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2014年2月

水族館

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旅館を出てのとじま水族館へ。
じんべいざめを見学して、イベントのタイムスケジュールを見ると、10時30分のペンギンの散歩が終わっている。
残念!
11時10分からアザラシの食事、11時30分からイルカ・アシカのショー。
和倉へ戻って昼食。
和倉昭和博物館とおもちゃ館。
ベルを迎えて帰路。
ショッピングモールで買い物をして帰宅。
4時半頃診療所へ。
整形外科を受診。
夕食後、宅配便。
明日のお参りに持参するご本尊。
無事届いて安心する。

慰安旅行

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午前便で3男が相模原へ。
空港まで送ってそのまま七尾へ。
女房と瑞恵ちゃん、想が同行。
ベルも。
まずはファミレスで早めの昼食。
昼食後は3男のアパート物件回り。
寮がいっぱいなので会社がアパートを借りてくれるとのこと。
3軒を見て回る。

ベルをペットホテルに預けて、そこからホームセンター巡り。
3軒回ったが、結局帰り道に飛び込んだホームセンターで欲しかったものがすべてそろう。
和倉温泉へ。
JTBの格安プランにつられて慰安会。
食事の時間に長男も合流。
 
朝の連続テレビ小説。
主人公の夫の悠太郎が防火訓練で、
「焼夷弾が降ってくるということは空から火が付いたガソリンが降ってくるようなもの。
 命が惜しかったらとにかく逃げろ。
 街は人を守るためにある。」と。
その行為が、防空本部の通達に違反する行為だとしてその場で逮捕されてしまう。
「空襲に備える防空訓練で、火を消さずに逃げるよう指示した」という逮捕の理由の背景には、昭和16年に改正された「防空法」という法律があったそうです。
防空法は、「都市からの退去を禁止する」「空襲のときは逃げずに消火をせよ」という法律(8条ノ3、8条ノ5)だそうです。
悠太郎の発言は、防空法に正面から歯向かうものだったのです。
「街は人を守るためにある」それが本来のあり方。
しかし、戦争中は人が街を守らされる。
それは本末転倒。
電力はライフラインの一つ。
命を守るための電力。
その発電の一つでである原子力発電。
原子力発電所から放出される放射性物質によって遺伝子が傷つけられ、生命が傷つけられる。
生命を守るための発電が、生命を傷つける、これは本末転倒です。
人は食べなければ生きてはいけません。
生きるために食べ、食べるために金を稼ぎます。
経済も人が生きるためには欠かせない活動です。
しかし、経済最優先になってしまっては本末転倒です。
最優先されるべきは生命であって、他のなにものであってもなりません。
現在の日本に危うさを感じます。

PM2.5

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8時30分頃出かける。
午前10時過ぎにセレモニーホール着。
午前11時からお葬式。
20~30名の参列者。
今日も私一人でお勤め。
火葬場へも同行。
セレモニーホールへ戻って還骨・中陰。
お斎もお付き合い。
 
写真は今朝金沢へ向かう道中。
景色がかすんで見える。
もや?
火葬場で待機している時にPM2.5だと。
スマホのニュースに。
「中国のこの冬最悪レベルのPM2.5が日本にやって来ています。
 26日午前7時現在、東京は目黒区で1m3あたり51マイクログラムですが、日本海側で、新潟市が104、石川県輪島市が83、東北も福島県会津若松市が81、そのほか大阪市が100、高松市で92、北九州市が87など全国各地で注意喚起のレベルに達しています。」
とのこと。

家族葬~家族葬

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午前11時からお葬式。
広間で家族葬。
10名ほどの参列。
私が一人でお勤め。
従って火葬場へも。
還骨・中陰も広間で。
午後4時頃金沢へ。
金沢駅西のセレモニーホールへ。
2~4階がホールで、ご門徒の会場は2階。
今夜も私一人でお勤め。
20人ほどの参列?
お通夜を終えて帰宅。
9時過ぎ着。
入浴、夕食。

パトカーと女子高生

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午前中はお参りの予定はなし。
今夜のお通夜の準備などなど。
早めに昼食を済ませて、午後1時から郊外のお寺のご門徒のお葬式にお参り。
生花のお供えがたくさん。
ご本尊前だけでは並びきれないので脇の部屋にも。
 
 
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入り口にパトカー。
高校生が検挙?注意されている様子。
1台の自転車に2人の高校生。
二人乗り??
 
 
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造園業者が庭の整備に。
 
夕方は隣町まで。
5時から中陰・3七日。
帰宅して、午後7時からお通夜。
広間で家族葬。
6~7名の参列者。

本堂で枕勤め

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午前9時に病院から搬送されてこられるご遺体を待つ。
スタッフさんも待機。
9時10分を過ぎても来られない。
病院から10分もあれば来られるはず。
遅い。
マネージャーが確認の電話。
まだ病院とのこと。
できるだけ早くと。
私もスタッフさんたちもそれぞれ以後の予定があるので・・・。
遺体を受け入れ、スタッフさんらが納棺。
スタッフさん一人が残って、マネージャーらは今夜のお通夜のお宅へ打ち合わせに。
私はスタッフさんに手伝ってもらって枕勤め。
終えて、月忌に。
ご遺体の遺族の方にはマネージャーらが帰ってくるまで待ってもらうことに。
10時半頃帰宅。
本堂脇の部屋でマネージャーと遺族の方が打ち合わせ。
そこへ私も合流。
早めに昼食を済ませて、午後1時から御隣寺のご門徒のお葬式にお参り。
終えて漁師町へ月忌初め。
夜は郊外のお寺のご門徒のお通夜。

気候のせい?お葬式続き

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今日は土曜日ですがご法事のお約束はなし。
午前中は今夜のお通夜の準備などなど。
昼食後しばし昼寝。
2日ほど寝つきが悪い。
午後2時から百ヶ日。
母子でお参り。
帰宅してコーヒータイム。
夕方、電話。
郊外のセレモニーホールの方がお葬式にと。
たぶんセレモニーホールに予定が入っていたのでしょう。
明日・明後日の日程でお葬式。
夜はお通夜。
正覚寺のすぐ隣のようなお宅。
お通夜を終えて居間に戻ると電話。
ご門徒の方が亡くなられたとのこと。
自宅へは戻れないので病院から直接正覚寺へとのこと。
今夜はお通夜をしているので、明朝まで病院で。
明朝9時に正覚寺へ。

BUDDHA2

Buddha

 
今日の予定のお参りがキャンセルに。
金沢近郊のショッピングモールまで映画。
「BUDDHA2 手塚治虫のブッダ-終わりなき旅-」
他の生命によって生かされる生命。
それぞれの存在にそれぞれの役割がある。
いろいろ批評はあると思いますが、縁起というブッダの覚りが描かれていたと思いました。

浅田真央16位

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浅田真央、まさかの16位。
金メダルは厳しいかと思いましたが、まさかここまで失敗の演技とは思いませんでした。
人生とは思い通りにいかないもの。
努力が報われるとは限らないし、努力通りの結果が出るとは限らない。
「自分の中で負けてしまった。」
浅田真央の言葉ですが、そう思うしかないでしょう。
 
今日は正午から諷経(他寺のご門徒のお葬式)。
郊外のセレモニーホール。
式場に20~30名の参列者。
つい、もったいない・・・と考えてしまう。
帰宅して遅い昼食。
午後は読書。
以前読んだ本の後半を読み返す。

銀メダル

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今日は午後の月忌だけ。
空き時間は読書。
「週刊 地球46億年の旅」を2週間分。
午後6時から食事をしながらスノーボード女子パラレル大回転をテレビ観戦。
竹内智香選手、惜しくも決勝で負けてしまいましたが銀メダル。
日本人がこんな競技で活躍するなんて・・・。

銅メダルに涙

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午前10時頃、昨日のお葬式の方が経費の支払いに。
マネージャーが集金し、その後支払い業務。
午後2時から漁師町のご門徒の月忌初めというお参り。
それぞれのお宅で体調の不安をお聞きする。
夕方は鍼灸院へ。
 
 
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ジャンプ団体は3位、銅メダル。
金メダルを・・・と報道だったので残念な結果でがっかりしているのかと思ったら、葛西がメダルを取れてよかったと涙。
よかったと思いました。

ちょっと忙しい

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午前10時からお葬式。
御導師と助音僧を送り出すと、昨日お葬式をされた方がお礼参りに。
午後は祥月命日のお参り。
引き続き、お仏壇を求められたご門徒へ仏具を求めるアドバイスに。
その後は4月に予定しているお参りのご案内の発送作業。
 
 
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午後6時半前に出かける。
午後7時に中陰・2七日。
車で30分ほどの隣町まで。
来週からは午後5時にしていただく。

41歳の銀メダル

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葛西の銀メダル、感動してちょっと涙が出ました。
飛型点、金メダルの選手は空中で2度ふらつきました。
葛西の方がきれいだったと思いました。
しかし、葛西は2位。
でも、立派。
よかったと思います。

 
午前10時からお葬式。
昨日のお通夜同様20~30名の参列者。
風食を済ませた12時半過ぎに火葬場から電話。
午後1時過ぎに還骨・中陰のお参り。
午後2時頃帰宅。
プリント作業。
夜はお通夜。
隣町の山間の集落のお寺のご門徒。
疲れました。

留守番

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未明から暴風雨。
体感気温が低い、寒い。

女房は高校の同級生とのランチに金沢へ。
若夫婦らは金沢へショッピング。
私と孫娘のベル(トイ・プードル)が留守番。
午後1時半に月忌に。
玄関正面の居間のガラス戸に明かりがない。
仏間も真っ暗でお仏壇の前の扉も閉まったまま。
忘れられたのか、ご都合が悪かったのか・・・。
夕方、お詫びに・・・。
奥さんの体調が悪かったとのこと。
夜はお通夜。
20~30名の参列。
故人は満96歳。
喪主は東京から。
今後このようなお葬式ばかりになるのでは・・・と思います。

枕勤め

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今日はお参りのお約束がなく休みのはずでした。
午前7時に訪問者。
ご門徒のお爺さんが亡くなられたとのこと。
早速着替えて枕勤め。
明日・明後日の日程でお葬式。
突然予定が入る、そんな生活を30数年。
 
羽生結弦、ソチオリンピックのショートプログラムで100点超の新記録。
私の目には初めの4回転と次のジャンプ、完璧な美技には見えませんでした。
ちょっと点数出過ぎでは・・・。
しかしそれよりパトリック・チャン。
着氷が乱れたのに97点超。
高橋大輔は、4回転ジャンプが3回転で両足着氷。
それでも96点超。
有名加点、実績加点があるのでは・・・と思ってしまう。
一方の町田樹、3回転ルッツが2回転になったミスだけで93点台。
そもそもの演技構成点が低いのかもしれませんが、素人にはわからない。
採点競技は嫌いだ。

帰宅~病院

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前夜コーヒーを飲み過ぎたのか、午前3時にトイレに起きてから眠れない。
午前6時にベッドから出て6時半に食堂へ。
朝食バイキング。
卵かけご飯を。
味噌汁をよそっていると、隣の鍋はカレー。
そうだ、カレーがおいしいと書いてあったんだった。
残念!
8時過ぎに出発。
エレベーターを降りたロビーで何となくポケットを探す。
携帯がない。
慌てて部屋へ引き返す。
洗面所にありました。
気づいてよかった。
京急で羽田へ。
久々に出勤のラッシュアワーの電車に乗りました。
8時半前に羽田空港に。
バスラウンジからバスで飛行機に。
9時半過ぎに出発し、10時半過ぎに能登空港着。
11時過ぎに帰宅しました。
午後3時に輪島病院へ。
予約診察。
血液検査と尿検査。
そして診察。
予定より1時間ほど遅れて診察は4時頃。
病院前の薬局で薬を調剤してもらい帰宅。
夕食は居酒屋で女房の実家の一家と会食。

お葬式

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午前6時頃目覚めて、7時に朝食。
午前7時から朝食だと聞いていたのですが既に終えた人も・・・。
なんだ7時まで待たなくてもよかったのか。
7時半頃部屋に戻ってトイレに入っているとチャイムが・・・。
昨日同行した女性。
タクシーで一緒に斎場に行こうとお誘い。
同じところへ向かうのでお断りする理由がありません。
慌てて準備をして出かけることに。
チェックアウトをして出入り口のボーイさんにタクシーを尋ねると、待機しているタクシーは出てしまったとのこと。
呼んでもらうことに。
待つこと10分。
既に駅から電車に乗っているかも。
タクシーの運転手に斎場を告げるがわからないとのこと。
葬儀社からFaxされた地図を渡す。
ナビが装着されていますが、不慣れなのかナビは使われません。
大通りが渋滞しているので細い抜け道を走りますが通勤通学者がいて思うように走れません。
電車のように走れないので時間がかかります。
信号待ちもあります。
不慣れな運転手だったようで少し道にも迷って・・・。
結局40~50分かかり、到着したのは8時半。
気遣って下さったのでしょうが、電車の方がありがたかった。

午前9時からお葬式。
お通夜に引き続き弔辞も。
10時出棺。
マイクロバスで火葬場へも同行。
上の写真は、バスの中から見えた都営多摩霊園。
広大な墓地でした。
それぞれの宗派の幾人もの僧侶の姿が。
勤行中の僧侶も。
火葬場へ僧侶が同行するのが当たり前のようでした。

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火葬場の控え室で待つこと約50分。
収骨は、二人一組で1片ずつの遺骨を壺の中に納めて、残りは職員の手で収骨。
身長180cmの大柄な方でしたが、すべての遺骨が手際よく壺に収められました。
マイクロバスで再び斎場へ。
写真は、斎場付近の道路。
斎場で還骨・中陰。
輪島でのお勤めと同じく勤めさせていただきました。
お勤めを終えて、お斎(昼食)。
ご挨拶をして失礼する。
斎場隣の酒屋さんで装束鞄を発送するつもりでしたが、あいにく今日は定休日。
駅へ向かう途中のコンビニで発送。
西国分寺駅のホームで時計を見ると、すでに午後2時10分を過ぎている。
輪島へ帰るには午後1時30分過ぎの電車に乗らなければ間に合わない。
帰宅を断念したのは正解。
中央線で新宿へ。
東急ハンズ。
法事の案内状用の用紙を求める。
新宿から山手線で品川、品川から京急線で蒲田。
ホテルにチェックイン。
荷物を置いて、京急で再び東銀座へ。
鳩居堂、山野楽器などを・・・。

西国分寺

Tokyo1 
11時10分発の午前便で羽田へ。

羽田で立ち食いそばで昼食。
午後1時10分発のバスで立川へ。
これが東京?っという雪景色。
 
Tokyo2 
ホテルでチェックインをしていると、隣の女性が○○さんのお葬式に来られた方ですか?っと。
そうですと答えると、不安なので式場まで連れて行って欲しいとのこと。
電車の移動でもいいですか?と問うと、電車でいいと言われるので同行することに。
2時間ほど休憩して、4時半前に女性と出かける。
ホテルから立川駅まで3~5分。
立川から電車で2駅目、西国分寺。
西国分寺の北口を出ると葬儀の案内看板が・・・。
辻々に看板があるのでそれに従って3~5分。
東福寺むさしの斎場。
真言宗のお寺が経営する斎場のようでした。
 
Tokyo3 
葬儀社の担当者と打ち合わせをして午後6時からお通夜。
枕勤めをお勤めさせていただいていないので、まず阿弥陀経。
続いて、帰敬式(お剃刀)。
続いて、弔辞。
お通夜での弔辞、東京の習慣かと思ったらそうではないらしい。
会社の部下だった方の弔辞。
優しい思いやりのある人柄だった故人を偲ばれる弔辞でした。
続いて通夜勤行。
日頃輪島でお勤めさせていただいている通りのお勤めをさせていただきました。
その後、食事をいただきました。
聞いていた通りにぎり寿司でした。
ホテルへの帰りは一人。
10時にはベッドに。

採点競技

Uemura  

上村愛子、残念ながら4位でした。
素人の私の目には3位になったアメリカの選手より上手だったのに・・・。
アメリカの選手は足を広げて跳ね上げてしまうほど乱れていたのに・・・。
採点競技、審判の主観による採点、先入観やひいき目がないとは言えないと思います。
ボクシングの判定を含めて私は採点競技が嫌いです。
すっきりしません。
今日は明日からの東京でのお葬式の準備。
午後は祥月命日と月忌を1軒ずつ。
夕方は鍼灸院へ。

法要3件

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午前10時に昨日のお葬式の喪主ご夫婦がお礼参りに。
午前11時から本堂で満中陰のお参り。
約40名の参列。
故人は同級生のお母さん。
午後1時30分から郊外のご門徒の7回忌。
故人は同級生のお父さん。
午後3時に従兄弟が代理でお参りさせていただいた中陰のお礼に。
東京で亡くなられたご門徒のお葬式、11日通夜、12日お葬式となりました。
東京のホテルへお葬式の装束の発送。
午後5時から満中陰のお参り。
故人は同級生の義母。

東京は大雪ですが・・・

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午前10時からお葬式。
夕べのお通夜に続いて本堂の脇間にも参列者。
喪主と弟さんのお二人が輪島在住で仕事をされているからでしょう。
午後12時40分頃火葬場からお骨拾いの連絡。
今日は順調です。
午後1時半頃還骨・中陰。
若院も隣町で午前10時からお葬式。
いったん帰宅して午後2時に還骨・中陰。
お礼参りはいつかわからない、お布施はいただけないかも・・・。
夕方6時半から13回忌の年忌のお参り。
8時前に帰宅して着替えていると電話。
末期のガンだと連絡をいただいていたご門徒の方が亡くなられたとのこと。
東京在住。
日程が決まったらお参りに出かけなければなりません。
一人で遅い夕食、こういうことが多くなりました。

お通夜を手分け

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午前中、想と瑞恵ちゃんは想の予防接種に。
女房は銀行へ社長業務。
ベルと留守番。
女房の帰りを待って買い物に。
お参りが続くのでのど飴などを・・・。
午後はお通夜の準備。
帰敬式の法名、お骨箱などなど。
合間に2月のご門徒のお参りのご案内はがきの発送。
本堂に設置してある多機能プリンタのインク、単三電池が切れたのでホームセンターへ。
夜はお通夜。
若院も隣町へお通夜。

隣町まで2往復

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朝7時過ぎに電話。
隣町のご門徒の方が亡くなられたとのこと。
明日・明後日の日程でお葬式。
夕べ枕勤めをさせていただいた輪島のご門徒とバッティングしてしまいます。
隣町のご門徒は、数年前から音信不通でした。
私はご縁が亡くなってしまったのだと思っていました。
尋ねると町営住宅へ引っ越し生活保護を受ける生活とのこと。
自宅での家族葬とのこと。
土曜日なので若院と手分けすることにしました。
隣町まで20~30分の距離を枕勤めに。
零下なのに路面には雪がありません。
不思議な気候です。
余分なお金を掛けないようにと助言。
輪島市には葬儀社がなく、市役所と造花屋さんに依頼するのですが、隣町は葬儀社なので・・・。
枕勤めを終えて帰宅。
夕方再び仮通夜に。
棺覆い七条の持参を忘れる。
メモとチェックが必要ですね。

最高気温-2℃

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最高気温-2℃、最低気温-4℃という予報。
午前9時からお葬式。
家族葬。
参列者は約10名。
本堂が小さいので違和感はない。
10時出棺。
正午頃火葬場からお骨拾いの連絡。
12時半頃から還骨・中陰(初七日)。
お勤めを終えて、お布施をいただく。
通常のお葬式では翌日お礼参りをしていただくのですが、喪主は富山の方なので・・・。
午後3時頃からマネージャーが支払い業務。
夕方は隣町の山間の集落までお参り。
片道30分のドライブ。
行きは道路脇の温度計は-5℃でしたが、帰りは-6℃。
午後7時半前に帰宅。
予定終了と、着替えて入浴・食事とくつろごうとしていたら電話。
いやな予感に女房と顔を見合わせる。
ご門徒が亡くなられたとの電話。
着替えはストップ。
8時頃に再び電話があって枕勤めに。
9時前の帰路では交差点でブレーキを掛けるとゴ・ゴ・ゴ・ゴとアンチロックがかかる。
凍みているのがわかる。

寒い1日

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ほぼ一日中零下という寒い日。
午前11時に昨日のお葬式の喪主母子がお礼参りに。
喪主は30歳半ば、私からすれば息子のような年齢です。
夜はお通夜。
家族葬なので10~20名の参列。
小さな本堂なのでがらんとした雰囲気はありません。

病院から遺体が

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午前11時からお葬式。
故人は昭和26年生まれの62歳。
早生まれなので私の5学年上。
同級生の方が弔辞。
他人を思いやる優しい人柄が偲ばれました。
午後2時半過ぎに火葬場からお骨拾いの連絡。
通常より1時間ほど遅い。
午後3時過ぎから還骨・中陰(初七日)。
午後4時頃終える。
午後4時半頃、病院から遺体が到着したとのこと。
お昼頃連絡があったのですが、お葬式の終える4時半まで病院で安置していただきました。
子供さんたちはそれぞれ東京と富山で、独居老人のお宅でした。
介護施設に入居されていたので、自宅は電気などが止められていて、戻ることができないため直接正覚寺へ。
広間のお内仏脇に遺体を安置して枕勤め。
マネージャーとともに打ち合わせ。

お通夜

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日中はお通夜の準備をしながら、友達から頼まれた調べ物をして過ごす。
夜はお通夜。
同級生の会の会長をしたり、家業の地場産業である漆器の振興に努力したり・・・。
そういう方だったので小さな本堂では入りきれない大勢の参列者が。
離れが完成していなかったのが残念でした。

大工さん終了

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大工さんの仕事の邪魔になると工事現場を覗くことは自重。
すると洗濯に奥にいっていた女房が帰ってきて天井が完成していると・・・。
大工さんの仕事は完了した様子だと・・・。
で、見に行く。
大工道具が撤収されている。
エアコンも設置されている。
左官屋さんや建具屋さん、クロス屋さんなどの仕事が残るのみとなったようです。
 
 
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午後3時から1周忌の年忌のお参り。
午後6時から仮通夜。
夜は友達から頼まれた調べ物の作業。

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