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2013年2月

想は男らしく

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今日のお参りは午後だけ。
午前中から寺務。
4月に予定されているお参りの案内。
ささっと半日で・・・思ったのですが、そんなにうまくはいきません。
結局、午後のお参りを挟んで夕方までかかりました。

 

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午後、想は美容院へ。
ずいぶん髪が伸びて目に入るようになったので・・・。
少し男らしくなりました。

 

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ベル。

今日も穏やか

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24日・日曜日で解体屋さんによる外壁の撤去作業が終了し、昨日・26日から大工さんが作業。

 

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昨日に続いて今日も穏やかな暖かい日。
七尾湾にヨット。
学生の合宿?

 

Sagi
シラサギも気持ちよさそう。
漁?猟?

春らしい日

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今日もお参りは休み。
女房と10時半前に所用に出かける。
南へ60Kmの町まで往復。
昨日までの真冬日から気温も4~5℃。
きれいな景色の中を往復。
立山もきれいに見えていましたが、運転しながらのスマホのカメラでは写りませんでした。
残念。
3時過ぎに帰宅して、替わって瑞恵ちゃんと想が出かける。
私は夕方友達の鍼灸院へ。
治療後友達から、ひどく疲れているようでこれまでで一番背中が硬かったと言われました。
気をつけなければ・・・。

ボイラー復旧

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今日も寒い。
寒い中、観光バスがやってきます。
ありがたい。
能登・輪島を楽しむなら冬です。
食べ物がおいしい。

買い物をして帰るとスタッフ・マネージャーがお葬式の支払い業務に。
寒いと言うと、この家は外壁が撤去されているからいっそう寒いのではと。
なるほど!気づかなかった。

 

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寒い中、設備屋さんがボイラーの復旧工事に。
タンクからボイラーまでの配管を交換。
無事復旧。
一日ぶりに蛇口から温かいお湯。
ありがたい。
日頃当たり前のように使っているもの、失ってみるとそのありがたみがよく分かる。

最高気温も零下、石油が水

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今日も寒い。
1日中零下。
午前9時からお葬式。
川向こうのお寺のご門徒。
吹雪の中を多くの参列者。
お葬式を終えて、郊外のご門徒へ。
お取越・報恩講。
介護を受け、ベッドと車いすの生活のお爺さんもお参り。
午後は、上げ法事、本堂でのお参り。
3回忌。
施主夫婦でお参りと思っていたら、名古屋からお姉さん夫婦も参列。
よくおいで下さいました。

 

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昼食後、瑞恵ちゃんが食器洗い。
お湯が出ない。
ボイラーが点火しない。
灯油切れというエラー表示。
タンクには灯油が・・・。
日曜日でお休みのところ申し訳なかったのですが設備やさんに連絡。
早速駆けつけてくれる。
外壁の改修工事をしていて、今日も作業が行われているので、その工事で石油のパイプを切断?
しかし、違いました。
ボイラーに届いているのは石油ではなく水だとのこと。
一昨年も同じことを言われて石油タンクを替えたばかり。
石油の質が劣悪だと。
石油に水などの不純物が多く含まれていると。
灯油販売施設の老朽化が原因ではないかと・・・。
古い付き合いの燃料店に入れてもらっていたのですが・・・。
ちょっとがっかり。
プロパンガスはともかく、今後は石油の購入先を変更させていただきます。
燃料屋さんは悪い人だとは思いませんが、どこかに油断、空き、甘さがあったのでしょう。
他人事ではなく、しっかりしなければ、そう思いました。

結婚披露宴

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今日も朝から寒い。
午前10時から月忌を1軒。
午後は、漁師町へ月忌初め。
夕方から結婚披露宴。
そういう一日。

「内部被曝を生き抜く」

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午前11時から月忌が1軒。
弟さんが脳溢血でリハビリ中とのこと。
心配される気持ちがよく分かる。

午後は留守番をしながらDVDを。
「内部被曝を生き抜く」
放射能と共に生きる福島の人たちが気の毒。
そして、無責任に直ちに影響はないと安全なような説明の国、専門家。

夕方は診療所。

外壁改修

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今日も寒い。
外壁の改修工事が行われています。
築30年あまり、震災後亀裂を補修してもらいましたが、風雨だと雨漏りが・・・。
で、思い切って外壁の改修を。
資金ができ次第、会館・広間部分も外壁の改修予定です。

午前10時から絶えてしまったお宅のお仏壇のお参り。
道路拡張のため県に買い取られるため。

午後はベルの守りをしながら録画してあった番組を。
「“核のゴミ”はどこへ~検証・使用済み核燃料~」

午後7時から月忌。
母子のご家庭。
お勤め後は、お菓子、お茶でおしゃべり。
全部で今日は1時間。

帰って入浴。
晩酌をしながらひとりで夕食。

数え間違い

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午前10時にスタッフ・マネージャーと昨日のお葬式の喪主のご夫婦が。
御礼と支払いに。
喪主のご夫婦を送り出して、マネージャーから先週からのお葬式3件分の正覚寺の使用料などを受け取る。
確認しろと言われて確認。
1万円札と5千円札と千円札を数える。
確かに・・・と封筒に戻す。

女房の帰りを待って出かける。
途中の穴水町のそば屋で牡蠣蕎麦を。
おいしい。
所用を済ませて午後3時過ぎに帰宅。
女房は帳簿付け。
あれっ?金額が合わない。
お葬式の謝礼は確認したから合っているはず・・・と言うが、女房は10万円足りないと。
そこでハッと気づく。
5千円札20枚、20万円ではなく10万円。
しまった!私のミス。
反省。
早速、マネージャーが10万円を届けてくれる。

夜は、女房とマネージャーと3人で居酒屋へ。
凍みた寒い夜、熱燗を美味しくいただきました。

久々の法話

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午前10時からお葬式。
10時30分過ぎに終えて、10時50分前に出棺。
大変順調。 諷経の僧を送り出して、11時頃に月忌を1軒。
いつもは午後2時のお約束なのですが、午後の日程が混んでいるので変更しても頂きました。
月忌を終えて郊外の施設へ。
午後の法話の準備。 午後は時間に余裕がないので…。
帰って昼食を済ませて、火葬場からの連絡を待つ。
12時40分頃電話。 遺族の方々をお骨拾いに送り出して、私と役僧さんも時間を見計らって自宅へ。
還骨・中陰を終えて帰宅すると午後2時前。
すぐに施設へ。
5~10分ほど遅刻。
2時15分頃からお勤め。
正信偈・同朋奉讃。
予想以上に大きな唱和の声が後ろから聞こえてくる。
さすが輪島のお年寄り。
その後30分ほど法話。
法話とはいえほとんど仏教用語は出てきません。
私たちの生命の歴史について。
地球にバクテリア・細菌として生命が誕生したのが38億年前。
そのバクテリア以来のいのちを、今私たちが生かされている。
そして、私たちはそれぞれ独立して存在しているのではなく、相互に影響を及ぼし合って互いに生かされている関係だということ。
介護を受ける立場だけれども、その立場として生きる意義があるというお話しをさせていただきました。
施設を経営する友達は、自分が伝えたいことを話してくれたといってくれましたが、伝わったかなぁ???
私にとっては久々の法話、よい経験、勉強をさせていただきました。
11月に再び報恩講ということで訪問させていただく予定です。
それまでに、続きを準備しなければ・・・。

お通夜

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7時半頃電話をいただいて、10時にお参り。
昨日だった祥月命日をすっかり忘れていたとのこと。
お通夜の準備、明日のお参りの準備。
午後は漁師町へ月忌初めというお参りに。
90歳になろうとする老夫婦のお宅で、あと1~2年かなぁ?とか。
そんなこと考えずに・・・と応えるが、高齢者2人だけの家庭なので不安な気持ちがよく分かります。
夜はお通夜。
受付に女子中高生の姿が・・・。
子供がどうしてここで遊んでいるんだろう?と思ったらお手伝い。
ご苦労さん、いい子だねぇ~。

枕勤め

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7時前に電話で起こされる。
ご門徒の方。
お母さんが亡くなられたとのこと。
枕勤め。
準備をして8時までに伺うと伝えると、道路に雪はないが凍っているかもしれないから慌てて来なくてよいと言われる。
準備をして7時過ぎに出かける。
道路に雪はないと言われたが、集落の中はこの風景。
道路に雪はありませんが、軒下は雪の山。
市街地から南へ数キロの街外れの集落なのですが・・・。
枕勤めをして、市役所・火葬場の予約をして、スタッフさんに連絡をして帰宅。

 

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お葬式(諷経)と百ヶ日

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今日は寒い。
最高気温-1℃、最低気温-3℃。
一日中零下。
早めの昼食を終えてお葬式。
今日は土曜日、ご導師は隣町でご法事の予定、11時半から。
施主が飛行機で東京からやってくるので、それに合わせて。
正覚寺でも時々こういうスケジュールが入ることがあります。
お葬式は午後1時から。
ギリギリ?っと予想していたのですが、午後12時45分に到着。
余裕でした。
お葬式を終えて、しばし休憩。
午後3時から百ヶ日法要。
隣の町内のご門徒。
普通なら歩く距離なのですが、寒いので車で。

帰宅

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午前7時頃から朝食。
ホテルを8時出発のバスで成田空港へ。
成田第2ターミナルを8時25分発のバスで羽田へ。
ANAのカウンターへ荷物を預けて築地へ。
築地本願寺へ。

 

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築地場外市場で昼食。
マグロ丼。
その後、泉岳寺へ・・・と思いましたが雨が。
断念して羽田国際線ターミナルへ。
見学兼ショッピング。
つい、かわいいTシャツを初孫・想に買ってしまう。
今回の旅行のお土産の多くは想のもの。
午後3時過ぎに帰路。
夜はお通夜。
さっそく日常に戻りました。

帰国

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今日も午前中は荷造りをしたり、のんびりとリゾート。

 

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正午過ぎにいとこが迎えに来て、いとこ宅訪問、見学。
まさにリゾート地の別荘、住宅。

 

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コーヒーショップでコーヒー豆を買って、ゴルフ場のレストランで昼食。
私はまたも韓国冷麺。

 

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いとこに空港まで送ってもらって夕方の飛行機で帰路に。
成田へ。

あいにくの雨

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午前中はホテルでのんびり、リゾート。

 
 

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正午頃いとこが迎えにきてドライブ。
タポチョ山。
あいにくの霧、にわか雨。
残念でした。
舗装のないがたがた道ですが、豪邸が・・・。
外人さんの感覚って不思議。

 

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ゴルフクラブに寄って景色を。

 

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眺めのよいレストランで昼食。
その後は、ホテルで休息。

 

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夕方、サンセットクルーズを予約していたのですが、あいにくの雨で断念。
中心街のホテルのビーチバー。
続いて、中華料理。

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バンザイクリフ

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いとこが10時にホテルへ迎えにきてくれる。
あいにくの雨。
観光を取り止めてショッピングに。

 

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昼食は韓国料理。
私は好物の冷麺。
昼食後晴れていたので、急遽観光に。

 

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吉祥寺という寺標があったので・・・。
新しい本堂。
建立して3~4年とのこと。
韓国曹渓宗系の禅寺。移住して12年という尼さんが一人。
郊外にポツンと。
偉いなぁと思う。

 

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続いてバンザイクリフへ。
バンザイクリフは、第二次世界大戦末期、追い詰められた多くの日本人がここから断崖絶壁の下にある海に飛び込んで自決した場所。
当時は捕虜になるより自決を選べと教えられていたため、アメリカ軍の説得にもかかわらず数多くの人が飛び込んでいきました。

 

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ここはバンザイクリフの丘の上。
ここも切り立った崖の上。
追い詰められた多くの子女が飛び込んだ場所だそうです。
捕まってはならない、捕虜になったらとんでもない目に遭わされる、そういう洗脳から自殺していった人たちを思いました。

 

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グロットは、海食鍾乳洞になっていてダイビングの超人気スポットだそうです。
崖の上からもみることができますし、100段ある階段を鍾乳洞近くまで降りて、鍾乳洞を眺めることもできます。

 

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石灰岩でできたバードアイランド。

 

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第二次世界大戦時にサイパン戦の最後の司令部が設けられていた場所で、後ろに迫っている崖には砲撃された痕が今もそのままあり、野晒しの戦車や大砲なども塗装だけされて当時のまま残されています。
本部のあった洞窟に入ると内部にも砲弾や銃弾の痕が生々しく残り、当時の激しい戦闘を物語っています。

雨になったので観光を中止しショッピング。
夜はいとこ夫婦と居酒屋。
おいしくいただきました。
ホテルに帰って、バー。

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いとこ

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同じ年のいとこを訪問。
こちらの携帯番号は連絡しておきました。
ホテルへ着く頃に連絡をしてくれると・・・。
しまった、いとこの携帯番号を聞いておくべきだった。
ホテルに着くといとこが待ってくれている。
空港を出るのにずいぶん時間がかかったので、到着が遅れました。
いとこはずいぶん待ってくれた様子。
申し訳ない。

 

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買い物をして夕食に。
タイ料理、初体験。
ビールとワインもおいしくいただきました。

 

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直葬

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午前9時半頃火葬場へ。
せめてもと棺掛七条を持参。
火葬場は小高い丘の上。
道中は雪。
除雪中。
約束の9時半の5分前くらいに到着したのですが、すでに霊柩車が・・・。
お棺に七条を掛けるなど準備をしていると火葬場の職員さんが。
火葬認可をお持ちの方は・・・?
喪主の方が、実は忘れて奥さんが取りに戻っていると・・・。
10分ほど待って開始。
正しく葬場勤行。
終えて、一旦帰宅。
11時半頃お骨上げに。
私は着替えて待機。
正午頃お迎え。
還骨ではなく納骨。
これから輪島でもこういう直葬が増えるかもしれません。

高かったら買い取ります

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午前10時からお葬式(諷経)。
山間のお寺のご門徒。
住職は、高校、大学の同級生。
脇導師は導師のお寺のご親戚のお寺のご住職。
この方も私と同じ歳。
参列者は10名程度。
新聞のお悔やみ欄にも掲載しない家族葬。
ひとりひとりがお焼香。
こういう家族葬もいいな、そう思いました。

引き続き本堂で百ヶ日。
金沢からお参り。
お参りの方々を送り出して片付けていると電話。
入院療養中だった方が亡くなられたとのこと。
ひとり暮らしだったため、家が荒れ果てて、もし亡くなられたら正覚寺へ直接搬送と言われていた方。
病院から入所して戸籍を移転していた老人福祉施設へ遺体が搬送されたとのこと。
明日の10時に火葬の予約がされていると。
私に何をして欲しい???
老人福祉施設の助言で、遺体は施設から火葬場に搬送され直葬とのこと。
??? ???
結果、9時半から火葬場でお参りをして欲しいとのこと。
人生の終わりがこれか・・・、亡くなられた方に気の毒な気がしました。
相談していただければ、経費を掛けずにお通夜、お葬式でお送りすることができるのに・・・。
相談されずに直送される。
私は信用されていなかったんだと思います。

昼食後、火葬場からの電話を待つ。
12時半と予想していたのですが、電話があったのは午後1時前。
ご導師のお寺へ連絡をして、還骨・中陰の準備。
私は友達のグループホームへ。
お参りの依頼を受けているので、会場の下見に。
帰宅すると、還骨・中陰を終えて遺族の方々が帰られるところ。
私は、ご導師のお寺の住職に頼まれた勤行本の発注を。
1冊100円だと伝えたので、昨年6月に購入した折の領収書を確認。
200冊で20000円という領収書。
1冊100円。
大丈夫だと、発注の連絡。
350部の希望だったのですが、受注は100部単位。
300部を組内のお寺へ直送していただいて、50部は正覚寺のストック分をお分けすることに。
発注完了と内訳を組内のお寺へ連絡すると、暗黙の了解は不安だから100円かどうか確認しろと言う趣旨の返事。
確認しようかと思いましたが、数年間に何度も取り寄せをしており、昨年も100円でした。
業者ならともかく、商売ではなく教化のためにお世話していただいている相手。
もし、値上げされているならそのように伝えて下さるはずですし、今回は先方から300部、当方から50部という相談もしたので、双方の値段が違うとおかしなことになるので、なおさら値上げされているなら値段の打ち合わせをされるはず。
100円が110円、120円ならいらないというつもりでしょうか?
結果、同級生住職に、高かったら正覚寺で買い取ります、と返事をしました。

夕方は街外れの集落へ祥月命日。
家族8名がお参り。
短いお経の後、正信偈同朋奉讃を唱和。
すっかり凍みた中、車までお送りいただきました。

お通夜

Hiroma
午前6時過ぎに電話で起こされる。
スタッフ・マネージャー。
1月21日に正覚寺でのお葬式の説明を聞きに来られた方のお母さんが亡くなられたとのこと。
今日・明日の日程は空いているかとの問い合わせ。
空いていると伝えると、病院から直接正覚寺へ搬送とのこと。
8時半頃スタッフさんらが、9時半頃にご遺体とご遺族が・・・。
広間で家族葬とのこと。
お手継(所属寺)の住職さんは3時頃まで枕勤めに来られないとのこと。
お荘厳は枕勤め後の夕方ということで、私は鍼灸院へ。
午後は八日講。
雪で白く寒い中、4名の方が参詣。
帰って、真宗入門講座の葉書の印刷をしながら枕勤めを待つ。
4時過ぎにスタッフさんに呼ばれてお荘厳。
夜はお通夜。
10名ほどの参列者。

猿鬼伝説の里へ

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午前中はオフ。
ベルの守りをしながらウダウダと過ごしました。
昼食後は、隣町の山間の集落へ。
今日はさすがに路面に雪はないだろうと、つまがけの付いた草履で。
路面に雪はなかったものの、想像以上に雪が残っていました。
伺ったお宅の玄関先の軒下にはまだ雪が・・・。
3時過ぎに帰宅。
着替えて、コーヒーをいただいて、3時半頃出かける。
女房と所用。
雪や雨の中を南へ60Km。
帰りも雪の中を。
帰路に夕食を買って7時過ぎに帰宅。

満中陰

Sou
午前10時半から満中陰法要。
36日目。
当初は、昨日の35日が火曜日で、お斎会場のおそば屋さんが休みだったので34日目にしたいとの施主の申し入れがありました。
それを、本来満中陰(49日または50日目)に勤めるべき行事を早める目安として35日があるのだから、それをまだ早めるというのは住職としては抵抗があるとお伝えし、今日の日になりました。
遺族を含めて10数人の参列。
かつては、満中陰といえば50~100人規模でしたが、近年は10~30人規模が多くなりました。
お斎もお付き合い。
ビールを少々いただきました。

お参りの予定はない

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午前11時に昨日のお葬式のお礼参り。
中陰、満中陰の打ち合わせも。
昼食後は散髪。
続いて買い物。
本堂に設置してあるプリンタ・コピー機がインク切れなのでホームセンターへ。
夜は山吹会、正覚寺の役員会で総代さんの居酒屋へ。

貧血

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今日はお葬式。
同級生のお父さん。
キャッスルマン病という稀な病気で1ヶ月ほどで亡くなられたとのこと。
とてもまじめな方で、10年以上区長をされていたそうです。
先日から腸の調子が悪い。
寒いから運動不足なのと水分をあまり取らないからだと思う。
立って路念仏の勤行をしていると気持ちが悪くなる。
お腹に血が集まって貧血。
そこで素直に座ればよかったのですが、もう少しだと我慢したのがよくなかった。
お焼香をして着座したのですが、症状は最悪に。
冷や汗が出て苦しい。
声が出ない。
しばらく我慢をしていると少しずつ回復。
我慢せずに素直に座るべきでした。
深く反省。
午後は、正覚寺広間で還骨・中陰。
夕方、友達がお父さん、お兄さんと本堂などを見学に・・・。
午後5時からはお逮夜。
夜は、お葬式の遺族のご兄弟、埼玉からお参りに来られた方と会食。

お通夜

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朝食後、私は家族と別れて嵯峨嵐山駅から帰路。
嵯峨嵐山駅を9時7分の電車。
京都駅9時40分発のサンダーバード9号。
9号車1番A。
それがこの座席。
車内はガラガラなんだけど、直前の購入だったせいでしょう。
初体験の座席。
座席を見た時は驚きましたが、座ってみると違和感はありませんでした。

 

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金沢着は12時1分。
輪島行きの特急バスは12時35分。
当初は、京都10時10分発、金沢12時18分着のサンダーバード11号の予定で、乗換時間は17分。
サンダーバードが1本早い電車に乗れたので少し余裕。
立ち食いソバでラーメン、スタバでコーヒー。
3時頃帰宅。
郵便受けは山。
スタッフさんに合流してお通夜。

本山参拝

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北陸自動車道を西へ。
運転は長男允。
京都へ。

 

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本山・東本願寺。
想は初参詣。

 

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宿は嵐山。

出かけるとお葬式

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今日はお休み。
夕べの飲み過ぎのせいでしょう、朝食後も眠い、だるい。
午前中はウダウダと。
そこへスタッフ・マネージャー。
彼も暇らしい。
昼食後は女房と所用で出かける。
車の運転中に女房の携帯に電話。
固定電話が転送されたらしい。
ご門徒の方が亡くなられたとのこと。
役僧さんに枕勤めと言うと、金沢近郊の病院に入院されていたとのことで、帰りは夕方とのこと。
同級生・友達のお父さん。
患者数の少ない難病で亡くなられたらしい。
明後日は霊園がお休み。
明後日・明明後日の日程でお葬式。
帰って枕勤めの連絡を待つ。
午後6時半過ぎ、スタッフさんから電話。
枕勤め。

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