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2009年12月

能登半島地震 被災から1013日め

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今日はお参りは休みの予定でしたが、午前中は諷経(他寺の御門徒のお葬式にお参り)でした。
そのお参りでいただいたお弁当です。
大晦日なので輪島の業者には断られたのでしょう、隣町の仕出し屋さんの弁当でした。
炊き込みご飯が入ってとてもおいしそうですが、食べてもしっかり味がつけられていておいしくいただきました。
たぶん、値段は輪島の業者と同じなのだろうと思います。
値段が同じならこちらの弁当を選んだほうがお得だと思います。
輪島の物価は高い、そう思いました。

 

008
午後は本堂をお正月用のお荘厳にしました。
写真のお鏡餅は御門徒の方から奉納されたものです。
この方は漁師町の方で、毎年奉納して下さいます。

 

001
明日の天気:風雪強い。
波浪警報、風雪・高潮・大雪注意報。
数日前からの喉イガイガ、鼻水タラリという体調、かなり良くなったと思っていたのですが、夕方から悪化。
微熱もあります。
明日の修正会(お正月)お参り、年賀の受付は息子たちに任せることにしました。 

 

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能登半島地震 被災から1012日め

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前卓のキャスターを大きなものに交換してもらいました。
約5cm高くなりました。
水引という織物を掛けるために木枠を使うのですが、その枠の高さも5cm高くしなければなりません。
ホームセンターからコルクを買ってきて高くしました。
明日、水引、打敷を掛けてお正月のお荘厳にしたいと思います。 

 

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能登半島地震 被災から1011日め

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今日はお参りが休み。
で、来年の年忌をお知らせするハガキを印刷、発送しました。
祖父が住職の時代は本堂に年忌の一覧表を貼りだして、それを確認するために御門徒の方々がお参りに来られたのですが・・・。
ハガキ印刷には手間もかかりますし、経費もかかるというデメリットもありますが、メリットもあります。
まず、遺族の方にだけ確実に伝えることができます。
ですから、年忌の問い合わせが減りました。
ダイレクトメールを出すことによって法事が増えたということはないと思います。
正覚寺(私)らしい御門徒へのサービスの一つだと思っています。

今日はのどはイガイガして咳が出ます。
風邪気味とは思っていましたが・・・。
重症にならないことを祈るのみです。 

 

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能登半島地震 被災から1010日め

001 
今日はお葬式でした。
帰り際に遺族の方から、「とてもよい式をしていただきました。ありがとうございました」とご挨拶をいただきました。
こういう風に言っていただけるととてもうれしく、素直に受け取らせていただきました。

002 
お参りの空き時間に御門徒へのご案内の印刷。
夕方に帰省してきた次男に手伝ってもらって封筒詰め。
一仕事完了です。
年賀状も投函しました。

昨日から熱を出していた3男は、今日は学校を休んで病院へ。
新型インフルエンザとのこと。
若者は新フルと言うそうです。 

 

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能登半島地震 被災から1009日め

003 
今朝、廃トナーボックスが届きました。
これで大丈夫と年賀状の宛名書きを。
ところが、廃トナーボックスが一杯・・・というエラーが出ません。
続いて、御門徒への御案内を郵送する封筒印刷。
これもエラーでストップすることなく終了。
???廃トナーボックスは一杯なんじゃなかったっけ?

今夜は、川向こうのお寺の御門徒のお通夜。
準備した160席が一杯になるほどのお参り。
数年前のお婆さんのお葬式はセレモニーホールを利用されたそうなのですが、今回は正覚寺へ。 

 

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能登半島地震 被災から1008日め

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今夜は正覚寺お手伝いスタッフの会議でした。
新本堂になって約1年、新しい年を迎えるにあたり相談をしました。
大きなトラブルもなく順調に運営できた1年であったと私は思います。
お手伝いスタッフのチームワークもできあがり、お葬式をされた家の方々の評価も上々だと思います。
私としては、築いたチームワークを守りたい、そう思いました。  

 

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能登半島地震 被災から1007日め

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今朝は散髪に。
年末のせいでしょう、順番待ち。
帰っていく人もいました。

 

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午後から留守番をしながら年賀状の印刷。
レーザープリンターははがきが苦手。
紙送りがなかなかうまくいきません。
それでも1枚1枚印刷していたのですが、なんと廃トナーボックスが一杯になりストップ。

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トナーは準備してあるのですが、廃トナーボックスは予備がありません。
早速、インターネットで発注しましたが、早くても届くのは明後日。
宛名を手書きで・・・と1枚書いてみましたが、とてもすべて手書きというわけにはいきません。
御門徒への修正会(正月参り)の案内も印刷・発送しなければなりませんし、年忌法要の案内はがきも印刷・発送しなければなりません。
う~ん、こんな時に限って・・・。
参りました。
そういえば、去年の年末も同じような状況だったような・・・。
懲りないっていうか、学習能力がないっていうか・・・トホホです。 weep  

 

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能登半島地震 被災から1006日め

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今日は12月4日以来の休み。
しかし、一日中お世話方が支払い業務やら集金やらで人が出入り。
天気待ちだった電気屋さんがエアコンの取り付けに。
散髪に行く予定だったのですが、その時間すらありませんでした。
散髪は明日にします。 

 

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能登半島地震 被災から1005日め

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今日は、まず月忌(月命日のお参り)、続いて満中陰法要(49日・忌明け)、正午からお葬式(諷経・余所のお寺の御門徒のお葬式)という日程でした。
明日は今月4日以来の休み。
お葬式が終わったとたんに気がゆるんだのかひどい眠気。
夜は、お葬式サポート隊のスタッフ長とちょっと一杯。 

 

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能登半島地震 被災から1004日め

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今朝は夫婦そろって歯科医へ。
私も女房もかぶせてあった義歯が外れたのです。
それを戻してもらいました。
診察してもらうと、相変わらず歯ぎしりをしているとのこと。
震災のストレスから解放されたと思うのですが・・・。

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小高い山の上の集落までお参りに。
帰り道の風景です。
日差しのある風景にほっとします。

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今夜はお通夜でした。
阿弥陀経・短念仏・回向、正信偈・六首引きという次第のお勤め。
大変丁寧なお勤めは好感が感じられるのですが、反面長い。
約50分のお勤め。
輪島の多くのお寺が行っているお通夜のお勤めは、正信偈・四首引き。
同朋唱和(参詣者が唱和すること)なのでゆっくり勤めますが、20分程度。
それに御文を拝読したり、おかみそり(剃刀・帰敬式)をしても30分程度で終了します。
50分は輪島の人には少々長すぎるかなぁ?と思いました。
輪島の習慣に合わせられてもいいのではないかと思いました。
短すぎてもちょっと・・・、長すぎてもちょっと・・・。 

 

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能登半島地震 被災から1003日め

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風雪・波浪・雷・強風注意報、雪のち曇、最高気温3℃。
今日もまさに北陸の冬!といった天気でした。
しかし、今日は久々に明るい日差しも。

 

001
今日はお葬式でした。
参詣者の少ないお葬式でしたが、私はよいお葬式だったと思います。

005
午後、釣り鐘が建設会社の倉庫に預かってもらうために運ばれていました。

午後のお参りを終えて寺へ帰ると、お二人の女性が訪ねてこられます。
お葬式を頼みたいとのこと。
新宅さんですか?と尋ねると、そうだとのこと。
お仏壇はないのですか?と尋ねると、仏壇はあると言われます。
お寺さんにお参りしてもらったことはないのですか?と尋ねると、入仏式をしてもらったことがあると言われます。
それではそのお寺の御門徒なんじゃないですか、ということで、正覚寺の御門徒に代わりたいという希望はお断りさせてもらいました。
お葬式の会場などのお世話はお引き受けしました。
女房の実家と親戚になるお寺だったので女房が連絡をしました。
お通夜に住職・若院・寺家(下寺)さんの3人でお参りされるというのでそのことを伝えると、遺族の方が顔をしかめられて2人でいいのに・・・とおっしゃいます。
その気持ちがよくわかります。
年金生活者ですから・・・とおっしゃる通りとても裕福な暮らしぶりとは思えません。
お手継ぎのお寺なら御門徒の暮らしぶりを把握されているはず。
どうして御門徒の気持ちを理解してあげないのでしょうか?
そういうお寺から離れたい、その気持ちがわかります。
枕勤めは、どうしても来てくれと頼まれれば行くが、そちらで済ませてくれるならそうしてくれと言われます。
車で30分の距離、私の感覚では、御門徒だと言われるなら枕勤めに来られるべきだと思いましたが、遺族の方の負担が重くなると気の毒だと思い私が伺いました。 

 

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能登半島地震 被災から1002日め

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午前中は満中陰(忌明け)法要。
先日同様三十五日ですが・・・。
ひょっとしたら・・・と思いましたが、御膳料(食事代)をいただきました。
お斎(昼食)のお付き合いをご勘弁いただけたのはありがたいと思いました。
午後はお通夜の準備を・・・と思っていたので大変助かりました。

そして、今夜はお通夜でした。
お葬式のお手伝いスタッフ組織の運営をめぐってはストレスになることがあります。
理不尽だと思うことを平気でする人がいます。
しかし、スタッフの皆さんは仲良く一生懸命サポートして下さいます。
それが大変がありがたく、私にとっての救いです。
サポートをして下さる方々が私の財産です。 

 

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能登半島地震 被災から1001日め

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今朝、6時前にトイレに起きると電話。
枕勤め?と反射的に思います。
案の定、御門徒の方が亡くなられたのでした。
6時だとこの時期はまだ真っ暗。
しかし、外は雪で真っ白でした。
枕勤めを終えて死亡診断書を見せていただくと午前1時台に亡くなっていました。
6時まで待って下さったようです。
しかし、私はちょっと寝不足気味。
昼食後など空き時間に横になるとうたた寝をしていました。

今日の午前中は、お取越・報恩講のお参り。
その内の1軒は、いろいろなところで衝突してきたやんちゃな方なのですが、寺の世話やお参りは熱心にして下さいます。
母親の祥月のお経の後報恩講のお参りをするのですが、正信偈草四句目下・三朝浄土の大師等・三淘三首引のお勤めを唱和されます。

 

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午後は月忌が3軒。
これはその途中で通ったマリンタウンという埋め立て地です。
左側は区画整理された分譲地です。
売れるのでしょうか?
全国どこにでもある無駄な埋め立て事業ではないかと私は思います。

一昨日から長男が熱を出してダウンしています。
風邪かインフルエンザか、いずれにしても私たちにうつらなければいいのですが・・・。 

 

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能登半島地震 被災から1000日め

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最高気温2℃、風雪、そんな1日でした。
数日前まで暖冬の気候と油断していたので寒さが堪えます。

 

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鐘楼の設計図の一部です。
今朝、鐘楼再建工事の契約をしました。
来年4月の完工に向けて木造から工事をしてもらうことになりました。 

 

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能登半島地震 被災から999日め

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朝起きると外は真っ白。
水気を多く含んだ雪が積もっています。
天気予報は、曇り時々雨か雪、最高気温6℃。
昨日より2℃暖かい予報。
午前10時過ぎに寺から出かける時には、地面の雪はきれいに消えていました。

 

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今日は105歳で亡くなったお婆さんの満中陰法要。
実は35日目。
6七日・7七日のお参りはご家族だけでお参りしていただきます。

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蝋燭から垂れた蝋です。
写真ではわかりにくいですが、仏像のような形になっています。
ご主人は阿弥陀様だとおっしゃいます。
カルト宗教なら待ってましたとばかりに利用するんだろうなぁ!と思いました。
お婆さんのお骨と一緒にお墓に入れていただきました。

能登北部に波浪警報、雷・強風注意報。
明日の天気予報は、雪100%、最高気温2℃。
本格的な冬になったようです。
 

 

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能登半島地震 被災から998日め

003 
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3階のリフォーム工事が完了しました。
我が家ではなく都会のマンションのようです。
長男から家賃を徴収しなければ・・・。

 

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今日の天気予報は、雨時々やむ、予想最高気温4℃でした。
昼過ぎに昨日約束した墓前勤行。
山の中にあったお墓を道路脇に新築移転されたのです。
寒さで手がかじかみました。 

 

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能登半島地震 被災から997日め

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今日の午前中、2軒のお参り。
2軒のお墓参りがありました。
曇り時々雨、という予報だったので、雨または雪を覚悟していました。
ところが写真のようなよい天気。
私がお墓参りの約束をした時は雨が降らないことが多いんですよね。

 

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お墓の下の道路は、先日5日に開通したばかりのバイパス道路。
トンネル工事も計画にあり、用地買収も完了しているはずですが、こちらは公共事業の見直しにより着工されていません。
これで十分な気もします。

 

午後にもお参りの予定があったのですが、キャンセルにより午後は休み。
長い間休みがないので、半日ですがちょうどよい休みになりました。
明日は休みの予定でしたが、午後にお墓のお参りが入りました。

 

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能登半島地震 被災から996日め

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午前中は輪島でお参り。
午後は金沢近郊までお参り。
その道中、輪島の南、輪島市三井町の風景。
こういう風景が輪島には残っています。

 

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90歳を過ぎたお婆さんと娘さんの二人暮らしの家へお参りに伺いました。
私がお参りに伺うのを待っていてくださるのがわかります。
お話をしていると娘さんがおっしゃいます。
私たちは山吹さんに出会って救われました。
おかげで希望を持って生きることができるようになりました、と。
住職として、僧侶としてとてもありがたい言葉です。
でも、私は何もしてあげていません。
私は、ただお参りに伺って、お勤めをして、たわいもない世間話をして帰ってくるだけです。

 

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帰りにガソリンを給油して帰ります。
正覚寺の向かいはガソリンスタンド、できるだけ輪島の業者を利用するようにしているのですが、今日の値段で1Lあたり10円以上の差があります。
40L入ると400円以上の差になります。
たかだか400円ですが、されど400円、申し訳ありませんが金沢で満タンにして帰ります。

 

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夜は頼母子講。
今夜の会では私が3番目の年長者。
年長者の一人以外は皆、私に気を遣ってくれます。
で、私の毒舌炸裂、言いたい放題。

そうそう、数日前からツイッターを始めました。
きっかけは12月10日(?)放送の特ダネ。
特集でツイッターを紹介していました。
で、早速。
始めたばかりでよくわかっていないのですが、ブログは公開日記ってかんじ。
ツイッターは、つぶやき、落書きってかんじ。

 

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能登半島地震 被災から995日め

001 
朝、8時前から作業の音。
何の工事かと思ったら、向かいのスタンドの看板の付け替え。
輪島は海辺の町、塩害の町ですから。
海辺の町といえば、今朝のテレビで地球温暖化により海面が1m上昇するという予想もあるとか。
1m海面が上昇したら、輪島の町は今のままではありえない。
温暖化による海面上昇により南太平洋のツバルでは移住が始まっているというのはよく知られていますが、1~2日前のテレビでバンコクなどの東南アジアの都市でも水没が始まっているということが報道されていました。
温暖化は人ごとではありませんし、遠い将来のことでもないと感じました。

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今日は、御門徒の満中陰法要でした。
お内仏(お仏壇)に向かって、阿弥陀経のお勤め、その途中でお焼香。
その後、中陰壇(遺骨)の前で、正信偈・同朋奉讃を唱和。
住職である私が楽だからこのような次第のお勤めにしているのだろうと言われた先輩住職がいましたが、それは違います。
どうも私のイメージは、合理化をして楽をしたがるとしか思われていないようです。
せっかく毎週、同朋奉讃のお勤めを共にしてきたのですから、締めくくりである満中陰の勤行も僧侶だけがお経を上げて済ませるのではなく、共に正信偈のお勤めができれば・・・と願ってのことです。

 

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能登半島地震 被災から994日め

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3階のリフォーム工事、クロス工事も終了しました。
あとは電気設備の工事が残るだけです。
我が家ではない都会のマンションのようになりました。

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今日の午前中は、眼前が千枚田の白米町にたった1軒の御門徒のお取越し報恩講。
午後は、輪島崎町という漁師町のお取越し報恩講。
長男も、お墓勤めやお取越し報恩講。
まさに師走、毎日お参りがあります。

 

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能登半島地震 被災から993日め

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車がぶつかった濡れ縁、板が1枚?1本交換されたようできれいになっています。
真ん中の1本が微妙に色が違うのですが、写真ではわかりませんね。

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今日の午前中は金沢からお参りの墓前勤行。
午後は、年忌法要のお参り。
年忌法要といってもお婆さん(お母さん)一人のお参り。
ご主人の13回忌と舅さんの37回忌、そしてついでに報恩講。
ついでに報恩講というのは失礼ですね。
37回忌という習慣は輪島にはないのですが、お婆さんに何か気になることがあるのだろうと何も言わずに引き受けました。
お参りに伺って話しをしていると、以前に法事をされた時、ご主人と舅さんの年忌が重なっていたとのこと。
しかし、その時はご主人の法事だけをして舅さんの法事をされなかったとのこと。
たぶん、10年前のことなのだと思います。
10年前だと、ご主人は3回忌で舅さんは27回忌になります。
以前にも書いたかと思いますが、真宗大谷派としては25回忌を勤めることになっていますが、輪島では23回忌・27回忌が習慣となっています。
その後、娘さんに流産が続いたので、占ってもらったようです。
そのお婆さんは日蓮宗のお寺へお参りに通われているようなので、そのお寺で占ってもらわれたのかもしれません。
曹洞宗のお寺でも占いをするということを聞いたことがあります。
仏教の教えと占いというのはなじまないと私は思うのですが・・・。
占いによると、ご主人の年忌法要だけ勤めて舅さんの年忌法要を勤めないことが原因で娘さんが流産していると言われたそうです。
お爺さんが年忌法要をしてくれないから孫に祟って流産させたことになります。
孫はかわいくてしようがないものと言いますが、この家のお祖父さんはあの世から孫が悲しむようにと流産させたのでしょうか?
そんなバカな、と思いますが、そのお婆さんは娘かわいさにその時はそのお寺でお経を上げてもらったのだろうと思います。
熱心な信者の方は、何十万円というお布施を包んで身延山までお参りに行かれるという話しも聞いたことがあります。
本来ならそこで、37回忌などという年忌はないこと、法事は祟り封じのために勤めるものではないことなどをお話しすべきなのでしょうが、私は自分の力量に自信がないのでそういう説得はしません。
私が説得することによって、このお婆さんはかえって日蓮宗のお寺へお経を上げてもらいに行かれると思います。
私は、準備していったお二人の先祖の法名をお内仏(お仏壇)の前に垂らしてお経を上げました。
お参りが終わってお話をしていると、先日、金沢の娘さんのところへ遊びに行き、もうすぐ3歳になるお孫さんのお遊戯会を見てこられたとのこと。
とりあえず、お参りさせていただいたことで安心していただいたように感じて帰ってきました。

 

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能登半島地震 被災から992日め

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3階のリフォーム工事、大工作業が終了しました。
明日からクロス屋さんの作業が始まるようです。

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先日のお葬式で車がぶつけて傷つけられた濡れ縁。
これも修繕してもらいます。

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先輩のお寺の報恩講。
午後1時半から大逮夜(お祭りでいう前夜祭)。
御門徒と共に正信偈真四句目下・念仏和讃淘五・和讃五十六億七千万のお勤め。
出仕僧は、内陣に4名、外陣に3名、報恩講でした。
夜はお初夜で、御伝鈔(親鸞聖人伝記)を拝読。
本来は上巻・下巻を一人ずつで拝読するのですが、それぞれ2人ずつに分けて拝読しました。
私は下巻の1段から4段を担当。
御伝鈔後お説教があり、夜食。
お酒をいただきながら、4人の僧侶でおしゃべりをして・・・、今年の私の報恩講は終了しました。

 

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能登半島地震 被災から991日め

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3階のリフォーム工事。
壁が作られ部屋の形がわかるようになりました。
そろそろクロス工事になるようです。

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今日・明日と先輩のお寺の報恩講にお参り。
今日は、私と役僧さんと先輩が2人、合計4人の出仕僧でした。
で、私が首座でお調声をさせていただきました。
先輩のお寺は小さな本堂。
声がよく響いて気持ちよくお勤めができました。
先輩のお寺の報恩講は明後日が満座ですが、私たちは明日まで。
私の本年の報恩講は明日が最終日です。

夕方、お手伝いスタッフの友達が先日のお葬式の業者への支払い事務に。
私が、昨夜役員さんから要望された納棺師を探していることを伝えると、葬祭用品の業者を通じて納棺師の紹介があったとのこと。
とりあえずその業者に価格等の条件を問い合わせてもらうことにしました。

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今日はカニをいただきました。
これでいただいた半分の量です。
半分は友達にお裾分け。
今日は小型のズワイガニのオスをおいしくいただきました。
ごちそうさまでした。

 

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能登半島地震 被災から990日め

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この自転車、今月1日のお葬式から置かれっぱなしです。
写真ではきれいに見えますが、古い自転車です。
最初は忘れ物?と思いましたが、どうもそうではないようです。
お手伝いスタッフの方が言います。
○○町の人たちがお参りに来ていたから、自分のものじゃない自転車に乗ってきて置いて行ったのかも・・・。
差別・偏見はよくないと思いますが、このように放置されるとそうとしか思えません。
それにしても迷惑な行為です。

今夜は、山吹会(正覚寺役員会)でした。
鐘楼の設計、落慶の日程について相談していただきました。
本堂のデザインにマッチした鐘楼に・・・そういう希望を設計士さんに伝えました。
4月中旬の完工を目指して工事をしていただきます。
最年長の総代さんがおっしゃいます、鐘楼の相談までできるようになってよかったですねぇ、と。
私は、どれだけの借金が残るのかと心配していたのですが、おかげさまで・・・とお答えしました。
また私が、車椅子や障害者用のトイレの利用の多いことを驚いている、とお話しすると、責任役員さんが、トイレよりもご本尊の前にお棺を安置してお葬式をすることがとてもよい、とおっしゃいます。
確かにその通りでした。

 

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能登半島地震 被災から989日め

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横浜・正覚寺に用事のある時によく泊まる大船駅前のホテル。
大船駅裏の小高い丘の上に大きな観音様が見えます。
大船観音だそうです。
先日のテレビで紹介されているのを視ました。
観光施設として作られたものか、いかがわしい宗教施設だと思っていたのですが、曹洞宗のお寺だとのこと。
せっかく近くに泊まっているのだから・・・と参拝させていただきました。

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大船観音の受付と事務所の間に設置されている看板。
「古いお札・ダルマ奉納場所 お炊き上げ志納金二百円」と書かれています。
たかだか200円ですがいいなぁ!と思いました。
正覚寺もお骨箱などお炊き上げの依頼を受けますがほとんどサービスです。

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大船から羽田空港へ向かうバスの中。
ベイブリッジから横浜港方面を写しました。
冬場は日本海側が荒れた天気だと太平洋側は晴れる、まさにその通りの天気でした。

昨日・今日の日程でお葬式でした。
はじめは横浜からとんぼ返りをしようかと思ったのですが、長男にピンチヒッターを頼むことにしました。
長男は、お葬式の導師初体験。
帰って役僧さんに聞くと堂々と無難に勤めていたということで安心しました。
お手伝いスタッフさんに聞くと、遺族の親戚から位牌がないといってクレームがついたそうです。
スタッフさんは、ここはいつも位牌ではなく住職が紙に書いて掛けているのでこれで間違いありませんと応えたとのこと。
都会から来られた人に多いんですよね、こういう人。
都会の習慣が正しくて、田舎者は無知だと決め付けている人。
友引にお葬式をしてはいけないとか、火葬場から帰ったら塩をまかなければならないとか、三月精進がよくないとか・・・知ったかぶりをしたがる人が。
時々、住職である私より偉い人がいて、私が準備したものを自分流に直してしまう人までいます。

 

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能登半島地震 被災から988日め

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横浜・正覚寺の報恩講です。
参詣がおいでるだろうかと心配しましたが、定刻の30分前くらいからボツボツとおいでて、始まる時には20数名の参詣がありました。
一昨年までは正信偈草四句目下・同朋奉讃だったのですが、今年から正信偈草四句目下・三淘六首引というお勤めになりました。
驚いたのは、参詣者が大きな声で唱和をされたこと。
輪島ならご門徒の方々が正信偈のお勤めをされるのは当たり前ですが、ここは浄土真宗のお寺が少ない横浜。
横浜の地に正覚寺が根付いて、兄貴の教化の成果を感じました。
お勤めは徐々に盛り上がって、「如来大悲の恩徳は」という結讃のお調声は、輪島のお寺でお参りしているのと同様に力が入りました。
報恩講のお参りに引き続き永代経のお勤めが行われたのですが、阿弥陀経を大きな声で唱和されるのに驚きました。 

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能登半島地震 被災から986日め

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災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候。(良寛)
 この言葉は、文政11年(1828)11月に越後(新潟県)を襲った大地震に遭った良寛(1758~1830)さんが、1ヵ月後に知人に宛てて出した見舞状の中の一節です。

正月恒例の箱根駅伝で活躍した山梨学院大のメクボ・モグス選手(22)が母国のケニアで今年2月に自分が車を運転していて事故に遭い、助手席に同乗していた木村翔コーチ(26)が頭を強打して意識不明の重体になりました。
モグスはショックで練習や競技を再開できませんでした。
そんなモグスが木村コーチの両親のところへお詫びに行きました。
モグスは木村コーチの両親からひどくののしられることを覚悟していたそうです。
当然だと思います。
ところが、木村コーチの両親は、息子のために走って欲しいと言われたそうです。
モグスは木村コーチの両親に励まされてマラソンの練習を再開し、12月6日に行われる福岡国際マラソンで初マラソンに挑むことになったそうです。
テレビでこの話を見て、木村コーチの両親はとても立派な方たちだと思いました。
私ならモグス選手に会うことすらしなかったかもしれません。 

 

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能登半島地震 被災から985日め

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今日は午前中に納骨。
東京においでたお兄さんが亡くなられて、お骨になって帰ってこられたのです。
お葬式も何もされなかったようで、法名も何もありません。
近頃はこういう方が増えてきました。
東京ばかりではなく、金沢でもこういう方がおいでます。

上の写真は納骨袋です。
輪島のお墓は、お骨箱(壷)からお骨だけをお墓に入れる形式のお墓です。
墓石の穴から少しずつお墓の中へお骨を入れていくのですが、お骨が散らばってなかなかきれいに入りません。
それに雨が降ったり、これからの寒い時期はつらい作業となります。
そこで、横浜・正覚寺に習って納骨袋を使用することにしました。
これだと自宅や寺でお骨を袋に移すので、お骨が飛び散ることが少なく、下に新聞紙などの紙を敷いておけばこぼれたお骨も簡単に回収できます。

 

納骨から帰ると昨日のお葬式の喪主の方がお礼参りに来られていました。
奥さんが、お寺のご本尊の前でお葬式をしていただいてありがたかった、とおっしゃって下さいました。
ご主人は、とても便利になっていてよかったとおっしゃいました。 

 

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能登半島地震 被災から984日め

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今日は12時からお葬式でした。

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参詣席の向こうが受付です。

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遺族席です。

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輪島で言う記帳場、会計係です。
喪主の方の同級生・お友達です。

輪島弁で表現すると「いちゃけな」、標準語だととてもかわいらしいお婆さんのお葬式でした。
そのお婆さんにふさわしい昨日も今日もとても穏やかな暖かい天候でした。
とてもやさしいかわいらしいお婆さん、名前はス井さん。
で、法名は釋尼温粋。
昨日お葬式をされたお婆さんも静かなやさしいお婆さんでした。
名前は春子さん。
で、法名は釋尼春喜。 

 

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能登半島地震 被災から983日め

004 
今日は午前9時からセレモニーホールでご門徒のお葬式。
お葬式を終えて1時間半ほど待つと、お骨が上がりましたとの電話。
還骨勤行と初七日の勤行を終えて正覚寺へ戻り、川向こうの先輩のお寺のご門徒のお葬式。
そのお葬式が終わるとお通夜の準備。
そして今夜はお通夜でした。

いろんなお葬式のお世話をすると、いろいろな人に出会います。
今日のお葬式のお世話をされていた方、自分では決して責任を取られません。
その場になって打ち合わせと違うことを指示し、正覚寺のお世話方たちの手違い・手落ちだと言われます。
聞いていると、自分が独断で決めてお世話方に指示し、それを親戚の方から変更の要望が出されたり、間違いを指摘されると、自分が責任を取るのを避けるために正覚寺の責任にしているようでした。
この方は商店主なのですが、商売も同じように行っているのだろうと思い、この人の店では絶対に買い物をしたくないと思いました。 

 

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