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能登半島地震 被災から706日め

昨日に引き続き、
『お葬式 -死と慰霊の日本史-』 新谷尚紀
からの引用です。

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 時代の変化ということでいいますと、現在の特徴は、農村部ではかつての「家・墓・寺」という三位一体のしくみがまだ維持されているでしょうが、都市部ではそれはほとんどしくみとしては存在しないということです。

 伝統的であった農山漁村や町場の生活では、江戸時代以来の檀家制度が堅実に機能していました。
家と村は一定の意味あいでいわゆる共同体としての存在でした。
相互扶助の関係も世代を通じて維持してきていました。

(略)

 そして、いまや、家とか村という血縁や地縁の時代ではなく、個人化した人間がそれぞれの企業社会のネットワークで生きていく時代になっています。
かつて一九六〇年代に文化人類学の米山俊直さんが言われた言葉に、社縁というのがありました。
それに通じる新しい人間関係の社会です。
そのような社会でパーソナルな個人というものがどうなっていくのか。
プライバタイゼーションという英語を翻訳して私事化とか個人化といったりしていますが、プライペート化のプライバタイズということは、その分だけプライべートな価値観が多様になるということです。

 葬儀も、「家・墓・寺」という三位一体のマニュアルが機能していた時代には、村社会の近隣集団が基本的に貧富の差なくやってくれて、個人や家の選択の余地はなかったのです。
だから、家族や親族は葬儀に口も手も出してはいけなかったのです。
近隣の人のお世話になるのだからそのマニュアルどおりにやるしかなかったわけです。
そのぶん喪家にとっても遺族にとってもそのとおりに任せておけば、スムーズにすべてのことがはこぶたいへん安心できる葬儀マニュアルでした。

 ところが今、企業型社会となって、その家と村の関係が薄れてきて、家族と親族の関係も核家族化の進展の中で薄れてきています。
そんな中で葬儀もプライバタイズ、個人化という動きが出てきています。

(以下略)

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僧侶・寺院は檀家制度に安心し油断してきた、あぐらをかいてきたということは、前々から指摘され、批判もされてきました。
その上に、相互扶助の関係の共同体としての村社会に寺は支えられてきたのだと思います。
皆と同じようにしていれば間違いない、他人と違うことをしてはいけないという感覚、そういう意識に寺・僧侶は甘えて成り立ってきたのだと思います。
荒っぽい表現をすれば、檀家・門徒は制度や社会によって寺に縛り付けられてきたのだと思います。
しかし、能登・輪島のような田舎でも農村社会は消えつつあります。
村の祭りは成り立たなくなり、家と家、個人と個人が分断されつつあるように見えます。
隣の様子を気にし、隣と歩調を合わせる必要がなくなりつつあります。
親戚にせがまれ、隣近所の手前を気にしてしぶしぶにも法事を勤める、そんな必要がなくなってしまったのだと思います。

輪島ではそのような事例は聞いたことがありませんが、都会では直葬(ちょくそう)が増加しているそうです。
「直葬」というのは、「お葬式をしないで、火葬だけする葬法」らしく、「お葬式」という言葉でイメージされる通夜や葬儀・告別式といったイベント的儀礼を取り払った、ごく単純な葬法のことのようです。
死亡後、斎場や遺体保管施設に24時間保管した後、いわゆる葬式をしないで直接火葬に処するものや、火葬炉の前で僧侶等により簡単に読経をあげてもらう等の宗教儀礼をあげてもらうこともあるそうです。
そういう社会になったという認識が僧侶には必要だと思います。
葬式坊主が活躍する場のない社会になりつつあるという自覚が必要だと思います。

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