(記帳場)の境の建具です。
壁の板と調和する板戸が良いデザインだと思います。

  

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受付(記帳場)の棚にも戸が設置されました。
これも周囲の板と調和してとても良いと思います。

 

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工事も最後の仕上げの段階になってきたように見えます。
戸の建て付けや床暖などの器具が無事稼働してくれ、トラブルがないことを祈るのみです。

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能登半島地震 被災から609日め

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今日は久々に穏やかな天気でした。
舗装屋さんが地ならしをしました。
私は、地盤改良をして、砂利でならして、舗装をする、と舗装工事を簡単なものだと思っていました。
こんなに丁寧に下準備をするとは思っていなかったのでちょっと驚きです。

 

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エアコンの設置が行われました。

 

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カーペットが貼られてから「土足禁止!!」の貼り紙。
上がり框が低いので、完成後も勘違いする人がいるのではないかとちょっと心配。

 

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トイレの便座のスイッチです。
ばあちゃん達はこれを使いこなせるかなぁ?っと女房。
これを使えなくても、とりあえず流すことができればトイレは使える、と私。

 

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これまでは目立たなかった奥の離れが丸見えになったので、外壁を張替えてもらっています。
震災の復興工事にはこういうものも多くあります。
隣の家、建物が震災で解体・撤去されたために、これまで見えなかった外壁が丸見えとなり、改修せざるをえなくなったという工事です。

  

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今日の午後、輪島の中でもへき地へ報恩講のお参りに伺いました。
日頃は耳が不自由な兄弟二人で暮らしていらっしゃいます。
どのような暮らしをしていらっしゃるのだろうと思いますが、心配に思うだけで何もしてあげることはできません。
会話すらできません。

 

新潟で暮らす従姉妹から手紙が届きました。
何があったんだろうと封を開けると、Jリーグの冬季開催によるアルビレックス新潟の存亡にかかわる危機を訴える文書と「Jリーグの冬季開催 反対署名」用紙が送られてきていました。
彼女は、わが家ではオレンジおばさんと呼ばれており、バッグや財布、ペンケースや携帯にいたるまで身につけているものの多くがアルビリックス新潟のチームカラーのオレンジ色という熱狂的なアルビレックス新潟のサポーターで、彼女にとっては大問題であることがひしひしと伝わってきました。
確かにサッカーやラグビーはどちらかと言えば冬のスポーツで、高校の全国大会や天皇杯などの大会も冬に行われます。
しかし、雪が降り積もったり台風並みの季節風が吹きつける地方では、屋外での球技は冬季はオフシーズンだと思います。
太平洋側の方達の感覚を日本全国に押し付けるのは傲慢だと思います。

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能登半島地震 被災から608日め

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今日は多くの職種の職人さん達が仕事をしました。
設備屋さん達は夜遅くまで作業をしていました。
どうしても今日中に終らせなければならない事情があるのでしょう。

 

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左は給湯室、右は車いす用のトイレです。

 

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空調エアコン、床暖の設備工事も行われました。
本堂のエアコンは、大きなスペースに可愛らしい室内機なのでとても小さく見えます。
エアコンは贅沢なようですが、小さな本堂は気密性が高いので、冷暖房の必要のない時でもエアコンで風を送って換気をする必要があるそうです。

 

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天井扇が設置されました。
これは暖房効率を上げるため、省エネ対策にもなります。

 

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木製建具の工事も始まりました。

 

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これはコート掛けです。
ペーパーハンガーやピクチャーレール、手摺りなどの細かい設備の設置も行われています。

 

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案内板も設置されました。

 

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女房が主体になってしまいましたが、撮りたかったのは左上に写った備品、大根を干すための棒です。

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能登半島地震 被災から607日め

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今日も冷たい雨やアラレ、みぞれが降る中で舗装工事が行われました。
雨により工事を進めることができずに困っているようでした。

本堂内では設備屋さんが器具の設置作業をしていました。

 

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裏では良ちゃんが駐車場・カーポート設置工事をしています。
こちらはポンプで雨水を汲み出しながらの作業です。 

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能登半島地震 被災から606日め

AmeYuki  
今朝のゴミ出しの時間は穏やかだったのですが、それもつかの間、時折激しい雨や雪といった1日でした。
本堂ではフィルムを貼り付ける工事、境内では地盤改良と砂利を入れての整地作業、庫裏・会館ではエアコンの交換、裏庭では駐車場の整備工事が行われていました。
仕事を始める時間が穏やかだったので作業が開始されたのだと思いますが、途中から冷たい雨や雪の中での作業となり外仕事の方達は気の毒でした。
お参りで忙しいということはなかったのですが、何となく雑務に忙しく、打ち合わせに本堂へも行ったのですが写真を撮りそこねてしまいました。
本堂は、設備屋さんと建具屋さんの搬入・設置が行われれば完成といったところまで出来上がりました。
もちろん、仏具の搬入・設置は必要ですが、12月10日頃には本堂として使用できるようになりそうです。

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能登半島地震 被災から605日め

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カーペット敷設が行われています。
カーペット作業のスピードの速さに驚きました。

 

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フィルム工事です。
右はトイレです。
なかなかシックな落ち着きのある雰囲気になりました。

 

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スピーカーが設置されました。
廉価版ですが一応BOSEです。

今朝7時半過ぎ、舗装屋さんが待機していました。
私は、舗装工事が行われると車が出せないかもしれないと、とりあえず軽四1台を裏に作られている駐車場に待避させました。
その途中から大きな雨と登校途中の子供たちの悲鳴が聞こえるほどのスゴイ雷。
表へ戻ると、舗装屋さんは作業を断念して帰ったようでした。
明日は雪の予報。
いよいよ北陸に冬がやってきたようです。

今日の午後、女房の実家のお寺の報恩講の満座にお参りさせていただきました。
女房の実家は、震源地に近いところだったのですが、近くの海岸は岩場が多いことや大きな採石場があることから地盤がしっかりしているのでしょう、正覚寺のように鐘楼が倒壊したり本堂が大きく傾くような被害はありませんでした。
それでも、曳屋工事により鐘楼を元に戻したり、御殿(客殿)を骨組みだけにして曳屋工事で元に戻したり、蔵を大改修したり、本堂も柱を元に戻したり壁を全面的に塗り替えたり・・・大修復が必要でした。
本堂の一部を残すところまで修復工事が進んでいました。
修復というとリフォームと勘違いする方がいますが、決してそうではありません。
元の状態に近いところまで戻るだけです。
特に曳き屋工事はそうです。
ズレたり傾いたりした建物が元に戻るだけです。
壁だけは新たに塗られますからキレイになりますが・・・。
私は、大きな建物を維持していく力はもはや正覚寺にはないと思い、正覚寺の現状と将来を考えれば建て替えという選択は間違ってはいなかったと改めて思いました。
また、御殿(客殿)には曳き起こす前の状態に戻ろうとするのを防ぐために新たに筋交いの入った壁が設けられていました。
軟弱な地盤の上の大きく重たい屋根の本堂を曳き起こした場合、傾き防止にどれほどの補強が必要だったのだろうと思いました。
補強が不十分な場合、再び傾くことを心配しながら維持しなければなりません。
正覚寺は調査以上に軟弱な地盤だったので、そんな意味でも建て替えは正しい選択だったと思いました。

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能登半島地震 被災から604日め

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舗装屋さんによる境内の地盤改良、整地が行われています。

 

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柱にフィルムが貼られています。
クロスではないフィルムの工事があることを初めて知りました。

 

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建具屋さんが枠を設置しています。

 

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どちらも同じ電気屋さんです。
右は街灯のポールを設置しています。

 

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仏具屋さんが灯篭を設置しました。
これも旧本堂で使用していたものです。

 

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裏の駐車場の工事をしている良ちゃん、建具屋さんが本堂を見学。

 

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外壁につく街灯です。

今夜は復興委員会でした。
工事完了後の準備も一つ一つ進められていきます。

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能登半島地震 被災から603日め

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日曜日でしたが、3組の職人さん達が仕事をして下さいました。
1組は仏具屋さんで、らんま(唐様)の設置作業が行われました。

 

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裏の駐車場整備、裏口設置の工事も行われました。

 

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2~3日前から非常警報設備が動作しています。

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能登半島地震 被災から602日め

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外構(駐車場)の整備工事が始まりました。

 

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仏具の搬入・設置が行われています。

 

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既存の式台の唐破風の一部がステンレスに葺き替えられています。
かつては銅板が主流だったのですが、今はステンレスの方が良いそうです。
輪島は海辺の街ですし、酸性雨の影響もあるのでしょう、銅板も長くはもちません。

 

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裏口の取り付け工事です。
良ちゃんが本職である左官工事をしています。

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能登半島地震 被災から601日め

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本堂外陣の天井にクロスが貼られました。
つい、大胆なクロスにしたね、と感想を口にしてしまいました。
他のクロスは無地や無地に近い目立たない模様で、模様らしい模様のついたクロスはここだけだと思います。
決して派手ではないシックなクロスですが、おとなしい性格の設計士さんだけに思い切った選択だと思いました。

 

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タイルカーペットが搬入されています。
いよいよカーペットの敷設が始められるようです。

 

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小型重機が搬入されています。
境内の舗装工事が始まるようです。

 

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一昨日銀行口座への入金を知らせるメールが届きました。
誰も知らないインターネット銀行の口座なので普通の入金があるはずがありません。
思い当たるのはサッカーくじのtoto(BIG)。
いくら当たったんだろうと大きな金額を期待しながら、早速、インターネットで入金の確認をしました。
入金は1340円、BIG1000という1等なら1000万円のくじの4等でした。
そんなに美味しい目に遭うはずがないなと思いましたが、4等1340円といえども当たりは当たり、ちょっとうれしい出来事でした。 

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能登半島地震 被災から600日め

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午後の会議の後、運営委員会やお手伝いいただく方が工事を見学しました。

 

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左は、内陣の天井、内陣といっても1間半しかありませんが・・・。
右は、クロス屋さん。

 

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左上は事務室、右上は和室、下は受付。
照明器具が設置されています。 

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能登半島地震 被災から599日め

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クロス工事です。
左は内陣の格天井です。

 

Pb120016  
電気工事です。

 

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左官屋さんにより鬼瓦のモニュメントの台が洗い出しによりきれいに塗られました。

 

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玄関

 

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物置跡、駐車場の整地作業。

 

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能登半島地震 被災から598日め

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傷つけられた入口の部材の修理が行われています。

 

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クロス工事と大工さんによる掃除が行われています。 

 

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玄関の建具が設置されています。
玄関の戸は自動ドアです。
年中北からの風が吹きつけることが多いことと、これまで鍵がかけられていないにもかかわらず戸が開かないという苦情が多かったので自動ドアにしてもらいました。

 

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現場事務所が撤去されました。
監督さんは、会社が近いとはいえ、現場と会社を行き来しての仕事は繁雑だろうと思います。

 

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掲示板にポスターを貼りました。

 

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庭工事も進められています。

 

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良ちゃんによる物置の解体作業です。 

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能登半島地震 被災から597日め

20081110_001 
今朝、気づくと玄関の部材が傷つけられています。
ここまで丁寧に気づかって工事をしてもらってきたのでとても残念です。
監督さんや大工さん達も残念だろうと思います。
誰にでも失敗はあることですし、いつかは誰かが傷をつけたのでしょうが・・・、目立つ入口であるだけに残念です。

 

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クロス工事が進んでいます。
若い職人さん達です。

 

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左は、玄関ホールと本堂外陣の間の壁に取り付けられたステンドグラスです。
右は、内陣後ろの後堂(廊下兼物置)に設置された棚です。

 

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良ちゃんが奥の物置を解体しています。
ここにプチ玄関(裏口)を設けて、車2台のカーポートを設置の予定です。

 

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能登半島地震 被災から596日め

Photo 
今夜は兄弟のように歳の近い叔母の招待で李彩霞さんの二胡のコンサートに出かけました。
女房と二人連れで遊びに出かけるのは久々のことでした。
田舎者が金沢という都市の空気を吸いお上りさんをしました。

二胡、チェロ、ピアノ、揚琴、それぞれ一流の演奏家ですばらしい音色でした。
砂漠の遊牧民を想像したり、広大な中国を想像しながら聞きました。
横浜の中華街へも行きたくなりました。 coldsweats01
御縁があったら正覚寺のご門徒にも聞かせてあげたい音色でした。

 

3  
CDも買いました。

 

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サインもいただきました。

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能登半島地震 被災から595日め

20081108_003 
大工さんの仕事は棚の設置など一部を残すのみでほとんど完了したように見えます。

 

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クロス工事が進められています。

 

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大工さんが気づいて、モニュメントの紋を元々鬼瓦に付けられていたものに取り替えて下さいました。
丸に四つ石という紋が付けられたのですが、実はこの紋は正覚寺の紋ではありません。
明治43年の輪島の大火で類焼した時、寺紋が分からなくなってしまったので、再建時に住職(養子)が実家である珠洲の正福寺さんの寺紋を用いたのだと聞いています。
近年は、江戸期の装束箱に丸に立ち葵の紋が付けられているので、その紋を使用しています。
ただ、丸に立ち葵の紋には左離れ、右離れがあるようなのですが、装束箱の紋は左右共に離れています。

 

20081108_007  
本堂の建築工事がいよいよ大詰めという雰囲気になってきました。
私たちも引っ越しの準備など完工に向けて準備をするようになりました。
ご門徒の方達が「いいがになったねぇ」と言って喜んで下さいます。
それが私にとって安堵でもあり喜びでもあります。
今朝も車で20分ほどの距離の御門徒夫婦が完工が待ちきれないというように訪ねて下さいました。
息子さん達の名前で仏具を寄付して下さるそうです。
ご主人が、「ごえんさん、俺が死んだらここで葬式をして下しや」とおっしゃいます。
これも多くのご門徒の方の言葉です。
ご門徒の期待・願いに応えていかなければ・・・、そう思う毎日です。

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能登半島地震 被災から594日め

20081107_006 
大工さんの作業風景。
2枚目の床が貼られています。

 

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外陣天井の設置が行われています。

 

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内陣の壇の設置作業です。

 

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後堂の廊下兼物置に棚が設置されています。

 

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クロス作業です。

 

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和室です。

 

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既存の会館・庫裏の式台・玄関の壁にペンキが塗られています。
古い壁は、ボンドで固めた上にペンキを塗るそうです。

 

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電柱の支柱が撤去されました。
これまでは、NTT、北陸電力それぞれ1本ずつの支柱が立てられていたのですが、出入り口拡張で障害になるため1本にまとめて移転してもらいました。

 

20081107  
居間のフローリングに敷いていたじゅうたんが約30年経ってハゲてきたので交換することにしました。
で、旧本堂で使用していた畳を再利用することにしました。
新本堂では畳の使い道がないため、どちらかのお寺へ譲ろうと思っていたのですが・・・。
事情を知らない人は、紋縁の畳をこんな居間に使ってと思われるでしょうが・・・、変わり者のすることだと納得されるかもしれません。 coldsweats01
良ちゃんが畳を切って敷いてくれました。

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能登半島地震 被災から593日め

20081106_001 
旧本堂の鬼瓦がモニュメントとして設置されました。
単なる飾りだから・・・と思ったのですが、プロは違いました。
午前9時半から午後3時頃までかかって設置されました。

 

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クロス工事です。
若い二人の職人さんが作業をしています。

 

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給湯室とトイレに棚が設置されました。

 

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電気屋さん大工さんの作業風景です。

 

今夜は復興委員会でした。
竣工後の正覚寺の運営について準備・相談してもらっています。

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能登半島地震 被災から592日め

20081105_007 
本堂外陣の天井の上半分が貼られました。

 

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内陣の壇が設置されています。
こちらは祖師(親鸞聖人)前と法名前を兼ねたスペースです。

 

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外陣下半分の天井設置工事が進められています。

 

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パテが塗られクロス工事が始まっています。
左の写真は、トイレ前の廊下で、奥が本堂玄関になります。
右の写真は、和室です。

 

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右の写真は既存の会館・庫裏の廊下です。
左の写真は、事務室です。

 

20081105_016_2  
電気屋さんです。
金沢から通っているようなのですが、今日は遅くまで仕事をしていたようです。

 

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庭に石が並べられ新たな土が入れられています。
庭らしくなってきました。

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能登半島地震 被災から591日め

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雨が続いたので延期されていた境内地のコンクリート打ちが行われました。
天候に悩まされていた監督さんはホッとしただろうと思います。

 

今日は、隣寺の前坊守さんの三回忌の法要でした。
隣寺でもあり、また前坊守さんは私の父の従姉妹であったので親戚としてもお参りさせていただきました。
法話の講師に大谷大学の水島見一教授が招待されていました。
10分程度の前座の法話に続いて30分程度教授の法話があったようです。
私は残念ながら正覚寺へ戻ったので聴聞できませんでした。
1つには、40分程度という短時間になぜ二人の講師が必要なのか、疑問に思いました。
また、その法要の参詣者は20~30人だったと思います。
わざわざ京都から大学教授をお呼びして20~30人を前に30分程度のお話し。
ぜいたくといえばぜいたくな催しですが、もったいないといえばもったいないことだと思いました。
隣寺の住職さんの願いも教授の話しも聞いていない私がこんな疑問を述べることもおかしいのですが・・・。

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能登半島地震 被災から590日め

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境内(駐車場)の整備作業が行われています。
正覚寺は田舎の国道とはいえ一応門前の道路は国道249で、路上駐車ができず駐車スペースは不足していました。
本堂が小さくなり、自ずと駐車スペースが広くなり、ご門徒の皆さんはそれをとても喜んで下さいます。
駐車ラインも引いて有効活用したいと思います。

 

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裏では良ちゃんが家族用の駐車スペースを作っています。

 

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既存の会館・庫裏の玄関(式台)も塗ってもらいました。
新本堂と融和したように見えます。

 

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もちろん大工さんも作業をしています。
今週いっぱいが作業の目処だそうです。

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能登半島地震 被災から589日め

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午前中のお参りを終えて帰るとペンキ屋さんが作業をしています。
天気が良いから・・・と現場監督から作業を依頼されたそうです。

 

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午後は外構の工事も行われました。
こちらは業者のほうから天候が良いからやらせてくれと連絡があったそうです。
外構の建設会社もペンキ屋さんも連休中日の日曜日だというのにありがたいことです。

 

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行楽日和となった今日、隣の町内では何かミニイベントが行われているようでした。
香ばしい良い匂いがしていました。

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能登半島地震 被災から588日め

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分かりにくいですが、奥の方は天井の桟が設置されています。
大工さんの主な仕事はあと1週間程度で終了だそうです。 

 

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2枚目の床板も貼られています。

 

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スロープのタイルも設置されました。

 

20081101_006  
次男が初ボーナスで買ってくれた時計、1ヶ月ほど前から止まっていました。
てっきり電池が無くなったのだと思い、女房の買物に付いて行ってホームセンターで電池交換を依頼しました。
すると、応対してくれた女性が、電池は十分に残っていると言います。
時計が壊れたんですかね?っと言うと、リューズが時刻合わせの状態になると止まりますから・・・との説明で、電池を元に戻しますね、と言います。
私は、スミマセン、と答えました。
電池を戻された時計を見ながら、店員さんが、秒針が動いているので大丈夫だと思います、時刻も合わせておきました、と時計を返してくれました。
女房が、料金は?と訊ねると、いらないとのこと。
どうもすみませんと謝るしかありませんでした。
それにしても、とても正直な店員さんだと思いました。
私たちが電池の交換を依頼したのですから、黙って電池交換をして料金を取っても私たちには分かりません。
次もその店へ行こうと思いました。

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