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2008年12月

能登半島地震 被災から648日め

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お飾りをし、お華を立てました。
正月開けに報恩講を勤めるので、変則ですが、五具足(花瓶2、鶴亀の蝋燭立2、香炉)に須弥盛華束のお飾り、その上、正月なのでお鏡餅までお供えしました。
生花の活け込みは女房の担当です。

 

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次男が帰省しているので、家族5人が揃っています。
子供たちも窓拭きやお飾りの準備に活躍してくれ助かりました。

鐘楼がないので、当たり前ですが除夜の鐘は今年も中止です。
何か忘れ物をしたような、物足りない不思議な大晦日です。

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能登半島地震 被災から647日め

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打敷を掛けました。

 

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写真の通りサイズが合っていません。
それもそのはず、この祖師(親鸞聖人)前の打敷と中尊(本尊・阿弥陀如来)前・上卓の打敷はお内仏の打敷です。
どの卓を使うかが12月半ばまで決まらず、卓のサイズが分からなかったので、打敷の発注が12月半ばになったのです。
しばらくは仮でいきます。
明日は、鏡餅と須弥盛のお飾りをします。

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能登半島地震 被災から646日め

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正月の準備をしているのですが、1月5~6日の日程で2008年度の報恩講を勤める予定なので、報恩講の飾りにしてしまうつもりです。
で、軸の掛け替えをしました。
親鸞聖人の御絵伝をお掛けしたのですが、予想されたことですが、内陣には3幅しか掛りません。
4幅めは外陣にお掛けしました。
その写真も撮ったのですが、うっかり削除してしまいました。
実は上記の2枚の写真も削除したのですが、リカバリーできたのです。

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能登半島地震 被災から644日め

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物置状態だった広間横の廊下ですが、ようやくすっきり廊下に戻りました。

 

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半物置状態だった式台(玄関)、こちらも片付けられて元に戻りました。
この式台は北向きで、雨や雪が吹き込み、荒れた日は玄関として使えません。
そこで、防風スクリーンを設置することにしました。

 

お参り先で言われました。
寄付の依頼をされたので、正覚寺の門徒をやめようかと思っているという方がいらっしゃると。
私は、どうぞとお伝え下さい、と答えそうになりましたが、その言葉を飲み込みました。
しかし、私は我慢をして正覚寺の門徒でいて欲しいとは思いません。
正覚寺よりよいお寺があるならどうぞそちらへ移って下さい、それくらいの気持ちでいます。

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能登半島地震 被災から643日め

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今日はお休み、晨朝(あさじ)以外にお参りはありませんでした。
1日本堂へ道具の方づけをしました。
といっても、ホームセンターから棚を買ってきて、そこへ蝋燭などを乗せたら夕方でした。

 

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夕方、電話も買ってきて設置しました。

 

今日は1日吹雪、真冬日でした。
旧本堂なら瓦が飛ばないかと心配したものでした。
2500万円の予算で屋根の葺き替えを検討していたのですが、本山の瓦懇志・御遠忌が終るまで延期しました。
もし、屋根の葺き替えをしていたら、震災で傾いた本堂はつっかえ棒をしてもそのままだったのではないかと思います。
ヒュウヒュウ、ゴーゴーという荒れる風の音を聞きながらそんなことを考えました。

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能登半島地震 被災から642日め

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後堂の通路兼物置です。
道具を運んでいます。

 

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物置です。
こちらにも良ちゃんに手伝ってもらって道具を運びました。

 

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搬入された衝立です。
これも旧本堂の障子の再利用です。
黒い漆塗りならより本堂の雰囲気にマッチしたのでしょうが、この障子は白木です。

 

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大きなサイズの油絵です。
かつては住宅の玄関ホールに飾ってありましたが、本堂の廊下に飾られました。

 

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責任役員、総代さん達が寄付して下さった輪島塗の研ぎ出し蒔絵のパネルが本堂玄関ホールに飾られました。
上の油絵、輪島塗のパネルとも良ちゃんの作業です。

 

今日、お参り先で出されたお茶菓子はクリスマスのショートケーキでした。
いつもは和菓子なのですが、クリスマスだからとわざわざケーキを準備して下さったのでした。
仏事のお茶菓子にわざわざクリスマスケーキはミスマッチだと思うのですが、クリスマスはキリスト教の宗教行事だという意識がないようです。
単なる季節の出来事、風習という認識しかないのだと思いました。

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能登半島地震 被災から641日め

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今日も正覚寺運営の打ち合わせが行われました。
お葬式会場として使用する際の飾り(荘厳)その他について話し合われたようです。
私は、設計士さんや良ちゃんとの相談・打ち合わせと掛け持ちでした。

 

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多少変則ですが、参詣席を100席まで増やしてみました。
これでも窮屈ということはなさそうです。

 

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私が把握しているだけで正覚寺のご門徒で100歳を超えたお婆さんが3人いらっしゃいます。
このお婆さんは今日お参りに伺った先の方ですが、97歳になられたそうです。
耳もよく聞こえて会話にも不自由はないほどお元気です。
そのお婆さんが、まだまだ(お浄土へ)往かないよ、とおっしゃいます。
私が、急がなくていいよ、とお答えすると、100歳、100歳とおっしゃいます。

 

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年賀状の印刷をしていたら、プリンタが止まってしまいました。
廃トナーボックスという部品を交換しなければならないとの表示。
5日前の19日夜に発注したのですがまだ届きません。
土日・祭日があったとはいえ便利になった今時には珍しいことだと思います。
それに商品が届く目安の連絡すらありません。
これも珍しいことだと思います。
発注先を間違ったかもしれません。

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能登半島地震 被災から640日め

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今夕、近々の身内で御移徙式(御本尊にお移りいただく式)をしました。
お勤めをする横で内装屋さん、建具屋さんが作業をし、お勤めが終ってから塗装屋さんが作業をしてくれました。
仏具屋さんがもう少し調整・作業を残しているようですが、完工といってもよいと思います。

 

実は、夕べは建設を請け負ってくれた現場監督(宮地組)のささやかな慰労会をしました。
宮地組は民事再生法の申請という大変な状況になりましたが、正覚寺再建にはとてもよい仕事をしてくれたと感謝しています。

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能登半島地震 被災から638日め

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空き時間に少しずつ引っ越しをしています。
女房は友達に手伝ってもらって掃除をしています。
阿弥陀さんの前だけ、仮にお荘厳(仏具などでお飾り)しました。

 

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昨日掲げられた山号額です。

 

Photo
一難去ってまた一難という気分です。
実は、この塔の模型はご門徒の方の作品です。
高さが182cmあります。
着工した頃に、壊されることなく置ける場所があったら新本堂に置いて欲しいという申し出を受けていました。
私も女房も、壊されることなく飾ることのできるスペースが確保できたら・・・、ということだと理解していました。
設計士さんや復興委員会の方達に相談すると、小さくなる本堂に置物を飾るようなスペースに余裕はないから断ってくれということでした。
昨日、そのご門徒の方が本堂を見ておられたので、私は、置く場所がないから・・・と、お断りしました。
しかし、すんなりとは納得していただけませんでした。
棚を作ってでも置いて欲しいとおっしゃいます。
困りました。
布施で生活させていただくのが僧侶。
布施を拒むことはできません。
だからといって、保管に責任の持てないものをいただくこともできません。
難問です。

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能登半島地震 被災から637日め

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既存の庫裏(会館)の式台(玄関)です。
白く真新しい材木部分は交換修理された部分です。
小さな穴だらけでボソボソになっていました。
私は雨漏りでシロアリに食べられたのかと思っていましたが、修理して下さった棟梁の説明は違いました。
建てられた時から入っていた虫のしわざだということで、材木の松を伐った時期が悪かったのか、十分に乾かない生木が使われたからだとのことでした。

 

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御本尊が仮安置されました。
金ピカの御本尊を見て女房が言います。
これは、これから新たに年月を積み重ねて、阿弥陀さんを煤だらけにしていけということよ、と。

 

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障子を閉じるとこうなります。

 

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山号額が設置されました。
元々は内陣前の障子の上に設置されていたのですが、設計士さん、仏具屋さんの相談の結果、玄関ホールの正面、外陣の入口に設置されました。
これまで大きな本堂に埋没していたものが、小さな本堂で存在感をアピールするようになりました。

 

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登高座の道具です。
金箔が貼られて新しくなりました。

 

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良ちゃんが余分な土砂の撤去をしてくれています。
ここは雨が降ると大きな水たまりになってしまいます。
来春、U字溝を設置して排水路を設置し砂利を敷いてもらう予定です。

 

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女房がゴミ箱に説明を貼っていたのですが、斜めになっていても気にしないいいかげんさを見兼ねた良ちゃんが、貼り直しています。
この後、大胆にもゴミ箱の表示をマジックで手書き。
近々、それを写真にとってアップします。

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能登半島地震 被災から636日め

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今日でほぼ大工さんの作業は終ったようでした。
内装屋さん、電気屋さん、塗装屋さん、仏具屋さんらの作業が若干残るのみとなりました。

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能登半島地震 被災から635日め

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仏具屋さんが電気の配線などをしたようです。

 

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卓などの小さな仏具もきれいにしていただきました。

 

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大工さんの作業もあと少しになったようです。

 

細かいことはいいから早く終わりにして楽になりたい、そういう心境です。
工事は来週半ばで終りそうなのですが、それでも、もういいよ、という気持ちです。
もうこれ以上何も起らなければいいと思います。

これから慌ただしく正月を迎える準備と本堂の落成を待っていた報恩講の準備を並行して行い、正月開けに本堂のお披露目とお移徙を兼ねて報恩講を勤めます。

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能登半島地震 被災から634日め

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大工さんが、既存の庫裏(会館)の旧・渡り廊下接合部分の処理をしています。

 

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仏具屋さんにより、天蓋(羅網)、灯篭、輪灯が吊り下げられました。
仏具は、あと2~3日で終了のようです。

 

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今日は、女房の叔父さん夫婦がお祝いに来て下さいました。
昨日も、女房の伯母さんの御家族がお祝いに寄って下さいました。
私たちに向かって非難・批判する人はほとんどいないだろうと思いますが、皆さん心から再建をお祝い下さっていると思いました。
色々呼ばれたり、作業があるので、十分お相手したり、ご挨拶ができずに失礼しています。

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能登半島地震 被災から633日め

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今日は完工検査が行われました。
左は、消防の検査で、住宅2階の非常警報設備の点検が行われています。
右は、女房が設計士さんから非常警報機の説明を受けています。
この後、県土木による完工検査が行われました。
何ら問題はなかったようです。
あとは、仏具工事と庫裏(会館)から本堂への出入り口(渡り口?)の工事の完了を待つばかりとなりました。
明日から、仏具屋さん、大工さんの工事が再開される予定です。

 

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天気が良かったので良ちゃん登場。
左官屋さんらしい仕事もらしくない(?)仕事もあります。

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能登半島地震 被災から632日め

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先週の金曜日、裏手の駐車場の出入り口に戸が設置されました。
メーカーの間違いで鍵はまだ付いていません。

 

今日は昼過ぎの1軒だけのお参りだったので、少しのんびりしました。
その1軒のお参りでももちろん話題は新本堂のこと。
いつから使用できるんですか?から始まって、お葬式の会場に貸してもらえるんですか?使用料はいくらになりますか?などなど、皆さんの質問内容が具体的になってきました。

明日は完工検査、工事完了が近づきました。

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能登半島地震 被災から631日め

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昨日の夕方、正覚寺のスタッフ会議を行いました。
正覚寺を会場としてお葬式をする際の打ち合わせをしました。
小さな本堂ですが、心のこもったお葬式でご門徒の方を送ってあげたいと思います。

 

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床暖とエアコンで暖房をするのですが、エアコンが効きません。
どうもランマの桟が細かすぎてエアコンの風が堂内に出ていないようです。
修正をお願いすることにしました。

 

午前中、私がお参りに出かけた留守中に、ご門徒の仏壇屋さんが御本尊を持ってこられたそうです。
女房が、どうして御本尊に手を加えてしまったのですか?と訊ねると、御本尊の金箔が一部はがれてしまったから・・・と答えられるので、そのまま持ってきて下さればよかったのに・・・と女房は言ったそうです。
金箔がはがれたので、自分でなんとかしよう(ごまかそう)とされたのでしょうが、それが致命的な結果を作ってしまいました。
事故・失敗があった時の対処を間違えられたのだと思います。
正直・素直に事故・失敗を伝えて下さり、対処法を相談して下されば結果は全く違っていたと思います。
事故・失敗した時の対処法がいかに大切であるかを改めて感じさせてもらいました。

 

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今日の午後は、金沢近郊までお参りに出かけました。
帰りの車の中から写した写真です。
この時期の能登では数少ない風景です。

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能登半島地震 被災から630日め

世の中何が起るか分かりません。
再び御本尊に災難が降りかかってしまいました。

 

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左は震災直後の被災した御本尊。
額や衣に傷がついて金箔や漆がはがれています。
その御本尊を、日本文化財修復学会の先生方が見て下さり、そのご指導に基づいて輪島塗の蒔絵師さんに修復していただいた御本尊が右の写真です。
私たちはとても満足のいく修復で喜んでいました。
その御本尊を台座に立てていただく作業を、何か一つ仕事をさせて欲しいと依頼されていたご門徒の仏壇屋さんに依頼しました。
何度も御本尊は触らないで下さい、手を加えないで下さいと依頼し、何となく不安だったので今月になっても2度念を押しました。
ところが今日、御本尊の姿は下の写真のようになっていました。
怒る気力も起らず、ただただ情けなく思いました。
日本文化財修復学会の先生が、仏壇屋(仏具屋)さんに依頼すると喜んでピカピカにしてしまいますよ、とおっしゃった通りでした。

 

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能登半島地震 被災から628日め

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本堂横の休憩室、お葬式を含めた行事のある時にはお茶の道具をのせるテーブルやゴミ箱、マガジンラックを設置してみました。

 

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聖徳太子像、七高僧の絵像を掛けてみました。
とりあえず御本尊(阿弥陀如来)以外の絵像は揃ったことになります。
本堂らしくなりつつあります。

 

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ご門徒の希望により堂内にはイスが並べられることになります。
行事・儀式によって片側45~50席、全体で90~100席並べることができます。

 

消防署や県土木の完工検査日も決まったようで、若干の追加工事は残っていますが、いよいよ完成が近づいたという感じになってきました。

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能登半島地震 被災から627日め

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裏手の駐車場、小さいながらも3度に分けてのコンクリート打ち。
今日はその3度目のコンクリートが打たれました。
こちらも完工が近づきました。

 

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今日は、午前中は、お取越し(ご門徒の報恩講)のお参りを3軒。
午後は、先輩のお寺の報恩講に友情出演(参勤)。
夕方から、総代さん宅の50回忌法要。
お経を上げていると大きな声の話し声、何かもめているように聞こえますが、お経を上げているので状況が分かりません。
皆の話しから、酒癖の悪い酔っぱらいが法事の席に乱入してきたようです。
総代さん宅は、居酒屋さん、法事の後はワイン各種でご馳走になりました。
お客さんの一人が早めに帰っていかれたのですが、居酒屋のお店で倒れられたようです。
救急車で病院へ行ったのですが、輪島病院では処置ができない病気だったらしく輪島から60Kmの七尾市の病院へ転送されたようでした。
その方も、法要の前から飲んでおられたようでした。
人ごとではありません。
酒にも気をつけなければなりませんね。

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能登半島地震 被災から626日め

今日は町内の家のお葬式にお参りさせていただきました。
実は、お仲間のお寺のご門徒なのですが、ピンチヒッターをお願いされたのです。
寺(住職)の都合を聞かずにお葬式の日程を決められ、住職さんのスケジュール調整ができないので依頼されたのです。
お葬式をする方にとっては、大切な方の亡くなったお葬式だからと、有無も言わさず、言語道断といった感じで日程を決め、押しつけてこられることがあります。
住職さえ押さえつけて納得させてしまえば・・・と思われるのかもしれませんが、困るのは住職だけではありません。
本当に困るのは、お葬式が割り込んだために急に無理やり日程を変更させられる先約の方です。
親戚や友人・知人が集まるご法事などの場合は、早くから準備をしてきたのに大幅に変更をせざるをえなくなり、招待客や会場などへの連絡など大変な迷惑です。
ですから、住職(寺)は決して威張って都合を聞いてくれと言っているのではないのです。
住職だけが無理をして済むことなら、私たちは黙って無理をします。
しかし、住職のスケジュールを変更することによって、多くの方に大きな迷惑がかかることがあるのです。
真実・事実を見るとはそういうことだろうと思います。
自分一人の行動が、多くの人に迷惑がかかる、それが自覚できるか、できないかだろうと思います。

 

先日の建設会社の破綻報道以来、出会う人の話題は、正覚寺新築工事と破綻との関係です。
正覚寺が支払いを踏み倒したわけでもなく、債権者になったわけでもないのですが・・・。
友達が言います。
報道されている2億数千万円の建設費を踏み倒したのは正覚寺、そのうちそういう噂が流れるかもしれないよ、
輪島の噂はスゴイからね、と。
そうかもしれません。
3日に破綻(民事再生法申請)で、4日に建物の受渡し、5日に備品の搬入、設備の説明会という絶妙のタイミングでしたから・・・。
それに、正覚寺裏の元・たばこ産業跡地が売りに出されたという話しが、正覚寺が葬祭会館を建てるという噂になってしまう街ですから・・・。

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能登半島地震 被災から625日め

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車止めのポールが目立たず車をぶつけるのではないかという心配があるので、トラ模様のテープを貼りました。

 

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蓮如上人や聖徳太子、七高僧(親鸞聖人が浄土教の祖師と定め尊崇されたインド・中国・日本の七人の高僧)などの御絵像をお掛けするための自在鉤を金色に塗りました。

 

今朝のワイドショー(とくダネ!)で工藤 俊作(くどう しゅんさく)という旧海軍軍人が紹介されていました。
1942年3月、駆逐艦「雷」艦長であった際、 スラバヤ沖海戦で撃沈された英国艦船の漂流乗組員422名を救助したのです。
戦闘海域における救助活動は下手をすれば敵(潜水艦など)の攻撃を受けることから、ごくわずかの間しか停船しないのが常識という、そういう状況の中での救助活動だったそうです。
さらに、艦長は前甲板に英海軍士官全員を集め、英語で「貴官らはよく戦った。貴官は本日、日本帝国海軍のゲストである」と語り、大切に扱ったということでした。
私にとっては旧軍人は悪人ばかりというイメージが強い中で、こういう立派な軍人もいたんだと驚きました。
詳しくは、
工藤俊作駆逐艦艦長|恵隆之介著『敵兵を救助せよ』公式サイト ... 
をご覧ください。

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能登半島地震 被災から624日め

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毎月お爺さんの命日にお参りさせていただいている一人暮らしのお婆さんです。
月曜日と木曜日にヘルパーさんの訪問介護を受けています。
とても元気とはいえ、90歳を過ぎての一人暮らしなので少し心配です。
少しでも長くお邪魔してあげようと思うのですが、話題もなく・・・、帰りは少し辛い思いです。

 

先日の建設会社の破綻、一方では憶という支払いを踏み倒してのうのうとしている人がいて、一方では金が入らなくて泣く人がいます。
世の中は理不尽、図太く図々しい人をうらやましく思いますが、小心でお人好しの私にはとてもまねはできません。
私は私らしく生きるしかありません。

 

今夜は、
「NHKスペシャル
 ドラマ・最後の戦犯
  戦争犯罪に問われた男の3年半の逃亡生活
 家族の悲劇・手記が語る戦犯の素顔と苦悩」
というドラマを視ました。
戦争の映画やドラマを視るたびに戦争のない時代、平和な時代に生まれてきて良かったと思います。
私のように腕力がなく武道が弱い、臆病でひ弱な者が立派な兵隊になどなれるはずがありません。
そして、今夜のドラマは、上官の命令に従って捕虜を殺したために戦犯にされた元・軍人の話しでした。
兵隊が命令に逆らえるはずがありません。
なのに命令に従ったために犯罪人。
理不尽な話しです。
裁かれるべきは、命令をした者、戦争の首謀者であるべきです。
堂々と理不尽がまかり通る、それが戦争だと思いました。

 

テレビを視ていたら、ローカルな案内で「さびしさ」という言葉が使われていました。
私は、「さみしい」が標準語で、「さびしい」は方言じゃないかと思いました。
しかし、茶道ではわび(侘)・さび(寂)と言いますから、さみしい(淋しい)、さびしい(寂しい)かもしれないとも思いました。
広辞苑で調べてみると、さみしい(淋しい・寂しい)、さびしい(淋しい・寂しい)ともありました。
勉強しました。

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能登半島地震 被災から623日め

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仏具屋さんが寸法を計りに来ていかれました。
使用する卓が決まりました。
その卓に掛ける水引・打敷を注文するために法衣屋さんへ電話をすると、ちょうど営業マンが近くへ出張中で寄ってくれました。
他にも仏具を数点と脚立を注文しました。
12月4~5日頃には・・・という約束だった御本尊が届かず心配なので、出かけたついでに仏壇屋さんの作業場に寄ってみましたが留守でした。
自宅の方で作業をされていたのかもしれませんでしたが、そこまでする気力がありませんでした。
人にものをしてもらうというのは労力のいることだと思います。

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能登半島地震 被災から622日め

輪島の宮地組が民事再生法申請 負債27億

2008年12月04日

 能登地域で最大規模の建設会社「宮地組」(輪島市河井町、刀禰芳昭社長)が3日、金沢地裁に民事再生法の適用を申請した。帝国データバンク金沢支 店などによると、負債総額は約27億円。公共工事削減の影響で売上高が減少したうえ、昨年の能登半島地震で資金繰りが悪化したという。

 同社は1957年9月に創業し、奥能登を中心に95年3月期には年間売上高約81億2500万円を計上した。公共工事の減少や能登半島地 震で昨年5月期には同20億4900万円まで減少。今期に入って工事費に回収不能金が出て、資金調達に行き詰まったとみられる。同社の前社長は宮地治県議 で、創業者の父の後を継いで03年1月まで社長を務めた。

 債権者集会は5日午後1時から本社、同日午後4時半から同社金沢支店で開かれる。

asahi.com マイタウン 石川 より

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上記の民事再生法の適用を申請した宮地組は、正覚寺の本堂新築工事をした会社です。
とても順調な工事だったのですが、最後の最後にとんでもないことになりました。
正覚寺は宮地組と契約を交わして工事をしてもらったので、契約通り工事費は支払わなければなりません。
しかし、民事再生法の適用を申請したため、正覚寺が支払った工事費が施工業者に届かない、そんな状況になってしまいました。
正覚寺が工事費を踏み倒したわけではないのですが、都合の悪いことになってしまいました。

そんな折、今日の午後、設備の取り扱い説明会がありました。
状況が状況なので、業者は説明に来てくれないのではないかと思いましたが、音響設備、電気設備、水道設備、床暖房設備、空調設備の説明を丁寧にして下さいました。
何となく申し訳なく、とてもありがたく思いました。

椅子やテーブルなどの備品の納入も行われました。
椅子は90席並べることができそうです。

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能登半島地震 被災から621日め

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2泊3日で横浜へ行ってきました。
これは今日の帰りの飛行機から見えた富士山です。

 

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帰って早速本堂へ行って見ると仏具工事が進んでいました。
軸が仮掛けされ、卓が仮置きされています。

 

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障子が入れられ、ランマも入っています。

 

今日の午後3時に建物の受渡しが行われ、鍵をいただきました。
これで建物は正覚寺のものとなりました。

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能登半島地震 被災から618日め

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ほとんど仏具屋さん待ちという状態になりました。
内陣壁面の仏具工事が終了したようです。

 

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会館・庫裏に石版が戻されています。
最終の調整やこういう細かい作業が行われています。

 

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設備屋さんがボイラーの調整をしているようです。
舗装屋さんによる駐車場の窪みの修正工事も行われました。

 

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カーポートにコンクリートが打たれました。

 

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設置されたロールスクリーンがステンドグラスにかぶっています。
面白くないなぁ!と思ったら、座り位置だと大丈夫そう。
おばさんには許していただくことにします。

 

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近所の友達の家です。
地震の修復と離れの増築工事が行われています。

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