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2010年3月

能登半島地震 被災から1103日め

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今日も左官屋さんが作業。

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コンクリートが敷設されるのかと思っていたら玉砂利が敷かれていました。

 

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玄関に生けられている花。
桜のような花ですが、ソメイヨシノに比べたら花が小さい。
生け花用の品種かもしれません。

 

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報恩講のお参りに伺った家のお仏壇(浄土真宗ではお内仏)。
このお宅の御主人(80歳ですが・・・)、全国紙で短歌が紹介されたそうです。
それから夕食時に電話がかかるそうです。
短歌を紹介させて欲しいと・・・。
しかしそれらはすべて無料ではなく数万円の掲載料を要求するものばかり。
ノイローゼ状態になり、今は電話を取り外しているそうです。
これも不景気のせいなんでしょうか。 

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能登半島地震 被災から1102日め

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今日は晴天でしたが寒い1日。
今日はお参りのない1日。
道具磨きをしました。
これはお内仏のお道具です。

 

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今日も左官屋さんが作業。
階段の上面が施工されたようです。
壁面より少し大きめの石が塗り込められた洗い出しになっています。

 

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建設会社の監督さんと左官屋さんが打ち合わせをしています。

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この部分の打ち合わせだったようです。

 

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タイル屋さんと監督さん。
タイル屋さんは最後の仕上げにお出でたのでしょうか?  

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能登半島地震 被災から1101日め

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寒い1日でした。
写真ではわかりにくいですが、山は白くなっています。
高洲山、奥能登の最高峰ですが、標高567mしかありません。
山頂には航空自衛隊のレーダーサイトがあります。

 

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今日も午後の空き時間は道具磨き。
とりあえず本堂の日常の道具は磨き終えました。

 

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寒い中、左官屋さんが作業。
階段の洗い出しが施工されました。

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能登半島地震 被災から1100日め

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もう少しになった工事現場。

 

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毎月お参りに伺っている家、今日は昨年暮れに生まれたばかりの赤ちゃんとお婆さんがお参りして下さいました。
お婆さんにとってはひ孫です。
かつては曾祖母といえば大変な長生きのお婆さんというイメージでしたが、今ではひ孫も当たり前。
時代・社会も変わりました。
赤ちゃんがあるからと少し控えめな声でお勤めを始めたのですが、案の定泣かれてしまいました。
無理もありません。   

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能登半島地震 被災から1099日め

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先週ご法事をされた方が置いて行かれたお花が玄関に飾られています。

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4月から大学生となり一人暮らしを始める3男がアパートを決めて帰ってきました。
大学から徒歩3分という近さが私たち両親にとってはかえって心配なのですが、駅から9分、隣は小さなショッピングセンターという便利なところです。
いくら心配してもどうしようもないので、たくましく成長してくれることを願うのみです。   

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能登半島地震 被災から1098日め

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今日も午前中が空いていたのでお磨き。

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写真では見えませんが雪が舞っています。
寒いのでお磨きは金香炉1個で止めました。
無理はしません。

 

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午後は左官屋さん、塗装屋さんが作業の様子。
寒い中、ご苦労様です。   

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能登半島地震 被災から1097日め

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今日で震災3周年、早いような、長かったような。
震災の3年前は暖かな良い天気の日でした。
今日は冬が戻ったような寒さ、そして雨でした。

今日もお参りが休みでした。
で、今日もお道具磨きをしました。

夜は、正覚寺復興委員会。
鐘楼の落慶を祝う準備をしてもらっています。
屋台で振る舞いをする予定です。   

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能登半島地震 被災から1096日め

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今日は足場が解体・撤去されました。
午後には解体が終了しすっきりとしました。

 

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今日もお道具磨きをしました。
先日から川向こうのお寺の若さんに習った方法で磨いています。
まず、ピカールという金属磨きで汚れを落とします。
次に、マイペットを薄めた液でピカールを洗い流します。
そして、から拭きをします。
ピカールに書いてある説明では、から拭きで拭き取ることになっているのですが、それではピカールが隅や溝に残って白い汚れになることが多いのです。
マイペットの液を使うことによって手間を掛けずにきれいに仕上げることができます。

 

Ryoma  
寝床で少しずつ読んでいたこの本を読み終えました。
誰が龍馬を暗殺してしまったのか謎のままですが、龍馬を生かしておいて欲しかった、龍馬には維新政府が安定するまで活躍して欲しかったと思いました。

 

名古屋市議会、議員の定数と報酬を半減させる議会改革の条例改正案を賛成少数で否決というニュースが流れていました。
自分たちに都合の悪いことを可決しませんよね。

それにしても議員1人当たりの年間報酬が1633万円とは。
ちょっと高すぎませんか?   

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能登半島地震 被災から1095日め

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タイル屋さんが作業。
夕方にはきれいにタイルが貼られました。
明日には足場が外されるようです。  

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能登半島地震 被災から1094日め

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瓦屋さんが作業。
鬼瓦の設置作業のようです。

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鬼瓦が設置されました。

 

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今日は満中陰法要でした。
勤行後、遺族の方々で木綿の袋に遺骨を移してもらっています。 

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能登半島地震 被災から1093日め

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今日は99歳で亡くなったお婆さんのお葬式でした。
実はこの家は7ヶ月の間に3人の方が亡くなりました。
昨年8月にはご主人、今年1月には奥さん、そして今日お葬式のお婆さん。
お婆さんより先に息子さん夫婦が亡くなってしまいました。
ご主人のお葬式の喪主は、奥さん。
奥さんのお葬式の喪主は、長女の夫。
そして今回のお婆さんのお葬式の喪主は、お嫁に行った孫。
その家には誰もいなくなってしまいました。
寂しい現実を見たように思いました。

今日は祖母の実家のお寺のご法事でした。
お葬式の予定が入ったのでそちらのご法事は失礼させていただきました。

 

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毎月21日の夜お参りに伺う家があります。
ご主人の命日です。
お母さんと息子さんの二人暮らしです。
毎月お茶とお茶菓子が準備されています。
それをいただきながらしばらくお話をして帰ってきます。 

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能登半島地震 被災から1092日め

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今日は、屋根屋さん、左官屋さん、タイル屋さんが作業。
午前中はちょっと賑やかでした。

 

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駐車場の一部がフワフワと地面のゆるいところがあって、舗装に穴が空いていました。
その部分の補修が行われました。    

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能登半島地震 被災から1091日め

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今日も左官屋さん、瓦屋さんが作業。

 

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棟瓦が施工されたようです。
震災で倒壊した鐘楼の寺門が再利用されています。
鬼瓦が届けば屋根はもう少しの作業に見えます。

 

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写真では分かりづらいですが、土台がきれいな洗い出しに施工されています。
左官屋さんの作業ももう少しでしょう。    

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能登半島地震 被災から1090日め

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今日はまずお葬式。
続いて、墓前勤行。
そういえばお彼岸ですね。
昼食を済ませると、火葬場から電話があり遺族の方は遺骨拾いに、そして還骨・初七日。
その後、3回忌の法要・納骨。
公務員だった私の2歳年上の方が仕事中に突然死されたのでした。
二人の息子を遺していて、長男は大学院生、次男は我が家の3男と同級生で春から大学生です。
明るい奥さんで苦労を見せませんが、大変だろうと思います。

鐘楼の工事は、瓦屋さんや左官屋さんが作業に来られていましたが、何をされていたのか分かりません。    

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能登半島地震 被災から1089日め

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今日も左官屋さんが作業。
まだ下塗りの段階のようです。

 

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今夜は長年糖尿病を患い、肺炎で亡くなった方のお通夜でした。
予備のいすも使うほど本堂いっぱいの参列者でした。

 

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昨日、補欠合格だった大学から欠員・繰上合格の連絡がありました。
入学の意志を伝えると、今日速達書留が送られて来ました。
ところが、その封筒はまたもやペラペラの薄いものでした。
長男から3男まで、これまで届いた合格通知は分厚い説明・案内書類が同封されていました。
ちょっと不安に思いながら封筒を開けてみると、合格通知でした。
そして、授業料の振込用紙。
入金確認後、入学許可書、入学手続き書類などが送られてくるようです。
入学の準備をしたいのですが、入学式の日程も分かりません。
早速明日、入金します。    

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能登半島地震 被災から1088日め

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昨日からお道具磨きをしています。
そんなに汚れていないじゃないか、と思ったのですが、磨いてみると汚れがよく分かります。

お道具磨きをしていたらご門徒から電話。
昭和10年生まれのお母さんが亡くなられたとのこと。
早速枕勤めに伺いました。
直接の死因は肺炎。
近頃肺炎で亡くなる方が多いように思います。

鐘楼の再建工事は、午前中と夕方に左官屋さんが作業をされました。    

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能登半島地震 被災から1087日め

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今日は瓦屋さん、左官屋さんが総勢7~8名(?)の職人さんが作業。
かなり形になってきました。

 

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夕方から雨。
瓦屋さんは撤収。
左官屋さんは屋根の下ということもあるのでしょう、作業が続けられていました。

 

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輪島の春の風物詩イサザ漁です。
かつては4月上旬に行われていたのですが、今は3月中旬。
温暖化の影響でしょうか?
近年は輪島さんのイサザが手に入らなくなりました。
捕れなくなったようです。
水質悪化、堤防の設置、埋め立て・・・いろいろな環境の変化の影響でしょうか?

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この方は何をしているのでしょう?
いずれにしても春を感じる風景です。    

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能登半島地震 被災から1086日め

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今日の午後は金沢近郊までお参りに往復しました。
風はまだ冷たく感じますがすっかり春を感じる天気でした。

 

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海ではボードセイリング、畑を耕す人・・・春を感じる風景がありました。    

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能登半島地震 被災から1085日め

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瓦屋さんが作業をしています。
小さな屋根ですが勾配が急なので屋根の上は恐ろしそうです。

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少しずつですが屋根に瓦が並んでいきます。    

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能登半島地震 被災から1084日め

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瓦屋さんが作業をしていました。
小さい単純な構造の屋根だと思いますがなかなか難しいようです。
進みません。    

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能登半島地震 被災から1083日め

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左官屋さん、塗装屋さん、瓦屋さんが作業をされたようです。
小さな建築なのですが、どこがどう進んだのかよく分かりません。
特殊な建築ですから小さくても色々あるのでしょう。

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能登半島地震 被災から1082日め

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今日の夕方の風景です。

 

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石屋さんが石を設置したようです。
真ん中の主柱下の束石が設置されています。

 

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左官屋さんも作業をしたようです。
塗った箇所が養生されています。

 

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左官屋さんです。
下塗りでしょうか?   

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能登半島地震 被災から1081日め

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今日は100歳で亡くなったお婆さんのお葬式でした。

 

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今日の午後は雪。
お葬式後3男と金沢まで買い物に。
帰り道は雪道。   

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能登半島地震 被災から1080日め

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今日は59歳で急死された方のお葬式でした。

 

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大工さんが作業をしました。
破風(はふ)に懸魚(げぎょ)が取り付けられたようです。

 

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午後は瓦屋さんが作業をしています。

 

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今日も寒い。
先週の十数度という春の気候から冬に逆戻り。
この気候のせいでお葬式が多いのだろうと思います。
夕方、2軒のお寺へお弔いのお参りに伺いました。

 

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今夜は100歳で亡くなったお婆さんのお通夜でした。
今日の午前中は59歳の方のお葬式でした。
老少は不定、順序通りにはいきません。

 

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お世話方のおじさんです。
お通夜を前にお茶で一休み。   

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能登半島地震 被災から1079日め

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軽トラの二人、鐘楼の工事現場を見に来られたようでした。
大工さんですかね?

 

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今夜はお通夜でした。
59歳、大動脈瘤破裂で突然死だとか。
配偶者の奥さんは私の同級生。
自身の身にいつ何が起こっても不思議ではないんだと思いました。
まさに今日ともしれず明日ともしれずです。   

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能登半島地震 被災から1078日め

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昨日に引き続き大工さんが作業。

 

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板が張られた上に桟が打たれています。

 

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桟の上に板が張られて屋根の形ができました。

 

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釣り鐘のブルーシートも外されました。

 

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養生のブルーシートが張られました。

 

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社長さんがほうきで掃除。
この会社の大工さんたち、毎日とてもきちんと掃除や道具などの後片付けをします。
きっちりとした仕事ができる人は、後片付けもきっちりしているんだと思います。

 

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撞木も吊り下げられて、 撞き紐をさげればもういつでも撞くことができます。

 

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数日前から横の道路で工事が行われています。
側溝の工事のようです。
重機が動くと揺れてドキッとします。   

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能登半島地震 被災から1077日め

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今日は予定通り鐘楼の棟上げが行われました。

 

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この方は、宮大工の工務店の社長さんです。

 

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この方は、請け負って下さった建設会社の社員、現場監督さんです。

 

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鐘を吊り下げています。

 

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青いヘルメットの二人の方は建設会社の方です。
その後ろの方は設計士さん。
一番偉そうに足を開いて見上げているのが正覚寺社長です。

 

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夕方になって鐘楼の形になりました。

 

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吊り下げられた鐘です。
震災後掛けられたブルーシートがみすぼらしくなっていますが・・・。

 

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正面の道路から写しました。

 

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夕方、お向かいのお兄ちゃんがタイヤを交換しています。
まだ雪が降るのかもしれないのに・・・。
聞けば、スタッドレスタイヤがパンクしたとのこと。
納得。   

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能登半島地震 被災から1076日め

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明日の上棟式に備えて部材が搬入されました。
明日の天気が心配ですが、雨天決行、だそうです。
そうそう、いつの間にか鐘も搬入されています。

 

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新たにセレモニーホールがオープンしました。
今日オープンですが、今日お通夜があるようで新聞のお悔やみ欄に掲載されていました。

 

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今日届いた「寺門興隆」という住職向けの雑誌。
地方は過疎で寺が廃寺になっていきます。
都会では寺が足りないと言われます。
正覚寺ではどんどん寺の行事にお参りしてお説教を聞く人が減っています。
どうしたらお参りしてもらえるのか?それは同じです。   

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能登半島地震 被災から1075日め

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予定では明後日3月5日に鐘楼の上棟が行われることになっています。
今日はその準備に足場が組まれました。
工事が楽しみです。

今日は3男の高校の卒業式でした。
何もお祝いはありませんでしたが・・・。   

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能登半島地震 被災から1074日め

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「理想の最期」、「長患いせずに大往生」、「孤独死・無縁死という現実」
そこから始まって、「葬式は本当にいらない?-いまや4割が家族葬、トレンドはジミ葬」
「お墓もいらないの?-樹木葬、自然葬が増えている」
私は、家族葬やジミ葬で十分、というかそれが本来の仏教徒らしい葬式だと思います。
葬儀は僧侶本来の仕事じゃないだろうと言われればその通りですが、今更ね・・・。
故人と親しかった人、大切に思っていた人たちで送ってあげることができればそれでいいと思います。
義理で仕方なく来る人を大勢集めて遺族が見栄を張ることは、故人を見送ることに不必要だと思います。

 

Photo   

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