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2011年12月

大晦日

003
今日はお葬式。
午前11時に出棺。
お骨を拾って自宅へ帰ると電話をいただいたのが午後2時過ぎ。
輪島の火葬場が予約でいっぱいなので、隣町の火葬場を利用させてもらいました。
往復に時間がかかるのと、火葬に2時間以上かかるためです。
お葬式の合間と終えてからお正月を迎える準備。
写真は鐘楼堂。

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毎年、漁師をされているご門徒から小さなお鏡餅が届けられます。
今年も届きました。

午前中は川向こうのお寺のお葬式の準備のお手伝い、打ち合わせ。
午後は、今夜のお通夜の準備。
3時から1周忌。
日頃は一人暮らしのご家庭。
お正月休みで子供さんたちが帰省されるのに合わされたのでしょう。
夜はお通夜。

訃報が2軒

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朝6時に電話。
川向こうの先輩住職から。
お父さんが亡くなられたとのこと。
起きてお弔いに・・・と思いましたが、起きられない。
8時前に再び電話。
ご門徒から。
お母さんが亡くなられたとのこと。
お二人ともお元気だとお聞きしていたのに・・・。
ご門徒のお母さんは脳出血で倒れられてそのままとのこと。
ご門徒のお母さんは97歳、川向こうのお寺の前住職さんは95歳。
このところの寒さが堪えたのでしょう。

クレーム

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ご案内のはがき、10通以上が届かずに戻ってきます。
数年の間に引っ越しをされて連絡が付かなくなってしまったということ。
このようにしてご門徒とのご縁が切れていきます。
これも過疎地の寺の現実です。

金沢の親戚のお寺を通じて漆器の修理を依頼されました。
親戚のお寺のご門徒の方。
品物は、お屠蘇や結婚式で使う銚子。
正覚寺のご門徒の漆器屋さんにお願いしました。
7月に依頼を受けて11月にお届けしました。
数ヶ月かかったのでどれだけ経費がかかったか心配していました。
数万円でした。
数万円で修理できたとは思えないほど立派になっていました。
どんなに喜んで下さるだろうとお届けしました。
今日、親戚のお寺から電話がありました。
修理品の依頼主の方が苦情を言ってこられたとのこと。
修理費の数万円が高かったとのこと。
数千円で修理ができると思っていたと・・・。
数万円でも超格安だと思うのですが・・・。
見積もりが欲しかったと・・・。
それならそうと見積もりが欲しいと言われればよかったのに・・・。
それに金沢にも漆器屋さんがあるのですから、直接漆器屋さんに見積もりを依頼されればよかったのに・・・。
その上、もうひとつ同じ品物があって対だったのに、違うものになってしまったと言われます。
対の片方だなんて初耳です。
対の品物の修理を依頼するなら、たとえ片方だけを修理するにしても、対だから同じようにして欲しいと対で預けるものではないでしょうか?
対だと言われる片方の品物は、立派な桐箱に入っているそうです。
どうもおかしい。
私が預かった修理品は汚く黒ずんでしまった段ボールに入っていました。
対の一方は桐箱、一方は汚い段ボール箱。
まだ不思議なことがあります。
対の一方だけを使って痛むということはあります。
しかし、毎日使う日用品なら、極端に差が出ると思いますが、品物は銚子。
年に一度使うか使わないかという品物。
数十年使用しても、使った回数は数十回。
一方がきれいで、一方の痛みが激しい。
おかしい。
この人、クレームをつけてくる割にその品物の値打ちが分かっていない、品物のことが分かっていない。
失礼ながら、無知なのか、クレーマーなのか・・・、困った人です。
親戚のお寺は、クレームに、修理の経費を返したそうです。
親戚も私もお世話をしただけで何の利益もありません。
喜んでいただきたくてお世話をしたのに、逆にクレームをつけられました。
私たちにとっては言われなきクレーム。
こういう事があるとお世話をしたくなくなります。

99年の愛~JAPANESE AMERICANS

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昨日の映画・山本五十六、NHK連続テレビ小説・カーネーション。
同じ時代のドラマ。
昨年、五夜連続で放送されたものの再放送。
少し再編集されてダイジェストにしてあるようですが・・・。
昨年の放送もすべて見ました。
アメリカ移民はジャップと差別される。
日本が真珠湾を攻撃しアメリカと戦争を始めるとますます差別は厳しくなる。
アメリカから日本に帰った日本人は、アメリカ人だと差別される。
同じアメリカと戦っているドイツ人やイタリア人が普通に生活している中、日本人だけが収容所に入れられる。
アメリカで生きていくことを決意する日系2世は、アメリカに忠誠を誓い軍に入隊することを志願する。
アメリカ軍の軍服を着ていても差別を受け、ジャップとののしられてレストランを断られ、ホテルを断られる。
子供や家族、同朋が堂々と胸を張ってアメリカで生きていかれるようにと、日本人部隊は勇敢に戦い活躍する。
しかし、日本人部隊の活躍は報道されない。
橋田壽賀子のドラマですが、現実も同じような状況だったのだろうと思います。

ドラマなので、日本へ帰された姉妹の一人は広島へ、一人は沖縄へ引き取られます。
そして、沖縄、広島。
広島で原爆に被爆した姉が被曝してしばらくしてから亡くなります。
現在、福島の人達も被曝しています。
福島の人達が心配です。

山本五十六

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今日はなにも予定がありませんでした。
で、映画に。
“聯合艦隊司令長官 山本五十六”
日独伊3国同盟を求める陸軍、そしてマスコミ。
マスコミは国民・世論を煽り、国民は戦争による景気回復を求める。
そんな状況の中で、3国同盟を結ぶとアメリカとの戦争になると反対をする海軍、山本五十六。
しかし、3国同盟が締結され、対米開戦。
効率よく戦果を上げて手っ取り早く講話へ持ち込もうとする山本五十六。
しかし、その意図が理解できない南雲は、会議の結果と山本の指示・命令を無視して独自の判断。
真珠湾攻撃での2度目の出撃の中止、ミッドウェー海戦での対空母戦を備えないというミスにより海軍は壊滅状態に。
そこから日本がズルズルと負け戦に。
前線からの撤退を、撤退と言わず転戦と呼び、日本が勝っているかのように発表する大本営とそれをそのまま報道するマスコミ。
今の日本と似ている。
原発事故が起こっても、問題ないと発表する政府、御用学者を出演させてさらに安全を誇張して伝えるマスコミ。
原発を維持・継続しようとする経済界。
子供たちの尿からセシウムが検出されているにもかかわらず、疎開させようとせず、子供の被曝を放置する国。
300万人と言われる太平洋戦争の犠牲者、そのほとんどが山本五十六の戦死後の犠牲だとのこと。
同じ過ちを繰り返している、そう思いました。


八日講忘年会

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今日はお休み。
寒い。
朝、起きれない。
起きてもお腹の調子が悪くて、ダルい、眠い。
そんな1日でした。
夜は八日講の忘年会。
市街地の真宗大谷派寺院7ヶ寺の住職で懇親。
2次会までお付き合いして帰りました。

年忌のご案内

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今日は午前中はオフ。
若夫婦は金沢へ買い物にお出かけ。
愛犬・ベルのお守り、というかベルと遊ぶ。
午後は漁師町へお取り越・報恩講。
漁師町のご門徒の方たちはお取り越とは言いません。
月忌納めと言います。
町内に曹洞宗のお寺があり、その檀家が多い影響だろうと思います。

夕方は鍼灸院へ。
夜は来年の年忌のご案内はがきを印刷。
先代・祖父の時代までは本堂に張り出していたのですが、私の代になってからは郵送でお知らせするようにしました。
かつては手書きでしたが、今はパソコンでのプリントです。
法事の請求をしているように言われたことがあったのと、面倒なので、2年間ご案内を休止しました。
その間、数軒のご門徒からおしかりを受けました。
どうして大切な親の法事を知らせてくれないんだと。
同じ苦情を受けるなら、お知らせしてしかられた方がいいとその後は続けてお知らせしています。

年賀状

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午前10時から月忌が1軒。
寒いからと車で出かけたのですが、お宅の周辺は車の駐車スペースがない。
2軒隣の家が解体工事。
両親が亡くなって、息子さんは金沢で住まいをしているので・・・とのこと。
空き地が増えます。

午後、女房は能登の祝い歌“まだら”の公演に。
私は留守番、休息。
年賀状の原案作成。
イラストを3パターン作成し、プリントして、帰ってきた女房殿に選んでもらう。
裏面を印刷。
夕飯の支度ができあがるまでに間がありそうだったので表面の宛先も印刷。
来年の年賀状、1月下旬に出会ったことばを。
このことば、掲示板にも長く掲示していました。
そうそう、このブログでも紹介しました。

時間を間違えてる

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午前中はお葬式。
昼食を終えて月忌。
そのお参りを終えて、漁師町のご門徒の1周忌。
玄関を入ると靴が少ない。
家に入っても家主を含めて3名ほどの女性。
ほとんどの親戚が同じ町内にお出でるのですが、今日は親戚が集まらない?
そう思いながらお仏壇の前に座っていると、本家の奥さんが、「ご縁(ご院)さん、時間を間違えていない?」
スマートフォンのスケジュールを確認すると、“3時から”。
1時間早い。
一旦帰ろうかと思いましたが、外は雷、雨嵐。
1時間休ませてもらうことに。
スマートフォンで時間を潰しました。
それにしても老いですね。

漁師町

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今日はまず漁師町のご門徒へ報恩講・お取り越に。
こんにちはと玄関を入ると、息子さんがご苦労様と返事。
いつもの座敷入ると暗い。
隣の仏間も準備してない。
22日じゃなかったの?との奥さんの声。
息子さんが、お母さんがカレンダーに21日だと書いていると。
慌てて準備をしてお参り。

帰って本堂でお参り。
老人福祉施設でお世話になっている方がお参りに。
車いす生活なので、介護士さんに介助してもらわなければお参りに来られません。

午後、再び漁師町のご門徒の報恩講・お取り越に。
帰りに月忌を。
夜はお通夜。

 

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お葬式続き

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今日のお参りは午後に1軒だけ。
気が緩んだのか眠い、お腹の調子が悪い。
午前中は休息。
午後のお参りから帰ると、スタッフ・マネージャーがお葬式の支払い業務に。
夕方、電話。
明日・明後日の日程でお葬式。
西隣のお寺のご門徒。
気候のせいでしょう、お葬式が続きます。

群馬へお米を

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今日は10時からお葬式にお参り。
導師の住職さん、正覚寺でのお葬式を終えて、車で1時間ほどの七尾まで12時からのお葬式に諷経。
そこから正覚寺へ戻って還骨、中陰。
私は、11時から祥月と報恩講。
田畑のある農家。
帰りにお米をいただく。
おかげでおいしいごはんをいただいていますとお礼を言うと、
群馬から地元のお米が食べることができないからお米を送ってほしいとの依頼が来たので息子さんが魚とお米を届けに行ったとのこと。
放射能汚染が心配で地元のお米が食べられないのでしょう。
それはよいことをしてあげましたねとお答えしました。
原発事故は収束なんてしていません。
午後は、2時から月忌を3軒。
そして、車で20分ほど西へ行った海沿いの集落のお寺へ。
4時半からの前坊守さんの3七日にお参り。

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病院から直接

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夕べ9時半頃に電話。
9時を過ぎて電話が鳴ると、枕勤め?と思ってしまう。
住職・僧侶の習性です。
電話は、危篤で今夜中かもしれないと医師から言われている方がおらるとのこと。
長い期間福祉施設に入居していたので亡くなられても自宅には帰ることができないとのこと。
病院から直接正覚寺へ遺体を搬送してもいいですか?とのこと。
それは大丈夫ですが、深夜はスタッフが対応できないのでご容赦下さいとお返事しました。
深夜というと1時・2時・3時・4時、夜が明けたら大丈夫ですか?5時なら大丈夫ですか?との問い。
この時期5時は夜明け前、勘弁してほしいと思いましたが、相手の困っているようすが伝わってくるので断れませんでした。
5時なら・・・と答えました。
その電話の後、病院の事務に勤務の長男が居間へ。
尋ねると、病院には霊安室があり事情を説明すればしばらく安置してもらえるはずとのこと。
そうだったのか、輪島病院でも事情があれば遺体の一時預かりをしてもらえるんだ。
そのように伝えたいと思いましたが、名前も連絡方法も聞いておらず、連絡できません。
寝ていると電話、時計をみると5時。
5時になるのを待っておられたのでしょう。
亡くなられたとのこと。
6時頃に遺体と共に来られるとのこと。
早速、女房と広間の準備。
スタッフさんに連絡。
その後、しばらく布団に。
6時過ぎに電話。
病院を出られるとのこと。
スタッフさんも待機。
広間お内仏脇に遺体を安置。
輪島から車で40~50分南に走った山間のお寺のご門徒。
身寄りがないので姪の方がお世話。
ですから、今夜がお通夜。
こういうお葬式も増えそうです。

午前11時から上げ法事。
若坊守つながりで親戚になったご門徒。
午後3時から報恩講・お取り越。
午後4時から3回忌・お取り越。
午後7時からお通夜。

放射能って菌のようなものですか?

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今日はお葬式。
私より8学年上の63歳の方。
60歳前後の方のお葬式が続いています。

 

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お葬式を終えて、農村部のご門徒へ。
先祖供養のお経と報恩講・お取越し。
かつてなら独居老人と呼べるお宅ですが、90歳を超える方が多くなりお婆さんとは呼べない年齢です。
その方が、ピッカリンコになったでしょう?とおっしゃいます。
仏具がピカピカに光っています。
どうしたのかと思ったら、昨晩11時までかかって磨かれたとのこと。
手が痛くなってしばらく眠れなかったとも。
大変だったでしょう、経験してみなければ分からないものなんですよね、と私。
お勤めを終えてお茶をいただいてお話をしていると、話題は原発、放射能。
原発は止まっているのでしょう?と言われるので、原発は止まっていますが、爆発などで壊れたので今も放射能が出ているのですと答えます。
放射能って菌のようなものですか?と尋ねられるので、放射能は液体や気体、金属と言った物質です。
それが、ガンや白血病などを引き起こす原因となるのですとお答えしました。

帰って昼食をいただき、しばらくすると火葬場からお骨上げの案内の電話。
還骨と中陰のお参り。
喪主らは兵庫県在住。
残るのは故人の姉。
続いて、年忌法要3回忌のお宅へ。
このお宅も独居老人宅。
今日は金沢や富山から子供さんらが。
お参りから帰ると本堂に仏具屋さん。
新たに製作、また修理を依頼してあった仏具の納入。
早速、花瓶を入れ替えて女房か立花。
明日は本堂で上げ法事。

夕方、女房殿は夕食の準備、私はネットをしながらテレビ。
下からおしりに突き上げる振動。
キタ!地震。
しかし揺れはすぐに治まりました。
大したことなくてよかった。

大阪城

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ホテルのすぐ下は新幹線のホーム。
泊まった部屋が8階だったので新幹線の車両は少ししか見えません。
ホームを見下ろすと母子連れが2組。
それにしても早朝から深夜までひっきりなしに電車が入って来、どの電車にも大勢の乗客。
金沢への1日数本の特急バスもガラガラ状態の能登の片田舎とは別世界。

 

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ホテルでバイキングの朝食を済ませて大阪へ。
近鉄と京阪というルートを使ってみたかったのだけれど、荷物を駅のロッカーに預けなければならなかったのでJR。
姫路行きの新快速。
入ってきた電車は満員。
平日だから座れると思っていたので驚き。
やっぱり都会だ。

 

015  
大阪駅のロッカーに荷物を預けて、大阪城へ。
女房が大阪城へ行ったことがないというのと、先日大谷大学で石山本願寺跡からの出土品を見学したこと、今年の大河ドラマ江で大阪城も舞台であったことなどから・・・。
天守閣内の展示は以前に見学した時とは変わっていました。
石山本願寺の歴史も紹介されていました。
ジオラマで秀吉の生涯をゆっくりと見学。
パノラマビジョンで大坂夏の陣図屏風に描かれている各名場面のストーリーの絵解きを見学。
勉強になりました。

 

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ゆっくり見学して。
大阪駅へ。
昼食をいただいてサンダーバード。

 

022  
京都を過ぎて山科駅付近からスピードダウン。
東海道線から湖西線に入るポイントを徐行?と思ったが、湖西線に入ってもスピードは上がらない。
特急なのにどうして?運転手のミス?トラブル?
スピードアップしてかなり走ってから車内アナウンス。
線路内に人が入っていたので安全確認のため徐行していたとのこと。
迷惑な話です。
列車は9分遅れ。
敦賀に近付くと山が白い。
北陸に入るとホームも白い、家々の屋根も白い。
バラバラと音を立ててあられが降ってくる。
外は冬景色。
金沢に着くと同じ車両に乗っていたほとんどの乗客が下車。
富山行きのサンダーバードなんだけど・・・。
金沢は北陸の都会かぁ!っと思う。
車に乗って輪島へ。
能登縦貫道に乗ると積雪。
冬タイヤの交換済みだけど、飛ばすわけにはいきません。
列車の遅れも含めて予定より30~40分遅れて帰宅。

原子力問題に関する公開研修会

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金沢駅まで車で。
10時前のサンダーバードで、12時過ぎに京都。

 
 
 

Hiru
ホテルに荷物を預けて、昼食をと地下のポルタ・レストラン街へ。
店頭に列・列・列。
諦めて地下道を本山へ。
途中にヨドバシカメラ。
6階にレストラン街との表示に入店。
台湾小籠包と石焼きラーメン。

 

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今回の目的は、「原子力問題に関する公開研修会」。

 

Sasaki
現地からの報告。
子供たちの生々しい現実。
原発から50Km超の二本松市ですが、子供たちの尿から放射能が検出される現実。
ホールボディカウンターの検査を申し込んでも数千人・数万人待ちという現実。
避難先で差別される現実・・・。

 

Murata

放射線被曝がなかったことにしようとする福島県の検査の現実。
いのちは小さければ小さいほど被爆の影響が大きい現実。
広島の原爆で被爆者と認定された被爆者と同レベルの被曝をしている子供たち。
被曝は小さいレベルでも影響があるという現実・・・などなど。

 

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終わって外に出ると夕闇。
でも輪島より明るい気がする。

 

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地下道を歩いてホテルへ。
すると・・・。
こんな大学だったっけ?
っていうより、こういう広告をしなければならない時代になったってことなのでしょう。

 

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シャワーを浴びて、夕食。
近鉄のガード下のお好み焼き・鉄板焼きの店。
女房が顔をしかめるような店を選択。
まずは生中。
サーロインステーキのポン酢、肉じゃが。
飲み物はタルチョ[芋]というものをわからずに頼む。
届けられたのはパックの焼酎。
飲み切れそうもありません。
続いて、ネギ焼きを初体験。
豚キムチネギ焼き。
おいしくいただきました。
お腹がいっぱいだけど、焼酎はある。
どうしようか迷ったけど、焼きそばを。
それでも残った焼酎のパックはお持ち帰り。

ホテルでパソコン。
焼酎をお湯割り。
そこへ女房殿。
実は学生時代の友達と・・・。
バーで一杯と言われるので、着替えてお向かいのホテルへ。





休肝日

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午前中は保険屋さんをはじめ来訪者のお相手。
午後は、諷経、続いて月忌。
移動中にヘリコプター。
低空をゆっくり飛んでいる。
航空写真?地図?
相変わらずお腹の調子がイマイチでダルイ、眠い。
女房に言われる。
たまには休肝日をすれば?
なにを偉そうにと思いましたが、言われてみればその通り。
今夜は我慢することにしました。

なんてことない日

Beru
午前中はベルのお守り。
天気がよいので庭を散歩も。
午後は報恩講のお参りが2軒。
10日にご案内したのだけどご都合が悪かった3軒を今日に。
しかし、その1軒が中止。
結局2軒。
夜は頼母子講。
そんななんてことない1日でした。

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少し成長したベル、自分から走るようになりました。

月曜日だった

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今朝はホテルを出て湯島聖堂へ。

続いてゴッホ展が催されている上野の国立西洋美術館へ。
休館。
そうだ!今日は月曜日。
図書館や美術館、博物館は月曜日が休館日のところが多い。
調べてくるべきだった。
他の美術館を調べるが、そこも月曜日が休館日。

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仕方がないので急遽スカイツリーへ。
電車を乗り継いで東武・業平橋駅へ。
東武鉄道の電車に乗ってからスカイツリーはどこだろうと探していたのですが、探す必要はありませんでした。
東武・業平橋駅のホームと直結できるようなところにスカイツリーが建っていました。
押上駅までスカイツリー観光。
同じような人達が、同じ道を、同じように歩きます。

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押上から地下鉄を乗り継いで築地へ。
築地本願寺。
お西の別院ですが・・・。
お内陣が改修工事中。

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築地場外市場。

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昼食に海鮮丼。

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羽田空港へ着くと飛行機の出発時間まで1時間余りあります。
で、忠臣蔵展。

帰って、たものし講。

東京へ

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今日は東京へ。
能登空港を飛び立ってしばらくすると富士山が。
羽田空港に着陸するまでずっと見えます。
180度富士山を見ていたようでした。
茨城や千葉からこんなに大きく富士山が見えるんだと驚き。

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次男が再就職、引っ越しをしたので。
私たちは何の手助けもしてやれないですし、もう27歳なので自分で生活していける年齢なのですが・・・。
顔を見て話しを聞かないと心配、それが親。
新しい住まいを訪ね、新しい職場の話を聞いて安心しました。
年末年始の休暇も帰省しないということなので、より来てよかったと思いました。

次男の新居の近くの神田明神。

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結婚式や七五三参り。

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神田明神隣の“神田の家”。
千代田区指定の有形文化財。
今月は8・18・28日が公開日だということで見学はできませんでした。

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湯島天神。

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ここでも結婚式にあいました。

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順番に参拝する人々。
なにを祈り、なにを期待しているのでしょうか?

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湯島天神の鳥居。

腹巻き

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今日は遠縁にあたるお寺の1周忌。
帰って昼食をいただいて先輩のお寺へ。
寒いとお腹の動きが鈍くなって辛いと話すと、腹巻きをしなさい、寝てる時に冷えていないかと言われる。
そういえば、以前にも下腹部を冷やしてはいけないと腹巻きをしたことがあったんだった。
帰って長男とご法事に。
お斎もお付き合い。
帰って入浴。
早速、先輩住職らの助言通り腹巻きをしました。
暖かい。
どうして気づかなかったんだろう。 weep

昨日の午前中、ご門徒の方が訪ねてお出でます。
94歳のご主人と89歳の奥さんの二人暮らし。
明日、金沢に住むご長男のところへ引っ越して行かれることになったとのこと。
よかったですねぇとお答えすると、新宅してその方で5代目とのこと。
先祖から住み続けてきた家を離れることが寂しいご様子。
何度も落ち着いたら新しい住所をお知らせしますとおっしゃいます。
そして、お葬式はここへ来てしてもらいますとも。
しかし、それは分かりません。
お葬式をするのはご本人ではなく遺族です。

今日、お参りの途中で寺へ寄ると一人暮らしのお婆さんが。
金沢の施設へ行かれるかもしれないとのこと。
超過疎先進地、このようにして人口が減り、ご門徒が減っていきます。
本山はこういう現実をどこまで把握してしているのでしょうか?

先輩のお寺の報恩講

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眠っていたいのに眠れない、と思って時計を見たら逆でした。
起きれなくて寝過ごしていました。
起きてもダルイ、眠い。
明日ご法事をされるお寺からお手伝いをするようにとのお電話をいただきましたが、お断りさせていただきました。
午後は、先輩のお寺の報恩講。
いわゆる寺中・下寺さん。
お向いに大寺があります。
街外れの集落。
失礼ながら小さなお寺。
かつては満堂でした。
かなり参詣が減りました。
それでも20名ほど。
お勤め、法話の後、御伝抄を拝読。
去年までは御伝抄は夜勤められていたのですが、今年から引き続き勤めることに。
何とか御伝抄の上巻の半分、下4段を拝読して失礼しました。
寒さのせいかお腹の動きが鈍くなっているようで辛い、背中にも張りを感じます。

寒い

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疲れと急に寒くなったせいでしょう、朝が起きづらい。
起きても眠い。
朝食後もコタツで横になっていると、マネージャーさんが葬儀経費の支払い業務に。
病気という感じではないが体調がよくない。
早めの昼食をいただいてご隣寺へ。
今日は八日講。
僧侶8人に参詣者1名。
冷たい風雨の中よくお参りに来られたと思います。
ご隣寺のご門徒でしょう。
帰って留守番がてらコタツで休息。
女房は友達と七尾の美術館。

間垣の集落のお寺へ

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今日も市街地から西へ20分、小さな半農半漁の集落のお寺の報恩講に。
坂と数十段の階段を上らなければなりません。
冷たい風雨の天気ですが20~30名の参詣。
今日は大逮夜。
6名の僧侶で、正信偈真四句目下、念仏和讃五淘、「五十六億七千万」六首引。

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竹で編まれた塀を間垣(間垣)と言います。
この地区独特のものです。
北から吹き付ける季節風、雪・塩、そういうものから家を守るために設置されています。
能登の風土は厳しい、その中でもこの地区は厳しい自然と共に生活しているのだと思います。

帰って近くのご門徒へ。
入仏(移徒)式。
お仏壇の“すすだし”をされ、お仏壇が戻ってこられました。
輪島では、お仏壇を洗い出し、修理することをすすだしをすると言います。
夕方は鍼灸院へ。
夜は中陰・2七日。

諷経が2軒

004
今日はお葬式。
同じ輪島市のお寺ですが、正覚寺は真宗大谷派能登教区第7組、お葬式のお手継ぎは真宗大谷派能登教区第8組のお寺。
日頃はお会いすることがありません。
同じ宗派ですが地域が違うので少しだけ習慣が違います。

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スタッフさんと喪主が打ち合わせ。

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記帳場(受付)のお手伝いをされている町内の方が盛籠のお供えをされた方の名前を控えておられます。

このお葬式は午前11時から。
御導師のご住職さんを送り出すと正午。
簡単におにぎりで昼食を済ませセレモニーホールへ。
午後1時からの他寺のご門徒のお葬式(諷経)にお参り。
終えて漁師町のご門徒へ。
報恩講のお参り。

終えて帰ると3時前。
スタッフさんたちが昼食を食べている。
遅い。
どうしたのと聞くと、火葬場からのお骨拾いの案内が遅かったとのこと。
火葬の釜の調子が悪いのでしょう。
スタッフさんから、会館の電話がかからないと言われる。
古い電話機なので、回線をひかり電話に変えたので使えなくなったのでは?
早速ホームセンターから電話機を買ってきました。
本堂の卓の上や床に落ちた蝋を掃除するために小型のスチームクリーナーも買ってきました。

朝からあわただしい

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朝からお葬式の問い合わせの電話。
今夜は、市街地から20Kmほど東へ行った山間のお寺のご門徒のお通夜。
亡くなられたのは65歳の方。
若い方のお葬式が続いている。
ご門徒からお参りのお約束の電話。
スタッフさんから頼まれていたお葬式の支払いと集金。
昨日のご法事のご門徒の方がお礼にお出でる。
何かとあわただしい。
午後はお参りに出かける予定。
留守番がいてくれたら・・・と思う。
女房は昨日から友達と温泉。

昼食を済ませて、12時半過ぎに市街地から車で20分ほど西に行った海辺の集落へ。
お仲間のお寺の報恩講。
門徒のないお寺なのですが30名ほどの参詣。
うらやましい。

夜はお通夜でした。

野菜

Yasai
午前中は、まず3回忌、続いて祥月命日。
農家なので野菜をいただく。
帰ると玄関先に大根。
どなたか置いていって下さったよう。
ありがたい。

夕方は、本堂で満中陰法要。
私と役僧さんはお斎のご案内がありませんでした。
私は予定がなかったのですが、役僧さんはお通夜のお参りがあったのでありがたかった。

女房は友達と近くの温泉へミニ旅行。
若夫婦と3人で夕食をいただきました。

販売者は違いますが・・・

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左は、昨日、私がお参り先で白山麓の温泉のお土産だといただいてきたお菓子箱。
右は、今日、若住職が年忌のお参りに行っていただいてきたお菓子箱。
左は石川県、右は富山県のお土産。
箱の大きさは全く同じ。
包装紙の雰囲気はそっくり。
書いてあることは全く同じ。
開かなくても中は同じお菓子だと分かります。
こういう偶然ってあるんだと思う。
お葬式のお手伝いスタッフさんといただく。
「名誉総裁賞」と書いてある通りおいしい。

午前中は、お仲間のお寺のお葬式。
20数名の僧侶が参勤。
揃ったよいお勤めができたのではないかと思います。
午後は、先輩が住職のお寺のご門徒のお葬式。
準備をしていると、同級生が亡くなったとのニュース。
還骨・中陰が終わると午後6時前。
カメラを持っていないからと、遺族の方たちの集合写真を頼まれる。
本堂、広間を片付けて居酒屋へ。
町内の会の忘年会。
少し飲み過ぎました。

金沢往復、そしてお通夜

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晩秋の道路を金沢近郊へ。
祥月命日のお参り。

 

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曇り空。
寒い日。

 

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帰り道。
前にライダーと思ったら、白バイ。
危ない、危ない。

帰って組内のお仲間のお寺の前坊守さんのお通夜、すぐに帰って先輩住職のご門徒のお通夜。
先輩住職の亡くなられたご門徒は満60歳、早すぎます。
まさに老少不定、人の寿命は年令に関係ありません。

引き続き

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疲れているはずなのに明け方に目覚めて眠れない、そう思って時計を見たら逆だった。
目覚ましにも気づかずに寝ていた。
慌てて起きる。
今日はお葬式。
正覚寺本堂でちょうどよい人数の参列者。
終わってお骨上げを待つ。
近頃15~20分ほど火葬場からのお骨拾いの案内が遅い。
焼き釜の調子がよくないんだと思う。

夕方、先輩住職から電話。
明日明後日の日程で正覚寺を会場にお葬式。
明日明後日は、お通夜、お葬式を掛け持ち。
明後日は年忌のお参りのお約束があるのですが、そのお参りは長男に。

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