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2009年4月

能登半島地震 被災から768日め

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良ちゃんの暗渠排水路設置工事が完工したようです。

 

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会館(庫裏)の西側空き地の小さな庭です。
造園屋さんに庭として整備してもらっています。
30年前に庫裏を改築した時に、両親は庭の設計図は準備したのですが、庭に整備までの資金的な余裕がなかったのでしょう、そのままになっていました。
今回の地震の復興工事でこの庭だけが触らずに残ったので、思い切って整備することにしました。
この庭は、震災の被害は何もなかったのですが、今回法事を勤めるにあたりこれも両親の供養になるのではないかと思いました。
両親が残した設計図のような立派な庭にはなりませんが・・・。

 

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今日も女房は1日中裏庭で草むしりをしていました。
庭の草むしりをするような性格ではないと思っていたのですが、母親が亡き後、跡継ぎをしています。

 

Houji
私は、今日も終日封筒の印刷、法事の案内の作成をしました。

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能登半島地震 被災から767日め

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麦が生けられています。
麦と言えばビール。
女房にはビールの元、原料にみえているのではないかと思います。

 

夕べは、法要の役係をお願いした方々に集まっていただき、顔合わせと打ち合わせをしました。
今日はお参りは休み。
終日、お稚児さんの名簿の整理、お見舞い・寄付者の名簿の整理をしました。
お稚児さんは30名が目標だったのですが、60名に届くのではないかと思われます。
とてもうれしい誤算です。
雨が降らないことを願うのみです。

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能登半島地震 被災から766日め

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今日も良ちゃんは墓地の排水工事。
重機を操作している良ちゃんは楽しそうです。
おもちゃで遊ぶ子供のように見えます。

 

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建具屋さんがフードの設置工事。
ツバメが巣作り作業をするので、早い完成が待たれます。

 

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親に見せたいこの姿、女房の姿が見えないと思ったら、裏庭で草むしりをしていました。
私も午前中の空き時間に草刈りをしました。
右の写真がそうです。
草刈り機ですが・・・。

 

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お葬式から2日経つのに回収に来ません。
名前が書いてあれば連絡をするのですが、名前もありません。
輪島の業者だなぁ!と思います。

 

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この方は、7年前に交通事故で息子さんを亡くされ、老夫婦で暮らしておいでます。
毎月、息子さんの命日にご夫婦で待っていて下さいます。
お経の後、お茶をいただきながら30分ほどご夫婦のお話し相手をさせていただきます。
仏法を語るなんてことはできませんが、お話を聞いてあげることで少しでも癒しになればと思います。  

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能登半島地震 被災から765日め

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建具屋英樹、左官屋良ちゃんが式台のフード設置工事をしています。

 

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良ちゃんは、フード設置工事と並行して墓地の排水溝設置工事をしています。
昨日・一昨日の雨で水が溜まったので、排水作業をしています。
排水の確認ができ、ちょうどよい雨だったかもしれません。

 

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門徒でもあり友達でもある電機屋さんが、本堂の向拝(本堂玄関)に屋外用のコンセントを設置してくれました。

 

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左は、工事で消えてしまったと覚悟していた水芭蕉です。
工事で重機などに踏みつけられたはずなのですが、元気に出てきてくれました。
右は、庭師さんが移植してくれた水芭蕉です。
鉢植えにされて池に置かれています。

 

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諦めてくれたと思っていたツバメが昨日から再びやってくるようになりました。
よほど正覚寺の式台が気に入ったようです。
気に入られても困るのですが・・・。

 

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先日刈ったばかりの庭です。
一雨降っただけなのですがニョキニョキ出てきています。
明日は再び草刈りです。

 

今夜は復興委員会でした。
先日に引き続き法要の打ち合わせです。
タイムスケジュールに従って役割分担をし、人員の配置をしました。
かなり法要が見えてきました。

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能登半島地震 被災から764日め

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今日は午前10時からお葬式でした。
まだ寒いので、午前7時に床暖を入れました。

亡くなったお婆さんは熱心に寺へお参りされた方でした。
参列された方々が、亡くなったお婆さんは本堂が新しくでき上がるのを待っていたんだろう、とおっしゃいます。
私もよくお参りして下さった正覚寺の御本尊の前でお葬式をして上げることができてよかったと思いました。

 

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輪島の市街地から車で10分少々の距離の方だったこともあるのでしょう、正覚寺の広間で還骨のお参りと初七日のお参りをされました。
先日のお葬式も同様でした。
これからはこのようなことが増えるかもしれません。
 

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お葬式のお昼のお弁当です。
午前10時からお葬式、11時出棺、火葬場から帰って昼食、12時半頃お骨拾い、1時頃から還骨・初七日。
他所ではそれからお斎の御膳があるのですが、輪島の市街地周辺ではあまりそういう習慣はありません。
初七日後解散です。
とても合理的で、私はよい習慣だと思っています。

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能登半島地震 被災から763日め

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式台(玄関)のフード設置工事。
部材にトラブルがあったようで、一時中断のようです。

 

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本堂のトイレの照明のスイッチです。
何も操作をしなくても自動点灯、自動消灯になっています。
しかし、なぜかカバーが壊されています。
お葬式の後、よく不思議なことがしてあることがあります。
このスイッチのカバーもどうして壊されなければならなかったのか理解できません。

 

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お世話方の方々が、今夜のお通夜の準備をしています。
これは、香典のお返しの準備をしています。

 

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お供えされた方の名札を掲示しています。

 

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参列者に持ち帰っていただくお供えのお下がりを袋詰めしています。

 

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今夜はお通夜の他に二七日のお参りがありました。
二七日の家へお通夜が終ったらすぐにお参りに伺うと連絡すると、その家のご主人が寺へお出でて、どなたがお参りにおい出るか分からないので予定時間に遅れるのは困ると言われます。
困ると言われてもどうしようもありませんし、お参りにおいでた方に坊さんがお通夜で遅れると説明されれば仕方がないと思われると思いますけど・・・とお話ししても納得してくださいません。
さんざん小言を言われて帰っていかれました。
その方もつい先日多くの方のお世話になって(迷惑を掛けて)父親のお葬式をされたのです。
それも、その方は今夜のお通夜の方と同じ村(在所・町内)で、今夜の喪主はその方のお葬式にお参りされていたのです。
どうしてお互い様と思って下さらないのでしょうか?
どうして自分の都合ばかりを主張されるのでしょうか?
世の中こんなになってしまったんだなぁ!と感じました。

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能登半島地震 被災から762日め

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七尾から帰ると、良ちゃんが仕事をしていました。
右隅に写っている玄関を物置にしたため、この大きな式台を玄関を兼ねて使えるようにフードを付けて雨風が入らないようにします。

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式台の照明です。
実はツバメがやってきて巣作りをしそうだったのです。
可哀想だと思いましたが、ツバメよけになるかとCDをぶら下げてみました。
効果があったようです。

 

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今日の午後から、良ちゃんは裏の墓地の整地、排水溝の設置工事をしています。
墓地と駐車場を区切るために塀を設置したのですが、その塀の基礎がダムの働きをして、雨が降ると墓地に大きな水たまりができるので、その対策です。

 

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裏の空き地の草刈りをしました。
定期的な仕事になりそうです。

 

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裏庭のこの花を見て、ツツジやサツキ、キリシマが咲く季節になったんだなぁと感じました。

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能登半島地震 被災から761日め

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「災害支援を考える集いin能登」という集会に参加させてもらいました。
被災者の一人として10分程度の発表をさせていただきました。
時間はオーバーしましたが・・・。 (^^ゞ
発表を終えたら帰っても良かったのですが、2部の公開講座、そして厚かましく夜の懇親会にも参加させてもらいました。
初対面の方達の集会に入って交わるということが苦手な方なのですが、今回は参加させていただいてとてもよかったと思いました。
これまで私は災害ボランティアにあまり参加したことがありません。
しかし、能登半島地震で被災者となり、復興をさせていただくという普通にはできない体験をさせてもらいました。
本堂の再建に御門徒の方々が大きく動き出してくださったきっかけは、大垣の明秀寺さんが平面図をはじめ寄付の依頼方法などの経験を教えてくださったことです。
明秀寺さんの協力がなければ、新様式による再建という発想が具体化せず、復興は難航していたのではないかと思います。
ですから、私は妙秀寺さんには大変感謝をしています。
私は、体を使って後片づけなどを手伝うこともボランティアですが、必要としている人に経験からの知恵を提供することもボランティアだと思います。
自分にもできるボランティアがあると思います。

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能登半島地震 被災から760日め

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生命ははかないもの、でもたくましさを感じさせることもあります。
アスファルト舗装されているのにスギナが生えてきました。
驚きです。
除草剤を撒きました。

 

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ヒメリンゴの花が咲き始めました。

 

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時々、よくここまでになってくれたなぁと、この本堂を愛おしく思います。

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能登半島地震 被災から759日め

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「親鸞聖人講座」を受講して夕方帰ると、建具屋さんや便利屋良ちゃん、そしてお葬式のお世話係の方が来ていました。
会館(庫裏)2階のふすま、障子が張替えられて入れられました。

 

20090421_004
前卓を移動したいことがあるのですが、大きくて重たくて動かすのが大変です。
これでも2~3段低くしてもらったのですが・・・。
良ちゃんに、キャスターを付けてもらいました。
キャスターが付けられて浮いているのが分からないほどギリギリの高さに設置されました。
さすが良ちゃん。

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能登半島地震 被災から758日め

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今日は、ご門徒のお葬式が2軒、還骨・初七日のお参りを終えて、4時から法衣屋さんと稚児の打ち合わせ、6時半から復興委員会の皆さんと落慶法要の相談をしました。
忙しい1日で疲れましたが、法要に向けて大きな前進ができて安心しました。

1軒目のお葬式でちょっとしたトラブル。
2件目のお葬式を12時からにしていただいていたので、1軒目のお宅の還骨・初七日を、2軒目のお葬式が終わり次第ということで1時半頃にお約束をしていました。
お骨が上がって、自宅へ帰られて待っておられるだろうと駆けつけたのですが、農協の職員の方が玄関先で待っておられます。
出棺から2時間経っても火葬場から連絡がなかったとのこと。
帰って来られた遺族の方に聞くと、火葬場の職員の不手際で、スイッチを入れわすれたか、確実にスイッチを入れなかったのか、火力調節をしなかったのかで遅れたようです。
年度変わりの人事異動で若い新人が入ったそうなので、不慣れたことが原因のミスだと想像しています。
2軒目の方は予定時間通りお骨を拾って帰って来られました。

 

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会館(庫裏)2階の畳の表替えが完了しました。
こちらも着々と準備が進んでいます。 

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能登半島地震 被災から757日め

昨日の夕方は正覚寺役員会でした。
役員会のあと、総代さんたちと会食をしました。
一人ずつ順番に帰っていかれて、一人の総代さんと私の二人になりました。
二人で2次会・3次会。
帰ったのは12時前、午前様寸前だったようです。
総代さんとスナックの前で別れたところまでは記憶があるのですが、そこからぷっつりと記憶がありません。
午前4時頃に目覚めると、居間のコタツで寝ていました。
それから布団に入って寝ました。
今朝、女房に言われました、さっさと寝なさいと言ったのにくだを巻いて、そのうちコタツで寝てしまったと。
情けない。

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今夜は、6時と7時にお通夜の掛け持ちでした。
こんなことは正覚寺の規模ではめったにあることではありません。
10年ぶりぐらいかもしれません。
一人の方は、満98歳のお爺さんで、死因は大腸がんの破裂だったそうです。
破裂するまで大腸がんだと分からなかったそうです。
それも幸せだったかもしれません。
もう一人の方は、79歳の方で、死因は肺炎でした。
お二人とも入院1~2日だったようです。
明日は10時と12時にお葬式です。

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能登半島地震 被災から756日め

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お通夜をしていても中の明かりが見えないので、本当にお通夜をしているのか分からず、入りづらいという声があるので、提灯を付けることにしました。

 

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今日は、90歳のお婆さんのお葬式でした。
胃ガンで亡くなられたのですが、本人の希望で胃カメラの検査も手術も抗がん剤治療もしなかったそうです。
1度だけ痛がられたそうですが、それ以外は苦しまずに亡くなっていかれたということで、それが遺族には救いだと思いました。

このお葬式を終えたら、すぐに次のお葬式が入っていたので、お世話方は次のお葬式の準備をしました。
果物の盛籠の注文があったので業者へ発注の電話を入れるのですが値段が合いません。
農協のセレモニーホールが果物の盛籠を15,000円で受注しているので、正覚寺のお世話方も同じ値段に設定しています。
ところが、輪島の業者はどこへ問い合わせても18,000円~20,000円以上ということです。
どうしてこちらの希望に合わせて15,000円の盛籠を作ってくれないのだろうと不思議に思いました。
仕方がないので、門前町のAコープに問い合わせたら、15,000円の果物の盛籠を配達してくれるとのことで、お願いすることにしました。

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能登半島地震 被災から755日め-1

昨夜、深夜午前1時前に電話。
お爺さんが亡くなったとのこと。
喪主の御家族は首都圏で暮らしておられるので、そんなに大勢のお参りではないと思われる方です。
境内地にお墓もあることですし、セレモニーホールなどを利用せずに、正覚寺の本堂へ来られてお葬式をされればよいと思いました。
しかし、既に農協のセレモニーホールに連絡をされたようで、19日の日曜日は斎場がお休みなので、20日にお葬式という打ち合わせもできているようでした。
遺骸はまだ病院におい出るので、これから処置をしてもらって搬送してもらうとのことで、夜が明けてから再度連絡するとのことでした。
何も相談することもなかったので、一体なんのために電話をして来られたのだろうと思いました。
それからなかなか寝つかれず、いつ再び電話がかかってくるのだろうと落ち着かず、寝不足の一夜を過しました。
今朝、8時に電話があり枕勤めに伺いました。

枕勤めから帰ると、別の御門徒からお爺さんが亡くなったとのご連絡があったそうです。
女房は、ご門徒同士のお葬式が重なるので、住職が枕勤めに伺うまで何も決めないで下さいと伝えたそうです。
この方も喪主の御家族は金沢近郊におられて、残るのはお婆さんだけです。
枕勤めを終えて、会場・日程等の相談をさせていただきました。
もう一方のご門徒が農協のセレモニーホールを利用されることを伝えると、正覚寺を会場にされるとのこと。
もしもと思い、お世話方からことづかっていた正覚寺使用説明書をお渡ししました。
何もせずともお世話していただけるのですか?と問われるので、納棺と香典の受付以外はお世話していただけます、とお答えしました。
もちろん、親戚・知人の業者があればそちらにお願いしてもらっていいんですよと言うと、何も分からないしできないしすべてお世話していただけると助かるとのことでした。
寺が空いていてよかったと思いました。

先にご連絡があったご門徒が何の相談もなく農協と日程を決められていたことに不快な思いをしていたのですが、困っている御門徒のお世話ができてよかったと思いました。
勝手なものです。

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能登半島地震 被災から755日め-2

寺へ帰ると、今夜のお通夜の準備に業者の方が盛かごの飾りを搬入していました。
上がり框に土足のまま足を乗せていました。
ヒドイ!
面倒くさい、チョットだから・・・という思いなのでしょうが、自分の家ならそんなことをするでしょうか?
自分の家ではないから、自分が掃除するわけではないから・・・、そういう気持ちの表れでしょう。
それにしても業者です。
運んできてやっている、売ってやっているという思いなのでしょうか?
買っていただいている、そういう商売人として当然の気持ちがあれば絶対に土足で客の家に上がるなんてマネはしないはずです。
腹立たしいより、余りのレベルの低さに情けなく思いました。

一般的には、お葬式に供えられる生花や盛籠などには、お供えをして下さった方の名前の札が掲げられます。
しかし、本堂が小さいため、正覚寺ではお供えに札を付けることができません。
お供えは御本尊前、遺骸の脇にお供えさせていただき、名前の札は本堂の壁面に張り出させていただいています。
親戚の方がそれが気に入らなかったようで質問をされました。
お供えは、お花や果物、菓子などであって名前ではないこと、名前の札を付けると、御本尊や後ろのお供えが隠れて見えなくなってしまい何のためにお供えするのか分からなくなってしまうことからこのようにさせていただいているのだと説明しました。
果たして納得されたかどうか分かりませんが・・・。
自分が立派なお供えをしたのだと主張したいのでしょうね。

生花の飾りを手伝っていると、同じ業者なのに1対ずつ花が違います。
私が、値段が違うんだろう?と言うと、お世話係の方が同じ値段だろうと言います。
同じ値段にしては違い過ぎると私は思いました。
その業者が、名前の札を脇の壁に並べて張り出しているのを見て文句を言って帰ったそうです。
せっかくサービスをしたのに・・・と。
聞くところによると、その業者はお客によって品物に差を付けているそうです。
私はバカじゃないの?商売人失格だろうと思いました。
親しい親戚が、同じ花屋に同じ値段で生花を頼んだのに、名札によって品質が差があるのです。
立派な生花の名札の人はうれしいかもしれませんが、貧弱な花にされた人はケチったと思われてしまいます。
私ならそんな業者には絶対に頼みたくありません。
特別サービスをして上げたい親しい方から複数の注文があったなら、その人のために全部揃えてサービスしてあげるべきだと思います。
それが親しい人への本当のサービスだと私は思います。

喪主の同級生の方たちの会話が私の控室に聞こえてきます。
どうも100席では狭いとケチをつけているようでした。
私は、この人たちは世間が見えていないと思いました。
今、少し狭いくらいでちょうどいいのです。
近い将来ちょうどよくなり、しばらくしたらこれで十分になるはずです。
少子高齢化の過疎地ですから・・・。
そして、なにより震災から復興した寺です。
私は、もっと小さな簡素なものでもと覚悟していました。
こんなにまでしていただけるとは思っていませんでした。
被災した寺だということも忘れられているようでした。

そんなこんなで、長い1日が終りました。

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能登半島地震 被災から753日め

先日、珠洲市の人口が約1万7900人と書かれたニュースを読んで、珠洲市は2万人を切るまで人口が減ってしまったのかとショックでした。

今日、輪島市議会議員定数をテーマにした輪島市議会議員さんのチラシが入り、その中で輪島市の人口について触れられていました。
平成18年2月、輪島市と門前町が合併し、人口3万4750人の新輪島市になりました。
それが、今年平成21年3月には人口3万2744人で、3年間で2006人の人口減となったそうです。
年間平均650人の人口減となっているようで、6年後は現在より約4千人の減少が予想され、人口2万8000人あまりになると予想されています。
なんとなくそうであろうと想像していましたが、このように明確な数字を示されると愕然とし、これからこの町はどのように寂れるのだろうと不安になります。
過疎の町と共に寺も寂れていかなければなりません。
どうあがいても寂れるしかないのですから、素直に寂れていきたいものだと思います。

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能登半島地震 被災から752日め

Hokuchu 
今日の北陸中日新聞の記事です。
どこのお寺も同じだなぁ!というより、都会のお寺でさえこういう状況なら過疎高齢化先進地の正覚寺は当然か、と思いました。

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少子高齢化で檀家に重い負担
寺の普請費  悩む寄付頼み
双方の交流強化、会員制導入・・・解決策模索

 

 寺の施設改修などの普請は、檀家が寄付で支えてきた。
だが少子高齢化で、檀家数は減る一方だ。普請費用工面に苦悩するケースも多い。
費用負担は、どうすればいいのか。

 

 「昨年12月、寺の修復工事への寄付を要請する手紙が届いたが、年金生活で、そんな余裕はない」

 静岡県内の寺の檀家で、首都圏在住の60代の男性が悩みをこう打ち明けた。
手紙では本堂、庫裏、山門の屋根などの修理費が約1億3千万円と見積もられ、1軒当たり30万円以上を、2011年3月末までに寄付することを要請していた。

 寺の運営費は、法事などの布施が大半を占め、本山からの支援はない独立採算制。
そのため、寺の建て直しなど大規模な事業費は、檀家の寄付が頼りだった。
江戸時代に檀家制度が始まって以降、明治時代に法的拘束力がなくなっても、檀家が支える関係は変わらない。

 だが、少子化で檀家に跡継ぎがなかったり、いても遠隔地に住んでいると寺との関係は疎遠になりがちだ。
檀家の高齢化も進み、年金生活者が少なくない。
寄付は大きな負担になる。
寺側もその事情は分かっていて、寄付要請も簡単には決断できない。

 男性の菩提寺の男性住職(53)も「過去20年の改修などは、寺が負担してきたが、今回は高額で寺だけでは無理。
ほっておけば建て替えが必要になって、子孫の負担が増える」と事情を話す。

 臨床仏教研究所(東京都)が2月に実施した調査(全国の40-69歳、566人が対象)では、「将来、寺への布施が負担になる」と考えている人が「そう思う」「まあそう思う」を合わせ70.3%いた。費用負担は檀家に重くのしかかる。

     ◇

 費用負担をどうするのか、解決策を模索する寺もある。

 東京都大田区の円応寺の山川弘巳住職(43)は
「寄付は先代からの日々の交流の積み重ねだと思う。
消極的な檀家さんもいたが、次第に理解してもらえたように思う」
と、約十年前の本堂建て替えを振り返る。

 同寺の檀家は約150軒。建て替えに際し山川住職と総代役員らが多く負担。
寺の預貯金も拠出した。
山川住職は当時兼業していた大学職員の給与で生活し、住職の給与は貯蓄して備えた。

 自助努力の一方、檀家の理解を得るために、日ごろのつながりを重視。
「仏事以外でも、お寺を使ってほしい」と二階を本堂、一階を多機能スペースにした。
建て替え工事中に会報も発行、寺の状況を檀家に知らせた。

 愛知県小牧市の福厳寺は約三十年前から、全国でも珍しい寄付を求めない会員制度で運営している。
大学で宗教社会学を教えた高瀬武三住職(74)は
「死者の儀礼に固まった寺を、生きている人が心を癒やせる心の理想郷にしたかった」と話す。

 会員制導入は、檀家1軒100万円程度の寄付が必要だった本堂の改修を契機にした。
檀家約350軒を訪れ、自らの考えや会費制による負担軽減などを説明。檀家を解散し、会員制の「護持会」を発足させた。

 寺自体は曹洞宗だが宗派を問わず、入会金1万円、年会費6千円だ。
寺とのつながりを深めるため五十回忌までの年忌供養を行い、年間行事に積極的に参加することも求めている。
現在会員は約千3百人で、法事の布施も増えた。

 寺を運営する宗教法人は約7万7千(07年、文化庁調査)。
コンビニ店舗数の約1.8倍という身近さだが、若い世代ほど仏教や寺は縁遠い。
仏教事情に詳しい第一生命経済研究所の小谷みどり主任研究員は「檀家は 『家の宗教』で、個人の信仰ではない場合があるから、寺と檀家の間に溝が出てくる。家族で寺との付き合いや墓をどうするか話し合ってみては」とアドバイスする。

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能登半島地震 被災から751日め

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今朝から早速良ちゃんが来てくれました。
ハクビシン(?)が出入りしているかもしれない床下に網を張ってくれました。
夕方、作業完了し、コーヒーを飲んで一服し、これでしばらく様子を見るしかないねと、撤収のはずだったのですが・・・。
別の用事で来ていた友達が、帰り際にハクビシン(?)の足跡(爪跡)を発見!

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本堂と会館(庫裏)の境の雨樋に動物の爪跡(足跡)。
明らかにこれを登って行ったことが分かります。
この足跡を見て良ちゃんも猫ではなく大きな動物が出入りしているということを分かってくれたようです。

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会館と本堂の間の隙間を覗いてみると、会館側の天井に穴が空いています。
本堂の屋根とぶつかるので邪魔になる部分を取り除いたことによる穴のようです。
ここから侵入しているに違いないと思いました。
天井裏から確認してもらうとかなり大きな穴のようで、明日出直して塞いでもらうことになりました。

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能登半島地震 被災から750日め

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輪島は、競歩の日本陸連公認コースになっています。
去年までは、川向こうのコースで行われていたのですが、今年は正覚寺の近くにコース設定されました。
昨日・今日と日本選手権競歩大会が行われ、今日の午前中は、50キロ競歩が行われました。
午前中は空いていたので、女房としばらく観戦に出かけました。
上の写真は、3時間40分12秒の日本新記録で優勝し、6連覇を果たした山崎選手です。
他の選手とはレベルの違いを感じさせる歩き(走り?)でした。

 

20090412_015
この家は震災で全壊になりました。
再建は断念したとおっしゃっていたのですが工事が行われているようです。
再建を決断されたのでしょうか?
今年まで、震災復興の助成を受けることができるそうです。

 

夜、三男が廊下の天井裏で音がする、何かいる、と言ってきます。
行ってみると、ゴトゴトという音と共に天井板が下にふくらみます。
猫のような軽い動物ではなく、かなり大きな動物のようです。
ハクビシンでしょうか?
ほうきの柄で天井をドンと突くと奥へ逃げますが、余り素早く動ける動物ではなさそうで、モコモコと天井板のふくらみが移動していきます。
天井をたたきながら追いかけると、会館(庫裏)の一番奥で音がしなくなりました。
その付近の壁(床下)から出入りしているのではないかと思います。
ハクビシン対策は出来たと思っていたのですが・・・。
廊下の天井のシミは、雨漏りかと心配していたのですが、ハクビシンのしわざだったようです。
早速、便利屋良ちゃんに電話しました。

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能登半島地震 被災から749日め

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境内の桜は満開、天気がいいので、夕方、女房と裏の公園の桜も見てきました。
わずかながら花見客がいたので、ちょっとだけ覗いただけですが・・・。

 

今日の午前中はご法事がありました。
今月になって初めてのご法事でした。
そして、今月になってお布施がいただける2件目のお参りでした。
老後の仕事としてはちょうどよいペースだと思いますが、これから大学に進学する息子を抱えた身には不安になる状況です。
だからといってPRしたり営業したりできる仕事でもありませんし、成り行きにまかせるしかありません。

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能登半島地震 被災から748日め

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隣家の漆器屋さんが、息子さんが家業を継ぐために帰って来られるので自宅を建て替えられるそうです。
今日は地盤改良が行われました。

 

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本堂が小さくなり、荘厳している道具の数が少なくなりました。
昨日からお道具磨きをしています。
昨年11月に磨いたので本堂にお荘厳してあるときれいに見えるのですが、磨いたものと磨く前のものを比べると違います。

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能登半島地震 被災から747日め

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会館の畳の表替えとふすまの張り替えなどをしてもらっています。

 

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木蓮も桜も満開です。
木蓮の花はしばらく楽しめますが、桜の花はすぐ散ってしまいます。

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この人は数日前から草むしりに執念を燃やしています。
庭に草が生えていては、主婦としての顔に傷がつくのでしょう。

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能登半島地震 被災から746日め

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輪島で1番最初に咲く境内の桜だったのですが、工事の影響でしょうか?今年は他の桜に遅れていました。
その桜が今日、一気に咲き始めました。
4分咲きといったところでしょうか?

 

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桜が咲き始めて、天気が良く暖かかったので、夕方、女房と裏の公園を一回り散歩しました。
高台の公園へ上がる途中、町を振り返ると、一昨年の暮れまでは写真の中央に大きな正覚寺の本堂があったのですが、それがありません。
小さな本堂になったんだと改めて思いました。

 

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公園の桜も咲いています。
今度の土日は花見で賑わうのでしょう。

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能登半島地震 被災から745日め

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91歳のお婆ちゃん、ヘルパーさんらのお世話になりながら一人暮らしです。
土いじりが大好きで、さすがに畑はできなくなりましたが、裏の庭はキレイに手入れがされています。
しばらく話し相手をして上げようと思うのですが、耳が遠くなったこともあってなかなか話しがつながりません。
申し訳ないと誤りながら帰って来ます。
息子さん達や妹さんが来られた時に一緒に寺へお参り下さいとお願いをしました。

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能登半島地震 被災から744日め

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よい祭り日和の中でお向かいのお宮さんの春祭りが行われました。

 

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一方の正覚寺は、今日も6人という寂しいお参りでした。
報われない徒労のように思え、とても疲れました。
すべての行事を止めてしまいたい気分ですが、そういうわけにもいかないので、秋の祠堂・永代経は2日にしてみようと思います。

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能登半島地震 被災から743日め

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今日の祠堂・永代経、開始10分前までは一人の参詣者もいらっしゃいませんでした。
昨日は心配しながらも10人の参詣があったので、今日は大丈夫だろうと思っていたのですが・・・。
いつかはこんな日が来ると覚悟をしていたつもりですが、現実になるとショックでした。
5分前に一人おいでました。
時間になったので、役僧さんと3人でお参りをしていると、勤行の終わり頃に一人、終ってから一人、3人の参詣者になりました。
参詣者が一人だけだったら、布教使さんには謝ってお説教を中止するつもりでしたが、3人になったので、1席だけお願いしました。
お説教の途中で一人おいでて、女房も含めて5人の参詣でした。
昨日もそうだったのですが、お参りが終ってから一人お参りにおいでました。
行事の縮小が必要だと思いました。

 

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今日・明日は向いのお宮さんの春祭りです。
境内は祭り見物の方の駐車場になりました。
祭りは、日曜日と暖かい天気の効果もあるのでしょう、大盛況のようでした。
祭り見物が寺参りに結びつかなくなっていることを感じました。

 

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「4月10日ころ オープン!!」
いいかげんと言うか、適当と言うか、曖昧なオープン予告。
この予告看板に意味はあるのでしょうか?

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能登半島地震 被災から742日め

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今日から3日間、祠堂経(永代経)をお勤めします。
30年前は、5日間午前・午後、毎日30~50人、時には100人の参詣者があったのですが・・・。
それが3日になり、午後だけになり、来年からは2日だけでいいかな?と思っています。

3男の進学の会話の中で、女房が、「お坊さんの資格さえとってくれたら十分よ」と言います。
私は、息子達の時代はお坊さんの資格で生きて行ける時代だろうか?と思います。

 

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正覚寺の向いで開店の改装をしているスナックです。
過疎高齢化、不景気で輪島のネオン街は閑散としているようです。
スナック経営も大変だろう、と思います。

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能登半島地震 被災から741日め

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夕べ、風呂を沸かしていたら、お湯が2/3ほどのところでボイラーが止まってしまいました。
何度も再起動させてみたのですが、やはり動きません。
仕方なく諦めました。

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今朝、設備屋さんに見てもらいました。
結果、古くなった灯油のタンクに水が溜ってボイラーに灯油が供給されなくなったのが原因でした。
水抜きをしてもらい、無事復旧しました。

 

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女房に色花を入れてもらいました。
かつては私がお花を立てていたのですが、近年は女房にお願いしています。
立花の免状もいただきましたし、仏花の講習も受講したことですし・・・。

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能登半島地震 被災から740日め

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明後日から春の祠堂経(永代経)のお勤めがあります。
その準備に打敷を掛けました。
新本堂の内陣の寸法に合わせて新調しました。
初使いです。

 

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草むしりのシーズンになりました。
庭は狭くなりましたが、整備されたので汚れが目立ちます。

 

Yuu  
我が家の子供たちもそうですが、いつの間にかそれぞれ大きくなって社会人です。
ハガキではまだまだかわいいのですが・・・。

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能登半島地震 被災から739日め

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今年度は町内会の班長です。
4月1日で仕事初めでした。
女房と二人で広報と資源ゴミ用の袋などを配布しました。
夜は町内会役員会で、女房に出席してもらいました。

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