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純粋禅

 

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女房と瑞恵ちゃんと孫・一華とベルはお出かけ、買い物。
午前11時から年忌のお参り。
7回忌と27回忌。
ご家族が参列。
帰宅して一人で昼食。
カップ麺。
昼寝から目覚めるとマネージャーが。
支払い業務。
電話でご法事の打ち合わせや遺骨をお預かりしている遺族の方がお参り、集金も・・・。
夕方は留守番をしながら読書。
上の本を。

「道元の試みは、座禅と通してひたすら悟りをめざす「純粋禅」であった。さらに道元は、内容が難解な大部の著作『正法眼蔵』を残している。
 しかし、こうした道元のやり方は、永平寺の経営基盤を築き上げることに結びつくものではなかった。また、純粋禅と難解な『正法眼蔵』では一般の信徒を増やすことなどできなかった。道元の後継者が、この道をひたすら追求していったとすれば、曹洞宗が宗派として存続することは難しかったであろう。
 それを改革したのが、今日曹洞宗において「太祖」と呼ばれている螢山紹瑾であった。なお道元は、「高祖」と呼ばれている。紹瑾は、加持所祷などの密教を取り入れ、さらには神祇に対する祭祀も導入することで、現世利益を求める信徒の要望に応えていった。
 さらには、修行途中で亡くなった禅の修行者である「雲水」のための葬儀の方法をもとにして、一般の在家信徒のための葬儀のやり方を作り上げていった。これは、曹洞宗のみならず、浄土真宗と日蓮宗を除いた各宗派にも伝わり、今日にまで受け継がれる仏教式葬儀の原型となるものであった。」

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