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誰が仏子か?

Hiro 
今朝の北陸中日新聞の記事。
『わたしたちは、劣等生や怠け者に対して、
 「あなたも仏子なんですよね。どうか幸せになってください」と思えるようになったとき、
 自分自身が仏子であるとの自覚を持てるのです。
 つまり、他人が仏子だと認めることによって自分が仏子になれる。
 仏子とは、そういうものだと思います。』
とあります。
私はこれはおかしいと思います。
自分のことを劣等生や怠け者と自覚するならともかく、他の人を劣等生や怠け者と認識、区別する、それは仏子のすることではないと思います。
優等生と劣等生を何を基準にどこで線引きをして区別するのでしょうか?
人は人であって、優等生や劣等生、怠け者というレッテルは私たちの迷いが貼り付けるものではないでしょうか?
わたしたちが、劣等生や怠け者に対して、「あなたも仏子なんですよね。 どうか幸せになってください」と思ったとき、それは単に私が相手を劣等生や怠け者だと見下しているだけだと思います。
自分は劣等生であり怠け者で自分の能力ではとても覚りを開くことができないどうしようもないものだと自覚した時、救われるのではないかと思います。
仏子は、人を人としてみる、決して劣等生や怠け者、優等生というレッテルを貼らない、それが仏子だと私は思います。

そうそう、今日は雪の舞う一日でした。
いよいよ冬です。

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