« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »

2010年11月

生臭坊主

001 
今日の午前中は能登空港に近い山の中のご門徒まで報恩講のお参り。
帰りに玄関先のたらいを見ると氷が張っています。
日の当たった11時過ぎだというのに・・・。

 

003  
帰る道中、気付きました。
除雪車両が準備され待機しています。
夕べのニュースで、青森・北海道が大雪とのこと。
お参り先で読んだ新聞のニュースでは、白山麓の旧白峰村でも除雪車が出動したとのこと。
奥能登もいつ降っても不思議ではないようです。

 

008  
午後は百ヶ日法要。
お参りが終わってお茶をいただきながらお話しをしていると、こんな時にご院さんに肉を差し上げてはいけないんですかね?、とおっしゃいます。
私は、肉食妻帯の浄土真宗、ましてや正覚寺には漁師さんのご門徒があってお参りの帰りにお魚をいただいて帰るのは日常茶飯事ですよ、とお答えしました。
肉屋さんを経営されている弟さんが持ってこられたとお肉をいただきました。
帰り道、歩きながら思いました、本当に生臭坊主だなって。

龍馬伝

P4_28_2 
夕べ視ることができなかった龍馬伝を視ました。

「日本人同士が殺し合うて、えいことあら、ひとつもないがじゃき」
「戦に勝った者ではのうて、日本と日本人を幸せにしようゆう志の高い者が、国の政を担う世の中ぜよ」

船中八策
公議政体論のもと、
   1. 憲法制定
   2. 上下両院の設置による議会政治
   3. 不平等条約の改定
   4. 海軍力の増強
   5. 御親兵の設置
   6. 金銀の交換レートの変更

現代でも通用する考え方。
現代の政治家にも龍馬の言葉を伝えたい。
坂本龍馬という人は新しすぎて周囲の人がついて行けなかったのではないかと思いました。
改めてすごい人だったんだと思いました。
33歳という若さで日本を変えた人。
暗殺せずに生かしておいて欲しかった。
明治維新とその後の日本がもう少し違ったものになっていたように思います。

報恩講満座

003 
今日は川向こうのお寺の報恩講満座。
さすがに大きなお寺だけあって大勢の参詣。
これだけお参りして下されば勤め甲斐があります。

 

013
お勤めの前にご門徒の方たちによる親鸞聖人の一生の寸劇。
10月17日の親鸞聖人750回御遠忌お待ち受け大会に演じられた劇です。
劇が終わって、住職さんが参詣の皆さんに、帰らないで最後までお参りしていって下さいね、と声をかけられます。
そうなんですよね。
劇の前にも若さんが、11月27日午後7時から親鸞聖人の御一代記である御伝鈔を拝読しています、来年から是非お参りして下さい、とご挨拶。

 

今朝の北陸中日新聞
「商業化している葬式(下) -消費者となった遺族-」
===================================================
 現代日本の葬式は、一部地方ではまだ残っているものの、かつての血縁共同体や地域共同体の手から離れ、個人化して、実際の仕事は葬祭業者の手に委ねられるようになっている。これを「商業主義」と批判する人がいる。今遺族の側にいるのは、多くの場合、初めて会った葬祭業者である。
 日本の仏教式葬式は八世紀頃からだが、民衆の葬式は十五世紀の室町後期の戦国時代から広まった。
(中略)
 かつては僧侶も地域共同体と共に遺族の傍らにいて葬式を差配したものである。死者が出たら近所の人が二人一組でまず檀那寺の僧侶に知らせ、僧侶が駆けつけて枕経をあげた。そうして遺族、隣組の関係者を集めて葬式の段取りを組んだ。僧侶は終始、死者や遺族に寄り添って葬式を行った。
 今、自宅で死亡するのは12%程度、自宅で葬式をするのは一割を切った。二〇〇〇年以降の顕著な傾向は、遺体が自宅に戻らなくなったことである。斎場(葬儀会館)や火葬場の保冷庫に直行する。それと共に死亡直後の大切な儀礼である枕経がなくなる傾向にある。斎場で葬儀だけではなく追悼儀礼である初七日まで行い、火葬場まで付き添わない僧侶も少なくない。
 江戸時代から寺は「葬式仏教」一と揶揄され続けてきた。しかし、そのお寺に死者供養を託したのは檀家となった民衆であった。民衆からすれば民衆もまたホトケ(仏)となり、浄土に赴くことを可能とした仏教に人格を認められた想い、救いを感じたのであろう。寺檀関係は江戸中期に寺請制度で法制度化され、明治維新の一時期、神仏分離による廃仏毀釈で迫害されたが明治三十一年の明治民法による家制度で関係が強化された。
 寺と檀家(檀信徒、門徒)の関係は、法施と言われる寺の活動を信徒がお金や労働による財施で支えるという関係にある。「おらが寺」と言うように、寺を檀家が支えるのが当然とされた。
 しかしそれが崩れたのが戦後の高度経済成長期である。檀信徒の都会への流出、都会でも移動が激しく、寺檀関係が弱くなった。都会に出た地方出身者の多くが宗教的浮動層を形成するようになった。
 宗数的浮動層が選んだ道は都会の寺の檀信徒となることではなく、葬式や納骨や法事だけを一時的に頼む「消費者」であり、いちいちの料金化、明朗会計を望んだ。
 葬式における仏事は宗教行為なのか、それとも対価を伴うサービスなのか、大きな分かれ目にきている。
 大手スーパーであるイオンが葬儀斡旋業に参人、僧侶の布施目安を提示したことで全日本仏教会と激突、イオンは目安表を撤去したが、目安表示を歓迎する一般の人が多かった。
 ということは、いくら寺が布施で宗教行為だと言っても、現実には葬式費用の一部のサービスと理解する人が多いということである。
 葬式で宗教者の関わりが薄れたことは、一つの不幸である。本来は大切な家族との死別という事態にあって遺族は精神的な助けを得られず孤立しているからである。
 今の葬式では、僧侶も引き、遺族も僧侶から引き、その関係は非常にわかり辛いものとなっている。遺族は、宗教者に儀礼形式を整えてもらうことだけを期待する。それでは何かもったいない。
 僧侶(宗教者)は積極的に遺族に近づき、遺族の声、想いに耳を傾ける。遺族も不安やその他遠慮せず僧侶に訊く。葬祭業者も両者の間を分けるのではなく、両者の信頼関係づくりを支援する。そして三者とも死者を第一に考える。こういう関係づくりが今こそ求められる。
===================================================
葬式仏教という言葉で批判されてきた僧侶のあり方であるけれども、現代では葬式仏教ですらなくなりつつあろうとしているようです。
僧侶の声明は葬式のムードを盛り上げるバックグラウンドミュージックでしかなくなってしまっているようです。
枕勤めや火葬場のお勤め、還骨勤行などのお勤めは僧侶にとっては負担になります。
それらを一括してお通夜や葬儀の際に勤めれば僧侶は楽です。
また、段取りを含めた運営全体を葬儀屋任せにすれば僧侶の負担は軽くすみます。
しかし、その合理化することが自分で自分の首を絞めることになっている、そのことに僧侶は気付くべきだと思います。

 

Sakurairo  
この小説を読み終えました。
つまらないかと言えば面白い小説でした。
しかし、面白くて一気に読んでしまうというレベルではありません。
ストーリーは悪くないのですが、安っぽいお涙ちょうだいの文章のように私は感じました。
なにか物足りなさを感じる小説でした。

 

002
夜は町内の会の忘年会。

報恩講参勤もカニも3日目

午前中は予定なし。
だから、漆塗り。
午後は、川向こうのお寺の報恩講。
お日中のお参りでは登高座をさせていただきました。
三礼という作法で立ち上がれない。
切り袴の裾を踏んでいたのです。
注意を怠り、うっかりしていました。
勤行が終わって退出。
草鞋(そうかい)という履物の向きを直し忘れていました。
失敗!反省。
帰って、漆塗り。
今夜の晩ご飯も昨日と同じ。
ただ今夜は白いご飯がありました。
今夜のカニは香箱(こうばこ)という雌ガニでした。

Top_kyukei  
昨日今日とこのドラマを視ました。
視てよかった、そう思うドラマでした。

カニ

001 
今日の午前中は満中陰法要。
団地の県営住宅住まいなので正覚寺本堂でのご法事。
お葬式はセレモニーホールを利用された方、この本堂をどのように思われたでしょうか。

午後は昨日に引き続き川向こうのお寺の報恩講。
明日明後日は土日でお仲間の僧侶方はそれぞれご法事などで忙しいらしい。
私は、暇。
明日も同じお寺の報恩講に参勤予定。

今夜の晩ご飯、ズワイガニ、椎茸焼き、ナメコと大根の味噌汁、ご飯なし。
昨日とほとんど同じメニュー。
違うのは、椎茸焼きに添えられているのが昨日は魚、今日は肉、それだけです。
ほとんどがいただき物、寺らしい食事です。
そういえば、今日もカニをいただきました。
明日もカニの食事です。

好き放題

001_2 
義歯(部分入れ歯)が外れたので治療に歯科医へ。
義歯がすり減って穴が空いていると言われます。
強くこすって削ったとのこと。
未だに歯ぎしりをしているらしい。
ストレスかなぁ?言いたい放題、好き放題しているように思えるけど・・・と歯科医の先生。
“失礼な”と私。 coldsweats01

 

006_2

午後は川向こうのお寺の報恩講。
帰ってご門徒の方の来訪・相談を受け、買い物に。
帰宅すると玄関にカニ。
それも雄のズワイガニ。
活きている、っていうか、1匹なんてすごい元気で逃げ出しそう。
すぐにあのご門徒の方だな?って思う。
ありがたい。
今夜はご飯を炊かずにカニでおなかを満腹に。
長男が、田舎ならではやなぁ、と言います。
私は、違う、田舎のお寺ならではだと訂正しました。

京都(2)

001 
夕べは居心地のよい居酒屋のおいしい料理、お酒でかなり飲みました。
酔っ払いながらも二日酔いを心配、覚悟していましたが、今朝は大丈夫。
よいお酒だったようです。

ホテルを出て、まず壬生寺へ。
壬生寺は、本堂などは拝観できず、新撰組のお墓などを見学しました。

 

004  
壬生寺のお向かいのお寺、禅寺です。
ちょっと変わった屋根で、こんな屋根もよかったかなぁ~!って。
お金の心配がなくなった今だから思えることですが・・・。

 

Im_main  
これも壬生寺のお向かい。
きっちりと制服を着たガードマンが門前の落ち葉を掃いています。
何だろうと思って門の掲示を見ると、「京都市指定有形文化財 旧神先家住宅」とあります。
ガードマンさんが、根付(ねつけ)の博物館になっていますと教えてくれました。
“ねつけ”って何?っと思いましたが、女房が興味を示したので入ってみることに。
拝観料1200円。
高い!っと思いましたが、入館。
入館してしばらくしたらその入館料も納得!
まず、文化財の建物がとてもきれいに整備されています。
そして根付(ねつけ)、小さなアクセサリーほどの大きさの彫刻(?)が所狭しと並べられています。
見応え十分。
入館時に、よろしかったら次回のご案内を差し上げますからお名前をどうぞ、と言われたのを辞退したのですが、帰りには記帳して来ました。

 

006  
続いて東本願寺へ。
先日寄進されたばかりの梵鐘。
ピカピカでした。

008  
これから修復工事の始まる阿弥陀堂素屋根内を見学。
御影堂の工事の際にも見学しているので、ずいぶん小さいという感想。

009  
修復が完了した御影堂の屋根も間近で見学できます。
ご門徒の方には良いサービスだと思いました。

010  
境内には、鸞恩くん、蓮ちゃん、赤本くんの着ぐるみが人気。
記念撮影や握手に応えていました。

011  
銀杏の黄色がきれいでした。
駐車場への通路で出会う職員、参勤の僧侶が、出会う人に、ご苦労様です、と挨拶をします。
その姿が新鮮でした。
そういう当たり前のことが当たり前でなかった本山。

 

110_2
昼食や買い物を済ませて帰路へ。
途中、湖東三山の一つ金剛輪寺へ寄りました。
「血染めの紅葉」言われるとおりの鮮やかな紅葉を堪能しました。

116

 

021_2
帰路の北陸道、今庄トンネル内で事故。
その影響で渋滞。
9時過ぎに帰宅しました。
有意義な旅行でした。

京都へ

Nab3mq000000z4pu 
京都へ出かけました。
まず、大谷大学へ。
「親鸞-その人と生涯-」展を見学。
先日の新聞で、新たに発見、認定された親鸞聖人直筆の教行信証の一部も見せていただきました。
その他、大谷大学に多くの所蔵があることに驚き。

 

030
続いて北野天満宮。
御土居(もみじ苑)を見学。
1~2年前から解放されるようになった一般人には新しいスポットです。

050  
紅葉の赤もきれいでしたが、銀杏の黄色も負けずにきれいでした。

063  
驚いたのは列をついてお参りする人たち。
お宮さんだから当たり前なのかもしれませんが・・・。
それぞれ何を祈るのでしょうか?
北野天満宮だから、入試合格、試験合格、学業成就でしょうか?

 

Pdf001  
続いて建仁寺へ。
「綴プロジェクト作品展」を見学。
私には複製と思えないすばらしさでした。

074  
080  
お庭や本堂も。

 

D0138905_157378  
夜は「うふふBis」という居酒屋へ。
細い路地の奥の奥にあるお店。
昨年の春にとてもよい思いをしたので今回も。

150x150_square_1667096  
知らなかったら普通の家としか思えない店構え。
立地といい、店構えといい、まさに隠れ家。
でも、出される料理はどれもおいしい。
刺身をいただきましたが、輪島に負けない新鮮さ。
タラの白子をポン酢でいただきましたが、これも新鮮。
しかも、すごくリーズナブル。
絶対おすすめのお店です。

留守番

002 
今日は午後に1軒だけのお参り。
空き時間は漆塗り。
これは不要になった桐箱を塗っています。
お菓子の空き箱、茶碗の空き箱・・・、使えそうなものは何でも塗ります。

 

001_2
女房は、午後、坊守学習会へ。
私は、お参り後は留守番を兼ねてペーパーかけ。
お葬式のお飾りの台、香盒です。

新そば祭り

L_66f064072d9343948d78cc3dffd2df43  
今日は夜に1軒だけのお参り。
日中は昨日のお葬式のお礼参りを受ける以外は予定はありません。
で、昼食は門前新そば祭り。
日本原産種の野生種の山芋を自然薯(じねんじょ)と呼びます。
その自然薯をつなぎに使うのが門前のそばの伝統です。
そのそばの上に自然薯のとろろを乗せた山かけそばをいただきました。
続いて七面鳥のステーキを。
門前町で七面鳥を飼育しているのです。
どちらもおいしくいただきました。
それにしても食べ物の力って大きいと思いました。
小さな商店街の小さな駐車場で行われているイベント。
そこに大勢の人が集まっていました。
 
001_2  

午後、お礼参りを受けました。
お寺のご本尊の前でお葬式をさせていただいてありがたかった、床暖の暖かい中でお参りできてありがたかった、そういう感想を聞かせていただきました。
住職としてはこういう言葉がありがたい。

数え102歳

003 
今日はお葬式。
亡くなったお婆さんは満101歳、数え102歳。
お骨箱に100歳以上の年齢を書くのはこれで7回目。
お通夜でも「白骨の御文」を拝読させてもらっているのですが、「いまにいたりてたれか百年の形体をたもつべきや。」って、亡くなったお婆さんは100年の形体をたもったんですよね。
ちょっと読みづらいと思いましたが、時代・社会が違うのですから仕方がないですよね。
それにしても、750年前の親鸞聖人の90歳、2500年前の釈尊の80歳という年齢はすごい長寿だと改めて思いました。

昨日から喪主の同級生としてお手伝いに来られていたご門徒の方が、「良いがになっとるねぇ」、本堂が立派に、便利になっているとおっしゃって下さいます。
私は、おかげさまでとお返事させていただきました。
還骨(お骨上げ)、初七日のお参りに自宅へ伺った時、喪主の方がおっしゃいます、「(本堂が)立派になっていますねぇ」と。
私は、おかげさまでとお返事させていただきました。
ご門徒の方々にこのように思っていただける、おっしゃっていただける、住職としてこれ以上にありがたいことはありません。

今日も走る

006 
今日は、輪島から約1時間の七尾市まで諷経(お葬式のお参り)。
晩秋とはいえ秋晴れのなか気持ちのよいドライブでした。
お葬式は浄土真宗本願寺派(お西)のご門徒。
読む偈文は同じですが節が違います。
なんとなく密教のイメージが強いお勤めのように思いました。

 

008  
帰って昼食をいただいて、3軒お参り。
それから法名やお骨箱などを準備して、今夜はお通夜。

ピンチヒッター

003 
今日は女房の実家のお寺の報恩講。
住職である女房の兄貴は椎間板ヘルニアで入院。
前住職である女房の父親はご門徒のお葬式で不在。
寺中さんと私だけの報恩講満座。
おまけに町内で隣寺のご門徒のお葬式で参詣も少ない。
私が主座で登高座、そしてお調声をさせていただきました。

 

005  
今夜の夕食。
夕べいただいた雌のズワイガニ(コウバコ)、そしてガンドの刺身。
この時期の旬のものをいただきました。

走る

001 
今日1日ポッカリと休みになりました。
で、9時半頃に福井へ走りました。
12時頃に着いたので、まず昼食。
近くにあったそば屋さんへ。
福井と言えばおろしそばですが、寒かったので天ぷらそばを。

 

Top_shinran  
昼食後、親鸞展へ。
本願寺展(西本願寺)、東本願寺の至宝展に比べて見劣りしましたが、見に行ってよかったと思いました。
本願寺展は、石川県立歴史博物館でした。
東本願寺至宝展は、大和デパートでした。
大和デパートの至宝展を見て、デパートが会場ではもったいないと思いました。
今日の会場は、福井市立郷土歴史博物館。
こういう展覧会は会場も大切だと思います。
来年1月1日からの五木寛之・親鸞の連載再開も楽しみです。

 

003  
親鸞展の後は天気がよかったので山へ。
福井県立恐竜博物館を見学。
驚きました。
恐竜などの化石があんなに発掘されているとは知りませんでした。
帰りの時間も気になるので慌ただしい見学でしたが、見応えがありました。
帰って、若夫婦にも見学を勧めました。

 

007  
帰り道、晩ご飯を仕入れました。
いつものケンタッキー・フライドチキン。

 

008  
家に帰ると、ガンドが2本届いています。
ブリは出世魚。
コゾクラ→フクラギ→ガンド→ブリと出世していくようです。
だいたい60~70cmのものをガンド、それ以上をブリと呼ぶようです。
夕食後、女房がガンド2本と格闘していました。
カニは夕方水揚げされたもののようで、生きていました。
明朝、頑張ってゆでるそうです。

 

私は風呂に入って、ニュースステーションを見ながら寝酒を・・・、と思った10時頃に電話。
こんな時間の電話は良い知らせではありません。
案の定、ご門徒のお婆さんが亡くなられたとのお知らせ。
早速、枕勤めに伺いました。

忙しい1日

今日は午前10時から1周忌の法要。
漁師町の方は命日にこだわります。
帰ると12時前に昨日のお葬式の方がお礼参り。
私の帰宅時間、空き時間に合わせて下さったようです。
午後は六和精舎、通称本山事務所の報恩講、ですが、私は組長選挙の立会人。
終わって夕方は組会(住職の会議)。
それにしても六和精舎の報恩講、参詣は3名だったそうです。
悲惨な状況です。
夜は3七日。

Furiie  
このドラマ、原作の小説と展開が違います。
でも、原作は同名の小説。
これってどうなんだろうって思います。

お骨が上がってこない

今日はお葬式。
長く市議会議員を勤められた方だったので、夕べのお通夜は大勢の参列者。
今日は月曜日、お葬式の参列者は激減するのでは・・・と予想していたのですが、私の予想に反して大勢の参列者で、久々に短念仏で参列者のお焼香の終えるのを待ちました。
お葬式を終えていったん帰宅。 昼食を済ませてお骨上げの電話を待ちます。
出棺して1時間半から2時間で連絡があるはずなのですが、午後1時前になっても連絡がありません。
役僧さんもしびれを切らしてやってきます。
連絡がありませんか?と尋ねるので、ない、と答えると、おかしいなぁ?親戚の人にも連絡をするようにお願いしておいたのに、とのこと。 通常ならお骨が上がっている時間なので、お宅へ出向くことにしました。
還骨の準備をして待ちますが、お骨は帰ってきません。
結局、40分ほど待ってお骨が帰ってこられました。
火葬場の職員は、後のお葬式の方の火入れと重なったためとか、お骨を冷ますのに時間がかかったとか言い訳をしていたそうですが、私は違うと思います。
釜の老朽化でトラブルがあったのだと思います。
輪島の火葬場は40年以上経った古いもの。
建て替えをして欲しいと思います。
必ず誰もがお世話にならなくてはならない施設なのですから・・・。

お仏壇

002 
今日の午前中は祥月兼報恩講(お取り越し)。
そのお宅のお仏壇、180cm近い幅、とても立派です。
家1軒建つほどの経費がかかっていると思われます。
昔の人はこういう所におしげなくお金を使ったんですねぇ、というこの家の奥さんの言葉。
そういう信仰に支えられていたのだと思います。

そのお参りから帰ってから明日のお葬式の表白の準備。
午後の休憩後は、法名の準備など・・・。
坊さんなんて口先でお経を読むだけ、見えないところでこんな作業をしているなんて理解されていないだろうと思います。
そして、夜はお通夜でした。

ごえんさん

001 
今日の午前中は1周忌と13回忌。
午後は1周忌と納骨。
荒れた天候が続きましたが、今日は穏やかな天気。
小高い丘の上の墓地も苦になりませんでした。

 
その帰り道に報恩講のお飾りをお届けにご門徒の家へ。
いつもお参りして下さっていたのに、今年の報恩講はお参りしていただけませんでした。
玄関へ入って声をかけると、玄関脇にお爺さんがいらっしゃったようですぐに出てこられました。
分からないかなぁ?と思ったのですが、一瞬間があってから、ばあさん、ごえんさんが来て下さったとお婆さんを呼ばれます。
お婆さんも出てきて下さって、わざわざおいで下さってと挨拶されます。
お婆さんの姿は、明らかに病気をされたか老化で体が弱ったという姿。
これでは寺参りは無理だろうと思いました。
お爺さんは以前から病弱です。
そういう二人での生活。
どのように二人で生活しているのだろうかと思い、涙が出そうでした。
過疎・高齢化の現実です。

 
夜は仮通夜でした。
是非ごえんさんにお参りして欲しい、そういうことでした。
夕べは酔っ払っていて枕勤めは役僧さんにお願いしました。
元・門徒総代さんが亡くなられたので、今夜はお弔いのつもりでお参りさせていただくつもりでした。
役僧さんがお参りしても私がお参りしても同じだろう、私はそう思うのですが・・・。
あなたはごえんさんとしての自覚がなさ過ぎる、女房にそう言って叱られました。
仮通夜は役僧さんと二人でお参りさせていただきました。

残務整理

002 
今日はお参りはお休み。
報恩講の日程前にロウソク代(志)をいただいた方に記念品(お供え)をお届け、また、遠方からロウソク代などをお送り下さった方に記念品を発送などの作業をしました。

夜はたのもし講。
そこへ電話。
入院されていたご門徒が亡くなられたとのこと。
退席して寺へ帰りました。

祠堂

001 
今日は祠堂・永代経のお参り。
参詣者が少なく40名足らず。
かつては平日でも皆さん仕事を休んでお参りに来られ、1軒に10名、総勢百数十名というお参りだったのですが・・・。
真宗の行事が風習として暮らしの中に溶け込んでいたのですが、それが廃れていくのを感じています。
寺から案内を差し上げても、祠堂・永代経を納めて下さらない方がいらっしゃるようになりました。
かつては親戚・近所の年寄りがこういうことでお寺へ祠堂を納めるものだと教えたのですが、そういう人と人とのつながりがなくなり、真宗の風習が消えていくのだと思います。
寺へ足を運んでいただけるように寺が努力・工夫しなければならなくなったと思います。

浄土3部経を休憩を挟んで1時間20分ほどで読み、お経中に順にお焼香をしていただきます。
その後お斎(昼食)を食べていただいて解散。
読経を終えて、お世話方に手伝っていただいてお荘厳を平常に。
報恩講、無事終了!
夕方まで慰労会。

満座

Pb100003 
今日は報恩講満座。
参詣席は10~20名?
寂しい。
昔は大勢お参りしていただけたのですが・・・。
何か考えなきゃダメですね。

 

Pb100002  
参詣者も激減なら、当然のことながら報恩講志(蝋燭代)の志納も激減。
過疎地の寺の維持管理も大変な時代になりました。

 

003  
明日は祠堂・永代経。
午後はその準備をしました。

報恩講

001
報恩講2日目。
記帳をして下さるテーブル。
昨年から正覚寺の報恩講志(蝋燭代)の記帳はパソコン。
IT化されました。
時代ですね。

 

002  
受付風景。
イスとテーブル。
新様式の本堂ですからね。

参詣席には20~30人。
ところがお斎(昼食)の接待はてんてこ舞い。
寺へ足を運んで下さっても法話の席にはなかなか座っていただけません。
もう少し工夫をしたいと思います。

準備完了!

008 
報恩講のお荘厳ができました。
立華は女房と瑞恵ちゃんが担当。
あぁ、祖師前の仏器台と土香炉、香盤を交換するのを忘れていました。
とは言っても正覚寺には七角香盤はありません。
代用のものでお許し願います。
すべて本山の決まり通りにはできません。

 

012  
昨日いただいたカニをゆでました。
カニはまだ動いているものもいました。
おいしくいただきました。
瑞恵ちゃんは、カニは足しか食べられません。
私たちと逆です。
私たちは香箱ガニ(メスカニ)は甲羅が主で、足はおまけです。
そういう瑞恵ちゃんを見ると、都会育ち、育った環境の違いを感じます。

013
昨晩に続いて今夜も大根おろしに唐辛子(もみじおろしもどき)でふくらぎのお刺身をいただきました。

 

Images 
5夜連続のドラマをすべて視ました。
私は戦後生まれ、高校生の頃は自由な大きな国アメリカに憧れました。
そういう時代だったと思います。
働き者というだけで排日感情、排日運動。
黄色人種というだけで差別。
そして戦争。
色々考えさせられるドラマでした。
ちょっと陳腐なところもありましたが、視てよかった。

差し入れ

Ba656c3d
今朝、ご門徒のふくらぎを2本いただきました。
女房はもっと暇なときに下さればいいのに・・・と言います。
気持ちはわかりますが、御門徒にすれば報恩講の案内が届いたので下さるのだと思います。
農家の方がお米や野菜を下さるのと同じで、猟師さんは魚を届けて下さる。
ありがたいことです。
おかげで今日の夕方は女房は魚と悪戦苦闘。
夕食はその刺身をおいしくいただきました。

 

002
今日11月6日はズワイかに漁の解禁日。
夕方、息子の友達らから初水揚げのカニのおすそ分け。
まだ動いているカニもいます。
女房は2本のふくらぎとの格闘でクタクタ。
このカニは明日ゆでていただきます。

お荘厳

007 
今日はハウスクリーニングをしてもらいました。
ハウスクリーニングと言っても本堂と会館の掃除です。
フロアのワックスがけ、窓とカーペットのクリーニングです。

クリーニング後、本堂の荘厳。
1年に一度、報恩講にだけ使う軸や道具ばかり。
報恩講は特別な行事、改めてそう思いました。

 

010  
昨日の夕方、留守番をしながら封筒詰めした参詣者用の記念品。
真宗十派の法語カレンダー、本山が配布している小冊子「真宗の生活」、お飾り(お供え)。
近年はこのワンパターンです。

 

004  
裏の墓地。
基礎の枠板にコンクリートが打ち込まれました。
天気もよく暖かい日だったのでコンクリートの作業には条件のよい日ではなかったでしょうか。

 

Ikeda  
昼食後の休憩に少し読みましたが、この本も途中で止めることにしました。

「本書を通して一人でも多くの方が、親鸞聖人の教えである「浄土真宗」に出遇っていただき、称名念仏する者となってくださる機縁となりますことを念願しています。
(中略)
 このたびの刊行にあたっては、読者に分かりやすく読んでいただけるように、筑摩書房の協力を得て、可能な限り監修いたしました。
『シリーズ親鸞』は学術書ではありません。
学問的な裏付けを大切にしつつも、読みやすい文章表現になるよう努めました。」

以前にも転載したと思いますが、「刊行にあたって」という文章の一部です。
分かりやすく、読みやすい、と書かれていますが、どのようなレベルの人が手に取ることを想定して書かれているのかと疑問に思います。
正覚寺のご門徒の99%の方はこの本を読んで下さらないだろうと思います。
学術書ではない、と書かれていますが、一般人にとっては仏教用語や難しい熟語が並んでいれば十分に学術書レベルです。
書き手に大衆が見えていない、一般人が理解できていない、読み手に伝えようという意識がなさ過ぎだと思います。
本山は相続講金(経常費)や瓦懇志(御遠忌志)を納め宗派を護持して下さっている方々の顔が見えていない、理解されていないのではないか。
自分たちは知的レベルの高いところにいて、ご門徒のレベルに降りようとしない。
浄土真宗の教えが知りたければ自分たちのレベルに上がってこいと言う、そんな風にしか思えません。

 

002_2
昨日設置された向かいのスナックの看板です。
「Rosé」ローズ(ロゼ)フランス語のつもりらしい。
意味は、バラ(植物、花そのもの)、バラ色。
英語ならRose(ローズ)。
スナック・ローズ(ロゼ)、すごく古めかしい。
そういえば看板のデザインも古めかしい。
進駐軍でも出てきそう。

真宗学が栄えて、真宗は廃れる

002 
相変わらず色々な業者が入れ替わり立ち替わり改修工事が進められているようです。
今日は大型車が止められて作業をしたり器具を搬入したり・・・。
向かいの正覚寺の私たちも迷惑し不快な思いをしています。
私たちばかりではないでしょう。
隣近所の人たちが皆迷惑していると思います。
人は迷惑をかけずには生きていけません。
だからお互いさま。
でも、お互いに気持ちよく生活するために一言挨拶があってもいいのではないかと思います。
工事の依頼主、スナックの経営者が一言ご迷惑をおかけしますと挨拶をしてくれれば気持ちがいいと思うのですが・・・。

 

9784480320285_2 
今日もこの本を少し読みました。

仏法はむつかしい、わからない、もっとやさしくわかりやすく・・・、そのことの考察での一文。

「「平易」と言えばもちろん対極は「難解」だが、平易と言っても難解と言っても、それを問題にする立場を明確にしなければ空廻りに終わらないか。
そうであるとするならば、それは何か。

 もとより教えは教えられた人がいることによって証明される。
つまり教えに生きる人が生まれることでなければならない。
もし人を生まなければ、平易であろうと難解であろうと、結局は安易なのではないだろうか。
その意味で平易とか難易とかの論議は、教えに生きる人を生むか否かの一点で問われなければならない。」

この言葉は正しいと思います。
でも、私は大学の先生、学者の言葉だと思います。
大学は学ぶべき場、学生は難解な先生の言葉、理論を一生懸命理解しようと努めます。
理解できなければ、それは自分が勉強不足なんだと、さらに理解しようと努めます。
偉い先生は難解なことを難解な言葉で語るもの、それが当たり前の立場にいる人の言葉だと思います。
 
それに難行道と易行道。
念仏だけで救われるという浄土の教えは易行道、誰もが救われる道。
しかし、その教えが難解でいいなんて根本的な矛盾だと私は思う。
難解な教えを誰が信じられるでしょう?
誰が念仏を称えられるのでしょう。
念仏は難解な教えを理解できるエリートのものだと言われるのでしょうか?
 
私は学者や高僧と言われる人たちの怠慢だと思う。
もちろん高度な学問的な考究を求める人たちには、難解な論を説かれればいいでしょう。
しかし、圧倒的多数の庶民はそんなものを求めてはいないし、そんなレベルではありません。
難解な教えを庶民のレベルに合わせて平易に説く、それこそが学者、高僧ではないでしょうか?
私には、上の文は怠慢な学者の言い訳にしか思えません。

「真宗学が栄えて、真宗は廃れる」、先日ある先生から聞いた言葉です。

貴族振る舞い

006  
天気予報は雨でしたが、予報に反して晴れ、でも寒い寒い。
今日もお参りの予定がありません。
漆塗りをしたり報恩講に向けてできる準備をしたり、そんな1日。
裏の墓地に基礎の枠板が組まれています。
昨日石屋さんが作業をしたのでしょう。

 

9784480320285_2
この本を少しずつ読んでいます。

「かつて東山大谷・本願寺内の対面所には上段の間が設けられていたが、蓮如上人はその上段の間を取り払って下段と同じ平座になさった。
それは門徒に仏法を伝えるのに貴族振る舞いでできることではないと、どんな人ともその態度から親しみ近づき仏法を勧められた。
(蓮如上人十男・実悟『本願寺作法之次第』)」

蓮如上人が取り払った上段の間、いつの間にか復活して貴族振る舞いではないかと思いました。

人間性、仕事ぶりが見える?

001_3
向かいのスナックの改装工事の業者でしょう。
なんとなくやましいからでしょう、出入り口に駐車。
かえって邪魔、迷惑。
困ったものです。

 
002

先日のお葬式の盛篭です。
土曜日がお葬式だったので、回収が週明けかになる業者もあるかもと思っていました。
多くの業者は土曜日の午後に回収。
2店が残りました。
1店は昨日の月曜日8時前に回収。
残ったのは1店。
この業者、曜日に関係なくなかなか回収に来てくれません。
篭も台も錆びて汚くなっています。
こんな風に放置していれば当然でしょう。
商品管理や扱いも同じようにだらしないのではないかと思ってしまいます。
こんな店では買い物をしたくない、そう思ってしまいます。

それは向いのスナックの改装業者も同じ。
駐車をお願いしますと一言挨拶ができない、仕事もだらしないのではないかと思ってしまいます。

お見舞い

002_2
 
9月半ばから末期の肺がんで入院しているお婆さんが家に帰りたがるので、10月30日の土曜日に一時帰宅。
家に帰ったらお坊さん(私)に会いたいと言われているとのことで、私の土曜日の予定は空いていないかと、看病・付き添いをしている娘さんから電話がありました。
女房が土日は予定があると伝えると、予定の空いている時に病室を尋ねて欲しいとのこと。
で、今日、金沢赤十字病院までお見舞いに伺いました。
前もってお聞きしていた通り、お婆さんは半分の量ということでしたがモルヒネが点滴されていました。
その薬のせいでしょう、お婆さんは半分ほどはうつらうつらとされていました。
娘さんと1時間余りお話しをして帰ってきました。
お婆さんは94歳、その娘さんは60歳ほどでしょうか?
お見舞い、疲れました。

« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

気象協会

  • 気象協会

最近のトラックバック