« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

2010年6月

朱塗り

009
 
夕べのサッカー、残念でした。
実力的にはパラグアイの方が上かな?思いました。
日本はボールをキープできず、パスも出来ずに、簡単にボールを取られてしまう。
よく0-0で終わったと思いました。
サッカーのPKによる決着というのは残酷ですが、それも仕方がありません。
で、今日は寝不足。
でも、お参りはお休み。
今日も塗り物をして過ごしました。
もちろんお昼寝はしましたが・・・。

 

008  
カシュー塗りをしている台、須弥壇(ご本尊が立つ壇)の欄干に合わせて朱に塗りました。

漆塗り再開

002 
午前中にこんごう会のお荘厳を平常に戻しました。
漆塗りを再開。
木地にベンガラを塗りました。
そういえば、先日見学したキトラ古墳や高松塚古墳の壁画、平城京太極殿の柱などの朱・赤もベンガラだそうです。
 

001  
こちらは本堂で使用する台です。
カシュー塗りをしています。
カシューは合成樹脂塗料なので、私はずっと石油化学製品だと思っていました。
カシューというのはカシューナッツだそうです。
カシューナッツの実から作られる合成樹脂塗料をカシューと言うそうです。

 

今夜は9時から『坂本龍馬の真実』という番組を見て、11時からはワールドカップサッカー・パラグアイ戦です。

こんごう会

011 
今日はこんごう会。
能登独特のお参り。
「こんごう」とはどういう意味で、どういう字を書くのか分からないそうです。
魂迎会、金剛会、混合会・・・。
何はともあれ輪島地区では6月28日に一斉にこんごう会という行事が行われます。
ここ数年激減している参詣。
午前も午後も10人程度のお参りで、最低限の合格ラインクリアといったところでしょうか。
午前中はともかく、午後は誰もいなくなるんじゃないかと思っていたので、住職としてホッとしました。

009_2
こんごう会はお斎(昼食)の準備をします。
写真では分かりづらいですが、寒ざらし大根の煮物とところてんが正覚寺の伝統です。
とてもおいしくいただきました。
来年からはお斎だけでも食べに来ていただけるように案内を工夫したいと思います。

007_3  
002_2

001 
今日は1周忌の法要。
故人は私の同級生のお父さん。
午後は空いていたので、お斎(昼食)をお付き合いさせていただきました。

 

夕べ、先日お葬式をされた遺族の方から電話。
8月7日に満中陰(四十九日)法要を予定したら3月にまたがるからと反対されたとのこと。
三月精進とは、「四十九日」を「始終苦日」に、「三月」を「身付き」に置き換えて、「始終苦日が身に付く」から「四十九日が三月にわたってはいけない」と言われるようになったのです。
そもそも四十九日は、月の中旬から下旬に亡くなりますと必ず三月にわたります。
ひと月が30日と考えますと、ひと月と19日で四十九日の法要(正式には満中陰法要と言う)を迎えるのです。
つまり、月初めの1日から11日に亡くなりますと四十九日は二ヶ月以内ですが、12日以降に亡くなりますと必ず3ヶ月にまたがるのです。
四十九日までの中陰は、初七日、二七日と一週間ごとに七七日まで勤めるのが本来。
それを単なる語呂合わせの迷信によって削って中断しまうことは、仏に対しても故人に対しても無礼なことだと思うのですが、語呂合わせの方が大切なようです。
たぶん、3月にまたがるからと8月7日に予定された満中陰法要に異議を称えた人も、なぜ三月精進が悪いと言われているのか理由を知らないのではないかと思います。
ただ命日から三ヶ月をまたいだ日に満中陰(四十九日)をしてはいけない、ということを聞いたことがあるだけなんだろうと思います。

 

Nobutsuka  
この本、一応最後まで目を通しました。

222ページに
『弥陀の誓願不思議にたすけられる」ことも、「往生をばとぐる」ことも、「念仏申さんとおもひたつこころ」の起こることも、「摂取不捨の利益」にあずかることも、すべては如来からのはたらきかけによるものであるが、ただ1つ聞思によって信心を獲得することだけは、我々衆生の責任である。
浄土真宗は他力の仏道であるけれども、よく聞法し信心を得ることだけは衆生の側の課題であることを明らかにしているのである。』
とあります。

(弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。
弥陀の本願には、老少・善悪のひとをえらばれず、ただ信心を要とすとしるべし。 『歎異抄』)

「念仏申さんとおもひたつこころ」は、信心ではないのだろうか?

「聞思によって信心を獲得することだけは、我々衆生の責任である。」
「よく聞法し信心を得ることだけは衆生の側の課題」の、
聞思したり、聞法したりということは、努力せよ(自力)ということではないのだろうか?
また、「信心を獲得する」ことが往生の条件なのだろうか?

245ページ末に
『人間の能力や資質や努力を一切必要としない阿弥陀如来の絶対他力の仏教である。』
とあります。

「聞思によって信心を獲得することだけは、我々衆生の責任である。」
「よく聞法し信心を得ることだけは衆生の側の課題」ということは、
我々衆生に責任はあるのでしょうか?
衆生に課題が課せられているのでしょうか?
それとも、聞思・聞法して信心を得るという責任や課題は、人間の能力や資質や努力を一切必要としないことなのでしょうか?

歎異抄後序には、
「如来よりたまはりたる信心なり。」
ともあります。

信心を獲得することは、我々衆生の責任、課題なのでしょうか?
それとも、信心は如来よりたまわるものなのでしょうか?

延塚知道先生は、本の中でしっかりと説明されているつもりなのでしょうが、凡人の私には分かりません。
延塚知道先生は、私のような凡人に説明するつもりで書いて欲しかった、そう思います。

 

003
今日は蒸し暑い一日でした。
シャワーを浴びたらビールが飲みたい。
で、ビールを、と思ったのですが、そういえば先日お葬式参りでいただいてきたものが冷蔵庫に入っていたなと思い、それを飲むことに。
すると女房が、安い旦那やなぁ~。 (;;;´Д`)
女房はビール、主にキリン・ラガーか一番搾りしか飲みません。
息子にも言われました、珍しいね、のどごし生なんてと。
お葬式でもらってきたけど、お母さんは飲まないから、と私。
そうやね、と息子。 (^-^;

伝道

003 
横の道路に先輩僧侶の車が駐車しています。
道路を挟んだ隣家は先輩僧侶のお寺のご門徒ですからお参りに伺っているのでしょう。
それにひきかえ私は土曜日だというのにお参りは休み。

 

Nobutsuka  
先日からこの本を読んでいます。
読んでいるといっても理解しているという意味ではありません。
一応、目で字を追っているというだけです。
読んでいるとイライラし、腹立たしく思えます。
読みづらい、理解しづらいからです。

本の巻末の「刊行にあたって」という文章の一部を転載します。

「(略)本書を通して一人でも多くの方が、親鸞聖人の教えである「浄土真宗」に出遇っていただき、称名念仏する者となってくださる機縁となりますことを念願しています。
(中略)
 このたびの刊行にあたっては、読者に分かりやすく読んでいただけるように、筑摩書房の協力を得て、可能な限り監修いたしました。
『シリーズ親鸞』は学術書ではありません。
学問的な裏付けを大切にしつつも、読みやすい文章表現になるよう努めました。
ご一読いただければ幸甚です。
                                    監修者小川一乗」

とあります。
この本の著者である延塚知道という先生はこの刊行の願いをご存じなのかと疑ってしまいます。
「本書を通して一人でも多くの方が、親鸞聖人の教えである「浄土真宗」に出遇っていただき、称名念仏する者となってくださる機縁となりますことを念願」されてこの本を書かれたのでしょうか?
「学問的な裏付けを大切にしつつも、読みやすい文章表現になるよう努め」られたつもりなのでしょうか?
私にはとてもそのようには思えません。
仏教用語は専門用語であって一般用語ではありません。
仏教用語や浄土真宗独特の言い回しを多用した説明では一般人には理解できないと思います。
伝えよう、理解していただこうという配慮に欠けていると思います。
真宗大谷派の住職である私でさえ読みづらいのですから一般の方々は難解だろうと 思います。
私には、この本が「「浄土真宗」に出遇っていただき、称名念仏する者となってくださる機縁」となるどころか、逆に浄土真宗が嫌になると思います。
一般向けにわかりやすく書かれたはずの本がこんなに難解なのですから、念仏は易行どころか難行苦行でしかありません。
このような本を出版しているようでは浄土真宗は廃れる一方だと思います。
お前が勉強不足なだけだと言われれば返す言葉はありませんが・・・。 (;´д`)トホホ…

 

Bunkajihou  
今日、購読していないのですが、「文化時報」といういわゆる業界紙が届きました。
浄土真宗本願寺派(西本願寺)の記事の一部を転載します。

「 勧学寮編集による『今、浄土を考える』(本願寺出版社)が、発刊より一月で再販がかかるほどの人気を博している。
江戸時代に討究した「真宗百論題」を現代的に解明するべく、内藤知康勧学をはじめ、本派の勧学や司教を中心に平成15年から続けてきた勉強会の成果をまとめたもの。
こうした形で本の編集を行うのは初めてで、会話形式で分かりやすく書かれた章もあれば、浄土に関する教義論題について説いた深い内容まで幅広くカバーしており、全ての僧侶の参考書となっている。
大遠忌に向け、勧学寮ができることは何かを考えたとき、近年、″浄土″というものを門徒に説明しにくいとの声が多い事に着目した。
″浄土を説けない浄土真宗″に″学ぶことを忘れた僧侶″という危機感の上に、今回の発刊がある」

 

西本願寺の本は読んでいませんが、東本願寺とは意識に大きな差があるように感じました。
一方は、「一人でも多くの方が、親鸞聖人の教えである「浄土真宗」に出遇っていただき、称名念仏する者となってくださる機縁」となるように、「読者に分かりやすく読んでいただけるように」、「読みやすい文章表現になるよう努め」たつもりが、読み手に配慮のない独りよがりな難解な書物の出版。
一方は、「浄土を説けない浄土真宗」、「学ぶことを忘れた僧侶」という自らの現実を自覚したところからの出発。

同窓会総会

002 
夕方からの輪島高校同窓会(桐章会)総会に出席。
実は3人の監事の一人なんです。
去年は欠席したので今年は・・・ということです。
総会といっても校長先生初め教職員の方々を含めて30人余り。
1時間余りの議事の後はささやかに懇親会。
どこでもいいやと適当に座ったら、これが失敗。
私の前もお隣も同級生同士が座っておられます。
当然、私が浮いてしまいます。
初めの1時間ほどはよかったのですが、後半の1時間がただただ時間が過ぎるのを待つのみで苦痛でした。
そうでなくても宴会は苦手なのに・・・。
反省。
総会を終えて、近所のご門徒のスナックで飲み直し。
風呂上がりの女房も合流。
北海道からイカ釣りに来ている漁師さんとお話し。
1月だけ自宅におられるそうで、2月の長崎県から始まってイカを追って北上していかれるそうで、ずっと船上生活だそうです。
私は他人の仕事の話しが大好き。
楽しい一時でした。

参議院

011 
今日は梅雨とは思えないよい天気でした。
半月より少し大きな月がきれいです。

夕方、赤信号で交差点に止まると選挙の掲示板にポスター。
いつの間にか参議院選挙が始まっていたんですね。
輪島のような半島の突端へは公示日に選挙カーが回ってくることはほとんどありません。
それにしても盛り上がっていないと感じるのは私だけでしょうか?
今回の参院選には衆院議員経験者32人が「くら替え」出馬したそうです。
去年8月の衆院選で落選、あるいは出馬を断念した元議員が圧倒的に多く、計26人とのこと。
なんとなく参議院は2部、2軍といったイメージ。
良識の府なんてのは建前だけ。
そんな参議院は必要なんだろうかと思います。
 

Mother2

毎週視ていたドラマ「mother」、昨晩は視ることができなかったので、今晩ネット配信されているものを視ました。
ドラマとはいえ、理不尽だなぁと思いました。
法律的には「お母さん」は誘拐犯。
しかし、実質は虐待を受けて殺されてしまう子供を救い出した人。
子供を施設に入れるのではなく、里親として「お母さん」をさせてあげることが子供のためと思うのですが・・・。
それにしてもとてもよいドラマでした。
 

Ashida1
この子、芦田愛菜ちゃん、道木怜南(つぐみ)役だったのですが、天才子役と評価したい演技でした。

復興の風景

Ph_189

お参りに向かう途中の風景。
数軒が全壊となり大きな空き地になっていた地域です。
家が再建されています。
なんてことのない風景ですが、私たちにとっては少し安心する風景です。

Ph_196

今日の午後は叔父さんの1周忌法要。
法要後正覚寺の合葬墓に納骨。
亡くなった叔父さんは私の父の弟。
山吹家にとっては新宅になります。
別にお墓を建てられてもよかったのですが、叔母さんや私からすれば従兄弟の希望で正覚寺のお墓へ納骨されました。
私にとっては大変うれしい選択でした。

 

009  
夜はねぶた温泉・海游能登の庄。
正覚寺から車で5分3Kmほどの旅館ですが、久々に私たちも泊めていただきました。

義理堅い

002  
明日は叔父さんの1周忌法要。
その準備をしました。

今日は61歳で亡くなった方のお葬式でした。
30年農協に勤務されたということで、農協が経営するセレモニーホールでお葬式をされました。
長年仕事をされたところでお葬式をして送ってあげたい、遺族のその気持ちはよく分かります。
ただ、亡くなった方は病気のために10年以上前に退職されています。
職員もすっかり入れ替わり、組織も変わりました。
故人が勤務していた時にはまだセレモニーホールはなかったと思います。
遺族の方達の気持ちが空回りしているのではないかと思いました。
田舎の人は義理堅い、それはとてもよいことだと思うのですが、その気持ちが伝わらないこともあります。
伝わらなくても遺族の故人を送る気持ちが変わらなければ問題はありませんが・・・。

今日のお葬式の方は61歳。
前日にはその隣家の58歳の方が亡くなりました。
私の25歳の次男の同級生も亡くなりました。
100歳も珍しくない中で若い方が亡くなっていきます。

親鸞が出遇った釈尊

Ogawa 
久々に読んでよかったと思う仏教書でした。
本山から送られてきた本です。
筑摩書房の発行で、一般向けに書かれたもので、専門書ではありません。
なんだそんなレベルかと思われるでしょうが、そんなレベルです。
著者は小川一乗というインド仏教学が専門の先生。
浄土教は釈尊の説いた教えから乖離したもののように思われがちですが、釈尊の覚りが合理的に完結した結果が浄土教だと確認できました。
浄土へ往生する意義が完結のまとめられていたと思います。
是非読まれることを勧めたい1冊でした。

龍馬伝

P200900053100000_x_2 
今日の朝一番は晨朝(おあさじ)、昨日お預かりした遺骨を引き取りに遺族の方がお参りにお出でました。
11時からは絶えて跡取りがいなくなってしまった家で3回忌法要。
4人の娘さんがそれぞれ結婚して家を出ていかれたのです。
その娘さん、ご主人たち、故人のご兄弟が集まってお参りされました。
今後のことについてご相談されました。
午後にもお参りのお約束があったのでお斎(昼食)は失礼させていただきました。
お斎のお付き合いをするのとしないのでは疲れが全く違います。
家での昼食後しばらく休ませてもらって午後のお参りに出ました。

 

今夜は龍馬伝。
生き生きした龍馬っていうのか、かっこよく活躍する龍馬といったドラマとは少し違います。
山内容堂により大弾圧される土佐勤王党。
幕府軍艦奉行として、龍馬ら脱藩者を受け入れて神戸海軍操練所を設立し、「日本の海軍」建設を目指していた勝海舟は、保守派から睨まれて軍艦奉行を罷免されます。
立場は違っても正義を追いかける者達が、上に立つ者によってつぶされる、そういう辛さを感じます。

いろいろありました

001 
今日の午前中は合葬墓へ納骨。
七尾市という輪島から60Kmのところが出身で横浜在住の方が納骨にお出でました。
七尾のお墓を撤去して横浜に新たにお墓を建てられたのですが、古いお墓の遺骨すべてを新しいお墓に埋葬できないため、残った遺骨を正覚寺の合葬墓へ納骨されました。
横浜・正覚寺からの紹介のお参りです。
納骨を終えて、「どうしようかと思っていたので助かった。安心した」と感謝の言葉をいただきました。

 

002  
2007年の震災前に亡くなり金沢大学医学部へ献体されていた方の遺骨が帰ってこられました。
自宅へ帰らずにまっすぐ正覚寺へお出でました。
遺族の方たちとお参りをし、今夜1晩は寺でお預かりします。
正覚寺のお世話を大変よくして下さった方なので、遺族の方たちはまず正覚寺の新しい本堂へ・・・と願われたのです。
住職として大変ありがたいことでした。

 

004  
夕方は蔵コンサートへ。
このお宅は、正覚寺のご門徒でもあり家主は私の同級生です。
これまでも震災後2度コンサートが行われている会場です。
ジャズとボサノバのミニコンサート。
チラシもなく誰のコンサートかも分からずに誘われるままに出かけました。
広瀬みちるという若い女性のピアニスト、藤田明夫というサックス奏者、越田太郎丸というギタリストという編成。
もう少し聞きたかったと思うコンサートでした。
コンサート後は、一緒に行った友達の家で友達の手料理でワイン。
サッカーを観ながら。

お見舞い

300pxkanazawa_university_hospital_2 
今日はちょっとお見舞いに。
お元気そうなので少し安心しました。

 

Dsc02837_l_2
昼食は病院の近くの丸亀製麺で釜揚げうどん。
麺類が大好きなので前から1度食べてみたいと思っていたうどん。
田舎住まいなのでうどん1杯でもなかなかチャンスがありません。
おいしいうどんでした。

夜は、家族4人で外食。
もちろん居酒屋でした。

風鈴の季節

003 
風鈴が揺れ、冷たい風が気持ちのよい季節になりました。

 

005  
7時前ですがまだ夕日には時間がありそうです。
1年で最も日の長い時期ですからね。

 

007  
昨日、月末の行事案内の原稿を作成して、今日は封筒、「正覚寺通信」を印刷、午後は女房と封筒詰めしました。
一仕事終えてちょっとホッとしました。

ありがたい

003_2

たぶん一昨日だと思いますが、裏庭の草が刈られています。
たぶん、友達が刈ってくれたのだと思います。
ありがたいことです。

 

001_2_2
昨日お参りに伺ったご門徒からいただいたお祝いです。
漆器屋さんなので、蒔絵の付けられた輪島塗の文筥でした。
結婚式からもうすぐ2ヶ月になるのですが、ありがたいことです。

 

001  
向かいのスナック跡の貸店舗に人が出入りしています。
どうもスナックで使われていたカラオケなどの道具を運び出しているようです。
カラオケ機器の業者といった雰囲気ではありません。
債権者といった感じです。
お付き合いしたくない、そんな感じの方々でした。

 

今夜のドラマ、マザー、とても残酷。
お母さんを待つ娘、その気持ちに大人、社会はどう応えてあげるんだろう?
来週は最終回。
どんな結末なんだろう?

カメルーン戦

Scc00509462420 
夕べのカメルーン戦、一人でテレビ観戦していましたが、この瞬間思わずやったー!と手をたたいていました。

Scc00509462457  
それにしてもうれしかったのはこの光景。
ゴールを決めた本田がサブの選手の輪の中へ。
ピッチに立っている選手だけでなくチーム全員で戦っているという意識の表れだと思います。

今日のニュースを見ていたら、カメルーン戦後のサポーターが「岡田監督悪く言ってごめんなさい」というボードを持っていました。
直前の強化試合は4戦全敗と弱さをさらけ出し、岡田監督の選手起用や戦術における迷走がひどく、これでは勝てるはずがないと非難囂々。
私も含めて大半のファンは「勝てっこない」と思っていたでしょう。
ところが、岡田ジャパンは前評判を覆しての勝利。
さんざん非難してきた解説者、評論家たちは、サポーターのように「岡田監督ごめんなさい」と素直に謝るのでしょうか?
後半はヒヤヒヤし通しでしたが、なんとか守り切ったというより、よく失点しなかったという試合内容で、弱さが表れていました。
でも、勝ちは勝ち、結果を出しました。
マスコミは、「岡田監督ごめんなさい」と謝る気持ちが必要だと思います。
昨日までの岡田ジャパンに対する論評で世論調査をすれば、間違いなく支持率は低く、政権なら辞任・崩壊状態だったと思います。
批判・評論等の発言は自由です。
しかし、自分の発言に責任を持つべきだと思います。
それが一個人ではなく社会に大きな影響を与えるマスコミ、ジャーナリスト、評論家ならその責任は大きいと思います。

ケンタッキーフライドチキン

002 
今日の午後は金沢近郊までお参り。
帰りにショッピングセンターへ。
女房が今日・明日と同級生とミニ旅行。
で、私が夕食の調達。
ケンタッキーフライドチキンとお総菜コーナーの丼、サラダを買いました。

今夜はワールドカップサッカー、日本代表の初戦、カメルーン戦。
1戦も戦っていないのですがボロ負けしてしまったかのように岡田監督に対して批判がされています。
批判・批評は自由にすべきだと思いますが、 国際Aマッチ4連敗中とはいえ本番のワールドカップは今夜が初戦。
行き過ぎた批判が、日本代表の足を引っ張り、チームを分解させるのではないかと思います。
もちろん悪い結果に対しては厳しく批判すべきだと思います。
政治に対しても同じように思います。
マスコミに先導されて批判の嵐、マスコミによるマスコミのための世論調査で政権を潰しに行く、そういう傾向が強いように感じます。
それにしても南アフリカのブブゼラ、凄い音ですね。

D44371b1b8391cac_2 Image

パンクロック

350 
今日は日曜日、一般的には土日はご法事などのお参りでお坊さんたちは忙しい日。
しかし、今日の私は休み。
まだ、正覚寺はなんとか食べていくことができていますが、今後はどうなっていくのだろうと、ふと不安にも思います。
でも、休みはありがたい。
午前9時から1時間ほど町内の片付け作業に参加。
その後は、漆塗りなどで一日を過ごしました。

漆塗りをする時はFM放送を聞くことが多いのですが、6月9日はロックの日ということでTHE  BLUE HEARTSというバンドのミニ特集が放送されました。
THE  BLUE HEARTSは、1980年代後半から1990年代前半に活躍したロックバンド。
ロックと言ってもパンクロック。
世の中に対する鬱憤をはき出すかのような激しい音楽。
FMを聞いてそのTHE  BLUE HEARTSのCDを買いました。

『ロクデナシ』
「劣等生でじゅうぶんだ はみだし者でかまわない

生まれたからには生きてやる
生まれたからには生きてやる
誰かのサイズに合わせて 自分を変えることはない
自分を殺すことはない ありのままでいいじゃないか」

『TRAIN-TRAIN』
「ここは天国じゃないんだ かと言って地獄でもない
いい奴ばかりじゃないけど
悪い奴ばかりでもない

世界中に定められたどんな記念日なんかより
あなたが生きている今日はどんなに素晴らしいだろう
世界中に建てられてるどんな記念碑なんかより
あなたが生きている今日はどんなに意味があるだろう」

バンドは1990年代半ば、メンバーの一人が新興宗教(幸福の科学)に没頭し、 スタッフやファンを勧誘したことから解散します。
中心メンバーの甲本ヒロトと真島昌利は、現在はザ・クロマニヨンズというバンドで活動し、ペプシコーラのコマーシャルに出演しています。
パンクロックのスタイルは奇異に見えて、ただふざけているとしか思えません。
しかし、その歌に込められたメッセージ、歌詞は私には共感できるものがあります。
歌えるものなら私も激しく歌いたい。

 

002
ブラシの木です。
いつの間にか花が咲いていました。

太鼓堂

001 
今日は午前10時から17回忌法要。
正午から正覚寺から車で15分余りのお寺で諷経(他寺の御門徒のお葬式に参り)。
ギリギリの移動になるかと思いましたが、ご法事の家でしばらくお話もできましたし、お葬式の控え室にも30分前に着きました。
写真はそのお寺の渡り廊下。
珍しい建物です。
太鼓はありませんでしたが、たぶん太鼓堂だと思います。
窓にガラスが入っていないので、雪や雨が入るのではないかと思います。
アクリル板かなにかはめたほうがよいのでは・・・?っと思いました。
老婆心ですが・・・。

ご挨拶

002 
今日はお参りはお休み。
こういう日にやらなければならない寺務は色々あるんだけど、そういう仕事はついつい後回し。
で、漆塗り。
玄関先で昨日塗ったものにペーパーがけ。
そこへ近くのお寺さんが挨拶にお出でました。
あぁ、そうだった!住職さんが代わられたんだった。
お祝いのご挨拶に伺わなければならないのを忘れてしまっていました。
しまった!
少々ばつが悪かったですが夕方お祝いに伺いました。 (;;;´Д`)

お別れ会

001 
午後はちょっと汗ばむ初夏らしい気候になりました。
夕方、夕日に向かってお別れ会に。
ひょっとしたら招かざる客状態なのではないかと不安に思いながら出かけました。
家へ伺うと故人の弟さんや奥さんがよろしくとご挨拶をして下さり、ホッとしました。
ご近所の方たちもお出でます。
15~20人ほどのお参りだったでしょうか。
部屋の様子や雰囲気が分からないので、どういうお勤めにしようか迷っていたのですが、お仏壇とお骨の配置からお葬式と同じお勤めをさせていただきました。
正信偈の五劫思惟の調声後お焼香をしていただいたのですが、家族のお焼香が終わったらそこで途切れてしまって誰もお焼香をされません。
どうも譲り合っている様子。
これが輪島の人の悪いところ。
本人はへりくだって遠慮をしているつもりかもしれませんが、これがとても迷惑です。
誰か一人が、私は後だあんたが先だと譲り出すと、誰も焼香に出られなくなってしまします。
結局遺族の人が気がついて焼香盆を回したようでした。
お勤めが終わって着替えていると奥さんがお礼にお出でました。
お参りしていただいてよかったとおっしゃいます。
どうしてよいか分からずに、とりあえず火葬してお骨を持ってご主人の実家へ帰ってこられたそうです。
四十九日満中陰にも輪島へ帰ってくるのでよろしくと言われます。
私でよかったらどうぞとお答えしました。
法名のお礼は・・・?と問われるので、お気持ちで・・・と答えたのですが、全く想像もつかないので・・・とおっしゃるので、じゃぁ、1万円ほど包んで下さいとお答えすると、えぇ!っと驚かれて、20万円ほどじゃないか?って言われたんですけど・・・とおっしゃいます。
宗派や地域によって違いがあるのでしょうが、値段と言われれば浄土真宗の基本的な法名は原則無料です、とお答えしました。
戒名と法名は違うのか?という質問もされました。
聞けば、ご主人は夜寝られたまま朝になっても起きることなく亡くなっておられたそうです。
心不全という診断だとか・・・。
まさに今日ともしれず明日ともしれず・・・を思いました。

う~ん (-_-;)

003 
向かいのスナック、お客さんが出入りしているのを見たことがありません。
カラオケの音も聞いたことがありません。
近頃は営業もしていないみたいだなぁと思っていたら入り口に張り紙がしてあります。

002  
「貸店舗」。
スナックは閉められたようです。
昨年の4月から約1年余りの営業だったようです。

 

数日前に電話がありました。
大阪で弟さんが亡くなり、火葬をしお骨になっておられるとのこと。
しかし、お葬式をしていないので「お別れの会」をしたいとのこと。
その会場に正覚寺を貸してくれないかということで、相談に来るという電話でした。
それから30分あまりしてから再び電話がありました。
家族でもめていて正覚寺を借りるかどうか分からい状況だとのことでした。
そして昨日、新聞のお悔やみ欄に自宅でのお別れ会が記事として掲載されていました。
そういうことになったんだと女房と思いました。

今日の午前10時頃、その家の方が尋ねてこられました。
お付き合いしているお寺がないので「お別れの会」にお参りに来てくれないかとのこと。
私でよければとお引き受けしました。
法名はどうされますか?と尋ねると、近い親戚にお寺さんがあるのでその方にお願いしたいとのこと。
そのお寺さんに法名を付けていただいて、私に教えて下さいとお願いをしました。
しばらくして電話があり、そのお寺さんは今週末までアメリカに出かけていて留守なので私に法名を付けて欲しいとのこと。

う~~ん、どうもやっていることが支離滅裂です。
兄弟が亡くなられて慌てられる気持ちは分かります。
しかし、直葬をしてお骨になられているのですから、「お別れの会」を慌てて催す必要はありません。
義兄のような近い身内の方であれば、1度はお参りに来られるだろうと思われます。
その方が僧侶であるなら、その方の都合に合わせて催されるべきだったのではないでしょうか?

私はこういう「お別れの会」を多くお参りさせてもらっています。
これまでお参りされた方たちは新聞のお悔やみ欄に掲載するようなことはされませんでした。
今回の方も想定されている参列者は15~20人程度の身内だそうです。
ならば、新聞の掲載は不必要なことだったのではないでしょうか?
掲載してしまったので日程などを変更せずに催すしかありません。

八日講

6月8日(火)
曇り
曇り
最高気温(℃)[前日差]
20 [ 0 ]
最低気温(℃)[前日差]
13 [ -3 ]
降水確率(%) --- --- --- 20
時間帯(時) 0-6 6-12 12-18 18-24
風: 北の風後北西の風 波: 0.5メートル

 

夕べの天気予報では最高気温が22~23℃だったのですが、いつのまにか20℃に。
北の風のせいでしょう、気温以上に寒く感じました。
そんな天気は関係ないのでしょうが、今日のお参りは7人だったのですが、それはお勤めの間。
私が法話を始めた時には5人。
いくら聞くに堪えない私の法話だとしてもひどい状況になりました。
かつては20~30人はお参りして下さった行事なのですが・・・。
で、私の法話も悲惨。
最初から話したいこと、伝えたいことがなかったので当然ですが・・・。

話すことがない

001 
女房の作品です。
なかなか清楚で上品な花になっていると思います。
明日は八日講。
輪島の市街地には真宗大谷派のお寺が7ヶ寺あります。
その7ヶ寺が持ち回りで宿寺をし、宿寺の住職が正信偈・六首引(同朋唱和)のお勤めの調声をし法話をします。
明日の八日講は正覚寺の当番。
で、その準備をしましたが、法話の準備ができません。
伝えることがなく、話題がありません。

005

花火

008 
今日・明日は輪島市祭。
それは関係ないと思いますが、今日・明日の土日は何の予定もありません。
昼は女房がパレードの見物に。
夜は私も友達夫婦と共に花火見物に。
帰りは居酒屋へ。

お葬式

001  
清々しい初夏らしい天気でした。
午前9時から曹洞宗の檀家さんのお葬式にお参り。
午前10時から正覚寺でお葬式。
小さな街なのでできることです。

 

002  
今夜はたのもし講。
日中はゴルフコンペだったのですが、私は夜だけ参加。

声明講習

001 
今日の午後は声明講習会。
昨日・一昨日の旅行の疲れでしょう、眠たかったのですが出席しました。
今更お勤めの稽古?っと思いますが、出席すると勉強になります。
夜は先生を囲んでの懇親会。
明日も午前中半日講習会があるのですが、私はお葬式があり欠席します。

 

400t_p1000637wm  
一昨日見学した高松塚壁画館。
訪れた値打ちがありました。

400t_p1000630wm  
こちらは高松塚古墳の駐車場脇にある飛鳥歴史公園館。
高松塚壁画館があるのだからこれはいらないだろうと思える展示。
存在する意味が分かりませんでした。
無駄。
国全体の予算・財政からしたら微々たるものかもしれませんが、ぜひ視察をして仕分けをして欲しいと思いました。

遷都君

035 
今日は平城遷都1300年祭・平城宮跡会場へ。
これは朱雀門前。

 

048  
復元された第1次大極殿。

 

050  
東院庭園。
庭というと木が配置され石が置かれ・・・と想像しますが、素朴な庭です。
その素朴さが失ってしまった大切なものを示してくれているように感じました。

 

060  
これは法華寺の庭。
「悲田院」「施薬院」。
「悲田院」は老人や孤児を養うところ。
「施薬院」は病人に薬を与えるところ。
光明皇后は仏教に篤く帰依し、貧しい人に施しをするための施設「悲田院」、医療施設である「施薬院」を設置して慈善を行ったということを平城遷都1300年祭の平城京歴史館で学びました。
で、その光明皇后が開基と伝えられている法華寺を見学。
奈良時代に福祉事業が行われていたということに驚きました。

 

066  
平城京の発掘作業現場です。

 

072  
もう一度朱雀門。

073  
朱雀門のすぐ北、平城宮の中を近鉄電車が走っています。

キトラ古墳

20040430_007 
『キトラ古墳壁画四神特別公開』という旅行の案内でキトラ古墳の壁画が公開されていることを知りました。
で、早速1泊2日で見学に。

 

004  
続いて飛鳥寺へ。
仏像はすばらしいのですが、
商売っ気たっぷりでちょっとがっかり。

 

005_2
 
続いて亀形石造物、そして坂船石を見学。

006  

014  
続いて石舞台を見学。

 

021  
高松塚古墳を見学。

 

031  
最後にキトラ古墳を見学。
行って見てビックリ!これがキトラ古墳の現状です。
『キトラ古墳仮説保護覆屋』とあります。

飛鳥、明日香、前々から行きたいと思っていたところです。
行ってよかった、そういうミニ旅行でした。

« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

気象協会

  • 気象協会

最近のトラックバック