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2011年10月

お葬式、お通夜

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今朝も起きづらい。
昨日の疲れ?
午前10時からお葬式。
11時出棺。
午後12時30分頃、火葬場からお骨上げの案内の電話。
1時頃から還骨、初七日のお参り。
終わって、次のお葬式の看板をプリント。
紙華(四華)の立替え。
輪灯の電球の交換・・・などなど。

 

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夜はお通夜。
ご隣寺のご門徒。
お嫁に出られた娘さんが喪主。
このお宅はこれで絶えてしまいます。
こういう事も増えました。
絶えてしまう家のお葬式なのでお参りは少ないだろうとの喪主の方の予想。
しかし、その予想に反して多くの方がお参り。
喪主の方のお付き合いのようでした。

叔父さんのご法事

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012
今日は従兄弟のお寺のご法事。
叔父さんの17回忌法要。
境内も本堂も風情のあるお寺です。
予定より早く着き、報恩講満座のお参りにも厚かましくお参りさせていただきました。

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境内・参道に屋台が出ています。
正覚寺では考えられない光景。

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従兄弟の子供たち。
屋台のたこ焼きでお腹いっぱい、そうだろうと思います。

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ご法事の後お斎(昼食)をいただき、午後1時半過ぎに失礼しました。
午後4時過ぎに正覚寺へ到着。
早速、スタッフさんに呼ばれてお通夜の準備。
報恩講前にお道具磨きをしていただいて、お道具が荘厳されていなかったのです。

訃報

午前中はオフ。
ホームページをさわったり、午後からのお参りの準備をしたり・・・、そんな感じ。
午後一番は川向こうの大学の先輩のお寺の報恩講初日。
続いて漁師町のご門徒の祥月命日。
厳密には来月初旬が命日なのすが、漁の休みが土曜日なので・・・。
続いて同じ漁師町、というより祥月命日のご親戚のお宅の1周忌法要。
これで今日の予定は終了、のはずだったのですが、電話。
ご門徒の新宅さんのおじいさんが亡くなられたとのこと。
明日お通夜・明後日お葬式。

ホームページをアップ

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毎月午後2時のお参り、今日は午後2時からご法事のお約束があるので午前10時に。
今日は交通事故で亡くなった方の祥月命日。
故人の妹さんもお参り。
帰って漆塗り。
たぶんこれが今シーズンの最後。
午後はご法事。
本堂での上げ法事。
そしてお墓へ。
お墓を首都圏へ移転。
これでこのご門徒の方とお付き合いすることはなくなると思いました。
過疎地の寺の現実。
終わると仏具屋さんが。
修理をお願いしてあった仏具の納入。
そこへ友達が。
ブロバイダに契約して、ホームページをアップ。
in木来人 http://www12.plala.or.jp/ingirato/
完成ではないのですが・・・。
夜は正覚寺役員会。
今年は改選年度で、新メンバー構成に。
初顔合わせでした。

ベル

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瑞恵ちゃんの愛犬、我が家の愛犬になりました。
名前はベル。
しつけのためにゲージに入れられている。

午前中、女房殿と二人で報恩講のご案内を封筒詰め。
終わってホームセンターへ。
金魚の餌がなくなっていたので・・・。
午後は、ホームページを頼まれている友達が・・・。
その後、散髪。
今月は髪の毛の伸びが速い気がする。
帰って漆塗りを。
寒くなったので漆の乾きが遅い。
私の漆塗りはこれでシーズンオフです。

売物件

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先日、お向いのご主人が亡くなりました。
このお宅、震災で全壊判定で解体されました。
数日前からこの土地が売りに出されています。
これが輪島の現状。

午前中は漆塗りをしているもののペーパーかけ。
そこへご門徒の方がメール便の配達に。
きれいに塗られていますね、と褒められる。
このご門徒の方、本来は塗りの職人さん。
プロに褒められる腕前ではありません。
恥ずかしい。
その後、報恩講のご案内発送の準備をするつもりだったのですが、ついつい友達のホームページを手直し。
午後は、休憩後、漆塗り。
女房は習字。
その後、報恩講のご案内発送の準備、本山相続講(上納金)の集金袋の郵送作業。
習字を終えた女房と、その友達とコーヒータイム。
夕方は鍼灸院。
体調がイマイチなので特に。
夜は、「正覚寺通信」報恩講のご案内の印刷。

お斎(昼食)

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先月末に東京国際フォーラムまで出かけたコンサート、チック・コリア&リターン・トゥ・フォーエバー。
とてもよいコンサートでした。
特にSpainという曲。
飽きずに毎日聞いています。

午前11時から33回忌のご法事。
脳腫瘍になり中学生で亡くなった娘さんのご法事。
毎年12月27日のご命日にお参りに伺うのですが、お勤めにお参りされて泣かれているのが分かります。
漁師町のご門徒。
振り売りの魚屋さんは10日と25日が休み。
朝市も同じ日が休みだったのですが、今は第2・第4 水曜日が休み。
で、火曜日ですがご法事。
体調がよくないので、お斎(昼食)がなければよいがと・・・。
家でオードブルなどでお斎のご様子。
ご辞退しようかとも思ったのですが、お食事だけ・・・と。
午後もお参りがあるからとビールは辞退。
さすが漁師さん、お刺身がおいしい。
カレイの干物もサザエも・・・。
帰って休憩。
その後、漆塗り。

ホームページ

Tsuji
今日は休み。
漆塗りをしていると友達から電話。
奥さんが運営する店の写真を持ってくると言う。
私にホームページを作ってほしいとのこと。
友達が持ってきたデジカメからパソコンに写真をコピーしようとしていると来客。
ご門徒のご夫婦。
息子さんが生活保護を受けて施設に入所。
自分たちの死後の準備をしたいとのこと。
女房と、心配いらないからとお話を聞いて引き受ける。
午後、再び漆塗り。
夕方から友達に頼まれたホームページ作成。

ザクロ

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赤い実は裏庭になっていたザクロ。
撮るのが少し早すぎたようで、はじけていない。

朝起きづらい。
夕べやたらとくしゃみをしていたから、ちょっと風邪気味?
どうも体調イマイチ。
午前中は1周忌。
分骨してあったのど仏をお墓に納骨する予定でしたが、雨で中止。
私は月忌のお参りに。
帰り道、雨が上がっている。
納骨を予定していた方は間が悪かったなぁと思いながら帰ると、ご法事をされたお宅から納骨したいと電話があったとのこと。
再度墓地へ。
無事終了。
昼食後、 pc + music + book + sleepy 。
1時間ほど漆塗り。
ドラッグストアへドリンク剤を買いに。

急を要する?

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今朝は雨。
漆塗りをしていると外で作業の音。
良ちゃんが草刈りをしてくれている。
ありがたい。

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午後、草刈り完了後、U字溝設置工事。
本来タイル職人、左官の良ちゃんですが、何でもしてもらいます。

 

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今日は前の道路で電話線の工事。

今日は土曜日ですがご法事はなし。
午後に1軒、夜に1軒、月忌のお参り。
夜のお参りから帰って入浴。
上がって体を拭いていると女房殿が電話だと言って子機を渡す。
脱衣場で裸で出なければならないほど急を要する重要な電話かと思い出てみれば、なんてことない依頼の電話。
少し後にかけ直してもらえばいいじゃないかと思いますが、我が女房殿はそういうことができない。
裸のまま話しを聞いて、予定表を確認に居間へ行ったり・・・。
来客も同じです。
私が家にいれば、私の状態がどうあれ、相手が重要な用事であってもなくても、急用であってもなくても取り次ぐ。
時々困ることがあり、ストレスを感じます。

欲張った一日

Photo
午前中は、遺族会主催の輪島市戦没者追悼法要にお参り。
去年までは1100人収容の大ホールが会場でしたが、今年から小ホールに。
遺族が少なくなってしまったから・・・。
そして御礼(お布施)も半分になったらしい。
仕方がありません。
能登の寺の現状を象徴するかのような行事でした。

 

Noscript  
戦没者追悼法要から帰って、いただいた寿司折を女房と食べて、金沢へ。
金沢近郊のショッピングセンター内の映画館で“はやぶさ/HAYABUSA”。
探査機(ロボット)にウルウルしました。
JAXAの相模原キャンパスを見学したので尚更だったかもしれません。

 

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映画のエンディングを見ずに金沢駅へ。
駅前のホールでの二胡コンサートへ。
叔母さん2人と。
夕食も兄弟のように育った歳の近い叔母さんのおごり。
コンサートのチケットも叔母さんのおごり。
李彩霞さんのコンサートは3度目。
毎回編成が違う。
今回も新鮮に楽しめました。

御本尊

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先月末にご門徒からお預かりした御本尊。
さすが裏書があるだけに姿形、お顔がきれいです。
この御本尊をしまい込まずにお内仏でお参りさせていただくことに。
すると細かい部品が外れています。
無理もありません。
そのままそっと・・・と思っていたら、女房殿が、仏具屋さんに相談してみれば?
来月初めに仏具屋さんが来られる用事があるのです。
鶴の一声、決定です。 coldsweats01

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一緒にお預かりした御本尊と九字名号。
絵像は木仏本尊安置前に御本尊としてお参りされていたものではないかと想像しますが、裏書がボロボロになっていて肉眼では読み取ることができません。
この御本尊をお参りされていたご門徒は、かつて北前船の時代、醤油屋として栄えた家らしい。

今日の午後は、婦人聞法の会の追悼法要。
川向こうのお寺が会所(会場)。
かつては満堂になり、京都などの遠方から講師がお出でたお参り。
今日は30名ほどの参詣。
それでもまずまずと思える、それが現状です。

 

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御本尊と変わって、私のお遊びの漆塗り。
使い捨てのトレイを元に牛乳パックの再生紙を貼って漆塗り。
女房殿にはダメと言われてしまいましたが、私としてはなかなか面白いお遊び。
来シーズンはもう少し工夫してみます。

墓地の通路

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良ちゃんが型枠を外していったらしい。
墓地の通路完成です。
今日も午前中は漆塗り。
そして、報恩講のお飾りを入れる封筒の印刷。
午後は月忌を2軒。
2軒目のお宅は奥さんのお母さんの面倒を見ておられます。
そのお母さんは、輪島から車で45分ほどの老人福祉施設に入居。
新しくできる輪島の施設に入居希望されています。
旦那さんに負担を掛けているので当然です。
入居可能と言われたので申し込んだのに、再度の問い合わせには入居可能かどうかは分からないと言われたとのこと。
過剰な期待をさせてはいけないのでなにも言わずに帰ってきましたが、その施設の理事長と同じ会に所属しているので、一応メールで頼んでおこうと思いました。
その後、報恩講のご案内用の封筒の印刷。
夕方は、鍼灸院へ。
夕食後、報恩講のご案内「正覚寺通信」の原稿作成。
報恩講って労力が必要。
他の行事と違う。

報恩講の準備

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午前中は漆塗り。
友達の弁当箱、これでとりあえず仕上がりにしました。
午後は月忌が1軒。
毎月19日にお参りさせていただいているのですが、明日はご門徒の方の病院の診察日なので今日に。
来月は旅行に出かけられるということで16日に。
帰って、昨年の報恩講以降に亡くなられた方のお宅へ報恩講のご案内。
輪島では報恩講に永代経志を上げてお参りする習慣があります。
続いて、ご門徒に配布する報恩講志の封筒の印刷。
そういう季節になりました。

 

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出入り口脇のパンパスグラス。
これも秋の姿になりました。

コンクリート打ち込み

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今朝は地面が濡れている。
雨が降ったみたい。 sprinkle
予報では晴れだったのに・・・。
この空じゃぁ、良ちゃんはコンクリートの打ち込みを諦めたかなぁ?
今日もお参りの予定はなし。
午前中、漆塗りをしていると外から工事の音。
横の道路の電柱で電話線の工事が行われていたのでその音?
良ちゃんも仕事をしていました。
曇り空がコンクリート打ち込みには最適とのこと。

 

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墓地への門。
5cm以上の敷居が設置されています。
コンクリートでスロープに。
これで敷居を越えるのも楽になると思います。

 

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大きくなりすぎた草を刈り取ってくれています。
1m50cm程度ならきれいな葉っぱで立花にも使えるのですが・・・。
大きな根っこに驚きました。

10・16石川の集い

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昨日の土曜日は1軒の月忌だけ。
そして今日はなにもなし。
で、写真の集会に出かけることに。
会場は金沢のデパートのあるビルの一角。
女房も着いてくると言い二人で出かけました。
ただし、女房の目的はショッピングで、集会ではありません。 coldsweats01

 

Photo
私の目当ては田中三彦さんの講演。
田中さんは、福島第1原発 4号機などの原子炉圧力容器 の設計に関わった方。
1時間余りの講演、あっという間でした。
地震を想定・考慮されていないMarkⅠ型格納容器、地震国日本で設置すること自体が間違い、そういう問題点を教えていただきました。
それにしてもプログラムが盛りだくさんすぎる。
主催者の意図・気持ちが分からないでもないが、もっとプログラムを整理して田中さんのお話をもっと聞きたかったと思いました。
30分余りあった実行委員会からの提起を聞いていて腹立たしささえ感じました。
それは、先月の京都・本山での石橋先生の講演も同じ。
欲張りすぎて中途半端。
第1部が終わったのが3時10分。
20分の休憩を入れて、3時30分から第2部とのこと。
終わるのは何時?
3時半から4時頃には終わるだろうと女房と約束していたので、ここで退席することに。
輪島の方1名を含めて数名の顔見知りの方がお出でました。
しかし、途中退席するのでご挨拶せずに帰ってきました。

金魚

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墓の通路の整備工事。
兵の基礎に水を抜く穴を開けたり、門の敷居の段差を解消するためにアスファルトを削ったり・・・。

 

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メダカは寿命が短く2~3年と言われています。
水槽で死ぬとかわいそうなので、水槽に金魚を入れることにしました。
池の稚魚を10匹ほど入れました。


縮み

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今朝から横の道路で工事。
電話工事と表示されています。
来月からフレッツ光のサービスが開始されるのでその関連工事?

午前中は本堂で上げ法事。
ご夫婦でお参り。
2年前になくなったお婆さんの3回忌。
稲刈りやお孫さんの誕生などで1月遅れになったとのこと。
そして、お爺さんが寝込みがちなので自宅ではなく本堂で・・・とのこと。
気になっていたのでお参りしてもらって安心しましたと帰って行かれました。
午後は月忌が1軒。
お婆さんが一人暮らし。
少しお話し相手をしたいのですが、会話が続きません。

 

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友達に頼まれた弁当箱。
昨日塗った外側のカーボン・ブラック、薄く塗ったつもりなのに一部縮みが・・・。
ショック! weep
まぁ、仕上げではないのでやり直します。

午前中は晴れていたのですが sun 、天気予報通り午後からは雨 rain 。
小雨の中、良ちゃんが砂利の敷き詰めをしていたようでした。

お礼参り

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8時前に昨日のお葬式のお礼参り。
奥さんが病院へ戻らなければならないからだと思います。
その後、スタッフ・マネージャーがお葬式の支払い業務に。
10時半に業務官僚。
順調でした。
私はその後金魚の池の水の入れ替え。
これで午前中は終了。

午後は漆塗り。
午後から良ちゃんが来て仕事をしていました。

良ちゃん

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今日はお葬式。
最近はお葬式になると参列者がお通夜の半分から3分の1になることが多いのですが、昨日が新聞の休刊日だったせいでしょうか、昨日のお通夜と同じかそれ以上の参列者でした。
それでも正覚寺の本堂でちょうどよい参列者数で、よいお葬式だったと思います。
還骨・中陰も正覚寺・広間で。
農村の比較的大きな家なのですが、駐車場やその他、正覚寺で勤めていけば楽だと思います。
奥さんが目の手術をされて入院中なのでなおさらだと思います。

還骨・中陰を終えて漆塗りをしていると外から工事の音が聞こえます。
良ちゃん参上。
裏の墓地に通路を設置してもらいます。
私たち健常者にとってはなんてことのない砂利ですが、車いすなどのお年寄りにとっては障害になりお参りできないことがわかりました。
で、バリアフリーまでは無理ですが、コンクリートの通路を。

人間の勝手

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ススキのように穂をつけるこの草、震災後の工事で値を掘り起こされました。
その後、少し場所をずらしたところから生えてきました。
それが今年はずいぶん大きくなり、見上げなければなりません。
墓地の通路を整備するので、その際に撤去されることになると思います。
相変わらず、庭に動物の足跡。
狸?
糞がしてあります。
忌避剤を撒きました。
草も動物も迷惑していますが、それは人間の勝手です。

 

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今夜はお通夜。
正覚寺本堂でちょうどよい参列者。
狭い、小さい、そうではないことを願います。


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7時前の電話で起こされる。
ご門徒のお爺さんが亡くなられたとのこと。
遺体はまだ病院とのことなので朝食をいただきながら連絡を待つ。
朝食を食べ終えたところで電話、枕勤め。
写真を見なくても目の前に顔が浮かび、話し声が聞こえるような気がする。
住職30年超ですから・・・。
奥さんが農協勤務だったのでお婆さんのお葬式は農協がお世話。
今回は正覚寺へ。
そういえば、お婆さんが亡くなったのは震災前、旧本堂でした。

枕勤めから帰って少し漆塗り。
午後、月忌のお参りをして、また少し漆塗り。
夜は、仕事をしてもらったお礼に友達夫婦と。 beer

トイプードル

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まず祥月命日にお参り。
「今日は日曜日なので若様がお出でるかと思った」とご門徒。 (^^;)
若夫婦は金沢へ。
私は外人さんも含めて日本語の通じない生き物は苦手。
ですから犬は苦手。
女房も同じ。
ですから我が家で犬を飼うことはないと思っていました。
長男の嫁である瑞恵ちゃんは犬が大好き。
私たちが動物が苦手なので犬を飼うことは諦めているのだと思っていました。
ところが先日、重大発表。
犬を飼うことに。
写真のトイプードル。
手のひらに乗るほどの小さな犬。
今月22日に飛行機で届くことに。
瑞恵ちゃんがしつけをし、基本的にはゲージに入っているとはいえ、日中は私たち夫婦が面倒を見ることになると思います。
新しい生活が始まります。
で、若夫婦が犬の道具を買いに出かけました。

連休でイベント

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午前中はご法事、27回忌が2つと7回忌。
本来は25回忌なのですが、輪島の習慣で23回忌・27回忌です。
帰って少し休んでご隣寺へ。
八日講、今月はお斎があります。
本来お斎というのはお参りが終わっていただくものですが、輪島の市街地はお斎をいただいてからお参りという習慣。
朝市や海の仕事の関係でしょうか?
お斎、おいしくいただき、完食しました。

 

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ご門徒のお宅へ。
能登ふるさと博・蔵コンサート。
ピアノとギターのボサノバ。
楽しみました。

 

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夜は千枚田・あぜの万燈。
私は初めて。
とてもきれいでした。

 

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帰って隣の居酒屋で遅い夕食。
写真は一緒に万燈会に出かけた後輩夫婦。
この居酒屋、満席だったのですが、後輩の先客に席を譲ってもらって入店。

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午前中は漆塗り。
午後は17回忌のご法事。
稲刈りを終えた田んぼの村。
新米をいただきました。

 

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20ほど前までは30度を超える暑さだったのに、すっかり秋になりました。
10月に入りと報恩講を意識します。
そういう季節になりました。

仏具

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午前中は漆塗り。
午後は、仏具屋さんを待つ。
震災とは無関係に真鍮の仏具が痛んでいたので修覆を依頼しています。
特に輪灯の傘には穴が空いています。
仏具を搬出してもらって、夕方は再び漆塗り。
それで1日が終わりました。

原発

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先日電話取材を受けた雑誌。
いわゆる住職向けの業界誌。
この記事の一部に紹介された。
以下にその記事。

==============================================================

「いろんな立場の方がいて、檀家や門徒に原発や電力会社で働いている方がいるから各宗派が声明を出せないというのは、原発事故が起きる前なら分からないでもない。しかし、現実に福島で事故が起こってしまった今、福島の人々が差別されはじめている今、何もしないのは宗教人としておかしいと思う。各宗派の宗務総長から“原発をなくそう”という意見が出ないのは、情けない。もし今の世に釈迦や道元、空海、法然、日蓮、親鸞がいたら、絶対にコメントを出すでしょう。仏教界の堕落と思います」
 と各宗派が具体的な声明を発表していないことを嘆くのは、石川県輪島市河井町の真宗大谷派正覚寺の山吹啓住職(五十六歳)である。だが、山吹住職はかって、原発に“明るい未来”を描いていた。
 「中学生のときに大阪万博があり、電気を若狭湾の原発から引っ張ってきて最先端の科学を見せた。当時は原発こそ未来。すばらしい事業だと思っていました」
 考えが変わったのは若狭湾の原発排水口の近くに潜ったという若い漁師の話を聞いてからだ。洗面器ほどの巨大なアワビや奇形の魚、海藻を見たというのだ。
 関心が沸き、原発について見聞を深めていった結論が「人が人工の放射能を作り出すのは、やってはいけないこと。たとえ微量でも安全とはいえない」だった。
 だが、反対運動をするのには二の足を踏んだ。門徒が怖かったからだ。
 「田舎だし、輪島は当時、自民党議員しか出たことのない保守王国。そんななか、国の推進する原発政策に反対するのはかなり勇気のいることでした。ですがたまたま見に行った原発反対集会で私の顔がテレビに出てしまったんです」
 やってしまおう。最悪の場合、寺を追い出されることをも決意したという。市会議員を務める門徒総代が町内の門徒とともに寺にやって来て、「門徒をやめるぞ」と脅されたり、電力会社に勤める門徒からもそっぽを向かれた。
 「だけどその方々も、どこかで原発の危険を感じていたのでしょう。本当に門徒を辞めた方は一人もいませんでした」
 山吹住職は福島の事故について話す。
 「危険性を訴えていた自分でしたが、正直、まさか本当に起こるとは思いませんでした。どこかで、ソ連はチェルノブイリで雑な操作をしていたからだ。日本人の技術なら事故が起こる一歩手前で止めると思っていました。皮肉なもので、事故が起こってから、地域では『住職のいっていたことは正しかったんだ』と思われています。複雑な気持ちです」

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Urusi
午前中は漆塗り。
左は箸、拭き漆をしています。
真ん中は弁当箱。
先日東京で会った同級生に頼まれて・・・。
右は使い捨ての皿を元にお遊びを。
使い物にならないかもしれません。

夕方は臨時組会。
主な議題は、六和精舎という共有の小さなお寺のトイレの改修について。
そんなことどっちでもいいだろという議論も。

決算

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今日はお休み。
っていうか今日も休み。
まず東北旅行のマイクロバスのレンタル料の支払い。
続いて、診療所へ大腸検査の結果を受け取りに。
異状なし。
ついでに産廃反対の署名を回収。
次は労組の事務局へ署名用紙の回収に。
ここは残念ながら事務局長が東京出張のため回収できず。
事務局員さんに東北土産「萩の月」をお届けして帰る。
続いて散髪屋さん。
散髪中のお客さん以外に順番待ちのお客さんが二人。
午後に来ますと言って帰宅。
帰って、旅行の決算事務。
領収書をパソコンに入力し、残金と照らし合わせるが2万ほど合わない。
ちょっとドッキリ。
明細をプリントしてチェック。
するとマイクロバスのレンタル代2万円が200円と入力されている。
訂正するとぴたりと合う。
ホッとする。
昼食後、散髪。
その後、漆塗り。
夕方は鍼灸院。
帰って夕食。
夕食が終わる前に、共に町内の会の世話役をしている友達がやってくる。
旅行の決算の確認、そして忘年会、新年総会の打ち合わせ。
そしてビール、焼酎。

復興支援

今日は金沢近郊までお参り。
「住職さん、気が進まない時はお休みしていただいてかまいませんよ。
 私なら大丈夫。
 こうして笑って話せるようになりましたから。
 これも住職さんのおかげです。」
ありがたいお言葉。
でも、私はなにもしていません。
ただお勤めをして、少しだけお話し相手をして帰るだけ。

帰ると、昨日仙台で頼んできたお土産の荷物が届いていました。
友達にそれを告げると自分の撮った写真を持ってきてくれました。
とてもきれいに撮れています。

Dsc_0008
Dsc_0012  
Dsc_0025  
「死の町」です。

 

Dsc_0030  
広い土地すべてに津波が上がったように見えました。

 

Dsc_0032  
踏切があっても作動していません。
線路が途中で途切れています。

 

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松島です。
島の裏側の浜では、ボート、ヨット、コンテナなどが打ち上げられて放置されています。

 

Dsc_0084  
Dsc_0091  
Dsc_0101  
Dsc_0105  
被災地を見に行くのは気の毒、それが普通の感覚でしょう。
ガレキの撤去もせずに、野次馬に行くのは失礼。
消火活動をしている火事の現場の野次馬は迷惑でしょう。
ガレキの撤去作業の邪魔になるような行動は慎むべきです。
大都市仙台は震災などなかったかのように見え、人々は何の不自由もなく普通に生活をしているように見えます。
この死の町の住民であった人達は、徐々にニュースにならなくなり、忘れられていくのではないでしょうか。
しかし、津波の現場を見るととても簡単に復旧できるとは思えません。
その被災した現場を見に行くことによって、私たちは被災したあなたたちのことを忘れてはいないという気持ちを伝えることができるのではないかと思います。
忘れられていない、見守られている、被災者のそういう意識が立ち直る元気につながるのではないかと私は思います。
被災地を見学する、被災地を観光する、そのことが復興支援になる、私はそう思います。
旅行に出かける予定があるなら、ぜひ被災地東北へ。
被災地でお金を使ってあげること、それも復興支援です。

仙台から相馬、福島

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ホテルのすぐ隣に「東本願寺東北別院」の看板。
朝食前に訪問。
残念ながら鍵が掛けられていて参拝はできませんでした。

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8時30分過ぎにホテルを出発して名取市へ。
昨日もそうでしたが、あちこちで自動車の一時保管場所が見えます。
個人財産なので勝手に処分できないのでしょう。
おみやげタイムを兼ねて空港へ。

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空港からできるだけ海岸に近い道路を南下。
昨日の石巻同様悲惨な光景が続く。

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建物はあるものの1階部分が津波で破壊された家。
墓地がありお寺らしい建物はあるものの周辺にほとんど家がありません。
集落があったのでしょうが、消えて無くなってしまったのでしょう。
そういう光景が続きます。

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103
津波をかぶって耕作されなかった田んぼ。
集落や新興住宅街であったと思われるところが生活の感じられない廃墟の地域になっています。
ここに戻って生活を再建するのは困難だろうと感じました。
「死の町」発言で辞任した大臣がいましたが、その発言は間違いではなかったと感じました。

126
相馬市から山を越えて福島へ。
福島へ入る山中で何気なくてガイガーカウンターを見ると値が高い。
私が持っているガイガーカウンターは、我が家では0.10~0.12マイクロシーベルト。
それが0.13~0.29という値をコロコロ変える。
福島市街地も場所によって大きく値が変わる。
高速に乗って南下しても同じ。
磐越道に入って日本海側に向かうとようやく値が平常に。
福島の人たちの被曝はまだまだ続く、そう感じました。
国は東電を守っても国民を守らない、そう思いました。

帰り道で、あまり話さないおとなしい参加者に今回の旅行の感想を聞くと、ずっとバスに乗り続けるだけだったと。
そう言われればそうだよな。
震災・津波の被災状況に関心の薄い人にとっては、2日間ただバスに乗っていただけの旅行。
申し訳なかったかもしれません。
しかし、私は行ってよかった。
テレビの映像と生は違います。
被害の規模の大きさ、被災した人達の復興の困難さの一部を感じたように思います。
今回の旅行の参加者が、東北で見た光景、それを周囲の人達に伝える、私はそれも復興支援、ボランティアだと思います。

石巻

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ホテルで朝の連続テレビ小説・おひさまの最終回を視て出発。
今回泊まった浅草橋、駅周辺に居酒屋が点在。
住みたくなるような下町でした。

浅草橋のみどりの窓口で切符を購入。
予定より40~50分早かったけれど、9時ちょっと前の新幹線で仙台へ。
荷物を預けにホテルに向かう途中に予約を入れてある牛タン屋さん発見。
ツアーの下見にきた添乗員みたい。
ホテルに荷物を預けて駅へUターン。

駅周辺を散策しても震災なんて全くなかったかのよう。
かろうじて駅ビルなどに「がんばろう東北 がんばろう宮城」などの垂れ幕が下がっていることが被災地を感じさせるだけ。
これが被災地の現実。
悲惨な被災地のすぐ隣に全く無傷の人たちの変わらない日常があります。

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輪島からやってきた合流、石巻へ。
石巻港方面へ車を走らせると、川辺の土嚢が黒く焼けています。
津波の後の火災の跡でしょう。
反対側は住宅地。
建っている家も1階部分はすべて津波でがれきと化していることが見えます。
輪島の市街地より大きいと思われる街、そのすべてが津波で破壊されています。

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港の手前の交差点で渋滞。
がれきを運ぶダンプカー・トラックの列。
被災地の現実の一部を目の当たりにしました。
隣の席の方が、「新聞やテレビで見聞きするのと、現実を目の当たりにするのは違うなぁ」との感想。
その言葉を聞いて、来てよかった、そう思いました。

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刈られた稲が干されています。
北陸のハザ干しと全く違う干し方。
ところ変われば・・・と思いました。

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