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2009年11月

能登半島地震 被災から982日め

002 
今日の午前中は正覚寺から東へ3Kmあまりの農村へお参り。
写真は、お勤めが終わってお焼香をしていただいています。
私のようなものを待って下さる、そしてお米や野菜を持たせて下さる、ありがたいと思います。

 

005 
今夜はお通夜、でも、正覚寺を会場にしているのは他門徒(よそのお寺のご門徒)。
お葬式ラッシュで遺体の搬送も大忙しのようです。
お棺が正覚寺へ運び込まれたのは4時半を過ぎていました。

009
お世話方のスタッフさんが飾り付け・準備をしています。
このおじさんはとてもまじめな方で、10時集合と約束すると9時過ぎにはやってくるという方です。
70歳ですがとてもよく動いて下さいます。

014
今朝、お参りの準備をしていると電話がありました。
セレモニーホールは埋まっていたのだが、1日お通夜・2日お葬式の日程でお葬式の会場として貸してもらえないかとのこと。
正覚寺もその日程はすでにお約束があります、とお伝えしたら、それじゃあダメですね、と電話が切られました。
私は、日程を順延してセレモニーホールでお葬式をされるのだろうと思いました。
夜になって聞いたところでは、日程を順延してご自分のお手継ぎのお寺でお葬式をされることになったとのこと。
たまたま結果的にそうなったのでしょうが、セレモニーを利用せずにお寺でお葬式、できることならこれがベストの選択だと思います。

そうそう、正覚寺のご門徒のセレモニーホールでの今夜のお通夜。
はっきり言えば、ガラガラ・スカスカの空席だらけでした。
正覚寺の本堂でも十分収納可能な参列者数です。
セレモニーホールでは、お通夜の参列者へのお茶とお菓子のセットが1個税込み525円とのこと。
それを100組準備しただけで52500円の負担。
そういうカッコよさの積み重ねがセレモニーホールでのお葬式です。
カッコよくしなければならなかったでしょうか?
そんなカッコよさで亡き人は喜んでくれるでしょうか?
カッコよさを求めて喜ぶのはセレモニーホールと関連業者だけではないでしょうか?
亡き人は見栄を張るな、カッコよくなくていいと願っているのではないでしょうか? 

 

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能登半島地震 被災から981日め

002 
今日の午前中は満中陰法要、午後にお取り越し(報恩講)のお参りの約束があったのでお斎(昼食)はご辞退させていただきました。
もちろん、事前に欠席はお伝えしました。

で、午後は正覚寺から20分ほどの山の村へ。
途中の在所にはほとんど正覚寺のご門徒がありません。
よくぞ正覚寺のご門徒になって下さったと思えるご門徒です。
帰りに山中の風景を写真に撮ろうとしたら、電池が残り少ないとの表示でカメラが起動しません。
そうだった!午前中のお参りから帰ったら充電しようと思っていたのでした。
残念!

帰っての~んびり休憩!と思っていたら4時頃に電話。
明日・明後日の日程でお葬式の会場として貸して欲しいとのこと。
ご門徒ではありません。
相談に来られると言うので、お世話方のリーダーに来てもらって説明と打ち合わせ。
ご門徒でもセレモニーホールを利用される方もあれば、他門徒でも正覚寺を利用される方もある、いろいろですね。

その相談が終わって、お葬式をされる方を送り出してから、お世話方とコーヒーを飲みながらおしゃべり。
セレモニーホールでお葬式をされる方のご親戚が、お世話方のお店に盛籠の注文に来られたとのこと。
どうして正覚寺門徒なのにセレモニーホールを利用されるのだろうという話題。
お世話方の推測では、寄付をされていないから頼みづらいのだろうとのこと。
寄付をしていないからと、セレモニーホールで大きな経費を使ってお葬式をして、そのしわ寄せで小さなお布施。
寄付をしていなくてもご門徒、正覚寺で経費を抑えてお葬式、そして小さなお布施。
どちらが住職として気持ちがいいか、それは明らかです。
セレモニーホールで派手なお葬式をしておきながら寺には・・・それはあんまりだと私は思います。
それに、せっかく建て替えた本堂なのに、ダメ!と否定されたようでガッカリします。

そんな会話をしているところへ電話。
ご門徒のお婆さんが亡くなったとのこと。
この家もご寄付をいただいていません。
お世話方は、寄付をされていないならセレモニーだろうとのこと。
私もそうかなぁ?と思いながらも、正覚寺を利用されるかもしれないと、お世話方にその準備をしてもらって枕勤めに出かけました。
お参りの準備をしているとお仏壇にろうそく等がありません。
持参したろうそくを使っていいかどうか判断するために、「寺へ来られますか?」と尋ねると、当たり前のことを聞くなというように口を尖らせて返事をされます。
住職としてホッと安心したっていうかうれしかったっていうか。
今年の夏、同級生の方のお葬式のお手伝いに正覚寺へ来られた時に、お婆さんのお葬式は正覚寺でと決められたということでした。 

 

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能登半島地震 被災から980日め

003 
3階のリフォーム工事です。
床にフローリングが貼られ、今は壁の下地材の作業のようです。

 

今日は、10時からと12時半に諷経(よそのお寺のご門徒のお葬式のお参り)、1時半過ぎから川向こうのお寺の報恩講の満座に友情出演。
お葬式においでた川向こうのお寺の住職さんが、今日は参詣が少ない、とおっしゃっていましたが、出仕をするとそこそこのお参り。
やっぱりご門徒の多いお寺は違うなぁ!と思いました。
4日間とも暖かくてお天気がよかったこともあると思いますが・・・。

 

一日が終わって、夕飯を食べて風呂を沸かしていると電話。
ご門徒のお婆さんが亡くなったとのこと。
正覚寺にしてはお葬式が多い。
震災後お葬式が少なかったのでそのしわ寄せかもしれません。
同じ正覚寺門徒の親戚の方が今年の夏セレモニーホールでお葬式をされたので、もしや、と思ったら、案の定セレモニーホールでお葬式をされるとのこと。
暮らしぶりからすると正覚寺でお葬式をされたほうがいい、セレモニーへの支払いが負担になるのではないかと住職としては思うのですが・・・。
どうしてセレモニーホールを選択されたのか気になります。
① 正覚寺でお葬式ができる、正覚寺でもお手伝いなしでお葬式ができることを知らない。
  ご門徒にはお知らせしているのですが・・・。
② 正覚寺の本堂では狭すぎる。
     セレモニーホールは180~200席、正覚寺は160~180席。
③ 寄付をしていないので正覚寺を使いづらい。
  セレモニーホールを使用すれば、正覚寺の寄付金以上に多くの経費がかかるのですが・・・。
④ 正覚寺でのお葬式では格好が悪い。
  大きなセレモニーホールのほうが体裁がいい、そんな虚勢を張らなければなりませんか?
セレモニーホールが仲介をする納棺士(師)並みのお布施を覚悟しました。
セレモニーホールに支払いができるなら住職にもそれなりにして欲しいと思いますが、往々にしてお布施で節約されてしまいます。
セレモニーホールのためにお葬式をするようなものです。
はっきり言えば、寺にとっては踏んだりけったりです。 

 

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能登半島地震 被災から979日め

001 
今日の午後も川向こうのお寺の報恩講に友情出演。
今日の参詣者は約50名。
さすがです。

そして今夜はそのお寺のご門徒のお通夜。
正覚寺でのお葬式は、2度続けてそのお寺のご門徒です。
これもさすがです。

明日の私の予定は、諷経(ふぎん)が2軒。
輪島ではお葬式に親戚の方が自分のお寺の僧侶にお参りしてもらう習慣があります。
それを「ふげん」と言っているのですが、それは諷経(ふぎん)がなまった言葉ではないかと言うことで、近年は諷経(ふぎん)という文字を使っています。
で、明日は正覚寺を会場にしているものも含めて2軒、諷経のお参りがあります。
そして午後は、川向こうの大きなお寺の報恩講、いよいよ結願日中・満座です。 

 

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能登半島地震 被災から978日め

002 
今日の午後も川向こうのお寺の報恩講に友情出演。
4日間という昔ながらの日日程にもかかわらず参詣者は20名あまり。
さすが大きなお寺だと思いました。

 

003
今夜は正覚舎スタッフの慰労会。
このメンバーがいてくれるから新生正覚寺が成り立っています。
このメンバーでよかったと思いました。 

005 

 

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能登半島地震 被災から977日め

001_2
今日の午前中は、ご門徒のお取り越し(報恩講)のお参りに。
毎年待っていて下さるお婆さんの姿が見えません。
聞けば座っていられないからと部屋から出てこられないとのこと。
昨日は介護施設のデイサービスにも出かけられなかったとのこと。
このまま寝たきりになるのではないかと心配されます。
97歳になられたのですから仕方ないのですかね。

午後は、川向こうの大きなお寺の報恩講に友情出演。
今日から28日まで勤められます。
初日だというのに数十人の参詣、さすが大きなお寺です。
上の写真はそのお寺のお庭です。
携帯の写真では色が写っていませんが、もみじがきれいでした。

今朝、輪島高校の駐輪場で自殺した人がいたようです。
登校してきた生徒が発見したとのこと。
発見した生徒の精神的影響が心配です。
高校はお払いをしてもらったとのことですが、私も含めて3年生の生徒の父兄には3人の僧侶がいるのですが、私たちに相談するということは思いつかなかったようです。
それがちょっと残念でした。
我が母校でもあり、息子が通う高校ですからボランティアして差し上げたのに・・・。

 

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能登半島地震 被災から976日め

011 
今月15日にお約束をしていたのですが、お婆さんの具合が悪いから・・・と延期されていたお取り越し(報恩講)のお参りに金沢近郊まで出かけました。
途中の道路は、晩秋。
京都や日光の紅葉ほどの色づきではありませんが、それなりに山の木々は紅葉していました。

012 
金沢港の交差点で信号待ち。
横に大きなススキ。
葉は枯れて茶色ですが、穂はまだまだきれいです。

015
携帯のカメラでは写すことができませんでしたが、山は雪で白くなっていました。
先日の寒い日に雪が降ったのでしょう。
冬が近いことを感じました。
そうそう、先日パンクしたと思ったタイヤ、実はパンクではありませんでした。
何らかの原因で空気が抜けただけとのことでした。
でも、11月下旬と言う時期でもありますし、遠出をした時に空気が抜けるのでは・・・という不安もあったので、例年より少し早いですがスタッドレスタイヤに交換してもらいました。

 

ご門徒のお宅へ伺うと、お参りできないとお聞きしていたお婆さんが仏間に出ていらっしゃいました。
仏間に出ていらっしゃるどころか、私は入院されているものと思い込んでいたのでとても驚きました。
2週間ほど前に倒れられてから、休まれている部屋から出られたのは今日が初めてとのこと。
伺うところによれば、廊下で倒れられ後頭部を打たれたとのこと、そして38度の熱が下がらなかったとのことでした。
急に耳が遠くなられていたこともあり、三半規管の異常ではないかと思いました。
仏間に入ってこられてお婆さんがおっしゃいます、仏さんにお礼を申さねば・・・と。
お世話をされている娘さんのお話しでは、倒れられてからお念仏を申せば助けていただけるね、とお念仏を申されていたらしいとのこと。
病気から助けていただいたことに対する感謝のお念仏ならちょっと違うかなぁ?と思いましたが、一方でそれでもいいのかなぁ?とも思いました。
いずれにしても、お世話をしている娘さんが入院か寝たきりになると覚悟をしたお婆さんを仏間でお参りさせる、そういう力が信仰にはあるということを感じました。

 

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能登半島地震 被災から975日め

003
3階のリフォーム工事。
土曜日も今日の祭日も仕事をして下さいました。
かなり進んだように思います。

001
夕方、漁師をされているご門徒の奥さんが訪ねてこられました。
「約束のものを持ってきました」と言われて、生きたカニの入った袋を渡して下さいました。
10月の法事の席で漁師さんの仕事について話題になっていました。
漁師さんが「底引き網漁を・・・」と言われているのが聞こえたので、私が「○○さんは底引きやったけ」と言うと、猟師さんが「長い付き合いなのに、ごえんさんは俺の商売も知らなんだかいね」とおっしゃいます。
そこで私は「これまで一度も漁の報告を受けたことがないからわかりませんでしたよ」とお答えしました。
すると漁師さんが、「今度必ず漁があったらお届けします」と言われたのです。
10月下旬に漁師さんの家へ祥月命日のお参りに伺ったのですが、その際にも漁師さんは約束を覚えておられて、「カニの漁があったらお届けしますよ」とおっしゃっておられました。
その約束のカニが今日届けられたのです。
届けて下さった奥さんは、「小さなものですみません」とおっしゃいましたが、小さなもので十分。
コウバコ(香箱)と呼ばれているメスのカニでしたが、とてもきれいなカニでとてもおいしくいただきました。
ごちそうさまでした。
カニを届けて下さったご門徒さんの気持ち、それをとてもうれしく思いました。

 

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能登半島地震 被災から974日め

001 
日頃は小さくて便利なのでついついスイフトというコンパクトカーを使っています。
たまには動かさないと・・・とエディックスを使おうとしたら、パンクしています。
このタイヤ、一度パンクして修理してもらっているはず。
どうしてまた???

先日は、漁師町の方が2軒続けて正覚寺でお葬式をされました。
その漁師町には曹洞宗(禅宗)のお寺があり、これまではそのお寺でお葬式をすることがその町の暗黙の了解となっていました。
今回初めて正覚寺へおいでてお葬式をされました。
大勢の方が車でおいでるので、にっちもさっちもいかないくらい境内が車で埋め尽くされました。
今日は、その漁師町の家でご法事のお参りがありました。
そこで要望がありました。
お葬式の際に寺でマイクロバスの手配をしてもらえないだろうかと。
私も、隣町や金沢のセレモニーホールがマイクロバスで送迎をしているのを知っていたので、いいアイデアだと思いました。
マイクロバスを準備するのはいいとして、お葬式をされる家の前にバス時間の掲示をするだけで皆さんにバスが運行されることが伝わりますかね?と尋ねると、バス出るげといねぇ、と口伝えに知れ渡るから大丈夫とのこと。
寺に帰って早速お世話方に、マクロバス手配の準備をしておくようにお願いをしました。

 

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能登半島地震 被災から973日め

002_2  
今日は2つの家電を買いました。
ひとつはFAX。
以前から調子が悪く送信ができなかったのですが、送信はパソコンでもできるので、受信専用として使っていたのですが、その受信すらできなくなってしまいました。
今ではFAXなんてほとんど送られてくることはないので少し迷いましたが、総代さんたちとの交信もあるので、一番安いものを買うことにしました。
約1万円の機種ですが、子機が1台、留守電などの機能も付いています。
FAX専用機で十分なのですが、そんなものはありません。
安くてもSHARPです。

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二つ目は電子レンジ。
先日、正覚寺でお葬式をされた方に電子レンジはありますか?と尋ねられました。
お弁当でも温めたいのかと思ったらお酒の燗をしたかったそうです。
先日からお弁当をいただくことが多いのですが、冷たいご飯が食べづらい。
寒くなってきたので、温かいものが欲しくなる気持ちがわかります。
スタッフさんたちと相談して、温め専用の電子レンジを設置することにしました。
電子レンジまで設置して、正覚寺は商売に走っている、そういう批判もあるでしょうが・・・。
電気店で一番安いものを購入しました。
これも約1万円でした。
そして、これもSHARPです。
昨日のニュースで日本はデフレ状態だと報道されていましたが、FAXといい電子レンジといいまさにデフレだと思いました。

001 
報恩講を終えて10日が経つのですが、懇志をお送り下さる方がおいでます。
お返しにカレンダーなどをお送りします。

 

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能登半島地震 被災から972日め

002 
住宅3階のリフォームが行われています。
床に傾きがあることは気づいていましたが、柱にも傾きがあるとは思いませんでした。
補強もしてもらっています。

昨日・一昨日の2軒のお葬式をされた方がお礼参りにお出でました。
昨日お葬式をされた方が、帰り際にお世話をしてくださった方々にもよろしくお伝え下さい、とおっしゃいました。
その言葉をとてもうれしく思いました。
謝礼を払っているんだから世話をしてもらうのは当たり前、そういう世の中になってしまっていますが、私は違うと思います。
いくらお金があっても、お世話をしてくれる人がいなければお世話を受けることはできません。
お互いにお互いの存在に感謝しあう、そういう関係であるべきだと思います。
お互いに感謝しあう、そういう気持ちが大切だと思います。
お世話をされた方に感謝の言葉を述べていただいたことに感謝しました。

一昨日お葬式をされた方も、夕方お礼参りにお出でました。
この方たちも正覚寺でお葬式をしてよかったとおっしゃって下さいました。
いろいろお話をしていて、私へのお上手ではないと思いました。

今日の読売新聞1面の記事 『長寿革命 生死観3』「寺で死にたい」という記事の一節。
『臨床仏教研究所が今年2月、40~69歳の男女600人を対象に行った調査では、71%が「死に向きあった時、宗教が心の支えになる」と感じる一方、「お坊さんは心の支えにならない」という声は75%にものぼった。』
宗教は心の支えになるが、お坊さんは心の支えにならない。
だから、新興宗教やカルトが繁盛するのでしょうね。
「お坊さんは心の支えにならない」、この声にお坊さんは応えられるのでしょうか?
「お坊さんは心の支えにならない」、この言葉を忘れずにおきたいと思います。

 

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能登半島地震 被災から971日め

001_2   
町のあちこちで道路工事が行われています。
向こうの道路が工事中だったからと、別の道路を使ったのですが、こちらも工事中といった具合です。

 

003_2  
私は脂漏性皮膚炎という病気があります。
自分の出す脂で自分がかぶれるという病気だとのこと。
ふけ症が悩みでした。
髪を洗っても乾くとすぐにふけが出始め、肩がふけだらけになりました。
髪を洗っていないんじゃないか、入浴していないんじゃないかと、不潔だと思われていただろうと思います。
鼻の両側も赤くなり白いかさぶたのようなものができました。
友達に脂漏性皮膚炎という病気じゃないかと教えられて病院の皮膚科を受診すると、友達の言うとおり脂漏性皮膚炎という診断でした。
薬を付けるとすぐによくなり、それからは赤くただれたところに薬を付けていればふけは出なくなりました。
近年は、頭皮の発症がなく、時々風呂上りに顔の発症部分に薬を付けていればよい状態でした。
ところが、昨日から頭皮部分に久々に血が出るひどい発症部分が現れました。
脂漏性皮膚炎というのは、タバコ、酒、食生活、そしてストレスが大きく影響するそうです。
多忙というより昨日のお葬式がストレスになったのだろうと思います。

 

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能登半島地震 被災から970日め

002 
今日は、御門徒のお葬式でした。
今回のお葬式は、準備段階からお手伝いのスタッフがこれまでで最も苦労し疲れたお葬式だったと思います。
私も女房も疲れました。
私と女房は、御門徒のお葬式なので我慢できますが、お手伝いの方々には申し訳なかったと思います。
利用者もお世話をする側もお互いに気持ちよく、お互いに気遣い合うそういう気持ちが必要だと思います。
金を払うんだから使わなきゃ損、言いたい放題が当たり前、それは違うと思います。
そして、本堂禁煙・飲食禁止が気に入らなかったようです。
私もかつてはヘビースモーカーでしたし、酒も大好きですから、喫煙者、酒飲みの気持ちはわかりますが、お世話方で決められた本堂禁煙・飲食禁止を変えるつもりはありません。
本堂禁煙・飲食禁止が気に入らないという人は来なくていいとさえ思います。

夜は、他寺の御門徒のお通夜でした。
昨日・今日のお葬式と打って変わってとても静か。
ほっとしました。

 

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能登半島地震 被災から969日め

今日は、六和精舎というお寺の報恩講にお参りしました。
六和精舎というお寺は、能登教区7組という真宗大谷派の輪島地域寺院組織の共同所有・共同経営・運営のお寺です。
参勤・出仕法中(僧侶)6名、参詣者数名というお参りでした。
10年ほど前、私がお世話していた頃は数十名の参詣があったのですが…。

004  
お通夜に向けて紙華(四華)を作りました。
我ながらなかなかの出来だと思います。
今後は自作したいと思います。

001_2
そして今夜はお通夜でした。
お通夜が終わって、故人の連れ合いのお婆さんが、好き勝手なわがままを言ったのにお世話くださる方たちは嫌な顔をせずに言うことを聞いてくれてありがとう、とおっしゃって下さいました。
その言葉をお世話方に伝えました。
お世話方たちも、そう言って頂ければお世話した甲斐があります、とのこと。
お通夜にこぎつけるまでなかなか大変でしたが、よいお通夜だったと思いました。

今夜の故人に付けさせていただいた法名、「華籠院釋俊彦」。
船主でもある猟師さんだったのですが、花が好きで花の世話をよくされていたということだったので「華籠院」、彦雄さんだったので「彦」の字を使わせてもらって「釋俊彦」。
この法名に遺族の方たちが食いつきます。
今夜も質問されて簡単に説明させてもらったのですが、明日、もう一度説明させてもらいます。
近頃は、私の方から説明しなければ、読み方など法名について質問してくる方が増えました。
ですからいい加減に法名を付けることはできません。
いろいろ検討させてもらって付けさせてもらっているので、法名に関心を持っていただけることは住職としてはありがたいことです。

 

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能登半島地震 被災から968日め

今朝は4時に電話で起こされました。
御門徒の自宅介護を受けていたお爺さんが亡くなったとのこと。
6時に準備して枕勤めに伺います、という約束をさせてもらったのですが、本堂へお参りに来られる、問い合わせの電話、頼みごとの電話などで結局眠れませんでした。
24時間体制で交代で待機しているわけではないので、深夜・早朝の枕勤めはつらいです。

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今日はお葬式、式次第は同じですが、人が替わればお葬式も変わります。
1回1回、違ったお葬式になります。
1回1回、要望・注文も違いますし、苦情も違います。
お手伝いスタッフの皆さんはストレスがたまって大変だと思います。

002 
昨日お葬式をされた方が父娘でお礼参りに来られました。
正覚寺でお葬式をしてとてもよかったとおっしゃってくださいます。
それがとてもうれしく、安心しました。
お礼にとお茶をいただきました。
この方のように皆さんが喜んでくださるといいのですが…。

 

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能登半島地震 被災から967日め

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今日は105歳で亡くなったお婆さんのお葬式。
それにしても夕べはお婆さんのお孫さんたちがお棺の前で大宴会でした。
輪島は、中陰・七日勤めを大切にする土地柄。
このお婆さんの猟師町は特に初七日を大切にする地域。
で、近年はほとんどの方が初七日を繰り上げて、還骨(お骨上げ)勤行に引き続き勤められるのですが、お婆さんの初七日のお勤めは初七日の日に勤められます。
あぁ、そうそう、輪島の七日勤めは、逮夜(お祭りでいう前夜祭)に勤められます。
ですから、多くが午後7時始まりです。
で、親戚はもちろん、町内、同級生などご縁のある方がお参りされます。

そうそう、今日のお葬式のクレームも盛籠の名札。
喪主の方々の希望で盛籠に名札を付けたのですが、それだと名前の見えない人がいるとおっしゃいます。
結局、正覚寺推奨の壁に掲示になりました。

女房がポツリと言います、私はお婆さんの半分も生きていないと。
言われてみればその通り、50歳になっていい歳になったと思いますが、おばあさんに比べれば半分ほどしか生きていません。

 

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夜は、93歳で亡くなったお婆さんのお通夜でした。
生花の名札は横の壁、この方がすごくきれいです。
住職としては、ご本尊や遺体の前に名札を並べるのではなく、お供えをしてほしいと思います。

  

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お参りの移動の途中、山の中で見かけた工事現場です。
何を建てるんだろうと思ったら、お墓じゃないかということ。
すぐ横には無縁仏の墓があります。
言われてみれば真ん中に地面に通じる四角い穴が開けられています。
面積にして10畳間ほどはあると思われます。
個人の所有地とのこと。
どんな墓が建てられるのでしょうか?

 

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能登半島地震 被災から966日め

002 
大阪・小僧さんのコメントでのご質問にお答えします。
写真が、報恩講の懇志のお返しです。
1.真宗教団連合法語カレンダー
2.真宗大谷派「真宗の生活」
3.麩菓子(お供え)
4.真宗大谷派「カルトについて」
1~3は近年の基本セットです。
ちなみに、祠堂・永代経の記念品は、念珠と阿弥陀経の現代語訳の本です。
「ろうそく代」、輪島では報恩講や祠堂永代経などのお寺の行事に収める懇志を「ろうそく代」といいます。
かつては「御明(みあかし)」という言葉が使われましたが、近年は聞かれなくなりました。

今日の午前中は、富山や金沢から親戚の方たちが正覚寺に集まってご法事。
お婆さんの27回忌とお父さんの3回忌。
真宗大谷派的には17回忌・25回忌・33回忌のはずですが、輪島の習慣で17回忌・23回忌・27回忌・33回忌と勤めています。
お斎(おとき)・昼食のお付き合いがあるのかと思っていましたが、私は「御膳料」というお包みでした。
寝不足でお通夜の準備もしなければならなかったので、これは大変ありがたかったです。
昼食後1時間ほどうつらうつらと休ませてもらいました。

お通夜の準備をしていると、御門徒のお婆さんが亡くなったとの連絡。
明日・明後日の日程で正覚寺でお葬式とのこと。
明後日は友引、葬式を避けることが多い日。
実は、今日・明日の日程でお葬式をされている方も友引を避けるたのです。
猟師町の方たちは、友引以上に寅の日の葬式を嫌います。
寅の日に葬式を出すと死人が戻ってくるから・・・というのが理由らしいのですが・・・???
寅の日の葬式も避けて今日・明日になったのです。
何はともあれ、友引の日にお葬式、さすが正覚寺門徒!と言いたいところですが、輪島では珍しいことではありません。
輪島の火葬場は第1日曜日が休み、月によっては第3日曜日も。
隣町の火葬場は友引が休み。
そういう土地柄のところなんです。

 

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能登半島地震 被災から965日め

1113_003 
今日の午前中に待っていたお礼参りに来て下さいました。
で、今日は女房と報恩講のお供えを配りました。

夜は、明日お参りに来られる方が先祖のことを知りたいということなので、古い過去帖を調べてみました。
正覚寺は、江戸・明治に数度の火災で焼けていますが、ほとんどの過去帖が残っています。
過去帖が怪しいのは、明治期に住職が本山へ出かけて寺を留守にしていた時期。
明日お参りに来られる方の苗字は、1704年頃から見られます。
かなり古くからの家のようです。
それにしても江戸時代には町民は苗字を許されていなかったというのはうそのようです。
この家も現在と同じ苗字を名乗っておられます。

過去帖調べを終えて風呂に入ったら10時。
寝酒を飲もうかと思ったところで電話。
反射的に枕勤め?と思います。
案の定、枕勤めでした。
老人介護施設で亡くなられ、遺体が家へ帰られるのを待っていますが、2時間待っても電話がありません。
明日は寝不足で眠たい1日になりそうです。

 

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能登半島地震 被災から964日め

002 
今日はお参りはお休み。
でも報恩講の残務整理って言うか、早めに懇志を届けてくださった方にお供えのお下がりをお届けするなどしたかったのですが・・・。
昨日のお葬式の方のお礼参りを待ちました。
結局、今日はお出でになりませんでした。
最近はこういうことが多くなりました。
どういうことなんでしょうねぇ?
いつおいでるかわからない方を待つというのも労力です。
そしてそれによって仕事がすすみません。
明日中にはお供えを配り終えたいのですが・・・。

今日の夕方、友達の鍼灸院へ。
痛みはなくなったのですが、腰に違和感が残るので・・・。

 

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能登半島地震 被災から963日め

20091111_003 
今日は、祠堂・永代経法要を終えて、正午からお葬式、還骨・中陰を終えて帰ると午後4時でした。
疲れて荘厳を平常に戻す元気はないだろうと思っていたのですが、明日になると嫌になって動くのが辛いだろうと、やりました。
報恩講前は、面倒くさい、やれやれと思うのですが、終って片付けていると何となく寂しさを感じます。
2時間かかって数日ぶりに平常の荘厳に。
それにしても、年に1回報恩講でしか使わない仏具の多いこと、贅沢といえば贅沢。
でも、それだけ特別といえば特別な行事ということ、そんなことを思いました。

 

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能登半島地震 被災から962日め

20091110_003 
今日はお参りが少ないだろうと諦めていたら、40名ほどの参詣者。
近年の正覚寺にしては上出来です。
伽陀3章で登高座をさせていただき、正信偈草四句目下・念仏和讃3淘・弥陀大悲の誓願の6首引のお勤めをしました。
4人のお仲間(友達)の法中が昨日に続いて友情出演して下さり、とても気持ちよくお勤めをさせていただきました。
法話の後、お斎(昼食)を食べてもらって終了。

布教使さんを見送りに境内に出ると御門徒の方々も帰っていかれます。
ごえんさん、ありがとう、ごちそうさまでした。
こちらこそお参り下さってありがとう。
食事とてもおいしかったわ。
それはよかった。
お語り様、とてもいい話しやった、涙が出たわ、来年の約束もしたと言われとった。
また、お参りに来てね。
そんなふうに御門徒の皆さんと言葉を交わしてとてもうれしかった。
報恩講もやりがいがありました。

明日は、祠堂・永代経のお参り。
輪島は他所と違って、報恩講に1年間に亡くなった方の祠堂・永代経志が志納される習慣があります。
そしてほとんどのお寺が、報恩講期間中に祠堂・永代経のお経も勤めます。
正覚寺は、報恩講後に勤めるのが恒例となっています。
で、明日は三部経を上げることになっています。
皆が帰られてから明日の祠堂・永代経の準備をしました。
さっきまで数十人の参詣者がおいでた本堂で一人で作業をしていると寂しい気分、祭りの後の寂しさですかね。

20091110
「御自由にお取り下さい」という表示をしているマガジンラック、宗派のパンフレットや同朋新聞などを置いています。
ほとんど持っていって下さらないだろうと期待をしていなかったのですが、色々なくなっています。
そんな程度のことで喜ぶなよと思われるでしょうが、私は住職としてとてもうれしく思いました。
今後も色んなものを置いてあげようと思います。

 

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能登半島地震 被災から961日め

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ピンぼけ写真ですが、お斎(昼食)風景です。
約50名の方が食事をされました。
それだけの方が本堂でお参りして下さればいいのですが、残念ながらそうはいきません。
午前中は30~40名、午後は20名足らずの参詣でした。
午後の大逮夜のお勤め、正信偈真四句目下、念讃淘五ツ、和讃五十六億七千万のお勤めをすると報恩講だなぁ!って気分になりました。
これで参詣が多ければ最高なんですが・・・。

 

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能登半島地震 被災から960日め

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今日は報恩講初日、八日講という輪島市街地の真宗大谷派7ヶ寺合同のお参りも兼ねています。
で、行事の第一の心配事は参詣者。
お昼ご飯もないし、参詣者がいないかも・・・と心配していたのですが、10数名の参詣がありホッとしました。
それにしてもこの八日講、数年前までは私が法話をしても20~30名の参詣者があったのですが・・・。
この先どうなっていくのだろうと心細くなります。

この布教使さん、反原発運動仲間っていうか、友達というか、後輩というか、お客さんって感じではありません。
私は名前を呼び捨てだし、女房も長田君ですから。
夕べは居酒屋で飲んでしゃべって、今夜も飲んでしゃべって、明日も・・・。
半分は友達が遊びに来たようなものです。

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能登半島地震 被災から958日め

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朝一番に友達の鍼灸院へ。
昨日の夕方、最後の患者として治療して貰えばよかったと後悔。
できるだけ腰に負担が掛からないように意識しながら本堂の飾り付け。
動けなくなるかもしれないと覚悟もしましたが、鍼灸のおかげでしょう、悪化することなくとりあえず飾り付けができました。
仏花は近年は女房(坊守さん)の担当、残りの仕上げは明後日の午前中にします。

それにしても報恩講を迎える緊張感がないというか、準備にも気合いが入りません。
かつては「おしっちゃさま」と言って多くの御門徒がお参りにおいでました。
それが参詣が減り特別な儀式という雰囲気がなくなってしまいました。
こちらの緊張感のなさ、簡略化と悪循環になっているのでしょう。
少しずつ工夫はしているのですが、今年はどんな報恩講になるでしょう。
今年の結果を見て、また来年を考えたいと思います。

 

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能登半島地震 被災から957日め

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今日の午前中は、報恩講の準備に軸の掛け替えをしました。
親鸞聖人御絵伝の第1を蓮如上人横へ、第2第3を横の壁へ。
第4は外陣っていうか、参詣席側っていうか、早い話が下の写真のように掛けました。

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聖徳太子と七高僧の軸は、親鸞聖人横の壁へ。
本来なら法名軸を外してそこに聖徳太子の軸を掛けるべきなのですが、そこには聖徳太子の軸が掛かりません。
親鸞聖人前に打敷という三角の織物を掛けたり、お飾りをしたり・・・。
今日はここまで。
どうも朝から腰が痛いし、なんだか体調がイマイチ。
残りは明日の仕事にしました。
夕方、友達の鍼灸院へ行ったのですが、駐車場がいっぱい。
1時間ほど時間をおいてもう一度言って見たのですが同じでした。
で、ドラッグストアから気休めに湿布薬を買ってきました。 

 

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能登半島地震 被災から956日め-1

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今朝、ゴミ出しをしていると、正覚寺の入口に自転車を止めて、道路を渡って向いの家に入っていくお婆さんがいます。
どうして向いの家の玄関先まで自転車を持っていかないのでしょうか?
自転車で道路を渡りたくなかったのなら、どうして参道の端に止めてくれないのでしょうか?
不可解な行動が迷惑です。
当人は迷惑を掛けているなんて自覚がないのでしょうが・・・。

 

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報恩講のろうそく代の包みが届きます。
お金が届くのですからとてもありがたくお礼を言って受け取ります。
しかし、住職としては困った気持ちにもなります。
報恩講は8日から。
日前にろうそく代の包みが届くということは、当日お参りに来る予定がないということ。
年々寂しくなります。
でも、この包みを届けて下さる方はまだ寺に対する気持ち・意識がある方。
全く無視される方も増えてきました。
20~30年前はこんなふうではなかったのですが・・・。
人々の生活の中にとけこんでいた真宗の風習と言われたものが消えて亡くなっていきつつあるのを感じます。 

 

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能登半島地震 被災から956日め-2

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昨日の夕方、名古屋市の西照寺さんという真宗大谷派のお寺から出火、本堂と住居部分の計700平方メートルを全焼したそうです。
南隣の浄賢寺さんというお寺にも燃え移り、木造平屋の住居部分のうち約100平方メートルを焼いたとのこと。

そして、警察は現住建造物等放火の疑いで、小学4年男児(10)を児童相談所に送致したとのこと。
少年は、「物が燃えるのが見たかった。ライターで火を付けた」と放火したことを認めているそうです。
出火前後に、少年が本堂に出入りするのを複数の住民が目撃していたようで、寺が炎上してからも、警察などが一般人を近づけないために敷く規制線内でうれしそうに火災を見ている様子が目撃され、火事の見える場所へ自転車で何度も現れたそうです。
立ち去ろうとしたところを住民に呼び止められ、警察官が確保したとのこと。
少年は、5月末に名古屋市の別の寺の敷地内で火を付けたが、ぼやで済み、火遊びをしないよう注意を受けていたということです。

人ごととは思えない事件でした。
正覚寺は放火はありませんが、震災前の旧本堂に2度、賽銭泥棒に入られています。
1度めは8月の盆の最中で、本堂正面の戸が開いていてそこに賽銭箱を置いていたので、取られた私にも落ち度があったと思います。
2度めは何も行事が行われていない時でしたが、本堂正面の戸には鍵が掛けられておらず、本堂は出入り自由でした。
その時、警察の方からいろいろ注意と助言を受けました。
できれば本堂の戸も施錠すること、防犯用にセンサーライトを設置することなど。
そして、本堂の床下の柵が外れたままになっている部分の修理を指摘されました。
それは、浮浪者などが床下などへ入って暖房のために火を焚くと火事になることも心配だから・・・ということでした。
私は早速、本堂入口にセンサーライトを取り付けたり、日頃は施錠するようにしました。
本堂が施錠されていると悪く言う人もいましたが・・・。
そういえば、本堂裏手の軒下で火遊び?と思われる小さな焚き火の跡があったこともありました。
屋内や床下だったら本堂が焼けていたかもしれません。
名古屋市の西照寺さんの本堂に鍵が掛けられていたなら、寺が全焼するような火事にならなかったかもしれません。
本堂に自由に出入りができ、いつでも御本尊に礼拝できる、それは寺として当然のあり方だと思いますが・・・。

名古屋という大都会のお寺、そして信仰心の篤い地域でもあり、過疎のへき地と事情は違いますが、それでも再建は大変だと思います。
放火だと火災保険が支払われないということを聞いたことがあります。
今回は子供による放火なので、火遊びによる失火になるのかもしれませんが・・・。
本山の2種共済に加入していれば、全焼だと1億2千万円の支払いを受けることができるはずです。
たとえ放火であっても本山は支払ってくれると思いますが・・・。

Saisyouji 

 

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能登半島地震 被災から955日め

20091103_001_2  
先日、電話機を交換しました。
留守電機能は普通としても、FAX機能やSDメモリカードまで使えます。
決して高価な高機能の電話機を注文したわけではありません。
で、今朝、電話機のピカピカと赤いランプが点滅しています。
何かと思えばFAXを受信しています。
そういえば昨日の午前中電話に出るとププ、ププとFAXの信号音が鳴っていたので、間違い電話だろうと電話を切ったのです。
そのFAXを受信したようです。
「幸運を招く・・・」という表題が読めたので、何かいかがわしいFAXだと思いました。
電話機の小さなディスプレイでは読むのが困難なので、SDカードにコピーしてパソコンで印刷しました。

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幸運を招く朱竹画の由来

昔朱竹画の開祖と言われて居る、中国の蘇東坡先生が或る時朱で竹画を描いて人に与えられたところ、その人、夫婦間に子供がなかったのに玉のような男児が生まれ、あらゆる事業がトントン拍子に成功し、忽ちにして王侯を凌ぐような大富豪となり社会的地位も獲得して世間から尊敬されるようになりました。

当時の人々はこの話を聞き、われもわれもと蘇東翁の許へ押し掛け朱竹を描いて貰いましたが、不思議に皆の人が思い掛けぬ大幸運に恵まれ大喜び致しました。

それ以来、中国、朝鮮、日本に広く朱竹画愛好の気運を開きました。
しかし前記の歴史がありますので蘇東坡翁伝統筆法の朱竹でなければ幸運のマスコットとしての意味がないわけでありまして特に東坡筆法の朱竹画が崇敬されることになりました。
そうして、これを愛蔵している家には、実に不思議な幸運が訪づれ、又火難、水難、病難を免がれた幾多の実例がありまして、いよいよ信奉されることになりました。

今度日本○○会に最高推薦作家○○○○○先生に依頼し蒔絵の朱竹を寫して戴きました処、その漆朱竹が蘇東坡先生画風に好く精通されています。

○○庵主人

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能登半島地震 被災から954日め

20091102 
昨日の20度余りの気温が今日は14度。
朝から寒い。
で、エアコンを・・・。
ところがウンともスンとも動きません。
このエアコン、14年ほど経っていて何度も修理をしています。
いよいよダメになったかと、友達でもありご門徒でもある電気屋さんにSOS。
すると、コンセントまで電気が来ていないと言います。
そういえば、電力会社が検査に来て電気を止めたことがあったし、電気工事のために業者が電気を止めたこともあり、その時復旧し漏れたようです。
そういえば、以前にも同じことがあったと思います。
電気屋さんにブレーカーを復旧してもらって、無事通電、無事稼働。
一時は取り替えも覚悟しただけにホッとしました。
機械が古いので省エネにはならないと思いますが、もうしばらく頑張ってもらおうと思います。

 

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能登半島地震 被災から953日め

20091101_004 
富山は路面電車が走っています。
私が学生の頃、もう30年余り前ですが、京都は路面電車が走っていました。
で、路面電車がとても懐かしい。

今日はホテルを出て、富山名物ますの寿司の工場見学。
そこから金沢へ移動してボーリング大会。
私は久々のボーリング。
それが何と準優勝、何の間違い?って感じでしたが、素直にうれしい。
その後、ちょっと遅めの昼食を食べたら、天気予報通り強い風雨の荒れた天気。
少し早かったですが輪島へ帰りました。

で、今夜は焼肉屋で反省会。
皆さん飲み会が大好きです。

 

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