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葬式仏教

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朝から太鼓の音が聞こえます。
近くの神社の祭り、合社祭。
街中に点在していた祠が町の開発・発展と共に移転をしいられ、神社に集められたので、その集められた神様の合同のお祭りとのこと。
そして今日はお彼岸の中日。
昨日までと打って変わって穏やかな天気。

 

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ところが11時過ぎるとこの天気。
突然の土砂降り。

 

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今日はこの本を読み終えました。

日本では中世まで、亡くなった人は、河原や浜、道路脇の溝などに捨てられていたそうです。
死は汚れとして、忌み嫌われていました。
僧侶も汚れに関わると、神事や内裏へ参ることができなくなるため、葬儀には関わらなかったそうです。
官僧(国家公認の僧侶)は汚れを恐れて死人・葬儀には関わりません。
それに対して、鎌倉新仏教の僧侶(民間の僧侶)は、汚れを恐れず要請に応えて葬儀に関わるようになったそうです。
私は、葬式仏教の始まりは江戸時代の寺檀制度だと思っていました。
しかし、葬式仏教の誕生はもっと古いものであったようです。

「 かつての寺院は、地域民衆のセンターとして、種々の地域の活動の中心であったが、寺院、現在の僧侶も「彼岸」から「此岸」へ関心をシフトさせる必要がある。
 日本仏教は、「葬式はいらない」といった批判を正面で受け止めて、「葬式仏教」から、人々の暮らしに根ざした「生活仏教」へ変わってゆく時に来ているのであろう。
それゆえ、私は、寺の存続には、葬式や法事のみならず、普段の檀家との交流によりいっそうの努力が必要であろうと考えている。」
本の終わりに書かれていた文章です。
全僧侶が心がけねばならないことだと思います。

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