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仙台から相馬、福島

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ホテルのすぐ隣に「東本願寺東北別院」の看板。
朝食前に訪問。
残念ながら鍵が掛けられていて参拝はできませんでした。

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8時30分過ぎにホテルを出発して名取市へ。
昨日もそうでしたが、あちこちで自動車の一時保管場所が見えます。
個人財産なので勝手に処分できないのでしょう。
おみやげタイムを兼ねて空港へ。

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空港からできるだけ海岸に近い道路を南下。
昨日の石巻同様悲惨な光景が続く。

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建物はあるものの1階部分が津波で破壊された家。
墓地がありお寺らしい建物はあるものの周辺にほとんど家がありません。
集落があったのでしょうが、消えて無くなってしまったのでしょう。
そういう光景が続きます。

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津波をかぶって耕作されなかった田んぼ。
集落や新興住宅街であったと思われるところが生活の感じられない廃墟の地域になっています。
ここに戻って生活を再建するのは困難だろうと感じました。
「死の町」発言で辞任した大臣がいましたが、その発言は間違いではなかったと感じました。

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相馬市から山を越えて福島へ。
福島へ入る山中で何気なくてガイガーカウンターを見ると値が高い。
私が持っているガイガーカウンターは、我が家では0.10~0.12マイクロシーベルト。
それが0.13~0.29という値をコロコロ変える。
福島市街地も場所によって大きく値が変わる。
高速に乗って南下しても同じ。
磐越道に入って日本海側に向かうとようやく値が平常に。
福島の人たちの被曝はまだまだ続く、そう感じました。
国は東電を守っても国民を守らない、そう思いました。

帰り道で、あまり話さないおとなしい参加者に今回の旅行の感想を聞くと、ずっとバスに乗り続けるだけだったと。
そう言われればそうだよな。
震災・津波の被災状況に関心の薄い人にとっては、2日間ただバスに乗っていただけの旅行。
申し訳なかったかもしれません。
しかし、私は行ってよかった。
テレビの映像と生は違います。
被害の規模の大きさ、被災した人達の復興の困難さの一部を感じたように思います。
今回の旅行の参加者が、東北で見た光景、それを周囲の人達に伝える、私はそれも復興支援、ボランティアだと思います。

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