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2012年5月

S001
今日もお参りは休み。
池の水の掃除、っていうか水の交換を。
緑色のヘドロが・・・。

S002
ニュースは大飯原発の再稼働。
15%節電を脅しに有無を言わさず関西広域連合の首長に容認させる。
民主主義国家のはずが脅しの政治。
北朝鮮か中国レベル。
ひどい国だと思いました。

再稼働反対申し入れ

Hasu
旅館のバイキングで朝食を済ませて再び山の麓へ。
午後の予定まで時間があるのでミニ観光。
女房が行ったことがないというお寺へ。
知らなければカルト教団の本山としか思えないお寺。
異様な雰囲気を見学。

 

Heisenji_2
続いて一向一揆で焼かれたらしい大寺院跡(真言宗?)を見学。
現在は神社しか残っていない。
全面苔で覆われた広い境内。
600年以上前に滅びた歴史を感じる。

 

Shuhkyosha
1時過ぎに福井県庁へ。
駅のそば屋で昼食。
おろしそばとソースカツ丼のセットメニュー。
福井名物をまとめてちょっと得した気分。
2時頃から県庁ロビーで待機。
原子力行政を問い直す宗教者の会。
福井県知事に大飯原発再稼働反対の申し入れ。
6日前に呼びかけがあったので参加者は少ないのではないかと思ったのですが、50~70人はと思える人数。
よくぞこれだけと思いました。
それだけ危機感が強いのだと思いました。
県知事に会えるのかと思ったらそうではない様子。
原子力安全対策課も全員と会うのを渋り、代表者数名と面会と。
約1時間ほど代表者が職員と交渉し、ようやく全員が申し入れ会場に入れることに。
相手は原子力安全対策課長。
職員だから知事の言うがまま。
この人と交渉しても大きくは変わらない。
課長の言葉からは再稼働は確定的と感じました。
私も発言したいことがあったのですが・・・、時間切れで断念。
その後、会場を替えて交流会があったのですが、女房が一緒だったこともあって帰宅。
夜のニュースでは国などが再稼働に向けて大きく動いているとのこと。
課長の態度、ことばはそういうことだったのでしょう。

夕日

Yuhhi
9時半から祥月命日を1軒お参り。
お参りを終えた11時頃から出かける。
山の集落のお寺を見学。
ちょっと気取った、ぶった方が住職なのでどんなお寺か見たかったので・・・。
村の中心部に真宗大谷派のお寺が3ヶ寺隣接。
お付き合いが大変だろうと推測。
そこから山を下って格安温泉旅館へ。
予報通り午後3時~4時頃は雷、土砂降り。
旅館へ入った時は窓から夕日。

震度3

Gishin
午後に月忌が1軒。
終えて帰ってパソコン、ネット。
そこへド・ド・ド・ドと下から突き上げる揺れ。
また来た!っと部屋の隅へ移動して身構えると横揺れ。
小さい。
輪島で震度3との速報。
恐怖度は震度4~5でした。

キリンラガー

Dsc_0003
今日は満中陰法要。
お勤めを終えて昼食。
今日もビールを。
昨日の料理屋さんは私の好みを知っていていつもキリンビールを準備して下さっています。
今日は大きなホテルで会食。
そのホテルも私の前にはキリンビール。
願主の気遣い?ホテルの気遣い?
隣席の方はアサヒドライ。
どうせいただくなら好みのものをいただけばよいと思います。
帰ると女房と若夫婦は女房の実家へ届け物。
私とベルはお留守番。

ムラサキツユクサ

002
今日は11時から本堂で3回忌。
昼食もお付き合い。
ビールを少々。

先日の草刈りのお礼に友達夫婦と夕食。
2次会も。
ちょっと飲み過ぎ。

葉加瀬太郎コンサート

Hakase

曇りから雨。
寒く感じる気温。
こんな予報だったっけ?

Images
この短編集を読み終えました。
さすが荻原浩、おもしろかった。

夜は葉加瀬太郎コンサート。
女房の兄夫婦がお通夜で行けなくなったからとチケット2枚いただいたので、若夫婦と4人で。
葉加瀬太郎、そんなに期待はしていませんでした。
しかし、生の楽器の音が美しさが心地よい。
ブラームスのバイオリンソナタ2番、20分あまりの曲だとの紹介でしたが、そんな時間を感じませんでした。
15分の休憩を挟んでの2時間あまりのコンサート、すごく短い時間に感じました

アオキ

014
女房は「坊守1日研修」で輪島から南へ1時間の七尾・能登教務所へ。
瑞恵ちゃんは診察。
私はお休み。
ベルとお留守番。
天気がいいので庭を散歩。
庭の花をカメラで。

午後は漆塗り、と思ったのですが、先日塗った漆の乾きが悪いので断念。
読書しながらうつらうつら。
今日もぐーたらした1日。

母子

001
午前中に月忌が1軒。
天気がいいので徒歩で。
なんてことない親子の姿。
でも、過疎高齢化の町では珍しい光景。

午後は1周忌。
終えてから女房と買い物。
まず、精米。
御志納米を玄米でいただいているので、6~7升ずつ精米していただいています。
続いてホームセンターへ。
暖かくなって戸を開け放したいのでベル用のガード、
教化用DVD収納のラック、
池にスイレン。

今夜のスポーツ、私はサッカーの方が興味があったのだけれど、親善試合なのでチャンネルを女房に譲る。
女房は、女子バレーロンドンオリンピック最終予選日韓戦。
昨日まで3連勝。
韓国にも楽勝?っと思いきや、見るも無惨な試合。
昨日の勝利で気が緩んだ?
私はバレーの試合に執着はないので第2セットで入浴。
戻ると1-1のタイに。
第3セットになるがボロボロの内容。
女房は、イライラすると第3セットで入浴に。
私はチャンネルを替えてサッカーを。
サッカーは2-0でアゼルバイジャンに勝利。
女子バレーは1-3で惨敗だったらしい。
世界ランキング3位なんだから、ランキング通りなら負けちゃいけないんだけど・・・。

ベルと

001
午前中1時間ほど漆塗り。
それから町内の清掃活動で使われたホースが境内に干してあったのでそれを片付ける。
毎年、清掃活動後使われたホースは正覚寺の境内に干される。
そしてそれはだいたいそのまま忘れられる。
従って、例年ホースを片付けるのは私の仕事。
午前中はそれだけだったような・・・。

午後は月忌が1軒。
帰ると女房がベルを抱いている。
瑞恵ちゃんは美容院とのこと。
女房は習字。
私がベルとお留守番。
天気がいいのでしばらく庭を散歩。
その後、ベルは昼寝。
私も本を読んでいたのだけど、うつらうつら。
それで1日が終わってしまったような・・・。

草刈り

B012
昨日は少々飲み過ぎたようで、今朝は二日酔い気味。
当たり前です、12時過ぎから夜まで飲み続けたんですから・・・。
で、日食を失念。
見そびれてしまった。 (/_;)

裏の空き地、雑草が・・・。
そろそろ草刈りを依頼しないと・・・。

午後は輪島高校同窓会の理事会。
終えて、出かけたついでに買い物へ。
高校の門を出たところで良ちゃんの車とすれ違う。
やぁ!と表情と腕で挨拶。
ホームセンター、電気店、金物屋で買い物を済ませて帰宅する。
すると、良ちゃんが草刈りをしてくれている。
ありがたい。

B032
午後7時から月忌。
母子で待っていて下さる。
お勤めを終えて恒例のお菓子とお茶。
今夜は、和風ロールカステラとコーヒー。
続いて、お抹茶。
続いて、黒豆のカステラケーキ風のお菓子。
何かお飲み物を・・・と言われてお煎茶を。
お気遣いと接待、とてもありがたいんだけど、ちょっと辛いことも・・・。

清掃奉仕していないのに・・・

001
今日は町内の530運動、清掃奉仕日。
女房が参加。
私は7回忌の年忌と満中陰・納骨。
12時から女房は530運動の班の慰労会、おそば屋さんの2階。
私は会の慰労会、隣家の駐車場でバーベキュー。
夕方の早い時間に2次会、会員のお姉さんのスナックへ。
日中からお客さんがいることに驚き。
5時半ころから3次会。
お腹が空いていたのでお好み焼き・・・と思ったのですが、お休みだったり予約でいっぱいだったり・・・。
結局、居酒屋さんへ。
ちょっと飲み過ぎたかなぁ?

テッセン

013
女房は、女房の母親の実家のお寺のご法事に。
私と長男は、お葬式にお参り。
終えて、私は年忌法要とお墓参りに、長男は満中陰・納骨。
帰って午後1時前、若妻・瑞恵ちゃんが作ってくれた焼きうどんを若夫婦と3人で。
昼食後も3人で休憩。
私は月忌のお参り。
帰って漆塗りを少し。
長男には午後3時頃に帰ってくると言っていたという女房が午後4時になっても帰ってこない。
お斎(会食)の会場が旅館だから、食事後くつろいでもいられないはずだろうに・・・。
問題はないので、若夫婦と3人でゴロゴロと。
結果、女房が想定していた以上に親戚のお寺の法要が長時間にわたったようでした。
そんな1日でした。
忘れていました、3人だけではありませんでした。
かわいいベルがいました。

西洋シャクナゲ

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午前中は空いていたので漆塗りを・・・と思ったら女房が出かけるという。
そうだった、坊守(お寺の奥さんの会)報恩講だった。
ちょっと迷ったが、今夜はお通夜なので、電話や来訪者があるかも・・・とネットをしながら留守番をすることに。
正解でした。
お葬式のお宅はご門徒ではないのですが、親しい親戚は正覚寺のご門徒が多い。
ご親戚のご門徒から盛籠の手配依頼の電話。
弔電が届く。
代金を持ってこられる人。
漆塗りどころではありませんでした。
昼食はコンビニ弁当でも・・・と思ったのですが、カップ麺。

夕方は13回忌のお参り。
12年前に奥さんが亡くなり、70歳の方が一人暮らしのお宅。
ご自身も病気を抱えておられます。
お酒が好きな方。
一度飲みましょう、別れの言葉。
前々から会うたびに同じ言葉。
気持ちはウソではありません。

帰ってお通夜。
ご親戚の多いお宅なので本堂からあふれる参列者。

サボテンの花

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ご門徒の方からいただいた鉢植え。
サボテンの一種だとのこと。

今日もお参りは休み。
10時に友達が。
工務店の会長。
外壁を改修しようかと。
その後、木地にベンガラを。
昼食後はウツラウツラと。
その後、今日2度目のベンガラを。
それだけの1日でした。

010

たんぽぽ

Tanpopo
今日はお参りは休み。
午前中は冬場にたまった雑用、片付け。
女房は社長業。
支払いの送金や預金に銀行へ。
昼食後は昼寝。
しばらくすると女房に呼ばれたマネージャーが。
本職の集金や女房の依頼業務に。
用事はすぐに済んだのですが、3人でコーヒーにお茶菓子でおしゃべり。
その後1時間ほど漆塗りの下準備、木地にベンガラを塗りました。
夕方は友達の鍼灸院へ。

諷経

003
朝食を食べていると工事の音。
西隣の町内で側溝の工事のようす。

午前中は休み。
11時過ぎに早い昼食。
女房は坊守会(住職を補佐する人の会)の勉強会、私は諷経(他寺のご門徒のお葬式)に出かけるため。
12時過ぎに仲間の坊守さんが迎えに来てくれて女房が出かける。
12時半前に私が。
故人はご門徒に生まれた方のご主人。
お手継ぎのお寺は隣町の山間にある集落のお寺。
真宗大谷派を離脱されたお寺。
諷経の僧侶方も隣町の方々。
亡くなられた方は85歳。
山仕事から帰って入浴中に心臓麻痺で亡くなられたとのこと。
突然死、いつなにが起こっても不思議ではない、そういう現実を感じました。

お葬式後に月忌を1軒勤めて帰宅。
ベルと留守番。
ウツラウツラとも。
夜は頼母子講。
後輩の仲間が社長に就任した激励会を兼ねて。

住職の責任

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今日は昭和35年(1960年)生まれ、私の5歳年下の方の葬儀にお参り。
昨年末から50~70歳の方がよく亡くなられます。
「人間のはかなきことは老少不定 (人生の終わりは、年齢に関わりなくやってくる)」。
まさにそういう現実が突きつけられています。
私も先月から病気がち、うかうかしてはいられません。

今日のお葬式、事情の分かっている人以外は私の仕業としか思えないことがありました。
事情を知っているのは遺族だけ。
それ以外の参列者は、気づいた人は皆、私の仕業だと思っているはずです。
そして私のことをひどい住職だと思われたことだろうと思います。
まさか若くして亡くなられた娘、妻にそんなことをするとは思わないでしょうし、一般家庭にそんなものがあるとは思わないでしょうから・・・。
分かる人には分かります、おかしい、不釣り合いだと・・・。
それも含めて住職の責任です。

お通夜前に

6時15分にアラーム。
女房のスマホ。
何度も鳴る。
女房が止められないらしい。
命ぜられて私が止める。
7時前にレストランへ。
何組かの人たちとともにしばらく待つ。
7時の開店と同時に長男夫婦とともに朝食。
朝食後支度を調え、チェックアウト。
売店でお土産を購入。
出発。
東海北陸道、第2名神・草津経由のルートも候補にありましたが、名古屋経由のルートで金沢へ。
12時前にベルを預けた動物病院到着。
ベルを受け取って近くの食堂で昼食。

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午後3時頃帰宅。
お通夜やお葬式の準備をして、夜はお通夜。
ちょっとしたトラブルになるような出来事がありましたが、再び遺族の方々と言い争いをしたくなかったのと、疲れて面倒なことはしたくなかったので反論はしませんでした。
やっかいなことが起こらずに、無事、葬儀を終えることができることを願うのみです。

お通夜から帰って入浴、夕食、焼酎。
落ち着いてみると、姪を置いて帰ってきたんだという気持ちが・・・。
何となく寂しさが・・・。
私は息子が3人。
娘がいなくてよかった、そう思いました。

結婚式

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今日は姪の結婚式。
女房ら女性は6時半から朝食・着付け。
私たちは7時半から食事・着替え。
9時にホテルを出発。
ホテルから5~10分ほどの距離の姪の嫁ぎ先のお寺へ。
本堂で結婚式。
もちろん仏式。
式後は記念撮影。
ホテルへ戻って披露宴。
私は薄情な人間でほとんど涙を流すなんてことはないのですが、今日は涙が出ました。

披露宴がお開きになって、しばらくホテルの部屋で休息。
女房は大浴場へ。
午後5時半から2次会。
職場の同僚やお友達が主。
その場へ私たちも。
2時間ほどの2次会。

2次会会場を出て、女房に飲み足りないことはないか?もう一杯どうだと訪ねる。
答えは決まっている、うんと。
で、2次会会場の向かいのラウンジ、バーへ。
親族9名で3次会でした。

鈴鹿へ

目覚めてしまったので午前6時過ぎに起床。
緑色になってしまっているカメのたらいの水を替えていると女房が…。
ご門徒の方が亡くなり、明日お通夜、明後日お葬式を頼めないかとのこと。
50代で末期の癌だと宣告されていた方。
三重で姪の結婚式があり出席しなければならないので、明後日・明明後日の日程にしていただけないかと伝えたとのこと。
しばらくすると再び電話。
女房が説明・お願いをするが納得されない様子。
私が電話を替わると、お葬式と結婚式とどちらが大事だと言われる。
私がどちらも大事だと言うが納得されない様子。
私は、義理の仲の友達やご近所なら行きません、しかし、姪の結婚式は大事だと思いませんか?と言うと少し納得された様子。
今度は、明日のお通夜は近くのお寺の住職さんにお参りしてもらうということで、明日・明後日の日程でできないかと言われる。
私が返事を渋ると、1日延ばして大丈夫かと言われる。
8日に亡くなられた叔母さんのお葬式が、9日・10日の日程で行われています、ドライアイスもありますから大丈夫ですよ、と私。
ようやく納得された様子でヤレヤレといった感じ。
 
 
00042
 
8時前に出発。
金沢の動物病院併設のペットホテルへベルを預ける。
午後3時前に鈴鹿サーキットホテル到着。
荷物を運び入れているとサーキットの走行音。
チェックインのフロントで聞くと、見学できるとのこと。
で、サーキットへ。
F1カーは走っていないものの、F3?っと思える車やツーリングカーが走行していました。
 
 

 
 
Senshuji 
 
 

続いて高田派本山専修寺へ。
4時過ぎだから?参拝者は私たち以外にいない。
門をくぐって境内へ。
参拝者がいないはず、唐戸が閉まっていて参拝できません。
それにしても立派です。
東西本願寺以外では最も規模が大きいように感じました。
 
 
 
 
02424
ホテルへ帰ってしばらくすると夕食のお誘い。
女房の実家のお寺の方々、ご親戚の方々、門徒総代の方々とともに夕食をいただきました。
じんましんが治まったようなのでおそるおそるビールを飲んでみる。
大丈夫な様子なのでワインを。
しばらくぶりの飲酒なので酔っ払いました。

なんやかやと

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今日はお葬式。
川向こうのお寺のご門徒。
義兄だからとご門徒から諷経依頼。
私がと思ったら、私は別枠で予定されているとのこと。
長男に・・・と思ったら、同僚が年休を取っているとのこと。
甥に・・・と思ったら、お参りが10軒とのこと。
で、女房の兄に。

午後は月忌が1軒。
明後日の姪の結婚式に出かける準備。
夜は叔母さんのお通夜。
60Km南のセレモニーホールまで往復。

ボーッとしながら

Dsc_0001
今日は生後2日で亡くなった赤ちゃんの50回忌のお参り。
一人暮らしのお母さんと二人でお参り。
涙が出たとおっしゃって下さいます。
引き続き百箇日。
ご姉妹や息子さんたち5名のお参り。

夕方は百箇日。
親戚の方々が10名以上お参り。
夜はお通夜。
遠方から転勤で輪島へおいでになり、輪島に家を建てて永住されました。
川向こうの大きなお寺のご門徒。

じんましん、アレルギーの薬のせいでしょう、今日も眠い。
でも、何となく治る気がします。

初参り

006
今日の午後は八日講。
1ヶ月遅れの花まつり(お釈迦さんの誕生日)、初参り。
1年間に誕生されたご門徒の赤ちゃんをご招待してお参りします。
例年1~2組という寂しいお参りになっているのですが、今日は8組(?)。
これだけお参りしていただければやりがいがあります。

夜は友達のお父さんのお通夜。
法衣ではなく礼服で。
お参りに集まっていた友達らから、似合わないなぁ、と。
セレモニーホールに入るところで気づく。
お数珠を忘れた。
友達に借りる。

お通夜の後は頼もし講。
先日亡くなった友達も参加していた会。
亡くなった友達の食事が準備され、ワインも・・・。
喪主を務めた長男と奥さんがご挨拶に。
改めて寂しい思いをしました。
友達と飲んだワイン、飲みたかったのですが、じんましんなので禁酒。

じんましんで処方された薬の副作用、強い眠気でボーッとした1日でした。

病院へ

007
今日もお参りはなし。
病院・皮膚科の受診へ。
8時半から受付、10時から診察。
迷ったけど、どうせ待つんならと10時に病院へ。
診察票の番号は34番。
病院は連休明けで大勢の患者さん。
あきらめて待つことに。
いすに座って読書。
タブレットを持って行ったのが正解。
退屈せずに待つことができました。
受診したのは午後1時過ぎ。
若いお医者さん。
薬を変えて下さるとのこと。
病院裏の薬局で薬をもらって帰ると午後2時。
約4時間の病院、診察は2分?3分?
帰って遅い昼食。
その後は読書、休息。

じんましん3日目

Hakyu
夕べは夕食後にシャワー。
じんましんが発症している時は入浴をせずに軽く汗を流す程度に・・・という看護師さんの言葉に従って。
シャワーを浴びてしばらくすると前腕部と大腿部に痒み。
みると蚊に刺されたように大小赤く腫れている。
かゆみ止めを塗って耐える。
昨夜はテレビで映画・阪急電車。
有川浩の原作を読んでいたので観たかった映画。
映画を見終わった11時過ぎ、痒くて眠れないかも・・・と思いながら布団に。
午前12時半過ぎに目覚める。
背中や腕などが痒い。
見なくてもじんましんがひどくなったのが分ります。
病院へ行こうかと思いましたが、夜中に気の毒なので、少し様子を見ることに・・・。
痒いながらも眠ったようで、明け方に目覚める。
痒みが気になって眠れないので本を読む。

 

 

002

起きると腰や腕などが痒い。
今日は日曜日。
朝食後の薬を飲んで様子をみ、痒みがひどく我慢できなければ病院へ行くことに。
薬が効いたのかしばらくすると腕や大腿部の腫れが治まる。
痒みで熟睡できなかったのでしょう、眠たい一日。
お参りは休みなので読書で過ごす。
夕食後シャワー。
鏡を見ると脇腹から腰が赤く腫れている。
明日は月曜日、皮膚科の診察日なので病院で診察を受けます。
薬を飲んで早く床につくことにします。
痒くて眠れないかもしれませんから・・・。
背中の下部が痒い。

じんましん 2日目

002
今日は午前中に33回忌のお参り。
金沢近郊へ引っ越されているので、輪島にいらっしゃる妹さん宅をお借りしてお参り。
終えて帰ると、若夫婦はベルを連れて金沢方面へお出かけ。
午後は、漆塗りでも・・・と思ったのですが、休息。
女房は、風邪がすっきりしない様子。
私は、読書をしていると前腕部と大腿部に痒み。
見ると赤い斑点が・・・。
じんましんの症状のようです。
昨日出なかった箇所。
かゆみ止めを塗って耐える。
治まってしまったと思っていたのですが甘かった。
5日分薬が処方されているはずだと思いました。
看護師さんは、じんましんが治りきらなかったら外来を受診するようにとも・・・。
しばらく覚悟しなければならないのかもしれません。

じんましん

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連休の中日ですがお参りは休み。
女房と私の入院のお見舞いのお礼に・・・。
まずは山間の叔母さんのお寺へ。
東京から従兄弟が帰省していました。
4人でコーヒーをいただきながらおしゃべり。

叔母さんのお寺を昼前に失礼して、女房の実家へ向かう。
途中昼食に公営のホテルに立ち寄るが、貸し切りのためレストランは閉鎖。
結局、昼食のために志賀町富来領家町の公共のホテルへ。
ランチメニューをいただく。
昼食後は女房の実家へ。
お茶やコーヒーをいただきながらおしゃべり。

女房の実家を失礼して、途中のマーケットで買い物をして帰宅。
なんだか脇腹がかゆい。
どうしたんだろうとシャツをめくりあげて見ていると、その姿を女房が見てやってくる。
私の背中からお腹を見て、病院で診察を受けてくればいいのではないかと言います。
私は辛いわけでもなく、痛いわけでもなく、ただ痒いだけなので、かゆみ止めを塗ってもらって様子を見ることに・・・。
しばらくすると痒みが和らいで治まるように感じる。
しかし、痒みが強くなる。
痒くなかったところまで痒くなり出す。
女房に見てもらうと、治まるどころかひどくなっているのでは・・・と。
迷わず病院へ。
看護師と医者に昼食になにを食べたと聞かれる。
昼食はホテルのステーキ丼、魚の和え物の小鉢と魚の身の入った味噌汁などのセット。
若い医者の診察を受け、アレルギーを抑える点滴を。
先月も1週間、1日に3~4回点滴を受けたばかりなのに・・・。
点滴を受けていると痒みが和らぐ。
5日分の薬を処方してもらって帰宅。
じんましんなんてしめ鯖にあたった20~30年前以来。
帰ると、病院を受診するまで発症していなかった両腕と下腹が赤くなって痒い。
今度こそかゆみ止めを塗って耐えるしかない。

ヤマツツジ

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連休第2弾初日。
午前中は1周忌。
ご門徒のお宅に向かう道中の交差点、朝市の駐車場への入り口。
ところが道路はガラガラ。
交通整理に出ている交通推進隊の方たちも手持ちぶさたの様子。
輪島は観光が主産業の一つ。
ゴールデンウィークがガラガラでは困ります。
午後は13回忌と23回忌。
正覚寺のスタッフ・サブリーダーのお宅。
今日のお参りはこの2軒だけ。
体調に自信がないので、これが限界かなぁ?

休み

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今日はお参りはお休み。
午前中は散髪。
ピンセットで大きな耳垢を取って下さる。
午後は診療所。
定期的な診察。
先生に先日インフルエンザ菌による肺炎になったと伝えると、
先生はインフルエンザ菌や肺炎について説明。
そして、まだそんな歳でもないのに・・・と。
ちょっとムッとする。
私は小さな時から虚弱。
風邪もひきやすいし、疲れやすい・・・などなど。
年齢に比して若々しく元気な人もいれば、私のように虚弱なものもいる。
人は皆同じじゃない。
そんなことは医者ならよく分かっているでしょう。
夕方は鍼灸院へ。
鍼灸院の先生も先日亡くなった友達と同じ会の仲間。
従って話題は友達の死。
脳溢血ではなく痛風が再発していれば・・・、そんなことを。
突然の死だっただけに仲間のショックは大きい。

友達の葬儀

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友達の葬儀にお参り。
お参りしているとボーッとした疲労感。
体調が悪いのかなぁ?風邪をもっらったのかなぁ?
違いました。
会場中の友達の死を悲しむ雰囲気の中、私の精神状態も・・・。
お葬式の後、仲間と共に火葬場まで友達の遺骸を見送りに。
炉の中へお棺が入っていくまで、家族がそれぞれ口々に遺骸や悪寒に向かって“ありがとう”の感謝の言葉。
家族の方々にそういう意識はないでしょうが、これも浄土真宗的別れの言葉だと思いました。帰ると12時10分前。
女房が準備してあったうどんを温めてくれてそれをかき込む。
そして金沢へ向けて出発。
金沢近郊までお参り。
道中、友達のことを考えます。
脳梗塞だと聞いていたのですが、友達は脳溢血だったそうです。
リハビリをすれば復帰できると言われていたとか・・・。
それがどうして亡くなってしまったんだろう?
そんなこと考えたってどうしようもないのですが・・・。

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