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2009年7月

能登半島地震 被災から860日め

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この本を読み終えました。
子供のころに見聞きしたことなど、知っているようで知らなかった現代史を知ることができました。
水俣病の被害を拡大させてしまった経済優先で企業側の立場で工場排水と病気の因果関係を認めず対策・指導をしない国、そこに登場する御用学者。
公害ではありませんが、血液製剤による薬害エイズや薬害肝炎も全く同じ構図でした。
アメリカから非加熱製剤の危険性を指摘され、加熱製剤が開発されたにもかかわらず、非加熱製剤を使い続けたためにエイズの被害が拡大しました。
原発も同じです、国は経済優先で御用学者が雇われて安全をPRします。
同じことを繰り返してはいけないと思いました。

 

今日はご門徒の方のお葬式でした。
寺参りはされない方でしたが、60歳頃から重い病気を患っておられたからだと思いますが、寺にはとてもよくしてくださいました。
石材店を営んで人生を歩んできた恩返しだと言われて寺標を寄付して下さったのですが、その寺標が能登半島地震で倒壊すると、震災直後から再建を約束して下さり、1ヶ月ほど前に再建されました。
その寺標を見に来られたのが最後の外出だったそうです。
毎月私がお参りに伺うのを待っていて下さったのでこれから寂しくなります。

昨日、叔父さんのお葬式で、火葬場からお骨を拾ってセレモニー会館へ戻ると、会館の玄関ホールに「仏式の作法により、当会館では清め塩は致しません」という掲示がありおしぼりのサービスをしていました。
会館のカーペットの上に塩を撒かれてはたまらんからだろう、と思いました。
今日のご門徒のお葬式は火葬場から自宅へ帰られましたが、清め塩は行われませんでした。
そういえば、輪島のお葬式でも清め塩を見なくなりました。
セレモニー会館の広がりが清め塩をなくしたのでしょうか?
住職・僧侶の言うことは聞かないけれども葬儀業者には従うのでしょうか?

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能登半島地震 被災から859日め

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昨日・今日と叔父さんのお葬式にお参りさせていただきました。
叔父さんからすれば姉(私からすれば叔母さん)のお寺の住職代務者をされていたので、会場はセレモニーホールを利用してもできるだけ住職らしいお葬式をということでこういう形にしてもらいました。
宮型の斎壇のように見えるのは輿です。
金沢とその周辺では寺の葬式には輿を使う習慣があります。

 

昨日、叔父さんの家にいたら、ご門徒から電話。
奥さんが亡くなって金沢でお葬式をされるといいます。
葬儀屋の紹介の僧侶に葬式をしてもらうつもりだが、葬儀屋が確認をしろというので電話をしてきたと言います。
私が、金沢近郊までお葬式に来ていると言うと、30・31日の日程でお葬式をすると言われます。
30・31日は輪島でお葬式があると伝えると、日程がぶつかっているから結構だと言われました。
よかったら代わりに叔父さんにお参りしてもらいますが・・・と伝えましたが、葬儀屋の紹介の僧侶に頼むといわれました。
正覚寺の門徒ではなく葬儀屋のご門徒になられたように感じました。
お葬式も手軽に便利にすましてしまう、そんな時代ですね。
僧侶は衣さえ着ていれば誰でもいい、僧侶は葬儀屋のセット商品の一部、そんな時代を感じました。
ここから僧侶なんてどうでもいい、儀式なんてどうでもいいとなっていき、親しい親族で焼いてお骨にするという直葬になっていくのではないかと思いました。
僧侶も儀式もどうでもいいという感覚が全く間違っているとは私は思いませんが・・・。

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能登半島地震 被災から857日め

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午前中、夕べ亡くなった叔父さんのお弔いに金沢近郊まで往復しました。
こういうことができるようになったのもこの道路のおかげです。
過疎の能登半島にこんな道路は贅沢、無駄づかいという批判をしたいところですが、この道路のおかげで行動範囲が広がりました。
一方で、この道路で便利になった影響もあるのでしょう、輪島の宿泊客が減り旅館の倒産・廃業が続きました。

午后輪島に帰ってお参りがありました。
お参りに伺うとお爺さんの具合がよくないとのこと。
50代からの持病があるところに肺気腫、そこへ昨秋から癌治療、少しずつ弱られているとは思っていたのですが・・・。
お参りから帰って30分余りたった頃に電話があり、お爺さんが亡くなったとのこと。
まさか今日亡くなってしまうとは御家族も思ってはいませんでした。
生命のはかなさを感じました。
明日・明後日は叔父さんのお葬式なのでそのことを伝え、輪島のご門徒のお葬式は明後日・明々後日の日程にしていただきました。

 

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今夜発見した玄関からの新しい景色です。
これまでは左側の窓の明かりしか見えなかったのです。
それが右側の家が新築されて2階が息子さんの部屋になったようです。
右側の家は、震災で全壊となり解体されて今春までは更地だったのです。

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能登半島地震 被災から856日め

Video1 
昨夕、落慶法要のDVDが届きました。
参堂列の稚児の姿が可愛い。
やっぱり法要のメインイベントは稚児行列ですし、主役は稚児でしたね。

Video2

 

塗りものをしながら、なんとなく自分は人生を空しく過ごしてきたのではないだろうか?生命を無駄にしているのだろうか?ということが思われます。
若い頃は、できることなら何もせずにぼ~っと暮らしたいと思っていました。
それが、空しく過してしまったのではないか、空しく過しているのではないかと考えるようになりました。
何となく先が短くなってきたと感じているからでしょうか?
今夜、父親の弟である叔父さんが亡くなりました。

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能登半島地震 被災から855日め

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今日の日曜日も何一つお参りの予定がありませんでした。
梅雨が明けず時々雨の降る湿度の高い1日で、アマチュアの塗りものには絶好の天候が続いています。
で、午前中に1回、夕方に1回塗りました。
どんな風に仕上がるかとても楽しみです。

 

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昼過ぎはジャズボーカルを聞きながら本を読みました。
時々うつらうつらとしながらですが・・・。

 

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奥の廊下にドラムセットが置かれました。
3階の長男の部屋から移動しました。
3男が友達とバンドをするようです。
私は引っ込み思案でスポーツも音楽も経験がありません。
女房も決して活発な方ではありません。
子供たちは誰に似たのかそれぞれスポーツやバンドに積極的にチャレンジします。
3男は受験生なのですが・・・。

受験生といえば、3男は昨日・今日も模擬試験でした。
夏休みになってからも毎日補修で学校に通っています。
先生も大変な時代だと思います。

 

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新本堂が竣工し、落慶法要も終えたせいでしょう、震災復興ということを忘れがちです。
目の前に新様式の本堂があることが夢の中の出来事のような不思議な感覚になります。

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能登半島地震 被災から854日め

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玄関先で塗りものにペーパーをかけていたら緑色の体をした蜘蛛が歩いていきます。
そこへ大きな蟻が襲いかかり、蜘蛛はあっけなくやられてしまったようでした。
蟻と思われた虫には黒い羽根があります。
蜂でしょうか?
虫を捕らえて食べる蜘蛛もやられてしまうんだとちょっと驚きました。
そこへごそごそと虫がはってきます。
フナ虫という岩場や堤防にいる虫です。
輪島は海辺の街ですが、正覚寺は海岸から数百メートルあります。
なぜこんなところにフナ虫は現われたのか、これもちょっと驚きでした。

 

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長男が友達とバーベキュー。
私たちも便乗しました。
長男の友達の一人は漁師さん、5Kgのサザエが届きました。
私の友達が輪島でシタダメと呼ばれている巻き貝を持ってきました。
輪島ならではのバーベキューになりました。
長男の友達の漁師さんは魚介類が苦手、おまけに虫も苦手。
意外と漁師さんにはこういう人が多いんですよね。

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能登半島地震 被災から853日め

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今朝の新聞折り込み広告に輪島市門前町の興禅寺さんの落慶法要が宣伝されていました。
興禅寺さんは、総持寺祖院の斜め向いにあるお寺で、震災では正に全壊となりました。
30軒ほどの檀家も大きな被害を受けたため檀家に頼るわけにはいかないと主に托鉢で資金を集め再建されました。
私にはとてもまねができません。

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これが興禅寺さんの新本堂です。
先日、女房の実家の帰りに厚かましく見学させてもらいました。

興禅寺さんも「再生への旅」というブログを書かれています。

 

午后、塗りものをしていると外から幼児か小学校低学年と思える子供たちの賑やかな遊び声が聞こえます。
最近の子供はテレビゲームばかりで外で遊ばないということもありますが、子供が少なくなり子供の声が聞こえなくなりました。
夕べは祭りの相談会がありましたが、祭りに参加する子供の名前が出ません。
私が子供の頃は地域で運動会をしたりソフトボール大会をするほど子供の多い地域だったのですが・・・。

寄付を届けて下さった方がおいでました。
耳が不自由なご兄弟の家庭です。
遅くなった上に1口に満たない金額で申し訳ないと言われましたが、十分過ぎるご寄付でした。

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能登半島地震 被災から852日め

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数日前から裏の空き地の草の伸びが気になっていました。
女房が庭の草取りをしていたので、空き地もそろそろ草刈りをしなければならないねと声をかけたら、午后は美容院へ行くから今すぐ刈れと言われました。
11時半から1時間余り草刈り機の作業をしましたが、もう少しを残して体が痛いし汗だらけだし・・・、昼食を兼ねてちょっと一服。
午后も30分ほど頑張って作業完了。
草刈り機使っての作業ですが、慣れない作業なので疲れました。
道縁などの草刈り作業を見かけると、機械を使っての楽な作業に見えますが、自分でやってみるとなかなかの重労働です。
夕方まで手の震えが治りませんでした。

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能登半島地震 被災から851日め

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今日の昼食は今年になって初めて冷たい素麺。
麺は女房の実家からいただく半田素麺。
素麺より太くうどんより細い腰のある麺です。

 

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中庭の池、この池には金魚がいます。
今年は新居の1年目ですし、落慶法要の準備などで慌ただしく餌をやる以外何も世話ができなかったので、無事生きていてくれれば十分と思っていました。
法事が終った頃に数匹の稚魚がいまいた。
世話をしていないのに稚魚が産まれたことをうれしく思いました。
数日前から餌を与えていると数匹と思っていた稚魚の数が多いようです。
30匹ほどいるようです。
生命ってたくましいんだなと思いました。

もう一つのさらに小さな池にメダカがいます。
世話をせずとも子供を産むと思っていたメダカは今のところ子供を産まなかったようです。
子供はいないのですが、池をのぞくとタニシがいます。
それも小さな稚貝がたくさんいます。
どこからやってきたのでしょうか?
自然って不思議です。
せっかくなので金魚の池へ数匹移動してもらいました。

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能登半島地震 被災から850日め

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衆議院が解散し8月18日公示-30日投開票という日程で総選挙が行われることになりました。
選挙というのは、国民・県民・市民が政治家を選ぶことですが、私は選挙により民度が試されていると思います。
能登・輪島は、衆議院選挙でいうと石川3区。
定数3の旧石川2区の中選挙区時代も含めて、これまで1度も総選挙で保守以外の野党の候補者が当選したことのない保守王国です。
その政治家たちの選挙公約は決まったように能登・加賀の格差是正でした。
能登の活性化のためには政権を握っている自民党の政治家を送り出さねばならないと、純朴な能登人はせっせと自民党の候補者に投票し続けました。
その結果は、能登・加賀の格差は是正されるばかりか広がる一方でした。
昔、自民党ばかりの保守王国の政治家よりも、同じ選挙区に社会党などの野党の政治家がいる選挙区の政治家の方が一生懸命働くという記事を読んだことがあります。
保守王国の政治家は仕事をしなくても地位が保障されているから働かず、出世もしないというのです。
一方、野党議員のいる選挙区の政治家は、いつ落選するか分からないという危機感があるから一生懸命働き、出世もするというのです。
私は地元の政治家のことを考え、そうだろうなと思いました。
国全体としても同じではないかと思います。
何をしても自民党が権力を持ち続けるというのでは、一党独裁の北朝鮮や中国と大差がありません。
しっかり国民のために政治をしなければ落選させられる、権力の座から下ろされる、そういう危機感を政治家に抱かせる必要があると思います。
国民が政治家・政党に支配されるのではなく、国民が政治家を使う、そういう立場にならなければならないと思います。

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能登半島地震 被災から848日め

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今日は「輪島あわびまつり」というイベントがありました。
冬のかにまつりが好評なため夏バージョンとして今年から行われることになったイベントです。
私は塗りものをして留守番をしていましたが、女房が出かけました。
激しいどしゃぶりの風雨だったので人出が少ないんだろうなと想像していました。
女房はずぶ濡れになって帰ってきました。
駐車場は車で一杯だったし、人出もちょうどいいくらいの込み具合だったとのことでした。
晴れていたらとんでもない人でだったかもしれません。
豪雨は災いではなく、イベントにとっては幸いだったのかもしれません。
それにしても激しい雨の中、人出があって良かったと思いました。

 

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夕方から女房の実家へ出かけました。
剱地という田舎町の祭りでした。
数年前までは、8月の20日すぎに行われていたのですが、過疎化のため参加者確保を目的に7月半ばの土日開催に変更されたのです。
能登にはこのように祭りの日程を変更した地域が多くあります。
日程を変更したのですが、少子化のため規模は大きく縮小されました。
前夜祭には子供たちが乗って囃子を勤めた山車が出たのですが、それは中止になったようです。
また、獅子舞もあったのですが、これも中止・廃止されたようです。
ストーリー性のある立派な獅子舞だったので存続できなくなってしまったことがとても寂しく残念でした。
1年1年、一つ一つ過疎が厳しくなっていく現実を感じました。

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祭りを終えるのが寂しいかのようになかなか御輿が宮へ入っていきませんでした。
今年はなんとか規模を縮小しながらも2日間の祭りが行われましたが、変化のスピードの速さを見ていると来年はどうなるか分かりません。
午后11時過ぎ、祭りは無事終了しました。

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女房の実家のとなりの散髪屋さんです。
テレビで見たクールシャンプーのポスターが掲示してあります。
少子過疎高齢化が進む一方で、先日テレビで知ったばかりのことが、もう既にこんな田舎にまでやってきていることが驚きでした。
こういう社会なんだなぁと思いました。

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能登半島地震 被災から847日め

正覚寺は、輪島市河井町 重蓮区第1班に所属しています。
今夜はその第1班の班会議でした。
議題は夏祭りについて。
7月~9月は能登の夏祭りシーズンなのです。
8月22~26日は輪島大祭。
23~24日は河井町の祭りです。
今年は、第1班が町内会長の当番班で、夏祭りの当番でもあります。
30年ほど前までは寺ということで特別扱いしてもらって班長の職を免除してもらっていました。
もちろん祭りにも参加していませんでした。
ところが今は過疎・高齢化が進み、我が家が参加・協力しなければ班は成り立たないのではないかと思います。
今年は我が家が班長です。
で、今夜の会議で夏祭りの会計を勤めることになりました。
会議に参加しながら、いつまで祭りができるのだろうと考えてしまいました。

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能登半島地震 被災から846日め

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このバイク、昨日の朝に気づいたのですが、それからずっと置きっぱなしです。
近所へ飲みに来て置いていったのでしょうか?
それにしてもいいかげん取りにくればいいと思うのですが、今日も置きっぱなしです。
夕方になってようやく取りに来たようですが、頭の白い年配の人だったそうです。
だらしない、置きっぱなしという感覚が私には理解できません。

 

今日の夕方5時に集金に来て欲しいという連絡があり寄付をいただきに伺いました。
遅くなって申し分けないとおっしゃいますが、こちらこそ申し訳ありませんとお答えしました。
少しずつですがまだ寄付やお祝いがいただけることを本当にありがたく思います。

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能登半島地震 被災から845日め

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午后、裏の高台の墓地へお墓参り。
金沢から実家のお墓参りにおいでました。
輪島などの田舎は八月盆ですが、金沢は七月盆なのです。

そのお参りの前に祥月命日のお参りがありました。
そして中越沖地震を思い出しました。
2年前の午前10時、お参りに伺ってお勤めを始めようとしたら地震になったのです。

 

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旅行のおみやげはもちろん地ビール。
というかビール以外におみやげは必要ありません。 coldsweats01
夕べは休肝日だったので、女房は今夜のビールを楽しみにしていたようです。

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能登半島地震 被災から844日め

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お参りに伺った家でゼラニウムの鉢をいただきました。
他にニゲラ(クロタネソウ(黒種草))の種もいただきました。
先月は額アジサイのプランターをいただききれいな花が咲きました。
数年前にスズランをいただいたのですが、震災の復興工事の間に消えてしまいました。
草花などの生物をいただくのはとてもうれしいのですが、上手に飼育できるかどうかが問題です。
私にはスズラン以前にも育成が簡単だと言われているアジサイを何本も枯らしてしまうという前科があります。

 

今夜はシャワーを浴びても女房がビールを飲まない。
普通に晩飯を食べていたし特に体調が悪い様子もなかったのですが・・・。
聞けば、明日は健康診断。
で、誘惑がないので私も休肝日にしました。

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能登半島地震 被災から843日め

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昨日・今日と頼母子講の仲間で長野県へ旅行に行ってきました。
皆はゴルフを、ゴルフをしない私は観光。
昨日は、天気が悪かったこともあって地ビールのある日帰り温泉でゴロゴロしてすごしました。
今日は、ゴルフ組から外れた2人と共に観光。
一人の強い希望で善光寺へ。
善光寺見学で午前中がすぎてしまいました。
昼食は、昨日とは違う地ビールのあるレストランへ。
そこでの食事も私の想定時間を大きくオーバー。
結局、午後予定していた海野宿の観光を取りやめ。
2日間何だったんだろう、無駄に過してしまったかな?と思わないでもないですが、こういうこともあってもいいかもしれません。

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能登半島地震 被災から841日め

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ネット通販で注文しておいたCD2枚が届きました。
ジャズボーカルです。
ご法事のお斎(昼食)から帰って早速聞きました。
ところがすぐに寝てしまいました。
昼のビールが効いたのと疲れたのと。
それにしても、輪島のCDショップに注文しても手に入るのですが、便利なのでネット通販を使ってしまいます。
CDや本は送料無料ですし、カードで支払えば送金手数料もいりませんし、家まで届けてくれますし・・・。
田舎に仕事がなくなるはずだと思います。

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能登半島地震 被災から840日め

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今夜は頼母子講でした。
帰りに友達に誘われて先日オープンしたばかりのショットバーに寄りました。
12人程度で満席になる小さなおしゃれな店でした。
比較的若いお客さんでいっぱいでした。
過疎高齢化が進む街にこういう店ができて少しホッとしました。

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能登半島地震 被災から839日め

Karuto 
この本を読み終えました。
200ページ余りの本なのですが、活字が小さく老眼の進んだ目には少々時間がかかるかと思われましたが、普段は使うことのない強い老眼鏡を掛けて読みました。
タイトルからの想像に反してスラスラと読めました。
カルトを知るために、ぜひ読んだらいい本だと思いました。

 

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今日も午前中は塗りもの、午後は1軒だけ月忌(月命日)があり、残りの時間は音楽を聞きながらうつらうつらしながら本。
写真は、木地にベンガラという赤い顔料を塗ったものです。

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能登半島地震 被災から838日め

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午前中は趣味の塗りものをして、午後は音楽を聞きながら時々うつらうつらして本を読み、夕方に1軒だけ祥月命日(当月当日の命日)のお参りという1日でした。
こんな毎日で生活が成り立てばいいと思います
昨日・今日と大雨注意報・警報、雨が降ると雨漏りの心配をしていたのですが、とりあえず今はそんな心配はなくなったと思います。

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能登半島地震 被災から837日め -1

今朝のワイドショーは、豪華スターが次々と登場して歌を歌ったマイケル・ジャクソンの追悼式一色でした。
とくダネ!という朝のワイドショーで司会を勤める小倉智昭が、「マイケル・ジャクソンの追悼式ならもっと多くのスターが集まっていいはずだ。『ウィ・アー・ザ・ワールド』(We Are The World)を一緒に歌ったのに来ていない人が多かった」と発言しました。
小倉智昭はマイケル・ジャクソンのファンのようだから、ファンの心理としてはそう思うのは理解できます。
しかし、多くの者がファンだからみんなが好きだと決めつける、二十数年前一緒に歌を歌っていたから今もその付き合いが続いていると決めつける、偉大な有名人の葬儀には誰もが駆けつけて当然と決めつける、そういう感覚には違和感を感じます。
「マイケル・ジャクソンの追悼式にクインシー・ジョーンズがいないのはおかしい」とも小倉智昭は言いましたが、追悼式に出席するしない、そんなことはクインシー・ジョーンズの勝手でしょ?
マイケル・ジャクソンの追悼式に「~ねばならない」と決めつける必要のあることはないと思いました。

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能登半島地震 被災から837日め -2

20090708_002  Aqua_nome  
先日ネットで予約した今日発売のCDが今朝届きました。
早速聞いてみました。
私には歌詞の深い意味まで読み取ることはできませんが、epoというシンガーソングライターの人生を通しての思いが込められているのだろうと思いました。

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たったひとつの

たったひとりの わたしの父親
この世でひとりの わたしの母親
二人のもとを選んだ理由を
思いだせるかな 生きているうちに

何のために人は生まれ
心をすり減らしてゆくの
私たちを 照らすものは
遠くで ゆれる愛の光

あなたの代わりは どこにもいない
例えば誰にも 愛されなくても
私の代わりは 誰にも出来ない
それこそ真実 確かな真実

裸足のままで さまようあの子
愛を知らぬまま 光になるあの子
背中の羽をむしりとられても
夢を見るのかな 高い空の上で

何のために人は生まれ
何度も くり返してゆくの
悲しくても 飛べなくても
いいのよ あるがままのわたし

あなたの代わりは どこにもいない
例えば誰かに 見放されても
傷つく命も旅立つ命も 誰かが見ている
心で見ている

何のために人は生まれ
何度もくり返してゆくの
悲しくても飛べなくても
いいのよ あるがままのわたし

あなたの代わりは どこにもいない
例えば誰にも愛されなくても
私の代わりは誰にも出来ない
それこそ真実 確かな真実

たとえばあなたに
会えなくなっても

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能登半島地震 被災から836日め

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お向いのご主人です。
震災で家が全壊となり取り壊されました。
家を失ってからは、川をはさんだ隣町の親戚の家で生活されているようです。
家がなくなっても毎朝通って来られます。
できることならここで再び生活をされたいのではないかとその姿を見て思います。

 

6月はそこそこ忙しかったのですが、7月以降はスケジュール表がガラガラです。
復興の工事で借金が残らず、また小さな本堂に改築してもらってよかったと思います。
今のお参りの状況ではとても借金を返済してはいけませんし、大きな本堂の維持費を捻出することもできません。
本堂を修理して借金が残っていたら・・・、悲惨な状況だったろうと思います。
小さな新築の本堂なら、自分たちの生活を切り詰めればなんとかなります。

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能登半島地震 被災から835日め

Tky200907050144  Tky200907050145  
石原裕次郎の23回忌に3万~10万人の人が献花に集まったというニュースが流れました。
こういうイベントに出かける人の気持ちが私には理解できません。

っと書いていたら、隣家の夫婦がやってきました。
東京土産をもらいました。
抽選に当たったので石原裕次郎23回忌に言って来たそうです。 coldsweats01

うっかりものは言えません。

 

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7月6日7時12分配信 読売新聞より抜粋

インターネットに、「抜けるなら金を払うか、リンチ」女暴走族の実態 というニュースが流れていました。

元メンバーの少女(17)は、幼稚園の頃から、両親に「中学受験しろ」と言われ、期待に応えようと頑張ったが、いい成績をとっても、「もっと上を目指せ」とハッパをかけられるだけだった。
自分のことを認めてもらえない。
中学3年になると、学校へ行かず、家出を繰り返した。
親への反発から家出とのこと。
コンビニエンスストアの前にたむろしていると、いつの間にか暴走族へ入った。
中学の同級生だった少女(18)にも声をかけた。
誘われた少女も、中学時代は優等生だったが、高校では成績が伸びず、やる気を失い、親に七つ年上の姉と比べられるのも、嫌だった。

暴走族は解散するが、元メンバーは「暴走族には、本当の友達と呼べる仲間はいなかった」と振り返った。
警察署の生活安全課長は「少女たちが更生するには、まず、家庭できちんと居場所をつくってあげることだ」と話している。

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FM放送を聞きながら塗りものをしていたら、教育(学資)保険(ローン?)のコマーシャルが流れました。
その中で、「子供にどういう人生をおくらせるか・・・」というようなことを言っていました。
私はおかしいと思いました。
子供の人生は、子供が考え、子供が決めることであって、親が決め、親が押し付けるものではありません。
奥能登・輪島というへき地にも学習塾があり繁盛しているようです。
勉強はできないよりできた方がいいですし、学歴もないよりもあった方がいいと思います。
私は、息子たちには人生経験として大学生活を経験させてやりたいと願っています。
高校までに自分の目標が見つかった子がその目標に向かって進むことは立派なことです。
しかし、わが家の息子たちのように人生の目標が見つからない子は、社会へ出るまでの猶予期間としてとりあえず大学へ進学し、大学の4年間で自分を見つめて進路を考えるというのも大学生活の意義だと思います。
勉強にしろ、スポーツにしろ、芸事にしろ、親が押しつけてはいけないと思います。
親が道を決め、その道を子供が順調に進んでくれればいいですが、野球のイチローやゴルフの石川遼は特別な例でしょう。
子供の人生は子供の人生であって親の人生ではない、私はそう思います。

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能登半島地震 被災から834日め

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今日も日曜日だというのに何もお参りがありませんでした。
で、午前中は研いで、午後は塗りをしました。
この先もずっと暇です。
どうして生活がなりたっているんだろうと我ながら不思議です。

 

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向いのスタンドの改修工事が完了したようです。
店長と思える男性が明日のリニューアルオープンに向けて準備をしているようでした。
休日返上で頑張ってるんだなぁ~、自分も頑張らなきゃ、なんとなくそう思いました。

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能登半島地震 被災から833日め

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配電盤のボックスの交換が行われました。
容量が間違っていたということですが、私には何のことだか分かりません。
とりあえず、ご苦労様でした。

 

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土曜だというのに暇なので、女房と「能登ふるさと博」という催しのオープニングイベントに出かけてきました。
初めに4人の来賓の紹介、挨拶がありました。
3番目は県議会議長の挨拶でしたが、ひどい内容でした。
石川県選出の自民党国会議員の名前を並べ立てて間近に迫っていると思われる衆議院選挙の応援演説のようでした。
場所と立場を考えて挨拶しろ!と思いました。
残念ながら、目当てだった井上あずみという歌手のライブは午後でした。

 

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今夜は真宗入門講座でした。
今夜が新たな方々を迎えての第1回でした。
スタッフとしてお世話をしながら学ばせてもらいます。

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能登半島地震 被災から832日め

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周囲で工事が行われることが続いています。
地震の修理だと思われますが、大きな工事ではないので業者が手すきになるのを待っていたのかもしれません。
震災による改築・新築工事も落ち着いてきたと聞きましたから・・・。

 

FMを聞きながら塗りものをしていました。
epoという懐かしい歌手がゲストで、7月8日に8年ぶりにCDを出すということでした。
そのCDの1曲が流されました。
その歌手のかつてのイメージとは違う一青窈っぽいというか沖縄っぽい曲でした。
歌われている歌詞は、「あるがままに・・・」と歌っていました。
何を歌っているのかとても気になったのでインターネットで調べました。
その曲は、「たったひとつの」という曲のようでした。
「あなたの代わりは どこにもいない
 例えば誰にも 愛されなくても
 私の代わりは 誰にも出来ない
 それこそ真実 確かな真実」
まだ発売前なのでこれだけしか歌詞が分かりませんでしたがとても気になる内容です。
どうしても全体の歌詞が知りたいのでインターネットでCDを予約しました。
届くのが楽しみです。

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能登半島地震 被災から831日め

Photo 
昨日の地方紙の記事です。
山中漆器製造卸業者が、下地を施さず漆を塗り重ねた「日用椀」を開発、販売を本格化させるそうです。
光沢を抑えている分、日常遣いで付いた傷も味わえるのが特徴。
「漆器は扱いづらい」という一般的な概念を覆すのが狙いと書かれています。
この記事を読んで、プロも山吹塗を売るようになったのか!と思いました。 coldsweats01

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能登半島地震 被災から830日め

昨日のお通夜に引き続き今日はお葬式でした。
今日は、昨日までと違って涼しい天候でした。
でも、エアコンが入れられていました。
寒いからエアコンの設定温度を上げてくれという人がいれば、また別な人は暑いから温度を下げてくれと言われます。
エアコンの前付近では温度が低いでしょうし、エアコンから離れたところは温度が高いでしょう。
また、人によって服装が違いますし、男女、年齢、体質、体調などによって暑さ・寒さの感じ方に個人差があると思います。
誰に合わせていいか分かりません。
お互いに譲り合って少しずつ我慢して下さればいいのですが・・・。
しかし、これ以外に大きな苦情・不満の声があったとは私は聞きませんでした。
無事お葬式が終ってホッとしました。
疲れました。

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