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2013年7月

終戦のエンペラー

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今日はお参りの予定はなし。
映画鑑賞に。
「終戦のエンペラー」
ガラガラ。
観客は約10名?
27日に封切られたばかりの映画。
高齢者が鑑賞していいと思える映画だけに、平日といえども少なすぎると思いました。
国民への人気取りのために天皇を処刑したい大統領。
日本を復興へと導いて大統領を目指したいマッカーサー。
降伏し終戦へと導いたのは天皇だったということが分かる。
おもしろかった。

「仕事を作業にしてはいけない」

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夕べ、NHK・プロフェッショナル仕事の流儀・うなぎ職人金本兼次郎を視ました。

仕事を作業にしてはいけない」
職人だけではなく全ての仕事に当てはまる言葉だと思いました。
僧侶も同じです。
っていうか、僧侶こそ当てはまる気持ちだと思いました。
僧侶の仕事といえば、一般的には儀式。
儀式といえば、決まったことを間違いなく行うこと。
決められた型どおりに行うこと。
パターン通りに形を作ること。
形を作ってやり過ごそうとしがち。
こなす = 作業。
ただ処理をしているだけ。
そこには気持ちが込められていない。
そういうことだと思います。
僧侶も作業士になってはいけない。
儀式作業士、それが葬式坊主だと思います。

形だけ、思うことがあります。
輪島のセレモニーホールは、倉庫を改修したもの。
斎壇に掛けられているご本尊は真宗大谷派のご本尊、本山から下付されたご本尊です。
しかし、そのご本尊の前に幕をしてキリスト教や神道のお葬式も行われます。
つまり、セレモニーホールというのは見せかけをつくるだけの形だけの施設です。
張りぼてです。
輪島に限らずその張りぼての施設が重宝されています。
僧侶も張りぼての飾りの一つにされている、そう思います。

伝統は変化を積み重ねた先にある」
この言葉も、仏教界、僧侶に当てはまる言葉だと思いました。
伝統にあぐらをかいていてはいけないと思います。
単に伝統を守ればいい、それでは現代に活きているとは言えません。
仏教は、伝統芸能になってはいけない。
伝統芸能だったら、まだ現代で活きているということ。
でも、そのままではいつか文化遺産になってしまうと思います。

 

 

010

今朝も涼しい。
午前9時から墓前勤行のお参り。
曇り空で涼しいから助かると思いながら出かける。
家の裏の小高いがけの上にお墓があります。
風がないのでろうそくも線香にも火が付きます。
お勤めを始める。
あれっ?マズいかも。
ムワっと湿度が高くて暑い。
陽も出ていっそう暑い。
気持ち悪くなるかも。
お隣通しの2軒お参り。
崖を下りるとご門徒の方が冷たく冷やした缶コーヒーで待っていて下さる。
いつもなら持ち帰らせていただくのですが・・・。
御院さん飲んでく?の言葉に、いただきます。
玄関先でいただきました。
帰宅後、読書しながらウツラウツラ。
午前中、眠るってめったにないのですが・・・。
午後も、読書しながらウツラウツラ。
よほどお墓参りが堪えたみたいです。
夕方は鍼灸院へ。

ジャズと読書とネット

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日中はオフ。
早朝から起きなくてもいいのだけれど、明け方にトイレに起きると眠れない。
朝から眠い。
2階の自室でジャズを聴きながら読書、ネット、zzz。
そんな1日。
夜7時から6七日・中陰のお参り。
帰宅後シャワー、夕食。
写真は、吉田類の酒場放浪記。

意味不明でありがたいのか

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今日も二日酔い気味。
飲み出すと調子に乗ってしまうから・・・。
午前中はオフ。
2階の自室でジャズを聴きながらネットで調べ物。
昼食後月忌を1軒。
帰宅後再び2階の自室でジャズを聴きながらネットで調べ物。
ウツラウツラと遅い昼寝も。
夕方、書店へ。

 

 

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先日読んだ本。
漢文の御経を音読みする。
「意味不明でありがたいのか」そう思ってきました。
若い頃聴いた講義で、偉い先生が、「漢語でしか哲学はできない。大和言葉では哲学はできない」と言われました。
そうなのかもしれません。
しかし、それでは仏教は漢語を理解できるエリートのものであって、一般民衆には理解できない役に立たないものなのではないかと思いました。
インドから中国に仏教が伝えられた時、御経はインドの言語から漢語に翻訳されました。
しかし、中国から日本に仏教が伝わっても、御経は日本語に翻訳されませんでした。
奈良~平安~鎌倉時代はそれでよかったのかもしれません。
しかし、今の時代、そのままでは仏教は廃れて行ってしまうのではないかと思います。
単なる伝統芸能、文化遺産になってしまうのではないでしょうか。
お説教、法話も同じです。
仏教用語を羅列した法話は、単なる僧侶の自己満足であって布教にはなっていないのではないかと思います。
偉そうなことを言える私ではないのですが・・・。

中継器

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夕べは女房のお友達のお宅でおいしいお酒をいただきました。
調子に乗って飲みすぎたみたいで二日酔い気味。
今日はお参りの予定はなし。
裏の離れの改修工事。
蒸し暑い中基礎工事。
ご苦労様です。

 

 

001
電気屋さんから電話の中継器が届く。
広間はもちろん本堂の控え室や玄関までカバーできます。

夜はスタッフさんの慰労会。

過疎化

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裏の離れの改築工事。
右は洗濯・物干し。
小さなスペースですがきちんと鉄筋が組まれるようです。

 

 

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今朝電話があって、市営の集合住宅で独居老人だった方が家を引き払われるからお仏壇を仕舞うお参りをして欲しいとのこと。
昼食後お参りに。
伺うとすでに畳が撤去されて、シルバー人材センターの方々が不要な家財を運び出されている様子。
スリッパを履いて、僧侶用の座布団が置かれている椅子に座ってお勤め。
お勤め後、ご本尊と脇掛けを降ろして持ち帰ります。
法名軸はお持ち下さいとお願いしました。
ひとり住まいだったお婆さんは病院に入院されているとのことで、病状が落ちつぃたら金沢方面の介護施設に入所されるとのこと。
子供さんたちは皆金沢・富山にお出でるのでそれがいいと思います。
このように過疎が進んでいくのだと感じました。

3時前に出かける。
七尾市へ。
5七日の中陰のお参り。
急いだわけではないのだけれど、2時35分頃到着。
45分くらい。
ずいぶん速いと感じる。
帰りは50分くらい。

帰宅して裏の工事現場を見るとコンクリートが打ち込まれていました。

徳川園~名古屋城

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9時頃ホテルを出て、バスで徳川園へ。
34度という予報だったので暑さを覚悟していたのですが、薄曇りで戸外の散策にはありがたい天気でした。
 

 

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続いて徳川美術館。
鑑賞、学習しました。

 

 

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再びバスに乗って名古屋城へ。
大規模な復元工事が行われています。
さすが名古屋。

 

 

051
もちろん天守閣も見学。

地下鉄で駅へ向かうことに。
最寄りの駅は2箇所。
近い方が浅間町、少し遠い方が市役所。
ガードマンに道を尋ねると、駅へ行くなら市役所の方が速いということ。
それを信じて10分あまり歩いて市役所駅へ。
駅の路線図を見ると、あれっ?浅間駅の方が名古屋駅に近い。
しまった!いつものようにスマホで調べるべきだった。
反省。
駅で遅い昼食。
きしめん。
おいしい。
チケットを買って、新幹線で米原。
名古屋を出て10分足らずで岐阜羽島。
そこから10数分で米原。
新幹線って凄い!改めて感じました。
米原からはしらさぎ。
車内販売はないという。
金沢駅でタリーズコーヒー。
駅西時計駐車場から車で帰路。
よく歩いたので足は疲れましたが、楽しい旅行でした。

THE ICE 2013

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午前6時前に目覚まし時計で起床。
午前7時前に出発の予定でしたが、準備ができたので雨の中を6時半頃出発。
前が見えなくなるほどの雨と金沢は出勤の渋滞。
8時過ぎには金沢駅に着く予定だったのですが、到着したのは8時半。
早く出発してよかった。
みどりの窓口へ行くとしらさぎの指定席は満席。
仕方がないので自由席。
ホームで並ぶことに。
電車は金沢始発。
無事座席を確保できました。
朝食をとる時間がなかったので、売店で。
残っていた1個のパンとお茶。
それが正解。
乗った電車は敦賀まで車内販売がない。
米原で新幹線に乗り換えて名古屋へ。
名古屋から地下鉄、リニモを乗り継いで愛・地球博記念公園へ。
スケート場脇のレストランで食事。
満席状態でしたが、相席をさせてもらう。
私は冷麺、女房はラーメン。
20分待ちという説明でしたが、40分以上待ちました。
大勢の客になれていない様子。
ここも早く着いて正解でした。
会場に入ると寒い。
当然!一面が氷なのですから。
長袖のシャツを羽織る。
予定の午後2時ぴったりにショーが始まる。
コンサートなら5分や10分遅れて始まるのが当たり前になっているのに・・・。
スポーツショーだから?気持ちがいい。
浅田真央、小塚崇彦、無良崇人、村上佳菜子、ケヴィン・レイノルズ、ジェレミー・アボット・・・現役のトップスケーターたちの演技。
ショートプログラムやエキシビションのプログラム。
瞬く間の2時間半でした。
わざわざ出かけた甲斐がありました。

 

 

006
ホテルで入浴後、近くで食事を。
世界の山ちゃん。
手羽先など鳥の唐揚げの専門店かと想像していたら、普通の居酒屋。
カンパチの刺身、マグロのステーキ、手羽先、みそ串カツ、どて煮・・・、どれもおいしい。
銀河高原ビール生ビール、男前ハイボール、大名古屋ハイボール。
満足しました。

 

 

011
女房が2次会というので、ホテルでもらった地図でワインバーへ。
ワインだけのバー、初体験。
私は赤ワイン、女房はスパークリングワイン。
赤ワインをお替わり、違うワインを飲ませてもらえる。
それぞれおいしい。
チーズの盛り合わせも。
これもおいしい。
気づくと女房が赤ワインのグラスを。
えっ!大丈夫?
ホテルに帰ると、ワインじゃ呑んだ気がしないと・・・女房。
ホテルの自販機で缶ビールを。

月忌が1軒

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午前10時から月忌が1軒。
ありがたい。
疲れているので少し休みたい。
曇り空なので徒歩で。
気温は高くないけど、いつ雨が降り出してもおかしくない空。
でも降らないので蒸し暑い。
月忌のあとはお休み。
ネットの1日でした。

 

 

013

法事

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3輪目(?)のスイレンが咲きました。
午前11時からご法事。
漁師町のご門徒。
約60名の方が参列。
近くのホテルでのお斎もお付き合い。
ビールと冷や酒をいただきました。

 

 

015
裏の離れの工事。
シートは敷かれ、鉄筋の敷設作業が行われています。

検問?

015
午前8時半前に出かける。
午前9時からセレモニーホールでお葬式。
輪島の市街地から車で45分ほど南へ下った集落のお寺のご門徒。
終えてすぐにご門徒宅へ。
祥月命日。
9時半のお約束だったのですが、お葬式後に。
お参りを終えて帰路へ。
信号待ちの交差点を左折すると警察署の前で検問。
まずい!
免許証不携帯。
とっさにタイヤ屋さんの駐車場へ。
そこでUターンしようかと思いましたが、免許不携帯以外何もやましいことはありません。
逃げたと思われるのがしゃくなのでそのまま進むことに。
警察官の旗に誘導されて警察署の駐車場へ。
あれっ、検問じゃない。
おばさんたちが並んで待っている。
一番手前に街外れのお寺の奥さん。
そこで止まる。
交通安全の帽子を作ったのでもらって下さいと・・・。
なぁ~んだ、そういうことか。
逃げなくてよかった。
帰宅すると、友達の電気屋さんが親子で電話機の交換作業。
中継器の設定に苦労している様子。
結果、本体に対応していない中継器だったことが分かる。
どんなに頑張っても設定できるはずがありません。
卸しのミス?
11時半頃連絡。
着替えてセレモニーホールへ。
還骨、中陰・初七日。
ご導師の住職さんが布教のため代理。
帰宅後遅い昼食。
しばしの休憩後、徒歩で近所のご門徒宅へ。
午後2時からご法事。
午後7時からは月忌。

暗きょ排水の効果?

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今日も午前中はオフ。
よく寝たはずなのにだるい、眠い。
で、今日も午前中はアニメ「今日から俺は」。
昼食後もしばし休息。
10分あまり寝たみたい。
午後2時から法事。
家族が参列。
こういう法事が多くなりました。

 

012
今日も基礎工事と設備工事。
30cm掘ると水を含んだ泥の田んぼ状態だと思っていたのですが、意外と乾いています。
暗きょ排水などの工事をしてもらったことが効果があるのではないかと思います。

アニメ

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午前中はオフ。
ユーチューブでアニメを見て過ごす。
「今日から俺は」
昼食後も。
夕べ、10時過ぎに寝たせいか、昼寝はなし。
2時半過ぎから月忌を。
裏では左官屋さんによる基礎工事、設備屋さんによる配管工事が行われています。

祥月命日が1軒

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午前10時から祥月命日のお参り。
毎年2組のご夫婦がお参り。
お母さんの命日。
お参りされる方は全員80才を超えていらっしゃいます。

裏では離れの改築工事が行われています。
基礎工事が行われています。
それに合わせて、トイレの配管工事も行われています。

コミック

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2輪目のスイレンが咲きました。
今日はお参りが休み。
午前便といっても11時35分発ですが、3男が相模原へ帰るのでのと空港まで送りました。
昼食後は、自室でジャズを流してコミック。
30分ほどウツラウツラ。
午前2時頃、外の声で起こされました。
若い娘が泥水で外で寝たよう。
それを両親?祖父母?らが起こして連れて帰ろうとしている様子。
暑いので窓を開けているので全ての会話が部屋の中にも響きます。
コミックで午後を過ごしました。
夕方は鍼灸院へ。

のとじま水族館

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今朝はゆっくり。
9時半に出発。
私たち夫婦と長男夫婦と想、それに祖父母の米寿、喜寿のお祝いに帰ってきた3男光。
のとじま水族館へ。
2匹のジンベイザメの大水槽、ペンギンの散歩、アザラシのしつけ、アシカとイルカのショーを楽しみました。
和倉で昼食をいただいて帰宅。

米寿のお祝い

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午前中はオフ。
昼食後はしばし休息。
朝早く目覚めてしまって眠れないので眠い。
20分ほどウツラウツラ。
これがありがたい。
1時半から月忌を1軒。
漆器業を営んでおられて、テーブルを寄付して下さるために製作中とのこと。
ありがたい。
午後3時から1周忌。
帰宅後和倉温泉へ。
女房の両親の米寿と喜寿のお祝いの会。
女房の兄貴夫婦、甥や姪らと楽しい夜を過ごさせていただきました。

直葬

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午前9時半頃帰宅。
合わせたようにスタッフマネージャーも。
骨葬の準備。
数日前から電話で相談・打ち合わせをしていました。
遠方で亡くなりお骨になって帰って来られるのだと思っていたのですが、輪島警察署に遺体が安置されていて輪島霊園で火葬されるとのこと。
それならばと、迷惑でなかったら火葬場で火葬前にもお勤めをと・・・。
警察を11時出棺ということでしたので、午前10時40分過ぎに火葬場へ。
火葬場にはクルマもいっぱい、人も大勢。
11名の参列者だと聞いていたのに・・・。
聞くと午前9時からのお葬式の方々とのこと。
自動車事故で19才で亡くなった青年を送ってこられた方々。
仕方がないので休憩室で待機、40分。
11時過ぎからは19才で亡くなった青年のご両親と同室。
質問もされる。
11時20分頃霊柩車が到着。
お勤め。
火葬認可を写させていただくと、故人は昭和41年生まれの46才。
命日は6月中旬。
亡くなられてから3週間から1ヶ月。
帰宅後昼食。
法名を選定し準備。
午後2時前に遺族の方々が遺骨を持ってこられます。
予定より40分遅れ。
骨箱に準備してあった法名などを貼ってお勤め。
お参り後遺骨の引き取り手を伺うと、喪主である故人の奥さんである方と故人のお母さんらしき方が譲り合われます。
家庭が崩壊していたことを感じます。
お母さんと奥さんで相談していただく。
喪主である故人の奥さんが遺骨の引き取りを固辞している様子。
助言してあげたいけれど事情が理解できていない私には口出しはできません。
結局遺骨はお母さんが持ち帰ることになったようでした。
複雑な事情が分かっているかのように突然の土砂降り。
疲れました。
夕方は4七日。

法事と祭り

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午前10時から50回忌と満中陰。
蒸し暑い中、自宅で1時間半ほどお参り、その後納骨。
正午頃からお斎。
ビールをいただきました。

夕方から女房の実家へ。
集落の祭り。
かつては8月の20日過ぎ、山車や獅子舞、キリコ(奉燈)、神輿と日中から夜中までにぎやかな祭りでした。
過疎化の影響で、7月中旬の海の日の3連休に。
山車もなし、獅子舞もなし。
今夜はキリコが1本。
いつまで祭りが存続できるんだろう?
そんなことを考えました。

若い命が・・・

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離れなどの建築の基礎工事のための準備作業が行われました。
杭が打たれ、板が張られ、糸が張られています。
来週は基礎工事とのこと。

正午からお葬式。
ご隣寺のご門徒。
故人は70才でした。
能登縦貫道で未明に事故があったとのこと。
輪島の19才の青年とのこと。
今夜は、18才で亡くなった大学生のお通夜とのこと。
高齢化社会の中で若い命が続いて・・・。

今夜は山吹会。
正覚寺役員会。
事後承諾ですが、離れなどの工事をご報告。

日本再生ではなく日本存続のために脱原発を

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朝、金魚にエサを。
すると、スイレンが咲いています。
作り物のようにきれいに。
夕方エサをやりに行くとスイレンの花は閉じていました。
日中だけ開花するようです。
明日の朝が楽しみです。

 

 

Rokasho
午前中読み終えた本。
活断層をなかったことにする、活断層を短くしてしまうことで建設されてきた原発や各施設。
最先端の科学技術だと国民の多くが思ってきた物が、実は科学的ではない判断で推進されてきたのです。
日本は神の国、必ず神風が吹くと、無謀な戦争をしてきたようですが、原発も同じレベルだと思います。
科学的に安全だから原発が推進されているのではない。
原発を直撃するような大地震は起こらないだろう、大地震が起こっても何とかなるだろう、遠い将来は事故が起こるかもしれないが自分が生きている間は大丈夫だろう、そういう非科学的な期待、願いで推進されてきたとしか思えません。
参議院選挙のテレビコマーシャルで、自民党安倍党首は、「日本再生!」とスローガンを。
しかし、原発を断念しなければ日本は滅亡に向かう、日本ばかりか日本の核施設の事故により人類は滅亡?そう思いました。
アベノミクスだと日本は浮かれているようですが、目先の経済・カネのために原発再稼働させるなら、日本人はまさにエコノミックアニマル、金の亡者です。
目先のカネのために命を売り払ってしまう行為だと思います。
日本民族は優秀な民族、そういうプライドがあるなら即刻脱原発に舵を切るべきです。
福島原発事故を経験しているにもかかわらず、原発推進政策を続ける。
それは、東京大空襲を受けたにもかかわらず、米軍の沖縄上陸、ヒロシマ、ナガサキに原爆を投下されなければ戦争を止められなかった日本。
そういう愚かな日本とダブルものを感じます。

夜はお通夜。
ご隣寺のご門徒。
故人は人付き合いが苦手な方だったので参列者は100名にはならないだろうといわれていたのですが、ほぼ満席の参列者。
輪島の人は義理堅い、人情が厚い、そう感じました。

なんとなく過ごす

朝食後電話。
明日明後日の日程でお葬式会場にとのこと。
スタッフさんに連絡。
午前10時から諷経。
セレモニーホールへ。
午後は月忌を1軒。
夜は頼母子講。

 

010
爪などで塗装に白い傷が目立つようになってきた建具。
水性マジックで傷を隠していましたが、みっともないので、塗装してもらいました。
今夕、届きました。
明日・明後日とお葬式なのでありがたい。

天皇とは何か

009
9時になるのを待って、眼鏡屋さんへ。
昨日、眼鏡ができたとの連絡があったとのことなので・・・。
上が古い眼鏡。
フレームが壊れたので新調。

Tennou1_2
先日読んだ本です。
私は日頃から天皇制って何なんだろうか?
必要な制度なんだろうかと疑問に思ってきました。
権力者が天皇を利用しているだけなのではないだろうかと・・・。
近年の雅子様に対するバッシングを見ると余計におかしいと感じるようになりました。
なかなか結婚相手が決まらなかった皇太子。
そのお相手に雅子様。
東大での優秀な外務官僚。
後続になれば外交官として活躍できるからと、無理矢理お願いしてなっていただいた皇太子妃。
それなのに適応障害で公務ができなくなるとバッシング。
おかしいと思う。
紀子様のように秋篠宮と恋愛結婚をしたのならともかく、お願いして結婚してもらい、その地位に就いていただいたのなら、お願いをした側が責任を持つべきでしょう。
こんな天皇制ならなくなればいいと思っていました。
この本を読んでますますそう思います。
現代の科学では、人類の起源はアフリカ。
白人も黄色人種も黒人も、ヨーロッパ人もインディアンも日本人も、イギリス王家もオバマ大統領も天皇家も、元をたどればアフリカ人。
そういうことが明らかな時代に、愛子様は女だから天皇になれなくて悠仁様しか天皇になれない、国民の圧倒的多数が無知な時代ならともかく今の時代にふさわしくないと思います。
こんなことを言うと叱られるでしょうが・・・。

 

010
今日の離れの解体工事。
平屋の離れの基礎の下から鉄筋入りのコンクリートが・・・。
古い古い基礎らしい。
ほぼきれいに基礎も含めて解体が完了したようでした。

キャンセルに振り回される

005
午前10時から49日目の中陰最後のお参り。
帰宅後、軽作業。
終えたところへお向かいに振り売りの魚屋さん。
女房と共に私も。
昆布巻、クルマ鯛の昆布〆、甘エビを。
昼食後、近隣のお寺へ。
今日は八日講。
6名の僧侶に3~4名の参詣。
厳しい現実。
帰宅後、女房と掛け軸などの整理。
作業中に後輩から電話。
お父さんが亡くなられたので正覚寺でお葬式をと。
早速、スタッフさんらに電話、対応を依頼。
しばらくすると、後輩から再び電話。
正覚寺では手狭だからセレモニーホールを利用した方がいいのではないかと言っていると・・・。
それを聞いてムカッとしました。
正覚寺では門徒総代さんのお葬式もしています。
本堂からあふれる参列者のお葬式もしています。
お前の家は何様?
何様気取り?
正覚寺と正覚寺のご門徒、さらに正覚寺でお葬式をされた方々に対して失礼でしょう?
キャンセルかと問えばそうではないと。
再度スタッフさんらに電話。
準備中止の連絡。
整理の作業をしながら後輩の電話を待つが何の連絡もない。
セレモニーホールへ行くのだろうと思いましたが、スタッフさんらに確かなことを連絡しなければならないので確認を。
スタッフさんらは待機中なので・・・。
想像通りセレモニーホールを利用するとのこと。
再再度スタッフさんに連絡。
キャンセルですと。
私たちやスタッフさんらは動き出していました。
後輩らには理解できないでしょうが、振り回されて迷惑しました。
住職として正覚寺が否定されたようで不快な思いもしました。
スタッフさんらも同じ思いをしたと思います。
夕方、後輩が謝りに来て行ったようでした。

 

 

007
離れの解体作業。
今日はここまで。

スイレンにつぼみ

003

午前9時半過ぎに出かける。
郊外の小高い丘の上の集落のご門徒宅。
平成13年7月7日がご命日の方の13回忌。
10時半過ぎに失礼して次のお宅へ。
正覚寺は重蓮区という町内の西の外れ、訪問したお宅は東の外れ。
平成13年7月7日がご命日の方の13回忌。
6年前、能登半島地震の後の7月初旬にも同じことをしました。
今日は雨ですが、6年前は晴れていました。

正午頃帰宅して昼食。
午後1時前に出かける。
平成24年7月7日がご命日の方の1周忌。
故人は東京で亡くなられ、正覚寺のご門徒ではありません。
生家が正覚寺のご門徒。
ご実家で1周忌のお参り。
午後2時前に失礼して次のお宅へ。
6月3日がご命日の方の今日は35日目。
お仏壇前、中陰壇前のお勤め後、お墓へ納骨。
午後3時頃終了。
ご法事4軒、疲れました。

午前・午後・夕

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大雨警報が出され、時々激しい雨が降る中、カーポートの解体作業。

午前10時から本堂で1周忌。
大垣からお参り。
お勤めの後、お墓参りとのこと。
ところが激しい雨。
本堂で雨が小降りになるのを待っていただくことに。
瑞恵ちゃんにお茶を出してもらう。
11時過ぎからお墓参りをされたようでした。

昼食後しばし休息。
午後1時半前に郊外のセレモニーホールへ。
諷経。
ご導師のお寺の都合で午後2時からのお葬式。
ご法事のお約束があったとのこと。

帰宅後コーヒー。
若夫婦は夕食の買い物に。
ベルと留守番。
若夫婦が帰宅後しばし休息。
夕方5時半から祥月命日のお参り。

2七日

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夕べはよく眠りました。
10時前に出発。
所用を済ませて、甥のお寺へ。
あれれ?いつの間にか新しい道路が・・・。
カーナビにはない道路。
お寺のすぐ近くで道路を間違えました。
甥のお寺で着替えを。
しまった!草履を忘れてしまった。
仕方がないので靴でご門徒宅へ。
2七日。
夕方帰宅。

敦賀へ

003
午前10時に昨日のお葬式の遺族の方がお礼参りに。
その方を送り出して11時前に出発。
敦賀へ。
午後2時半頃叔母さん宅。
ステンドグラスの依頼と作品を譲っていただきに。
午後4時頃失礼しました。

お葬式

Niwa
今日も庭師さんが植木の移動。
仮植えとのこと。
建物の改修工事が終えたら修正されるとのこと。

 

 

006
11時からお葬式。
私と役僧さんを含めて7名の参勤・出仕僧。
昼食後しばし休息。
10分あまり眠ったみたい。
午後1時20分過ぎに火葬場から電話。
正覚寺広間で還骨・中陰。
午後3時頃、スタッフさんを送り出して終了。
夕方は友達の鍼灸院へ。

お通夜

Dsc_0002
今日はお通夜。
他にお参りの予定はありません。
朝からスタッフさんとお通夜の準備。
ささやかなことかもしれませんが、セレモニーホールではない真宗寺院としてのこだわりを。
スタッフさんは正覚寺のお世話方で門信徒の方々。
それが最大のセレモニーホールとの違いだと思います。
遺族へのサービスではなく、通夜、葬儀などの儀式をしっかり行おうという姿勢、これがあるかないか、それがセレモニーホールとの差・違いだと思います。
お通夜には、真宗大谷派の住職、喪家と同じ集落の真言宗のお寺の住職、私と役僧さんを含めて4名の僧侶。
本堂にあふれる参列者。
ご苦労様でした。

家財を移動、庭も移動

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早朝に電話。
ご門徒のお爺さんが亡くなられたとのこと。
遺体をお迎えに午前9時に病院へ行かれるとのこと。
正覚寺のお世話方・スタッフさんと同じ集落のお宅。
スタッフさんへも直接連絡があったようで、スタッフさんからも電話連絡。
10時半過ぎスタッフさんから連絡をもらって枕勤めに。

帰宅後、奥の離れの荷物の移動。
震災後数度目の断捨離。
収納スペースが小さくなっていくので改修の度に荷物の整理。
昼食後しばし休息。
30分ほど昼寝をしたみたい。
午後も再び断捨離。

 

 

015
午後から庭師さんも。
工事のため庭を移動。
夕方から中陰を2軒。
2七日と5七日。
同じ漁師町。
6時と7時。
中陰とはいえ、それぞれ数十人が参列。
ご近所同士といえども30分では慌ただしいお勤めとなり、後のお宅には遅刻することになるので、余裕を持って1時間間隔。
若い頃には分かりませんでしたが、こういう余裕が大切なんだろうと思います。
今朝の枕勤めのお宅の仮通夜は、役僧さんが旅行から帰って勤めてくれるというのでお任せ。

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