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能登半島地震 被災から611日め

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建具の設置が行われています。
これは、本堂東側の廊下と奥の物置との境の戸です。
これも板壁と調和がとれています。

 

床暖房の設置点検が行われていました。
カーペットがホンワリと暖かくエアコンと併用すれば心地好い暖かさになるのではないかと思いました。

 

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会館・庫裏へと繋がる戸です。

 

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駐車場と墓地との境の塀に立つ戸です。

 

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通用口ですが、通称、祐里子さん(女房)の出入り口と呼ばれています。

 

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これは、玄関ロビーと本堂東側廊下との境の戸です。
左側の戸を開け閉めすると、真ん中の戸が連動して動きます。
ガラスにみえる部分は、薄茶色のアクリル(?)で、良いデザインだと思います。

それにしても、現場監督さん、金曜日は夜10時頃まで職人さんが作業をしていたので監督をし、この3連休も職人さんが作業をするので監督をしています。
ありがたいことです。
設計士さんが管理をし、現場監督さんが現場を運営してよかったと思っています。

 

今夜「報道発 ドキュメンタリ宣言」という番組を見ました。
「許してくださいオモニ…」
 あの”ライフル魔事件”の主人公、金嬉老(キム・ヒロ)が40年目の独占告白!立てこもり事件の真相を語る
というタイトルが付けられた番組でした。
それは、金嬉老事件(きんきろうじけん)と呼ばれる事件を取り上げたものでした。
私が小学校6年生の時(たぶん?)に起った事件で、私はライフルを持った凶悪犯が篭城をした事件としか思っていませんでした。
しかし、事件の背景には民族差別があったのでした。
小さな頃から朝鮮人であるというだけでいじめられ、差別されて積もり積もったうっぷんが爆発して起った事件だったのです。
麦飯に梅干しのお母さんが作ってくれた日の丸弁当を、「朝鮮人はニンニク臭い!」と言って投げられ、その同級生に殴りかかったら、先生が「この朝鮮人が・・・」と言って殴る(?)蹴る(?)。
繁華街で朝鮮人の青年グループと日本人の青年グループがケンカになって、そこへやってきた警官が、日本人の青年グループは全く咎めずに、朝鮮人の青年達だけを「この朝鮮人が・・・」と言って連行。
どんなに辛かったろうと思いました。
そして、金嬉老が事件を起した目的は、幼い頃から受けてきた差別を訴え、差別をした警察に謝らせるというものでした。
凶悪犯だと思っていた金嬉老ですが、被害者のように思えました。
しかし、金嬉老は篭城する前に暴力団とはいえ2名を射殺しており、それは許されることではありません。

こんなことを書くと、自虐的だと批判する人たちがいます。
日本人のくせに朝鮮人側に立った考え方をするとの批判です。
また、左翼主義者や反日主義者だというレッテルを貼られます。
しかし、どちらの側に立つかということではなく、起った事実を事実としてありのままに見つめるということが大切だと思います。

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