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2010年4月

能登半島地震 被災から1133日め

Companyout 
今日は能登ワインへ。
支払いを兼ねてお土産を買いに。
能登半島の田舎のワイン、甘いだけのワインだろうと思われるでしょうが、これがなかなかのレベルだと私は思います。

 

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買い物をして帰った午後は友達のパソコンの設定。
新しいパソコン2台は大して手間を取らないのですが、この数年前の古いパソコン、どうも不調です。
結婚式前に長男がリカバリーをして復旧させたのですが、ハードディスクが壊れだしているようです。
リセットしたらスタートアップ修復が始まりハードディスクのチェックが始まってしまいました。
様子を見てもらうことにして帰ってきました。 

 

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能登半島地震 被災から1132日め

Photo 
プロの写真屋さんの写真。

今日は友達がパソコンを買い替えたので設定。
午前中から昼食を挟んで夕方まで。
パソコン屋さんでした。
それにしても眠たい1日でした。

 

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能登半島地震 被災から1131日め

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かいどう?姫リンゴ?の花が咲いています。

 

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なんとなく改めて本堂を眺めてしまいました。
こんな風になったんだなぁ!感慨にふけりました。

夕べ、25日の若者グループの2次会の支払いにスナックへ行きました。
ママと二人、話しをして飲んでいたところへお客さん。
久々に絡まれてしまいました。
輪島のような田舎では私はちょっとした有名人、絡まれることもあります。   

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能登半島地震 被災から1130日め

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今日はお葬式、禅宗・曹洞宗の檀家の方。
輪島地区ではこういう習慣はなくなったのですが、午前9時から50分ほど施餓鬼(?)のお勤め。
その後休憩をはさんでお葬式。
三導師が引導を渡しました。
長いお勤めご苦労様でした。

 

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今朝の新聞広告の本「葬式は必要!」。
著者の一条真也、ネットで検索したら冠婚葬祭のサンレーの取締役。
いわゆる葬儀屋さん。
「葬式は必要!」って言うはずですよね。
買うのを止めました。 

 

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能登半島地震 被災から1129日め

Chunichi 
北陸中日新聞の切り抜きです。
昨日の鐘楼落慶が記事になっています。

今日はご門徒のお葬式でした。
つまり夕べはお通夜でした。
そして夕べは、正覚寺復興祝賀会兼結婚披露宴。
私と役僧さんは祝賀会兼披露宴に遅刻。
お通夜で自分が主催する催しに遅刻しなければならない、僧侶ならではですね。

 

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今夜はお通夜でした。
ご門徒の方が喪主ですが、亡くなった方はご門徒ではありません。
奥さんの母親が亡くなられたのです。

亡くなった方の長女の夫が喪主です。
こういうお葬式が多くなりました。 

 

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能登半島地震 被災から1128日め -1

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鐘楼落慶式、梵鐘の初撞きをした後境内に準備した屋台で振る舞いをしました。
焼きそば、焼き鳥、フランクフルト、寿司、おにぎり、豚汁、生ビールなど。
高洲太鼓という子供たちの太鼓を演じてもらいました。

 

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新郎新婦が受付を行いました。

 

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ちょっとした村祭りといった雰囲気でした。 
 

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能登半島地震 被災から1128日め -2

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夜は、門徒総代さんが経営する居酒屋を会場に正覚寺復興祝賀会兼結婚披露宴。
ここはメイン会場の蔵です。

 

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お色直しに中座。
蔵を出る二人です。

 

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お色直し後の二人。

 

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私の友達らとも記念撮影。

   
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能登半島地震 被災から1128日め -3

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責任役員さんの音頭、復興委員会のメンバーで輪島まだら。

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尺八とお琴の演奏。

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新郎母(私の女房)の友人は皆芸達者。
余興で披露宴を盛り上げて下さいました。 

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ファンクラブ、親衛隊がいます。

 

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同級生の弾き語り。
皆さん、ありがとうございました。 
 

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能登半島地震 被災から1127日め

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今日は長男の結婚式でした。
午後3時から式をして午後5時から披露宴でした。

 

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新婦瑞恵ちゃん、お得意のポーズ、お得意の顔です。 
 

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能登半島地震 被災から1126日め

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明日は長男の結婚式。
お荘厳、会場設営をしました。
そんな中でご門徒の方が亡くなったという電話。
枕勤めに駆けつけました。
明後日は地元の友人が主体の披露宴part2なのですが、私はお通夜の後合流させてもらいます。
寺の住職、息子の結婚式でもご門徒のお葬式はお参りしなければなりません。 
 

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能登半島地震 被災から1125日め

Photo 
友達にコピーしてもらいました。
昨日、取材を受けたのですが、今朝の新聞の記事にしてもらいました。

 

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今日は広間でお葬式。
参詣者が少ないので広間でも十分です。
夕べのお通夜も30人ほどの参列者だったそうです。
余所のお寺のご門徒なので私はお通夜もお葬式もご遠慮させてもらいました。 
 

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能登半島地震 被災から1124日め

今日の午前中は長男の結婚式・披露宴の座席表の印刷。
眠気・だるさがひどいので1時間ほど休憩。
体調が良くありません。
午後は、広間でのお通夜の準備。
スタッフさんたちにとっては広間でのお葬式は初体験。

夜はご門徒の家へお参りに。
いつもはお母さんと息子さんが待って下さっているのにどうも様子がおかしい。
聞けば、夕方お金を借りに来た人がいるとのこと。
息子さんはその人の応対をしたお母さんの態度が気に入らなかったらしいです。
優しいお母さんなので同情してお金を上げるのではないかと心配しているのだろうと思います。
不景気なので色々ありますね。 
 

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能登半島地震 被災から1123日め

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今週末、長男が結婚をします。
で、花嫁の衣装が届けられました。

 

今日の午前中、お葬式の会場に貸してくれないかと尋ねてこられた方がありました。
今日はワックスがけや窓ふきなど結婚式に向けて掃除をしてもらっていました。
お断りしようかと思ったのですが、いろいろ経費について細かく質問される様子からセレモニーホールでのお葬式は望んでおられないことが理解できました。
で、女房らと相談して引き受けることにしました。
明日・明後日は広間でお葬式です。
余所のお寺のご門徒ですが・・・。 
 

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能登半島地震 被災から1122日め

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寒い冬のような気候から今日は一気に初夏のような陽気。
体もおかしくなります。

 

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今日は月曜日、普通の月曜日は暇なのですが、今日はたまたま忙しい月曜日でした。
午後は月忌が3軒、そして夕方から満中陰法要。
その後、夜は正覚寺スタッフ会議。
25日に行う鐘楼落慶会、振る舞いの打合せでした。
皆さんのお世話にならなければ何もできません。 
 

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能登半島地震 被災から1121日め

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遠方の方から手紙で依頼されたお墓参りをさせていただきました。
輪島の町が一望できる高台の墓地です。
昨日までと違って風がなくちょっと春らしい景色でした。
このあと百箇日法要にお参りさせてもらって、午後は町内の花見。
隣寺が会場でしたが、2次会は正覚寺。

 

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今日は2人の方からタケノコをいただきました。
私はタケノコが大好き。
明日はタケノコご飯にタケノコの煮物、タケノコの味噌汁だろうと思います。 
 

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能登半島地震 被災から1120日め

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今日も冷たい風の吹く寒い日でした。
せっかく咲いた桜ですが散り始めました。

 

今日は、名古屋から正覚寺へご法事を勤めに来られた方がありました。
願主にとっては義父の50回忌の法要です。
法要に当たり一言言葉を述べたいとおっしゃいます。
で、勤行の途中、伽陀・表白を終えたところでその言葉を述べていただきました。
故人は遺言を残され、願主はその遺言を守って生きてこられたようです。
遺言された先代さんに深く感謝をするという言葉でした。
これが本当に法要だなぁ!と思いました。
わずか3人の参列者のお参りでしたが、内容の濃いお参りをさせていただきました。

 

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石川県総務部総務課から通知。
事務所備え付け書類の提出を忘れていました。
震災前は単純に前年度と同様のものをプリントして提出していたのですが、震災後は失ったもの、新たに建てられたものなどあって気をつけねばなりません。

 

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水芭蕉が咲いています。
輪島の気候では短い命です。 
 

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能登半島地震 被災から1118日め

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朝から電気屋さんが工事。
先日スピーカーを増設したのに伴いアンプも増設したのですがその接続に苦労したようです。

 

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換気扇も増設してもらいました。
これでかなり煙の吸い出し能力が向上したと思います。

 

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京都の本山へ収骨に行かれた方からお土産をもらいました。
本山の収骨券は右から左への横流し、手数料などはいただきません。
このように無事行ってきましたとお土産をいただくととてもうれしい。
こういうことが本当に少なくなりました。

 

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境内の桜がきれいです。
でも、寒い。 bearing 
 

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能登半島地震 被災から1117日め

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正覚寺の裏手にある一本松公園。
夜桜見物用にぼんぼりが付けられています。
しかし真冬並みの気温。
とても夜桜見物という気候ではありません。

 

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「宗教にハマる人たち」というタイトルに飛びつきました。
残念ながら期待したような内容ではありませんでした。
週刊誌ですからね。

体調が良くないので早めに寝るつもりでしたが、女房と一緒に『Mother』というドラマを視てしまいました。
虐待をされている子供を先生が救い出す、誘拐して逃亡するというドラマ。
虐待で子供を殺したというニュースが流れる中、とてもリアルでショッキングなドラマ。
毎週続けてみることになると思います。
 

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能登半島地震 被災から1116日め

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せっかく桜がきれいに咲いたのに、冷たい雨と強風注意報。
残念! 

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能登半島地震 被災から1115日め

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今夜はお通夜でした。
一人暮らしのお爺さんが亡くなりました。
大正11年の早生まれ、88歳でした。
3人の娘さんはそれぞれお嫁に行かれたので家はこれで絶えてしまいます。
輪島では1軒しかない名字の家だったので、名字が無くなってしまうのはちょっと残念です。
でも、これからどんどん家が無くなっていくのだろうと思います。 

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能登半島地震 被災から1114日め

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今日も1周忌でした。
昨日のお参りも午後、今日のお参りも午後。
遠方からお参りに来られるので昼過ぎという時間が都合がよいのでしょう。
いつまで輪島へまでお参りに来て下さるでしょうか?

 

夕食を食べながら『夢の扉』という番組を見ました。
「届け続けるぞ!パンの缶詰で世界の飢餓を無くしたい」
栃木県那須塩原でパン店を経営する秋元義彦さんという方が紹介されていました。
神戸淡路大震災の時、秋本さんは救援物資としてパンを届けました。
しかし、パンはすぐにカビが生えて食べられなくなり、多くが廃棄処分となりました。
そこで秋元さんはパンを美味しく長持ちするものに出来ないかと考え、試行錯誤のうえ、パンを特殊な方法で缶詰めにすることで3年間の保存が出来るようになったのです。
そして、保存食として「パンの缶詰」を販売してきた秋元さんは、リユースという考えから2年ほど経過した「パンの缶詰」を飢餓や被災地で苦しむ人たちのために回収し、世界に送る活動を始めました。
そんな秋元さんは、1月12日に起こったハイチの大地震の被災者にこの「パンの缶詰」を送り届けます。
長期保存できるパンの缶詰を作ったばかりか、賞味期限が来たら廃棄されるだけの災害用の保存食を飢えや災害で困っている人に届ける、すごい人がいるもんだと思いました。

続いて7時からは、『世界の子供がSOS THE仕事人バンク マチャアキJAPAN』。
ウガンダで、30分の距離を10kgずつの水くみに1日3回通う子供たち。
その水も池に溜まった泥水。
弁当もなく、学校給食もなく空腹をガマンして過ごす子供たち。
コックをひねれば蛇口からきれいな水が出、多くの残飯が捨てられるのが当たり前の日常と別世界の現実がアフリカにはあります。
村に井戸を掘り、学校にかまどを作る、そんな番組でしたが、何もできなくても水や食べ物に困っている人がいる、まずそれを意識することが大切だと思いました。 

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能登半島地震 被災から1113日め

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今日は予報通り暖かな一日。
桜が咲きました。

今日は去年の4月17日に亡くなった二人の方の1周忌。
同じ日になくなって、同じ日に1周忌。
見ず知らずの人同士のはずですが・・・。 

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能登半島地震 被災から1112日め

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桜が咲きそうで咲くことができない、そんな日が続いています。
今日も予想最高気温は18℃。
でも、そんなに暖かくは感じませんでした。
まだまだストーブが必要だし、コタツが欲しい気候です。

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今日の午後は、親鸞聖人講座。
会場は通称本山事務所(本山の出張所)、寺号六和精舎という小さなお寺。
受講者は5名。
そういう私もできることなら春の眠気がつらくて行きたくなかったんですがね・・・。 

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能登半島地震 被災から1111日め

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1ヶ月ほど前に息子たちと共にこの携帯電話に替えました。
よく似ていますがiPhoneではありません。
DOCOMOのスマートフォン、東芝のT-01Aという機種です。
携帯電話というより小さいパソコンが電話にも使えるといった感じです。
めったに電話がかかってくることはありませんし、メールも来ることが少ないので、これにしました。
定価は7万円台の機種なのですが、いろいろなキャンペーン割引があって7千数百円でした。
それもこの機種にした理由です。
スケジュール、メモ、インターネット、カメラ・・・なかなか便利です。
まぁ、おもちゃですね。 

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能登半島地震 被災から1110日め

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留守の間に階段がきれいに仕上がっていました。

今日は60歳で亡くなった方のお葬式。
そして今朝の新聞には47歳でなくなった方の記事。
最近は高齢化の中で若い方のお葬式が続いているように感じます。

 

毎月お参りに伺っている93歳になる一人暮らしのお婆さん。
この数ヶ月で急に弱られたように見え心配です。

そして、相模原で一人暮らしを始めた3男。
こちらもどうしているだろうかと心配です。
大学生活に慣れて無事卒業してくれることを祈るのみですが、私もこんな風に心配されていたんだろうと思います。 

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能登半島地震 被災から1109日め

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今日の飛行機までの空き時間、横浜元町へ。

 

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ちょっと早めに羽田空港へ。
ちばき屋で遅い昼食。

 

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羽田発の午後の便は2時45分。
3月までは2時15分。
わずか30分ですがゆとりを感じます。

 

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今夜はお通夜。
60歳の方です。
肺気腫だったとのこと。

 

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3男から女房の携帯に送られてきた写真。
タジン鍋で野菜と豚肉を焼いた(煮た)ようです。
初めての自炊です。 

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能登半島地震 被災から1108日め

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入学式へ。
あいにくの雨、そして寒い。
入学式だというのにアパートから近い裏口から。 coldsweats01

 

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小さな大学で3男の学部で入学生は約300人。
大学内の小さなホールで入学式。
新入生の一人一人が名前を呼ばれて起立します。
長男・次男が大きな大学だったのでアットホームな雰囲気が新鮮でした。
入学式後は父母と教職員との懇談会。
これも小さな大学ならではと思いました。

 

午後は、女房が中心になってアパートの準備。
何とか住まいの準備ができました。
夜はもちろん入学祝いで居酒屋へ。
前日に引き続き横浜にいる2男も合流しました。 

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能登半島地震 被災から1107日め

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今日は朝から3男と二人でアパートの準備。
アパートの窓を開けると目の前に大きな桜の木。
満開です。

 

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アパートの隣は大勝軒というラーメン専門店。
11時前から行列。
それから夕方までずっと行列が途絶える様子がありません。
私と3男も並びました。
おいしいラーメンだとは思いましたが、並ぶほどではないというのが感想です。

 

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夜は、たまたま4月5日が入学式という友達の家族と合流。
泊まるホテルも同じ。
居酒屋で前夜祭。 

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能登半島地震 被災から1106日め

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能登空港から飛行機で神奈川へ。
1日2便の地方空港。
税金の無駄遣いと言われそうですが、奥能登の住民にとってはありがたい空港です。

 

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大学生となる3男のアパートでの一人暮らしの準備。
ホームセンターに続いて電器屋さん。
町田の駅前のヨドバシカメラ、午後の9時半ですが普通に営業をしています。
田舎ものにとっては驚きです。 

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能登半島地震 被災から1105日め

Sousiki  
ベストセラーになっているこの本を読みました。
タイトルはショッキングですが、私にとってはさほど驚くような内容ではありませんでした。
戒名料や布施の章では寺・僧侶に気遣っているようにも感じました。
下記の文章はとても簡潔にまとめられていて印象に残りました。

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 仏教式の葬式が開拓されたのは、道元が開いた、やはり鎌倉新仏教の曹洞宗においてである。
 道元は「只管打坐」を説き、ひたすら座禅して悟りにいたることを強調した。
そして禅のための道場として越前(福井)に永平寺を開いた。
永平寺の禅憎たちは、今でも厳しい禅の修行を実践している。
 こうした道元や永平寺の姿から、曹洞宗が今日の仏教式の葬式を生んだことをイメージしにくいが、曹洞宗の第4祖となった瑩山紹瑾は、宗派の経済基盤を確立する必要もあって、密教的な加持祈祷や祭礼を取り入れていく。
 もっぱら座禅にいそしむ曹洞宗の教えは、神秘的な力の働きを強調する密教とは対極にあるもののはずである。
だが密教は、あらゆる信仰の世界に浸透していくほどの強い影響力をもっていた。
 たとえば、同じ鎌倉新仏教の一つ、日蓮宗の開祖となった日蓮は当初、法然の念仏宗をもっぱら批判したが、晩年には、真言宗や天台宗のなかの密教の実践を強く批判するようになる。
ところが、日蓮が亡くなった後、日蓮宗でも密教を取り入れ、加持祈祷を行うようになる。
真言宗の密教は「東密」、天台宗のそれは「台密」と呼ばれるが、日蓮宗の密教は「蓮密」と呼ばれている。
ここにも、密教の浸透力の強さが示されている。
 そして曹洞宗のなかでも、密教の影響で加持祈祷が行われるようになり、それが死者の供養にも用いられるようになる。

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下の文章は真宗大谷派の僧侶にも読ませたいと思いました。
末寺から本山への上納金は、懇志金の御依頼という名目で請求されます。
懇志、御依頼というのは名ばかりで、実態は強要です。
上納を強制するなら懇志という言葉は使うべきではありません。
しかし、一応仏教教団なので懇志=布施であると言い張ります。

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本来、戒名を授かったときに檀家が支払う金は布施であり、それは決して強制されるものではなく、自発的な意志にもとづくもののはずである。
そうである以上、戒名料などという考え方は成り立たず、そこに間違いがあった。
                       「全日本仏教会」

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下の文章も印象に残りました。
こんな表現していいの?と思いました。

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学歴も低く、安定した職につくことができない人間が、創価学会などの新宗教に吸収されていくことになる

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祠堂・永代経を勤めても参詣者が集まらなくなりました。
寺・宗教離れが進んでいるのだと思います。
さらに過疎。
そして葬式無用の流れ。
葬式仏教は廃れていくのだと思います。
それでも私は見栄を張った派手なお葬式は不要だと思います。 

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能登半島地震 被災から1104日め

今日は諷経といって余所のお寺のご門徒のお葬式にお参り。
54歳で私と同い年。
3年間の癌の闘病生活の末に亡くなったとのこと。
当初の医者の告知より1年間長くお出でたとのこと。
平均寿命79歳ですが、皆がそこまで生きられると保証されているわけではありません。
今朝の新聞には19歳の青年が事故で亡くなったというニュース。
まさにわれや先、人や先、今日ともしらず、明日ともしらず、老少不定です。

 

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今日の午後は完工検査。
私の目には何の問題もありません。
階段に左官屋さんの細かい仕事が残っているそうですが、鐘楼は完工しました。

 

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夜は正覚寺役員会。
正覚寺復興祝賀会などの相談をさせてもらいました。
会場は総代さんのお店居酒屋うめのやさんです。 

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